第22話 リリさらわれる。
ヘイリスを倒して数日後。
俺は受けた傷を癒やすべく、治療を受けていた。
再生医療の向上により、やけど跡はほとんどごまかせていた。
だが、その悲劇の代償はあまりにも大きかった。
外交問題にまで発展し、国内外からリリの進退が大きく揺さぶられることとなる。
ヘイリスの死をもって、ヘイリス教団はその勢力を強めていった。
そんな圧迫されつつある平日。
遅い朝食を摂ると、俺はすぐさまにリリの警護にあたる。
「メイリス交代の時間だ」
前に警備していたメイリスとハイタッチをかわすと、俺はアサルトライフルを持ち、リリの部屋の前で待機する。
それから、数時間後。
「あーあ。もうやめだ、やめ」
そう言って部屋を出てくるリリ。
「公務はどうなさったのですか?」
「少しくらいはいいではないか。息が詰まる」
そう言ってリリは廊下を歩き出す。
俺はその後について行く。
「いや、ですが……」
「決めた。温泉街のミドガリに行くぞ。予定を決めろ。アメリア」
「は。かしこまりました」
どこでも湧いて出るメイドさん登場。
そしてメモ帳を取り出し、スケジュールを見やるアメリア。
「失礼ですが、公務を終わらせないと時間の確保ができません」
「堅苦しい奴だな。いい。少しばかり穴を空ける。明後日には温泉だ」
「かしこまりました」
え。できるのかよ。
困惑する俺を置いてけぼりにしてメイドのアメリアと旅行の計画を立て始めるリリ。
「警備にはアーノルド、メイリス、ブラッドの三人にお願いします」
「あ、ああ……」
計画を立てていくが、それでいいのか。メイドよ。
「この計画を実行するなら、毎日頑張る必要がありますね」
「わかっとるわい」
そう言って作業部屋に戻るリリ。
「あー。やったるぞ!」
部屋の中からリリの本気の声が聞こえてくる。
「さすがですね。アメリアさん」
俺は初めてリリのメイドに話しかけてみた。
「まあ、あなたとも遊びたいのでしょう。その気持ち、くんで上げて欲しいですよ」
「そ、そうか……。そんなに好かれているような気はしないがな」
俺は戸惑いを覚えつつも、本音を漏らす。
「そうですね。彼女もあまのじゃくなところありますから」
「俺にはドSな部分しか見えなくて……」
「そうですか。でもあなたに甘えるの、なんだか分かる気がします」
アメリアは時間を見て、ゆったりとその場を離れていく。
「そろそろお茶の時間ですので……」
「ああ。話せて良かったよ」
「ええ。とっても……」
含みのある笑みを浮かべて厨房へと向かうメイドさん。
どうやら俺はリリと向き合う必要があるらしい。
彼女は俺のことを好いているらしい。
なんとなく、そのことは伝わった。
でも恋人として付き合う――それが俺には分からない。
どう接していいのかが分からないのだから。
そんな悶々とした気持ちを味わいながら、俺は警護を続ける。
そして夜になり、アーノルドが姿を現す。
「交代の時間だ」
「ああ」
俺はアーノルドと交代する。
ふと石けんの香りが漂う。
「貴様、何者だ!」
俺は慌ててハンドガンをアーノルドに向ける。
「なんだ。仲間の顔も忘れたのか?」
そのぶっきら棒な言い方も、茶色い瞳もアーノルドのものだ。だが、違う。
どこか違う感覚を覚える。
こいつは本物じゃないと、脳が訴えかけてくる。
直感なのか、それとも優れた観察眼なのか、分からないが、否定できる。
間違っていない。
こいつはニセモノだ。
「もう一度警告する。お前は誰だ?」
「あれれ? おかしーな。ぼくの変装は完璧だったはずなのに」
そう言って見えていた姿がドンドン縮んでいく。
そして小さな女の子が現れる。
その容姿は黒い瞳に、美麗な黒髪を肩口で切りそろえている。黒っぽい和服に身を包んでいる。
その手に握る
「魔法!?」
「違うね! 妖術さ!」
