召喚経緯

 魔王ギレンの話を要約すると、


•ここはラプトレア王国の最北端に位置するグリングルド領。このおじいさんが統治し、数多くの魔人が暮らしていることから魔人領とも呼ばれている。

•彼は一度魔王の座を退き、息子を即位させたが、再び魔王の座に就いた。


その理由は…、


•ギレンは昔から他国だけでなく王国内のいかなる存在とも、わずかな例外を除き基本的に不干渉という閉塞的な外交政策を行っていた。

•しかし息子は魔王となってしばらくしたある日、王国を支配しその流れで世界征服を行うことを宣言。

•ギレンはもちろん多くの魔人がこれに反対したが、生まれながらにして強大な力を持っていた息子は反対勢力をねじ伏せ、幽閉。王都への進軍を開始した。

•戦争は他国を巻き込む形で長きにわたり、魔王が討伐されることによって終息。

魔王には息子が3人と娘が1人いたが、息子は全員戦死、娘は当時生まれて間もない状態だった。

•これにより、魔王の娘、つまりギレンの孫娘が一人前になるまでの間はギレンが魔王として領地を治めることが決まった。


 その後グリングルドは多くの損害賠償を支払い、土地も3割ほど失い、さらにはその死傷者の数ゆえ、かつてないほど弱体化。そして十数年後、更なる悲劇が襲う。


•勇者とその従者を名乗るパーティーが突然グリングルドを襲撃し始めた。

•グリングルドは戦争が終わった今も悪事を働いていると勇者たちは主張。

•しかしその根拠はグリングルド側にとって身に覚えのないことばかりである。

•濡れ衣だと何度も宣言しているが聞き入れてもらえず、ひたすら防戦一方。

•彼らには手も足も出ず、領内は崩壊寸前となるまで追い込まれた。


 この危機を脱するため魔王とその重鎮たちは考えに考えを重ね、ある一つの策が浮かび上がった。


 別世界から勇者を召喚し、その力をもってこの世界の勇者に対抗する。勇者には勇者というわけである。


 すぐさま太古の文献を調べ上げ、儀式に必要な道具と魔法を特定。当然ながらだれもやったことがなかったため、万が一失敗して予期せぬトラブルが発生したときのために城から離れたこの屋敷で儀式を執り行うことに決まった。


 そして実行したのが昨日だったわけだが、本来なら屋敷内に描いた魔法陣に現れるはずの空間の歪みが、なぜかここから少し離れた川の真上に発生。そこで急遽きゅうきょ捜索隊が編成され、そこへ向かった。


 到着したころにはすでに歪みが跡形もなく消えていたが、あらかじめ遠見の魔法でそこから川へと落ちる俺をを確認していたため、川から距離のある木の上で寝ていた俺を発見した後、勇者として屋敷に連れ帰った。


 で、今に至るというわけか。


「ほかに聞きたいことは何かあるのか?」

「いえ、今のところは何もございません」


 まぁ、話は大体わかった。別に殺す必要はないからとにかく勇者たちと戦ってくれ。そう言っているわけだが……



 はっきり言って断固拒否したい。


 今まで喧嘩をしたことがない人間にいきなり戦えとか無茶な話だ。痛いのは嫌だし、痛くするのもまっぴらごめんだ。ひどい言い方にはなるが、極論俺はこの世界で誰と誰が争おうが無関係だ。知ったこっちゃない。勝手に人様の都合で巻き込まないでほしい。確かに苦しんでいる人がいれば助けたいとは思う。だが、だからと言ってそんなことに加担しようという気持ちは微塵も起こらない。


 第一、この話が本当だという確証はどこにもない。この世界の知識なんか全く無いからな。その勇者という存在が言っている通り実際に悪事に手を染めているかもしれない。あるいは勇者すら存在せず、世界を掌握するための力が欲しくてこんなことをしたのかもしれない。さっきの謝罪だってこっちの警戒心を解くための演技だったって可能性も大いにあるからな。最も全部が真実だったとしても、答えは変わらんが。


 とはいえ、ここで正直に「お断りします」なんて言ったらどうなるんだ?やっぱ殺されるんだろうか。いや、せっかく召喚したんだから拷問なり洗脳なりあの手この手で戦わせようとするかもな。


ギレンによれば、召喚はできても送還はできないらしい。ラノベとかじゃありがちな設定だが、それが本当かどうかも疑問だな。帰す気がないからそう言っているだけかもしれない。


