第27話 ドール
俺たちが
記者たちはリリの無事を願っていたが、そこで疑問が生まれた。
「あなたをさらったのはどの組織ですか?」
ここで応えれば、ドールとは宣戦布告になるかもしれない。
条約を破ったのはあちらだ。かばう意味もない。
他国の援助も得られるだろう。
だがそれは俺たち軍人に死をもたらす。
いくら小国であったとしても、軍縮を行っている国であっても、防衛戦をしてくるのなら、必ず死者は出る。
それは味方は当然だし、それ以上に敵国はかなりの死者が出るだろう。
でもそれも政治の一部なのかもしれない。
「こちらの取材では隣国ドールがさらったとの情報があります。本当ですか?」
じれた記者が独自のルートで得た情報を盾に迫り来る。
「……本当だ」
意を決したように口を開くリリ。
その瞬間、会場はどよめく。
「我はドールの城に幽閉されていた。逃げるさいに、こちらの部隊が援護してくれなかったら、我の命はなかった」
軍部を讃えるように会見を続けるリリ。
俺たちの独断を許すような口ぶりに、俺は目尻が熱くなる思いだった。
「軍が勝手に動いたのは異常事態だと思いますが、その辺りはどのようにお考えですか?」
「我を思ってやったことだ。彼らに何かの懲罰を下すつもりはない」
「リリ王女殿下は、ブラッド=ダークネス大佐と婚約の身、庇うのは個人的な理由ではないでしょうか?」
記者の鋭い質問にリリはどう応えるのだろう。
「あれも一介の軍人だ。我の管轄ではあるものの、その前に軍人としての責務を果たした。なら、我も一介の国王として命ずる」
その言葉で満足したのか、分からないが、記者の反論はない。
「今後、どのようにドールに制裁を与えていくのか、それも我々国民は気になっているのです」
「我々は以前にもむごい戦争をしてきた。それは我々の尊厳と自由を守るためだった。今度もまた、尊厳と自由を奪いに来るのであれば、我々は力を持って排除する」
力をこめていったリリの横顔が凜々しく見える。
たじたじになった記者を見て、リリは不敵に微笑む。
「万の軍勢を持って尊厳と自由を守るのだ。だがこれは敵国がいれば、の話だ」
「ドールは敵対国ではない、と?」
「ああ」
こくりと頷くリリ。
「あちらが攻めてくるつもりなら応戦する。が、ドールも彼の防衛戦にても友好的にしてきた隣国である。今回のことだけでは不問に付す」
国王誘拐という一大事を、不問にするとはかなり甘い政策と言えよう。
だがそれは戦争への恐怖と不安を覚えた国民にとっては吉報に見えるだろう。
もう人が死ぬのは嫌だと、国民も思っているはず。
それは国民だけではない。
ここにいるみんなが、軍部も含めて思っているはずだ。
会見が終わると、リリは王城に戻り、雑務をこなす。
基本的に国王というのは承認のための判子を押すくらいで、基本的な書類作成や決定権は委ねてある。
そうでなくては今回みたいに王女がさらわれたとき、国が破綻してしまうからだ。
リリは落ち着いた様子で公務に戻る。
「リリ王女。お辛くはないですか?」
メイドのアメリアが気遣うように訊ねてくる。そしてお茶をそっと置く。
「ああ。大丈夫だ」
お茶をすすりながらも、少し不服そうに言う。
「ブラッド、我の肩を揉め」
「は……?」
「いいから。命令だ」
「はい」
命令とあれば断る理由はない。
俺はリリの後ろにつき、その凝り固まった肩に手をやる。
そして慎重に、だが容赦なく揉みしだいていく。
「おお、効くなぁ」
そう言いながら手を止めないリリ。
俺はこの平穏な一時を守りたい。
そう願っていた自分がいる。
リリといるとき、俺は落ち着いている。
心が安らぐのだ。
これが恋なのかは分からない。
でも守りたい大切な人であることに変わりはない。
もっとドキドキしたりするのが恋だと思う。
だから、恋ではないのかもしれない。
