第28話 最後通告

 閣議で決定された隣国ドールに向けての開戦命令。

 こちらは近隣諸国の手助けも借り、開戦に向けて準備を進めていることが分かった。

 戦闘機や戦車、自走砲など。様々な武器が運び込まれ、ドールへの攻撃意思をくみとることができる。

 この国のトップはよほど戦争が好きらしい。

 ドールに向けて軍備が整えられつつある。

 俺とメイリスにも勅命が下り、ドールへの侵攻作戦を開始するとのこと。

 王女殿下を人質にとるという暴挙に出たドールに思い知らせるために我々は武力をもって現政権の排除にあたる。

 最後通告。

 現在の世界情勢を鑑みず、アルリア大陸の一国家である責務を全うせず自国の安寧のみを追求する貴国に対し、平和維持連合構成国を代表して我々は以下の要求を通告する。

 一、軍の解体。ならびに武装解除。

 二、現政権の解体。

 三、魔法の使用禁止。

 四十八時間以内に以上の要求が実行されない場合、平和維持への意思をなくしたものとし、武力による介入を行う。

 文章を作成すると、そのままドールに向けて大使を送ることになった。


「これで、ドールが受け入れてくれたらいいのだが……」

 ふーっとため息を吐くリリ。

「疲れていますね。リリ王女さま」

 メイリスが気遣うように言う。

「そうだな。ブラッド、お主との時間を作ることができそうにないわい」

「気にしておりません」

「ちこうよれ」

 リリは手招きをし、俺を呼ぶ。

 少し躊躇ったものの、俺に拒否権はない。

 それが分かるとすんなりと近寄るのだった。

 どんなドSを発揮するのかと思えば、俺の髪を撫でると、少し潤んだ瞳で口を開く。

「悪いな。お主には無理をさせてばかりいた気がする」

「い、いえ。そんな……!」

 俺は意外な言葉を口にするリリに対して何も言い返せなかった。

「わかっておる。お主は優しすぎる。純粋すぎる。戦争には向かないほどに」

 そっと抱き寄せるリリ。

 その感覚は母親のようだった。

 俺はリリに母を求めていたのかもしれない。

 なら――恋ではない?

