初再使用

 「なるほど、これが再使用リユースの力か」




 屋敷から出た俺は水と携帯食という粗末な食事を済ませた。


 携帯食は数種類の木の実や雑穀を棒状に押し固めたもので、若干苦みが強かったが意外と腹にたまった。


 町に着くまでは当分この食生活が続きそうだが、別に嫌いな味ではないので問題ない。なんせゴーヤチャンプルーとかハイカカオのチョコとかを美味いと感じるような人間だからな。



 さて、ゲームで食料は消費アイテムに分類される。


 で、俺のスキルはもう使えなくなった使用済みのアイテムを再び使えるようにするものだ。


 この使用済みアイテムの中に消費アイテムは含まれるのだろうか。


 そんなちょっとした思い付きを試すために携帯食を包んでいた紙に向かってスキルを発動させてみた。



 結果は……、成功。


 正直これには驚いた。すでに影も形も残っていないにもかかわらず、一瞬でまだ手も付けられていない状態のものが包み紙の上に現れたのだから。


 満腹感はその後も続いていたので腹の中にあるやつとはたぶん別物だろう。


 スキル効果の対象となるアイテムの範囲が広すぎるような気もしないでもないが、素直にありがたく思うことにしよう。実質食料が倍になったようなものだし。



 ところで今はどのあたりまで進んだのだろうか。地図があっても森の中だとよくわからない。向こうに川があるから大きくコースをずれてることはないと思うが。


 およ?ひょっとしてこのあたりか?俺があの時落ちたのって。なんとなく似てる気がする。…ってこんなところで止まってる場合じゃねーな。


 早いとこ町に行きたいし、ぼーっとしてしてたらモンスターとかにお、そ、わ…れ……、





 ふと後ろを振り返ると、そこにいたのは…、


 「グルルルル…」


 

 一匹の大きなクマだった。



 嘘だろ!?いつの間に!?ヤバイヤバイ!


 お、落ち着け。まだと言っていいかわからないが十五メートルほど距離がある。


 今のうちに……、あれ?



 クマと出会った時どうすればいいのか覚えていたはずなのだが……ド忘れした!…と、とりあえず背中は見せないようにしよう。


 確実に襲う気満々だな。逃げるか戦うかの二択しかないがまともにやれる自信がない。


 身体強化ができるようになったとはいえまだまだ練度は低いし、もともとの身体能力が低いからな。



 だから…、


 「グラァァ!!」


 逃げるしかない!


 「ハァッ!」



 底上げした脚力で思いっきりジャンプし、枝に着地した瞬間にさらに別の枝へ飛び移る。


 クマは足が速いうえに木に登れる。だから地面を走るわけにも高いところまで登るわけにもいかない。


 となればこうするしかないのだが、正直体力がどこまで続くかわからないので恐怖で頭がいっぱいになりそうだ。



 逃げる、逃げる、また逃げる


 ジャンプ、ジャンプ、またジャンプ


……、……、……




 チキショウ!なんで最初に出てくるのがクマなんだよ!


 VRMMOとかじゃウサギがテンプレなのに!いや、ここゲームじゃないけどな!



 つーか、まだ追ってくんのかよ。


 こっちはもうスタミナが切れそ……、あっ……、



 ヤベッ!届かなかった!


 このまま落ちたら確実に骨折するぞ!



 「くっ、身体硬化!」


 魔力の鎧に包まれながら大の字に着地。


 パリンという音を立てて障壁が砕け散ったが、幸いどこもケガしていないようだ。


 だが、



 「グラァァ!」

 「ハハ…」


 もう木に飛び移れるほどの魔力も体力もない。


 ここで…、死ぬのか?



 これが走馬灯なのだろうか。今までの記憶が一瞬で脳裏に浮かぶ。





 ……、短すぎる人生だった。後悔してることなんてたくさんある。


 生まれ変わったら今よりももっといいやつになりてーな。



 だがそうだな、どうせ死ぬなら…、ここで一矢報いてやる!