そう言って和服美人は桜吹雪を浴びせてくる。
その一枚一枚に刃でもあるのか、かすめるだけで傷跡をつくる。
あれの直撃を受けては生きられない――。
俺は回避行動をとり、桜吹雪をかわしてみせる。
「あらあら。素晴らしい回避能力ですね」
ふふっと上品な笑みを浮かべる和服女。
「てめー。なんのつもりだ!」
「それを言う必要はなくてよ。今よ!」
彼女の仲間と思しき連中が左右から押し寄せてくる。
その数八人。
「くっ。いかせるか! アーノルドは何をやっている!」
「なにする! うわっ!」
八人の黒タイツは中にいたリリを捕まえたらしい。
そのままリリを連れて退却する黒タイツども。
「行かせるか! メイリスは!」
怒号を叫びながら俺はリリを囲んだ連中に向かう。
が、その前を桜吹雪が遮る。
「君の相手はこの僕だよ。ブラッド=ダークネス」
「なんでもかんでも知ったふうな口をきいて。ムカつくぞ」
俺はナイフを引き抜き、和服おかっぱに向き直る。
この城内にはまだ百を超える警備兵がいる。
どのみち、逃げられはしないさ。
ならこの小娘と戦うか。
「さあ、終わりにしましょう。ブラッドさま」
「なんのつもりだ。ようやく世界は平和を求めて緩やかに融和政策を惜しし進めいる。なのになぜ!?」
「ぼくの国が発展するのに、理由なんていらないでしょう?」
桜吹雪が舞う。
「誰かが、一方的満足するなんて間違っている」
「そうかしら? 全ての物事には勝者と敗者がいるわ。そしてそれは暴力で勝ち取ってきた。そんな歴史があるじゃない」
「そんなのはまやかしだ。暴力では憎しみを生む。そして世界は変わらない。力なきものが搾取されていく。不完全な世の中になってしまう」
「あらあら。意味がおわかりでないのかしら!」
桜吹雪が俺に向けて飛翔する。
四方八方から襲い来る桜吹雪。
その一枚一枚が刃となり、俺の身体を切り裂く。
「ぐ、だが!」
俺は勝ち筋が見えていた。
背中に背負っていたアサルトライフルを撃ち放つ。
「そんなもの!」
花びら一枚一枚に着弾し、散っていく。
無数にあるように思えた桜の花びらも徐々に手薄になる。
そして、その合間を狙って俺は飛び込む。
ナイフで一閃。
和服女が地に落ちる。
「く。よくも!」
「そこまでだ。
アーノルドがショットガンを和服女に向ける。
「俺は一人じゃない。こんな無茶な計画をよこしたのは誰だ? 誰の指示でここにきた?」
ザザッとノイズが入る。
「メイリスか?」
『ごめん。逃がした。リリ王女殿下はさらわれた』
短めに伝えてくるメイリス。
「くそっ。何をやっているんだ!」
「今はこの国の求心力も落ちている。零から吐かせるしかないだろう」
アーノルドはショットガンの銃口で和泉の頭をつつく。
「そうだな。俺たちの拷問で吐かせるか」
「殺せ……。捕虜になるつもりはない」
「あ。どの立場で言っている」
アーノルドが珍しく目くじらを立てている。
ドスの効いた怖い音色で睨む。
「俺たちに捕まって良かったな。楽だぜ。薬品やらなんやらの実験台にされるんだ」
俺は零の肩をポンッと叩くと、そのまま地下牢に向かっていく。
「ぼ、ぼくは何をされても話さないわ!」
「その強がり、いつまでもつかな?」
地下牢に閉じ込めると、零は血の滲むような顔でこちらを睨み付けてくる。
「さて。あいつの拷問はそちらの者に任せるとして……」
俺とアーノルド、そしてメイリスが集まる。
「ごめんなさい」
深く謝るメイリス。
「過ぎた時間は巻き戻せない。なら、お前が何をやるべきか、分かっているだろ?」
「は、はい……」
俺の声にメイリスがビクッと怯えている。
なんだ? 普段のメイリスらしくもない。
いつもなら、もっと噛みついてくるのに。それすらもしないとは。
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