第31話 暫定政権の樹立
我々連合軍がドールの首都を抑えてから一週間。
俺たちは硬直したまま、たまにくる敵兵を撃退していた。
これは政治的を進める人が、交渉できる人材がいないことの悪化だ。
ドールは他の国とは違い、民主制だ。
民の中から代表を選出したいはずだが、負け戦と分かっている選挙に誰も名乗りを上げないのは周知の事実であった。
これにより、大国であるドールは徐々に崩壊を始めていた。
主導件を握るのは本来喜ばしいことなのかもしれない。
だが現政権を殺され、国会議事堂という場を破壊したことに不安を覚える国民は多い。
いっそのこと、計画していた新アリアンツ帝国を実現するべきなのか、とだいぶ迷っているらしい。
それでもこの国、ドールの民族であると、世界に知って欲しいという者も少なくない。
だがリリは容赦ない。
ドールの首都を制圧し、暫定政権の樹立を認めさせたのだ。
その政治的手腕はさすがとしか言いようがない。
これでドールは正式にリリの守護下にあると言ってもいい。
それで安堵する国民も増えているが、それだけだろうか?
他国民国家であったドール。
その吸収合併は非常に難しいものと感じた。
でもリリならやり遂げるだろう。
あの器の大きさだ。
やりきるのだろう。
ドールが陥落したところに補給路を伝って新アリアンツ帝国の物資が流れ込んでくる。
市民は仕方なく、その商品を受け取るようになったが、これが経済的侵略ということか。
侵略が進めば、敗戦国となったドールはどうなるのか。
「ところで、ハカセ。そのオートマトンは参考になりそうか?」
「ふむ。これだけの大型化はなぜなのか、分析していたがどうやら魔術回廊をつかっているらしい」
「魔術?」
「ふむ。簡単に言えば魔法の一種じゃな」
「魔法で動いているのか? こいつ……」
「まあ、そんなところじゃ。でも持ち替えた魔法の資料と一緒にこれも封印かのう?」
「それなんだが、リリは魔法の解明にあたって欲しいと正式な通達があった」
親書をハカセに渡すと、俺は室内のものを見渡す。
「しかし、すごい発明ばかりだな」
「のう。わしもびっくりじゃよ。魔法を解明しろ、だなんて」
「実際どうなんだ?」
「ふむ。生物のエネルギー通過である
ウィーンという電子音を立てて、天井からホワイトボードが降りてくる。
「ミイデラゴミムシという虫は過酸化水素とヒドロキノンから熱を持ったガスを発生させる。これは炎をもたす作用と似ているのだ」
ホワイトボードに、過酸化水素を書き、その隣にヒドロキノンを書く。そして二つをつなぐ。
「つまり、生物由来の炎は出せる? と?」
「そうじゃ。そもそも人魂の由来がリンの爆発現象とも言われておる。青く燃えるからな」
「そう考えると魔法も、科学の一部でしかないのかもしれないな……」
「じゃろ? 正式に解明した訳じゃないが、実際に科学で解明できないものはないだろうて」
蓄えた髭をなでつけると、ホワイトボードを天井に戻す。
「しかして、今度の実験にお主も付き合わぬか?」
「なんの実験だ?」
「大丈夫じゃ。Xシステムといって人の脳と同じ機能を持ったシステムを作ったのじゃ」
脳と同じ? そんなことが本当に可能なのだろうか。
前にもハカセと話していて、AIの技術が廃れていった理由を聞いたばかりだ。
怪しい。
「脳と同じものだと思うのじゃが、どう比較実験をしていいのか、分からんのじゃ」
「それで、俺に何をさせるつもりだ?」
「お主の考えをトレースさせて実際に機械に組み込む。その時、どんな発言や行動を行うのか、実験してみたいんじゃぁあぁ」
くねくねと身体をくねらせてピンク色の雰囲気をだしているハカセ。
これだから研究馬鹿は。
「まあ、時間があれば、な……」
「よっしゃ!」
「……俺は無事に帰れるんだよな?」
「頭がパーンになるかもじゃ」
「え!?」
あまりの発言に息をするのも忘れそうになる。
「いや、なんでもない」
