第25話 政略結婚
ウイングスーツで空を飛び、俺が吸着シートで五階にたどり着くと、そこには目を
「ブラッド……?」
リリは涙目を浮かべながら、こちらを見やる。
「ちょっと下がっていろ」
俺は超振動ナイフで窓を切り始める。
切り取ると分厚いガラスを外に捨てて、中に入る。
「どうして……?」
涙ながらに訊ねるリリ。
「君を迎えにきた」
短く済ませると、俺はリリに手を伸ばす。
その手をとろうとはしないリリ。
「リリ。どうした!?」
俺は焦り苛立つ。
「わ、我は帰れないの。だって……」
「どうした? 何かあったのか?」
すぐに警備兵が来ると思い焦りを募らせる。
「我は、メガホカルンルンと結婚する」
「は!? 何を言っている!?」
俺は力任せにリリの腕をとる。
「もう決めたのだ」
リリはその手を払いのける。
「メガホカルンルンと結婚して、ドールと合併する。そうすればこの大陸のほとんどを我が手に……!」
「それはリリの望むところか?」
嬉しくも、悲しくも見えるように目をすーっと細めるリリ。
「そんなの! ふざけたことを言うな!」
俺はリリの手をとり、顔を近づける。
「俺が国の命運のためだけに来たと、本気でそう思っているのか!?」
「あなたとの婚約は、……悪いとは思っている。でもしかたないんだ」
「しかたなくなんかないだろ。リリをさらったのはドールだ。メガホカルンルンだ。それを知っているなら、ドールは裏切りものになる。平和条約を破った敵対国家となる」
「分かっておる。だからこそ、我が認めねばなるまい。これ以上、戦乱を起こさせぬために」
そうか。
俺は世界が平和になればいいと思ってきた。
それが戦死者への手向けにもなると、信じてきた。
でもそれは――。
「我が認めれば、戦争は起きない。戦乱の世を回避することができる」
「違う。違うぞ! それは逃げているだけだ。誰も戦乱なんて望まない。違うだろ。この世の理不尽を変えるのは今を生きる人の責任だ。そんなんで解決できる話じゃない」
「……だが我はこちらを選ぶ。申し訳ないことをした」
「どうしたんだ! お前はそんな奴じゃない。ちゃんと芯を持った王女だっただろ!」
リリはこちらを睨み付けてくる。
「しかたないだろ! こんなの間違っている。そんなのは分かっている! でもこれがうまく行けば、ドールは、アリアンツ帝国は強大な国となる。そして世界中を黙らせることができる」
戦略的優位に立った新アリアンツ帝国は世界の抑止力となりえる。その上で世界を統治する。
それは一件有効な話に思えるかもしれない。
だが……。
「それは単なる抑止だ。本当の意味で人はわかりあう必要がある」
そうだ。本当の意味で統治しようとするなら、王族同士の関係じゃない。
そんな方法はとっくの昔にやっている。だから、そんなのは間違っている。
それでは何も解決できない。
「人は戦うべきだ。そうでなければ、自分の尊厳を保つこともできない」
「尊厳……?」
「そうだ。人には人としての生き死にがある。だから、その尊厳を守るために俺たちが頑張らないといけないんだ!」
「少し、考えさせてくれ」
リリは思案顔でおとがいに指を当てる。
「何を言っている。すでに多くの兵士がお前のために戦っている。もう止められない。ドールは失敗したんだよ」
「それは……」
悲しそうに揺れるリリの目。目尻に涙を浮かべている。
「わ、我は……」
「意地を張るな。それで国が滅ぶかもしれないんだぞ」
「くっ。分かったよ。分かった。我は国王に戻ればいいんだな?」
「ああ。それでいい」
俺はリリの手を取ると、メガホカルンルンが突撃してくる。
「なんだ。そいつは!」
激高し、つばを吐き捨てるような声音を上げるメガホカルンルン。
「あのものをとらえ!」
メガホカルンルンの声に応じて、兵士が突入してくる。
「逃げるぞ。リリ」