 腰に差したナイフを引き抜く。こん棒もぶら下げているが今の俺には重くて振り回す気になれない。



 ありったけの魔力を刃先に込め、敵の目ん玉めがけて勢い良く右腕を突き出す。


 「ウァラァアア!!」





 思いもしなかったことが起きた。




 刃が伸びた。



 いや、ナイフが変形したわけではない。



 ナイフの刃先から魔力で形成された刃が一瞬だけ飛び出し、クマの左目にぶっ刺さった後、まるで最初からなかったかのように霧散した。


 「グラァァ!?」


 クマが大きくのけぞり、片目を抑えた。


 ぽたぽたと落ちる赤い液体を見た俺は…、


 「グロッ…」


 そうつぶやいたかと思えば、後ろに倒れこみ気を失った。


 瞼が閉じる寸前、視界に真っ赤な光が映った気がした。











「…ん、うぅ…」

「おっ、気が付いたか?」


 目が覚めると、俺は誰かに担がれていた。



 地面に降ろされ、辺りを見回す。


 はるか向こうに中世の街並みが見える。倒れた場所からずいぶん離れたようだな。


 で、目の前には四人の男女がいた。



 「あの…、ここは?」

 「あぁ、ここはラプトレア王国の北の町ノストルだ」


 そう答えたのはさっきまで俺を運んでいた金属鎧の大男だ。

 身長高いっていいよな、俺にくれ。


 「えっと、あなたたちは?」

 「おっと、まだ自己紹介してなかったな。俺はレギン。見ての通りのファイターだ。で、こっちが…」

 「私はセメリー。アーチャーよ」

 「僕はウィザードのウィル。よろしく」

 「…フィア。シーフ」


 長髪のお姉さんがセメリーさん。いかにも魔術師って感じのローブを着てる少年がウィル君。小柄で無口そうな少女がフィアか。


 「俺はワタル。危ないところを助けてくれて感謝するよ」

 「ハハハ、気にすんなって。ちょっと近くを通りかかったらクマに襲われてるやつを見かけたから助けたまでのことなんだからよ」


 どうやら俺が気絶した後、ウィル君が遠くからファイアボールを放ってくれたらしい。あの時の光はそれだな。


 残念ながら距離のせいで威力が弱まってしまい、クマは深手を負いながらも逃げたとのこと。


 まぁ助けてもらえただけで十分ありがたい。あのまま誰も来なかったら絶対に食われてたし。



 「正直起きてくれるのか心配だったわ。昨日からずっと眠ったままだったもん」

 「えっ、昨日から!?」


 まじかー。今夕方だろ。昼間に気絶したんだから二十四時間以上眠ってたってことじゃねーか。寝る間を惜しんで身体強化の練習したのがたたったな。


 ん?あれ?


 「どうかしましたか?」

 「ない…」


 荷物がない!

 しまった!荷物を置いてスキル検証し終わったところを襲われたんだった!


 「おぉ…、それは災難だったな」

 「まぁお金はポケットに入れていたから一文無しは免れたけど…」


 「ところで、その恰好からするとあなたも冒険者なんですか?」


 今の俺は初級冒険者が着るようなシャツとズボン、そしてマントという出で立ちだ。加えてナイフと棍棒を装備してればそう思うのが当然だな。


 「いや、冒険者になろうと旅をしている最中だったんだけど、気が付いたら道に迷ってね」


 もともと冒険者登録はするつもりだったし、魔王と関係のある人間だってことは言いたくないからこれが無難な答えだろう。


 「じゃあこの町のギルドまで案内してやるぜ。ちょうど依頼達成の報告をするところだったからな」

 「本当に?助かるよ」



 こうしてこの四人の冒険者たちと一緒にギルドまで行くことになった。


 「そういや、お前のナイフが一瞬光ったかと思ったら、クマの目から血が飛び出したように見えたんだがありゃなんだったんだ?」


 やっぱり見てたのか。


 「俺にもよくわかんないんだよ。今まであんなこと一回も起きなかったし」


 大方予想はついてるが要検証だな。


 「スキルじゃないのか?」

 「どうだろう。前に調べたときはそれっぽいやつは一つもなかったけど。まぁ新しく獲得したって可能性もあるけどね」

 「じゃあ金に余裕があったらスキル確認したらどうだ。ギルドなら安く済むぞ」

 「あぁ、そうするよ」



 町の様子はやっぱり異世界での定番、中世ヨーロッパに似た感じの建物であふれてる。あっでも考えてみれば昔のヨーロッパってどんな感じなのかよく知らない気がする。



 「着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ」


 目の前にあるのは高さも広さもほかの家屋より一回り以上もある建物だった。敷地も含めたらかなりのものだ。屋根のすぐ下に冒険者ギルドの看板が打ち付けられていた。



 中に入ると、戦士やら魔法使いやらがたくさんいる。


案の定酒場と冒険に必要なアイテムの販売所が設けられていた。



 「んじゃ、俺たちはここで。あとは受付に聞けばなんでも答えてくれるから分からないことがあったら遠慮なく聞けよ」

 「あぁ、今日はいろいろとありがとな。この恩はいつか必ず返すよ」

 「おっホントか?じゃあ_」


 ゴンッ!


 「別にいいわよそんなの。気にしないで」

 「ハハ…」


 側頭部を殴られてぶっ倒れたレギンさんの口からエクトプラズムが出たような…、あっそのままセメリーさんに引きずられていった。


 周りの反応を見るに珍しいことじゃなさそうだが…、あの人見た目ほっそりなのにどんだけ筋力あるんだ?



 こうしてあの四人と別れた後、まっすぐ空いている受付へと向かった。


 若いお兄さんだな。女性だけじゃないのか。ここはテンプレ通りではないな。


 あ、そういえばガラの悪い冒険者に絡まれるっていうほうも起きなかったな。


 「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件で?」

 「冒険者登録をしたいのですが…」

 「わかりました。ではこの用紙に必要事項を記入のうえ、登録料として銅貨二枚をお支払い願います」


 読み書きができたので難なく登録を済ませることができた。



 今日はもう外が真っ暗なので街の散策は明日にしてギルド直営の宿に泊まることにしよう。






「ふぃー。空きがあった助かったー」


 もう少し遅かったら別の宿を探さなきゃいけないところだった。


 晩飯でいっぱいの腹をさすりながらベッドでごろんと仰向けに寝る。



 おっと、寝るときは外さないとな。


 首にかけていた木片を外し、じっくりと眺める。


 表に自分の名前、裏にはギルドの刻印が彫られている。



 木片は最下級冒険者の証だ。


 白金、金、銀、銅、鉄、木片だから…S、A、B、C、D、Eってところか?


 こういうのがあると改めて異世界に来たって実感する。



 いろいろと不安はあるがとにかく自分にできることを精一杯やっていこう。





 さぁ、明日から冒険者生活の始まりだ!

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