「いやいや! 俺、どうなるの? それを聞いていないならなかったことにするぞ」
俺にだって拒否権はある。
「いやなに、頭に電圧をかけるから、最悪脳が焼き切れる」
「――――っ! そんなのするわけないだろ! 帰る」
「ええ! そんなこと言わずに! これからの未来がかかっているんだ」
「そんなこと言ったら、リリの夫である俺が生き延びた方が未来があるだろ!?」
じっと見つめてくるハカセ。
「いやー。君もそう言うようになってきたね……」
嬉しそうにも見える顔をして、俺の頭を撫でる。
「なんだよ。突然、気持ち悪い」
「いや~。前は戦争のこと、新の平和のことを語っていた少年とは思えぬ」
「ははは。人間だって進化しているんだよ」
「進化ではなく学習じゃがな……」
細かいところを指摘してくるな。
「まあ、俺はそこまで命は賭けられない。自分でどうにかしてくれ」
「ふむ。そう言われると言い返す言葉もないのう」
たはははと笑いを浮かべるハカセ。
「ま、もうじき本当の意味で平和になるしな」
「そう信じられるのか?」
「リリはすごい。人に生きる活力を与えてくれる人だ。だから、世界も変えられる。みんながリリの求心力を求めている」
世界は変わる。
一人の少女のお陰で。
平和を求める同士のお陰で。
だからもう大丈夫。
心配することなんてない。
俺たちはやれるだけのことをやった。
だから、今度は王女殿下の番だ。
そして俺たちはいずれ必要なくなる。
「そうだ。ハカセ」
「なんじゃ?」
「俺の仕事がなくなったら、助手にしてくれないか?」
「ははは。何を言っておる。お主ならいつでも大歓迎じゃよ」
ハカセが俺の背中をドンドンと叩いてくる。
「そう言われるだけの関係を築いてきたじゃないか。今更不安になることかのう?」
「そう言われると自信が出てきた。まだ軍人をやっていけそうだ」
「止めないのかのう? お主だって勉強すれば道は開けると思うぞ」
俺は苦笑する。
「そうだな。でも、俺には血が染みついている。今更戻れないだろう」
「何を言っておる。お主は必死で生きてきただけだ。誰だって罪は背負っている。
罪。誰もが? 嘘はよせ。
「罪を背負っているのは軍人に限らぬ。我々研究者もたくさんの動物を殺めている。それに人は毎日食事をする。命を奪っている」
「そんなの。
「そうじゃな。でも、その詭弁が必要なときもある。わしはそう思っている。どの道を行くのもお前の気持ちしだいではないか?」
ハカセは俺の気持ちのことを言っている。
きっとこれからも軍人をやるのだろうと、思っていた。
いたのだが……。
「お主は研究者になる道もあるのだぞ」
「ああ。ありがとう」
俺は振り向くこともせずにその場から離れていく。
これではハカセに顔向けできないな。
苦笑を漏らし、俺はこれから始まる未来に思いを馳せてみた。
ドールを吸収した我が国は新アリアンツ帝国と名乗ることになった。
新政権の樹立と、王政と民主制のすり合わせや国民感情を理解するところから始まった。
俺たちにできることは本当に少ない。
それでも、俺はこの国が、街が、人が好きだ。
だからできることをする。
そして俺はリリも、メイリスも、もしかしたらアメリアも、好きになれるかもしれない。
それが希望というものなら、俺はすでにたくさんの気持ちを受け取っている。
もう忘れられない。
忘れてはいけない。
俺たちは生きている限り、何かと戦い続けているのだから――。
その道がどんなに理不尽でも、それでもここにそんな苦しみを味わっている人がいるのだと主張し続けることで、世界は少しずつ変わっていくのだから。
受取手が病気を、戦争を、なくそうとしてくれる限り、未来は明るいのだから。
そうして俺たちの思いを受け取った子どもたちが、報いてくれると信じて……。
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