軍人となった時からこんな幸せは捨てたと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
人生捨てたものではないな。
ふっと微笑むと、リリはめざとく見つける。
「なんだ?」
「いえ。幸せだな、と思って」
「「おお――っ!」」
メイリスとアメリアが一斉に驚きの顔を見せる。
「なんだよ。悪いか?」
「どこにいても敵を
メイリスは目を丸くし、アメリアも目を瞬く。
「王女殿下さまに触れて喜ぶお方がいるとは……!」
「アメリア、どういう意味だ?」
リリの鋭い視線がメイドであるアメリアに降り注ぐ。
「い、いえ……。しかし、あの好奇心旺盛でやんちゃなリリ王女殿下さまがここまで成長なさって嬉しい限りです」
アメリアは目頭を押さえて言う。
「ほう。過去か。リリの過去は夫である俺も聞きたいな」
「ふふ。いいですよ。あれは中学一年の頃――」
「ま、待てい! あの時のことは忘れたと申しておったじゃろ!?」
「あ。そうですね。じゃあ、小学校二年の頃――」
「それも! 忘れたと言っていたではないか!?」
「すみません。けっこう記憶力いいみたいで」
アメリアはケラケラと笑うと、リリはふてくされるように頬杖をつく。
「まったく。気が休まらんわい」
「でもブラッド様はリリ王女殿下様の過去を知っても退かないと思いますよ?」
「そんなの分からないではないか。なあ? ブラッド」
「ふ。そうですね。俺自身、どのくらいリリが好きなのか、分かっていませんし」
苦笑いを浮かべている俺。
嘘ではない。
百年の恋も冷めるという言葉がある。
それは先人がそう思ったことを記しているのだろう。
だから、俺もいつまで経っても変わらないのか? と聞かれたら疑問を浮かべていただろう。
それでも、俺はリリを愛したいとは思っているが……。
「ほらな。結婚するまでは我のことは秘密だ」
「つまらないですね。わたくしもそろそろリリ王女殿下様の奇行を話したいのですが」
「奇行言うな! お主だって我に変な言葉を教えてきたじゃろうて」
「そうですね。その影響で、言葉使いが可笑しいときありますからね」
あー。それってメイドのアメリアのせいなのか。
「う、うるさいわい!」
「それに、雑誌などの影響を浮けやすいですからね。そこも変えた方がいいですよ」
メイドはクツクツと笑いながら、アドバイスをしていく。
「もう。お主は黙っておれ」
「失礼しました」
メイドはそう言うと扉を開けて出ていく。
「しかし――」
メイリスが神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。
「ドールの件、どうなさるおつもりですか?」
怖ず怖ずと訊ねるメイリス。
どんな応えを求めているのか……。
「それは、会議で決める。今日の午後から議会を開くからのう」
「そこで決定なさる、と?」
「ああ。今後の処遇や近隣諸国への影響も鑑みなくてならない」
ゴクリと喉を鳴らすと、メイリスは姿勢を正す。
「それではもしかしたら、戦争もありえる、と?」
「しかたなかろう。国王誘拐の犯人をみすみす見逃すことなんてできやしないのだ」
リリも苦渋の決断のように呟く。
戦争で心を痛めているのは軍人だけじゃないってことだ。
それはトップである王女殿下も、そして国民も同じ気持ちなのかもしれない。
分かっている。
分かってはいるが……。
戦うのか。また憎しみを生み出すのか……。
悲劇を、悲しみを、死を、振りまくだけの戦争になんの意味がある。
「もう宣戦布告をしてきたのだ。許されるとは思わん」
リリはそう言い、時間になったのか、着替えて会議に向かう。
メイリスと俺は警護として室内を点検したのち、リリを含めた上層部を迎え入れる。
そこで下された判決は〝ドールとの戦争〟だった。
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