屋敷出立
その後、体力とか魔力量とかいろいろ調べられた。
…スキル確認したら休んでいいって言ってたよね?まぁどうしても確認せずにはいられないのだろう。
それに俺自身すごく気になっていたので特に気にしてはいない。
さて、結果を説明すると……
身体能力関連は普通にどこの学校でもやる体力測定のような感じで調べられたが、予想通りというかなんというか今まで体育の実技じゃ下から数えれば一位、二位を争えるレベルだった俺の運動能力はこの世界に来てからもそのまんまだった。あっ、筆記試験のほうはいつも平均点ギリギリだったから、全体の成績でなら五段階評価で三より下はとったことないぞ。ほんとギリギリだが…。
特に持久力がない。昨日森の中を走り回ったときすぐにばてたからな。
ただ、そんな俺でも唯一自信を持っているものがある。それは体の柔軟性だ。バレエの選手とは比べ物にならないがそれでもほかの人と比べたら結構柔らかいほうだと思う。体が硬いとケガをしやすかったり治りにくくなったりすると聞いたので、毎日柔軟体操を続けていたのだ。…本当は家族の中で唯一長座体前屈で足に手が届かなかったことが悔しかったからだったりする。我ながらよく頑張ったと思うよ、うん。
……、どうして柔軟性だけ測ってもらえなかったのだろう。いや、運動が苦手なことを知られるのは全く構わなかった。構わなかったのだが…、
周りからの(いやいやこいつ身体能力低すぎだろ!?)っていう驚愕やら呆れやらが混じった視線が地味に精神をえぐってきた。
なので、「これなら得意ですよー」と言っておひろめしようと思っていた矢先に、
「で、では次に魔力関連の能力測定を行う」
と言われ、結局最後まで見せる機会を失った。
ま、まぁ腕力とか走力に比べりゃ大して重要じゃなさそうだしな、うん、仕方ない。あと、もうちょい体力つけよう。
さて、魔力関連だが……、
魔力量は人並み、魔力制御の技術は素人の中ではそこそこ上位ということが判明した。
もともと戦力にならないアピールをするために手を抜こうとしていたたのだが、体力と違って自分がどれほどのレベルなのかまったく見当がついていない。それに今後自分で測定できるようになりたかったのでコツを理解するために、うまくいくかどうかはわからないが序盤だけ本気を出してあとは周囲の反応を観察しながら、うまいぐあいに手を抜く作戦を立てていた。
しかし魔力の集まり具合からそんな必要性は皆無だと感じ、全力を出した結果がこれだ。
正直ラノベのチート主人公たちのように尋常じゃないぐらいの魔力が体中から湧き上がるのを期待していたのでこれにはがっかりした。
とはいえ平均レベルであるだけでもまだましだろうな。中には魔力が極端に少なかったり制御が下手な人とかいるみたいだし。
……。なぁ、これひょっとして、いやひょっとしなくても、俺マジで無能じゃね?体力はない。魔法スキルもない。現在チート装備どころか装備もゼロ、そして何より…所持金もゼロ!これ生きていくのかなり厳しいぞ。
唯一の救いが
わざわざスキル構成をごまかした意味はあったんだろうか……。いやこれはたぶんある。やっぱり何か一つ持っていると知られるよりも、何も持っていないと思わせられればより無能だと認識されるだろうし、あの羊皮紙がどういうものなのか調べるのは今後役に立つ可能性もある。そう、決して無駄ではない!無駄ではないのだ!……、本当に無駄じゃないよね?
一方の魔王含む魔族たちはもうみんなショックなことを隠せていない。中には絶望の表情を浮かべているものまでいる。まさか自分たちが召喚した奴がここまで弱いとは思っていなかったのだろう。……、ひょっとしてさっきまでの話全部本当だったりとか?だとしたら本当に悪いことしたな。……、最も、全部真実だとしたら、だけどな。
人間を、いや、たとえ人間じゃなくても、すぐに信用するのはよくない。
みんながみんないいやつではないからな。
俺はそれをよーくわかってる。
昼過ぎにやっと自分用の部屋を与えられたので、ごろんとベッドの上で横たわった。
ふぃー。どっと疲れたー。
……ようやく一人になれたな。
じゃあさっそくあれを試してみるか。
魔法スキルがないので通常の魔法が使えないのはわかっている。しかしこれはどうだろうか。
全身の魔力の流れを感じ取り、魔力を両腕の筋肉に集めてみる。
ちょうど持ちやすいサイズのテーブルがあったので早速持ち上げてみると…、うん、やはり筋力が上がっている。
魔法スキルの中には『身体強化魔法スキル』というものがある。文字通り身体能力を向上させる魔法だが、俺の知っているラノベにスキルなしでもそういうことができる主人公がいたので真似をしてみたのだ。
多分スキル持ちと比べりゃ大したことのない強化率だとは思うが練習すれば使い物になるだろう。
集める場所は筋肉だけでなく神経や骨でもいいようだな。
これで一時的にだがパワー、スピードはもちろん視力まで様々な能力が向上することを解明できた。
じゃあ次に移るか。
今度は魔力を右腕の表面にコーティングするイメージで集める。
おぉ!うっすらと腕が黄色い光に包まれたぞ!