 戸惑う俺を落ち着かせるかのように抱きしめるリリ。

「大丈夫。大丈夫じゃ。もう怖くない……」

 その言葉に安らぎを感じる。

「大丈夫だ。もう無理をするな」

「……分かりました」

 俺はリリから離れると、じーっと見つめていたメイリスと目が合う。

 少し気まずい。

「ほら、メイリスも。ちこうよれ」

「え、ええ……。わたし!?」

 びっくりして自分を指さすメイリス。

 当たり前だ。この流れで呼ぶとはどういった了見なのか。

 メイリスは渋々リリに寄ると、抱きしめる。

「すまん。本当は気がついておった。でも、我も諦めきれなかった」

 自身の気持ちを吐露とろするリリ。

「我の初恋。我が儘じゃ。それを許しておくれ。メイリスにも悪い思いをさせてしまった。何案ずることない。ブラッドが国王になれば、側室はいくらでもとれる」

「愛人になれ、と?」

「……すまない」

 それだけ言うと、メイリスを引き離すリリ。

「我は悪女じゃ。だが、最後の最後までブラッドを、この国を愛そう」

 その柔らかな笑みはメイリスに涙を浮かばせる。

 そしてリリの胸元で泣き続ける。


 しばらく経ったあと、メイドのアメリアがお茶菓子とお茶を持って入ってくる。

「しばらくお休みください。リリ王女殿下様、ブラッド様、メイリス様」

「そうだな。ブラッド、メイリス。交代して良いぞ」

「は!」

 俺とメイリスは他の部屋に通されて、お茶菓子とお茶を持ってきてくれるメイドさん。

「すみません。アメリアさん」

「いいですよ」

 メイリスが何か言いたげにアメリアと向き合う。

「一度でいいからメイド服を着てみたいのですが……」

 メイリスが思い切って訊ねてみると、意外な返答が帰ってくる。

「わたくしはメイドという職業であり、誇りを持って当たらせて頂いております。気安く――と言いたいところですが、わたくしの予備であればお貸しします」

「やった!」

「そんなに嬉しいのか? メイリス」

「えー。だってブラッドってメイド服を目で追っているじゃない」

「そ、そうか?」

 バレていた。俺がメイド好きであることもバレてそうだな。

 そう言って隣の試着室に籠もるメイリス。

 俺とメイドのアメリア二人っきりになる。

「その、わたくしも側室に迎えてもらえませんか?」

「え!?」

 俺は今年一番驚いた声を上げる。

「アメリアさん、いつの間にそんな……!」

「わたくし、ずっとブラッドさんのことを追っていました。それは王女殿下様と出会った頃からです」

「前国王がご健在であった頃からか?」

「はい。それはもう、紳士な振る舞いと、頼りがいのある貴殿に気持ちを寄せていました。ですが、わたくしは一介のメイド。一緒になるなど許されぬと思ってきたのです」

 深々と頭を下げるアメリア。

「どうか、一人の女として愛してください」

「……」

「ダメ、ですか?」

「いや、もっとお互いを知ってからにしよう。俺はアメリアさんのことを知らなすぎる」

「そう、ですね……」

 悲しそうに声を振り絞るアメリア。

「いや、だが、好ましいとは思っている。ただもっと知りたいと思う」

「……ありがとうございます!」

 感極まったのか、涙を浮かべるアメリア。

 なんだか、どんどんとおかしな方向に話が進んでいっている気がする。

「できたの」

 扉を開けると、そこには完璧なメイド姿をしたメイリスが立っていた。

 クラシカルなメイド服が、メイリスにはよく似合っている。

 本物のメイドと見間違うほどに優れた見た目をしている。

「似合っている……」

「え! ホント!?」

「ああ」

 地獄耳だな。ぼそっと呟いただけなのに。

「良かったぁ。じゃあ、記念写真を撮ろう?」

 メイリスはカメラを起動させて、ブラッドとアメリアを入れて写そうとしてくる。

「わ、わたくしもですか?」

 メイリスは困ったように眉根を寄せる。

「いいじゃない。それとも不満?」

「い、いえ……」

 メイリスは苦笑いを浮かべながらカメラに入る。

「よし、撮るよ!」

 カメラのシャッター音がなる。

 困ったようなアメリアと、俺と、そして元気いっぱいなメイリスが映る。

 そんな写真だった。

「ふふ。いいできだね」

「ああ。それはいいが……」

「メイリス様にも困ったものです」

 アメリアは困ったように頬を掻く。

「そうだな。メイリスはいつもこうだからな」

「何よ。言いたいことがあるなら言いなさい」

「いや、元気いっぱいでいいと思うぞ」

 俺は本音で語ると、メイリスは鼻歌を歌い出す。

「分かっているじゃない。もう」

 なんだか、チョロいな。

 ふっと微笑み、アメリアの煎れてくれたお茶をすする。

「うまいな。どうやっているんだ?」

「カップを先に暖めておいたり、茶葉の煎れかたなど、色々とあるのですよ」

「へぇ。さすがメイドだ」

「今はわたしもメイドなんだからね!」

 メイド服を見せびらかすように声を上げるメイリス。

「なんちゃってだろ? アメリアさんとは違う」

 やっぱりなんでもできるメイドって格好いいし可愛い。

「ふふ。少し努力すればすぐになれますよ」

「え。わたし、メイドになれるの!?」

「辞めておけ。お前には似合わない」

「ぶーっ。似合っているっていったじゃない」

「あれは見た目の問題だ。中身は違う」

「いいもん。わたし、本気でメイド目指すから」

 意固地いこじになったメイリスは誰にも止められない。

「まずはお茶の煎れかたからですね」

 アメリアはふふっと微笑ましく笑いを浮かべる。

 開戦まで、メイリスはメイド修行を始めるのだった。

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