第23話 隣国ドールに捕まったリリ。

 それから二日。

 れいからはいろんな情報を聞き出すことに成功した。ただ変わりに零の心は死んでいった。抜け殻となった零だが、時折祈るように南を向くらしい。

 軍で心を壊した人間はたくさん見てきた。

 俺にとっては日常の一部で、慣れている。

 しかし、零から聞いた話はいくつもある。

 隣国ドールの長であるメガホカルンルンが無理矢理に婚姻を強いてリリを、この国を我が物にしようとしている。

 そのための暗部組織が今次作戦において有益だと推奨された。

 そして内通者を通じてドールを動かしていたらしい。

 断片的なことは分からずともドールがこの国を潰すために行っていたことは分かった。

「よし。リリ様の救出作戦を考える。メイリス、アーノルド」

「敵戦力は六百と思われる」

 地図に駒を並べ始める。

「だが、ドールは最新鋭AIを搭載した軍用オートマトンを採用している。その攻撃性は高い」

「殺傷能力も、ね」

 メイリスが暗い顔で補足説明をする。

「軍用オートマトン、か……」

「どうした? ブラッド」

「いや、開発部のアレが使えるかもしれない」

「「……アレ?」」

 顔を見合わせ不思議そうに訊ねるアーノルドとメイリス。

「ああ。鏡だ」

「鏡なんかでオートマトンを突破できるの?」

「いや、それはできるかもしれない。なにせ、オートマトンのセンサーは光学カメラだ」

「あ。なるほど。可視光を変換させれば撃たれずにすむかも!」

 メイリスが少し明るい声で応じる。

「だがただの鏡ではダメだ。歩兵隊にやられる」

「ああ。だが発明された鏡はただの鏡ではない。盾としても使える」

「そんなもの。本当か?」

 アーノルドは驚いたように顔を向けてくる。

「ああ。だからそれを使うぞ」

「それはいいが、歩兵隊はどうする?」

「強行突破する」

「それ作戦?」

 メイリスが困ったように眉根を寄せ上げる。

「まあ、お前らしいな」

 苦笑交じりにため息を吐くアーノルド。

「いいさ。やってやる」

「うん、わたしも、でも……」

「メイリス。何も言わなくていい」

 俺はメイリスの肩を叩くと、鏡をとりに開発部へと向かう。


 開発部はこの国の様々な武器、防具、生活用品を作っている。

 たまたま出来たものが、軍事転用されたり、生活品として活躍したりしている。

 ドームのような大きな建物が見えてくる。

 内部には重力波観測装置や、電子誘導加速装置などがある。

 その中でも鏡面盾ミラー・シールドを製造しているプラントは西区にある。

 ドームのような見た目とは違い、内部はいくつかの層と、区画に分かれている。

 その西区に行くと、いきなり鏡面盾が俺の視界に入ってくる。

「やっているか? 博士」

「おうおう。やっているよ」

 ニマニマしながら近づいてきたのはハカセと呼ばれる謎の男である。

 十二才で博士号を取得し、十三で独立。その後は故郷であるこの国のために研究開発を続けている。

 最近では宇宙まで続くエレベーターを作ろうと躍起になっている。

「これからの時代は、宇宙開発競争になるだろう!」

「それはまた聞く。だからこの鏡面盾を仕入れたい」

「お! これの良さが分かるか!」

 鏡はシールのように剥がしたり付けたりできる。

 その鏡を盾に貼ることで鏡面盾ミラー・シールドになる。

「これなら銃弾を受けても鏡のように砕けることがない。様々なところで活躍するだろう」

 うんうんと赤べこのように頷くハカセ。

「ああ。これで敵オートマトンを無視できる」

「ほう。オートマトンだと?」

 ハカセはその言葉を聞き、ニマニマと笑いを浮かべる。

「なんだ?」

「こっちなら、オートマトンの仲間割れを誘うことができる」

 小さな粉の入った試験管を見せてくるハカセ。

「なに? これ……?」

 メイリスが不思議そうに訊ねる。

「そう。これは可視光を反射させて、擬似的に人間の姿を見せる粉だ。今はアダルトビデオに応用しようと思っているのだが……」