……、ふむふむ。たたくとほんのわずかにだが固くなっているのがわかる。これが魔力障壁の劣化版ってところか?さっきの身体能力の強化と組み合わせればより相手にダメージを負わせられそうだな。
魔力切れによりさらに倦怠感が増し、気が付いたらぐっすりと寝てしまった。
……そのせいで昼食を食べ損ねた。夕食前に起きていなかったら、一日中何も食べずにいるところだったな。
数日後
「……そうか、やはり共に戦う気はないか…」
「はい、無力な人間が一人加わったところで何かができるわけでもありません。むしろ邪魔になるだけですのでそのほうが良いかと」
あれから剣などの武術や魔法の知識を少し教わった。やれることはやれるだけやっておいたほうがいいからな。無論武術の腕はたいして伸びなかったが。
この数日の間に何かの才能が開花するのではと一縷の望みを抱いていたものは多かったが、もう今では誰も期待している様子はない。何をやってもすぐにばててしまうやつなどお払い箱で当然だ。
「ワタル殿はこれからどうして生きていくつもりなのだ?」
「街に出て職を探して生計を立てようかと」
……なぜだろう。魔王は明らかに残念そうな表情をしているが、どこか安堵しているようにも見える。
「よかろう。ならばワタル殿が生活に困らぬよう少しではあるが金や食料などを送ることにしよう」
それはありがたい。序盤から一文無しだとかなり不安だからな。
「ありがたき幸せにございます」
「改めて謝罪しよう。我はもともと勇者をこちらの都合で呼び寄せることには乗り気ではなかった。にもかかわらず、そなたを召喚しこのような結果を招かせてしまった。本当に申し訳ない」
……もしかすると本当に申し訳ないと思っているのかもな。
だとしても今更どうこうする気もないけど。
「……行ったか」
魔王ギレンがため息とともにつぶやく。
つい先ほどワタルが屋敷から出た。
未知のこの世界で彼はどのようにして生きていくのだろうか。
どのような困難が待ち受けているのだろうか。
そう思うと胃がキリキリと痛んできた。
「やはり勇者召喚などするべきではなかったな」
自分たちの未来ががかっているとはいえ、赤の他人の人生を狂わせたくなどなかった。
しかし、これ以外にもはやなすすべはないという臣下たちの声に押し切られ、やむを得ずまだ完全に解析が行われてもいない段階で古代の秘術を使ってしまった。
その結果現れたのが何の力も持たない無力な少年だった。
だが少し安堵した。
必要としていたのは強者。弱者であれば戦いに駆り出そうという気は起こりにくい。あの勇者たちの前に弱者を大勢集めたところでどれほど時間稼ぎができるというのだろう。
それに召喚には莫大な時間と魔力が必要だ。また同じようなことになる可能性があればもう誰もあんなことをしようと思わなくなるだろう。彼のような犠牲者を生み出さずに済む。
(まぁこれで、本当になすすべがなくなったのかもしれぬな)
「僭越ながら魔王陛下。彼は召喚した我々の責任として魔王城でしばらくでも生活させるべきだったのでは?」
宰相の言いたいこともわかる。だが…、
「そういうわけにはいかん。もし彼がこの領内で勇者たちに見つかれば敵と認識され殺されるのは間違いない。奴らは我々に慈悲のかけらもないからな。だが、ここから離れた場所で生活を送っていれば彼と我々のつながりがばれることもあるまい」
別に勇者から狙われなければ絶対に安全というわけではない。もし彼が魔物と遭遇すれば命を落としかねない。それでもグリングルドにいるよりはましだろう。
「さて、ロブニ。そろそろ城に戻ろう。負け戦とはいえ一方的に蹂躙されるわけにもいかん。」
「はっ、かしこまりました」
宰相が部屋から出ていき、魔王一人が残った。
(おそらく私はこの国最後の魔王となるのだろうな。ならばそれにふさわしい死に方でなくてはな)
降伏したところで勇者は魔人を倒し続けるのだろう。ならばこのまま戦い続け先祖に誇れるような生きざまを見せるべきだ。
長く生きてきた。今更後悔などない。
あるとすれば……、
孫娘を魔王に即位させられなかったこと、
そして……、
(せめて、花嫁姿を見てから死にたいと思っていたのだがな……。
そういえば、今もあの子は元気に暮らしているのだろうか。
最後に一目…いや、今会えば確実にあの子にも危害が加わる。
それだけはあってはならない。
もう会えない覚悟で送り出したというのに何を考えているのか)
ギレンは長らく会っていない愛しい愛しい孫娘に思いをはせた。
そして、新たな人生を送ることになった少年が幸せに生きられるよう願わずにはいられなかった。
「せめて二人だけには、素晴らしい未来が待っていればよいが」
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