リリの手をとり、エンジンに火をいれる。
そして飛び立つ。
眼下に広がる敵兵による射撃を回避しつつ、飛行する。
「我は……」
「大丈夫だ。これでもう大丈夫だ」
「ふ。お主は優しくなったのう」
「馬鹿なことを言うな」
飛翔して、大地に飛びつくと、リリを守るようにして着地する。
「アーノルド!」
俺は慌てて本陣の扉をくぐる。
「リリ王女殿下!?」
アーノルドがリリの姿を認めて驚いたような顔を向ける。
「戦いをやめろ。今すぐに帰艦する」
俺たちは軍用車両に兵士たちを乗せて、俺とリリも乗り込む。
本陣をたたみ込み、アーノルド、メイリスも帰り道を目指す。
「しかし、どうしてリリはあんなに必死だったんだ?」
「このままじゃ、ドールが沈む。あの男、メガホカルンルンのせいで」
「ふーん。リリ王女さまはブラッドを選んだんだ」
鋭い声音で指摘してくるメイリス。
「ま、まあ。そんなところだ」
ぷいっと顔を背けるリリ。
それも愛らしいと思った。
だが、俺は知っている。
今回はドSな態度が見えない。
本当にあのリリなのか? と思うほどだ。
でもここで引き下がる訳にもいかない。
ドールという国を潰してでも、俺は王国を守った。
それは本当にいいことなのだろうか。
分からない。
でも俺はリリをあのままメガホカルンルンにとられるのを嫌だと思った。
これが恋心なのかは分からないが、俺を変える力がリリにはあると思う。
だから言えた。
だから俺は諦めなかった。
そして連れ去ることができた。
嬉しいのはなんでだろう。
俺は何に迷っていたのか。
なんでこんな感情が溢れてくるのか、分からない。
それでも前に進めているような気がするのは先ほどからリリとよく目が合うせいか。
「そなたとのことは父が病に伏せてから決まったことだ。でもその父もいない。本当はそのままの意味で捉える必要なんてないのかもな」
「……」
寂しいことを言う。
「だが、我はまだ……」
「まだ?」
続きを促すように呟くが、リリは首を振って外に視線を向ける。
「いや、なんでもない」
口を閉ざすリリであった。
「でも、わたしだって……」
それを聞いていたメイリスが思うところがあるのか口を開く。
「わたしはブラッドが好き。リリ王女さまがその気がないのなら、わたしに譲ってよ」
「ブラッドは物ではない。譲る譲らないの問題ではない」
素っ気ない態度で言葉を発するリリ。
「何よ。王女さまだからって偉そうに。だいたいブラッドは完全無欠の、スーパーヒーローなんだから」
「ほう。それは面白いことを聞いた。帰ったらみんなで祝杯しながら聞こうかの」
「なによ。自分が有利なポジションに収まっているからって」
ふくれっ面になるメイリス。
どうやら俺のことで揉めているが、俺はそんなに好かれていい人間でもない。
「俺はそこまで優れた人間ではないよ」
「そういう問題ではないのよ。ブラッド」
メイリスがクスクスと笑いながら言う。
「好きな気持ちに嘘はつけないの。ううん。わたしはそういうタイプなの。好きになったから、本気で取りに行く。それがわたしメイリス=アクアよ!」
城に着くまでに三日。
その間、車で睡眠をとることになった俺たち。
「うぅん……」
寝返りをうつリリに少し心が揺らぐ。
その髪をさらりと撫でる。
近くに湖があるせいか、澄んだような霞がかかったような森。
緊張して眠れない。
こんなことは今までなかった。
戦時下であれば、どこでも寝られるようにするのは軍人の務めでもある。
だからここで眠れないのは俺の失態だ。
外に出ると、周囲を見渡す。
仲間の車が十台、止まっている。
みんなぐっすり眠っているらしい。
湖の方に足を向けると、そこにはとある人がいた。
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