「……それもそろえてくれ。こちらの部隊は三十ほどだ」

 俺はハカセの肩を抱きよせ、耳打ちする。

「ちなみにアダルトビデオとはなんだ?」

「興味あるか? そこに本人がいるように見せるのだから、一時的に裸の女を映すことも可能なのだよ」

「なるほど」

 メモしておこう。

「うわー。いやらしい……」

 メイリスが退いた様子を見せることで俺の意識はそっちに向く。

「まあ、彼なら信用できる。どのくらいの時間で用意できるか?」

 俺はこほんっと咳払いをしてから、期限を訊ねる。

「三日かじゃろうね」

「最低でも一日で」

「そんなにヤバい作戦なのか?」

 ハカセは驚いたように目を見開く。

「ああ。金は出す、それから必要な人材も。だから一日でやってくれ」

「おお。それならわしも頑張るぞい!」

 そう言ってハカセは両手でガッツポーズを作る。

「なんだ? その格好は?」

「なんでも、西暦の時代に流行っていたポーズらしい」

「そんなの知らんて」

 俺はハカセの言っていることが分からずに苦悩してしまう。

「あまり深く考えなくていいわよ。昔の流行なんて」

 メイリスは真面目に考え込んでいた俺を引き戻してくれる。

「しかし、今から作業に取りかかる。お前らも手伝ってくれ」

「え。俺たち?」

「まさかおれもか?」

 俺とアーノルドがビックリしていると、うんうんと頷くハカセ。

「ええと。わたしはちょっと本部の準備が――」

「何言っているのかな? 君はわしの助手だよ。かわい子ちゃんに給仕してもらえるのが夢だったんだ~♪」

「おい。調子にのるな」

「わし、涙目」

 うるうるとした目でこちらを見上げるハカセ。

 そんな顔をされてもちっとも心揺さぶられない。

「わ、悪かったわい。でもそっちのかわい子ちゃんは電話しておくれ。人手を集める」

「あー。なるほど」

 メイリスは軍部でも通信役が多い。

 彼女の声は透き通るように美しいし、見た目も軍人らしからぬ華やかさを持っているからだ。

 つまりは受け取る印象が良いのだ。

 そんな子に頼まれたら誰だって嫌な顔はしない。むしろ喜んで手伝うだろう。

 ハカセはそのことを見抜いて、最初から起用するつもりだったのだ。

 その後も俺とアーノルドは力仕事を任され、メイリスはあらゆる場所に声をかけて、人脈を集めていく。

 開発部には大量の車が運び込まれてくる。

 一時的にプラントを増やし、そして材料を運び入れる。

 AIやロボットの活躍もあるが、それ以上に人脈がすごいと分かる。

 さすがハカセだ。とは思うが、口にすると調子に乗りそうなので、心の中でとどめておくことにした。

 しかし材料の運び入れが思ったよりも力仕事だし、順番や精度も上げなくてはならない。

 先に仕事を終えたメイリスも力仕事に加わり、少しは楽になったが、それでも数をそろえるには時間がかかる。

 三十枚の鏡面盾を抱えるには時間がかかった。

 俺とアーノルドは徹夜し、ほぼ朝になりかけた頃に解放される。

 その代わりに集められた著名人が代わりを務める。

 そうしてできあがった鏡面盾と鏡面粉ミラー・ダストを俺の部隊に配備させる。

 軍用車が集まり、それぞれが装備を荷台に載せていく。

「これであいつを、ドールを叩くことができる」

 リリを失って三日。

 この国の政治は止まりかけている。

 上層部は混乱し、みんなが心配している。

 軍が勝手に動いている訳ではなく、政治家の一人が命令しているのだ。

 その命令を受け取り、救出作戦を実行する。

 そのための確認もした。

 あとはドールまでの道のり。六千キロを走るだけ。

「しかし、やれるのですかい? ブラッド隊長」

「やれる。ではない。やるしかないのだ。この国の命運が決まるのだから」

「ち、しけてんな」

 オーフィスが憎まれ口を叩くと、車内は少し明るくなる。

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