 まぁどちらにせよ、元いた世界にはもう戻れないと考えたほうがいいだろうな。別に未練がないわけではない。むしろ未練だらけだ。やりたいと思ったままできないことはたくさんある。でもそこは割り切るしかないだろう。今までできなかったことをこの世界で実現する心持ちでいるべきだ。


 ………、

 ………、

 ………、


 お父さん…

 お母さん…

 ハルト…

 おじいちゃん…

 おばあちゃん…

 みんな………、ごめん。

 

 俺はもう、そっちには帰れない。今日からここで生きていくことにします。………みんなと一者にいられて、すっごく幸せだった。いつも大切に思ってくれてありがとう。ときどきつまらないわがままを言ってごめん。

 こんな俺を、って言葉を使ったら「こんなって言うんじゃない!」って怒られそうだから………、俺を…、俺を………、ここまでたくさん愛してくれて、本当にありがとう。


 ほかにもまだまだたくさん、ありがとうや、ごめんって言いたいことはあるけど、全部ひとまとめにして、


 本当に、ありがとう。


 本当に、ごめん。



 ………、もし………、もしもそんなことができるなら………、やっぱり、帰りたいな。



 久し振りに涙腺が刺激された。だが、こんなところで泣いている場合じゃない。

 帰れるかどうかはまだ本当に分からないけど、俺はこの世界で生きていくと決めたんだ。

 だから……、ここで死ぬわけにはいかない。


 「どうかしたのか?ワタル殿」

 「いえ、情報を整理していただけにございます」

 「そうか…、その様子だと大方まとまっところと見てよいだろうか」

 「はい」

 「では勇者ワタル殿…、どうか我々にソナタの力を貸してはもらえないだろうか」


 ここが運命の分かれ道だな。


 「申し訳ございませんが陛下、その件はとても重大な件でありますので、もうしばらく考える時間をいただけないでしょうか。そちらの状況は理解しておりますので、できるだけすぐに答えを出すつもりでございます」


 断ると言ったわけではない。いわゆる問題の先送りだ。さぁ、どう出る?


 魔王ギレンはしばしの沈黙の後、

 「うむ、もっともな意見だ。よかろう。数日ほどそなたに考える時間を与えよう」


 よし、これでひとまずは安心だな。すぐにイエスと言わせようと暴挙に出るようなやつだったらどうしようかと身構えていたが取り越し苦労だったか。


 「では、今日のところはスキルを確認次第、ゆっくりと休むがよい」


 スキルか、実のところこれは少し楽しみだ。せっかく異世界に来たんだ。魔法とか特殊な能力とか使ってみたい。


 後で知ったことだが、この世界にはゲームでおなじみのレベルやステータス、ジョブシステムというものは存在せず、スキルだけがあるらしい。


 このスキルとは基本的にある行動や能力に補正をつけたり、それがなければできないことを可能とさせるものであり、その補正がどの程度であるかは本人の熟練度に依存する。

 といっても熟練度というパラメーターが目に見える形で存在しているわけではない。使い続ければよりスキルが強力になるよというアバウトなものだ。その上昇値は人によってさまざまであったり、同じ個人でも急に上がり方が変化したりもする。まぁ一気にスキルの能力が上がったらラッキーだったねと捉えればそれでいいらしい。

 で、後者のスキルがなければできないことの代表格が魔法だ。例えば、水魔法を使うには「水魔法スキル」が必要であり、それがなければ他の魔法関係のスキルがあっても使うことはできない。「魔法スキル」の獲得は生まれつきによるものが大きいが、修行によって得られることもあるにはあるとか。……、基本的には持ってなかったらあきらめるしかないかもな。


 宰相らしき男から、裏に魔法陣が描かれた一枚の羊皮紙を渡された。これに自分の魔力を注いでいけばどんなスキルを持っているのかが分かる、…って魔力ってどうやって注ぐんだ?そもそも俺魔力とか持ってんのか?


 宰相や魔王に聞いても普通に注げばいいみたいな返事をされてしまった。後、魔力を持たない生物はこの世界にはいないとのこと。いや、その普通にが分からないし、俺はもともとこの世界の存在じゃない。


 別世界の存在であっても「勇者召喚」の儀式でこの世界に呼びだされることによって、魔力とスキルが「多分」手に入るはずだ、とのこと。オイ、「多分」ってことはどっちも持ってない可能性もあるじゃねーか。そりゃ初めての試みだから仕方ないっちゃあ仕方ないかもしれないが……、なんかすっげー不安になってきたぞ。

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