第21話 火球。

「お前は――っ!」

 ヘイリスを殴るが、変な感触を覚える。

 俺を弾くようにして何かの力を感じる。

「こ、これは……!」

「魔法だよ。あんたらが必死に隠そうとしているものさ」

「魔法だと!」

「ああ。そうさ!」

 ヘイリスは両手に火球を現出し、俺を睨み付ける。

「あんたらはこのスペシャルな力を封印しようとしている。いいじゃないか。上位種が弱者を救うのだから」

「それは救いじゃない。支配だ」

 魔法は遺伝する。逆を言えば、遺伝していない人にはなんの力もない。

 だから魔法は封印されようとしている。

 使い方が分からなくなりさえすれば、誰もが平等になる。

 そうすれば、一夜で街を焼くことも、国のトップが暗殺されることもなくなる。

 この科学が進んだ時代に魔法は不要のものと言える。

 俺たち、革新論派は彼ら原論派とは対立している。

 生み出した火球はアーノルドの放つアサルトライフルの銃弾を消し炭に変えていく。

「く。銃が効かない。これが魔法か」

 火球を手から放つ。

 俺は回避すると、直後に背中が爆炎でチリチリと焼かれる。

「やっぱりあんたは危険だ。この世界から排除する」

 俺はサバイバルナイフを取り出し、構える。

「俺が討つ――!」

 接近すれば、あの火球も攻撃できまい。

 それにこのナイフなら火球で消される前に切れるはずだ。

 俺は火球をかわし、滑り込むようにしてナイフをヘイリスに突き立てる。

 が、すぐにバックステップでかわされる。

「ち。すばやい」

「なら、おれが抑える」

 アーノルドがヘイリスを後ろから襲いかかる。

「死ね!」

 ヘイリスがアーノルドに火球をぶつけてくる。

 燃える炎を避けると、爆炎が辺りを包み込む。

 吹っ飛ばされたアーノルドは地を蹴り転がる。受け身をとり、なんとか生き延びている。

 俺も負けじと前へ踏み出す。

 小石を蹴り上げ、サバイバルナイフを突き立てる。

 ヘイリスの足を狙う。

 と、それに気がついたヘイリスはこちらに向かって火球を投げつける。

 まずい。

 逃げ切れない。

 本能が危険を察知し、逃げるように言ってくるが、身体の動きが間に合わない。

 やられる――。

 その瞬間、目の前に障壁が展開され、火球が消える。

「なにぃ!?」

 ヘイリスが変な上擦った声を上げる。

 俺はそのまま、ヘイリスの足にナイフを突き刺す。

「うが――っ。くそ」

 ヘイリスはその足で蹴りつける。

 腹部に突き刺さった足で俺は地面を転げる。

「大丈夫!? ブラッド」

 久しぶりに聞いた声に驚く。

「メイリス、なぜ?」

「障壁魔法で耐えたのよ」

 そう言ってヒールの魔法を唱え、俺の傷を癒やすメイリス。

 その腕はやけどの跡が酷く残っていた。

 あのジープの中で必死に耐えたのだろう。

 衝撃や降りかかる金属片からは障壁で逃れられる。だが、熱からは逃げることができないのだ。

「もういい。自分の回復に専念しろ」

「う、うん……」

 そう言って引き下がるメイリス。

 すっかり回復していたのかアーノルドが前に出る。

「フォーメーションS32だ」

「ああ」

 アーノルドがそう言うと、俺は小さく頷く。

 前を走るアーノルド、その後ろからついていく俺。

 アーノルドの身体で後ろの俺は見えまい。

 ヘイリスは舌打ちをし、火球を投げてくる。

 右、左に回避してアーノルドがアサルトライフルを撃ち放つ。

 その陰から飛び出し、ハンドガンを撃ち込む俺。

 火球を周りに蒔いて弾丸を溶かし尽くすヘイリス。

「やはり、すべての事柄は魔法が解決する。それがこの世の摂理だ!」

 高笑いをするヘイリス。

 だが、それだけではない。

 人に恐怖を与え、世界を脅かす。

 そんなものにすがるほど、人間は柔じゃない。

 そう信じている。きっともっと素晴らしい世界があると信じて。

 だから倒す。

 ヘイリスを討ち取る。

 その先に信じる未来があると信じて。

 火球の向こうにあるヘイリスに向かって手榴弾を投げつける。

「くそっ!」

 ヘイリスは障壁魔法を展開。

 爆発。

 爆炎と粉塵の中から現れたのは元気なヘイリスだった。

「ははは。この程度で落ちると思ったか! バカ者め」

 ヘイリスは高笑いをしながら火球を放ってくる。

 それをかわして、距離をとる俺とアーノルド。

「どうする?」

「あいつの足は完全じゃない」

 よく見ると、先ほど突き立てたナイフが足からじわりと血を滲ませている。

「接近戦にもつれこめばチャンスはある。ナイフは?」

「まだある」

 俺は手にしたサバイバルナイフを構える。

「よし。行くぞ!」

 アーノルドが前に出て、後方からメイリスの障壁魔法が展開される。

 陰から飛び出しても、火球は俺の前で止まる。障壁魔法による防御が完璧だ。

 これなら行ける!

 ヘイリスの懐に飛び込むと、もう片方の足にナイフを突き刺す。

 血が飛び散り、もはや立つことさえできなくなるヘイリス。

「ぐぁあああ……」

 悲鳴はひどくしゃがれた声に聞こえた。

 アーノルドがアサルトライフルを撃ち放つ。

 その全てを火球だけでは受け止めきれない。

 火球で隠しきれない足や顔をかすめていく。

「これで終わりだ。ヘイリス」

 俺は両足に刺さったナイフを引き抜き、そのまま顔面を切り裂く。

「――――っ!?」

 声にならない断末魔を上げて、ヘイリスは倒れこむ。

「このままじゃ、終わらせない!」

 ヘイリスの最後の叫びが俺を震えさせる。

 火球が二つ。

 俺の顔面に撃ち放たれる。

「っ」

 俺は短い悲鳴を上げると、燃えさかる頭を地面にこすりつけて消す。

「ブラッド!!」

 メイリスが慌てて駆け寄ってきて、その顔にヒールの魔法を使う。

 アーノルドが血走った目でアサルトライフルをヘイリスの顔面めがけて放つ。

しまいだ」

 俺は歯をガチガチとさせて、身体中が震える。

 ヒリヒリとする痛みとむせかえるほどの熱に俺は倒れ込む。

「王城へ戻るぞ。平和維持軍がくる」

 国際連合に属した平和維持軍。その者にブラッドたちの存在を知られてはならない。

 陰に生きるものとしてさっさと立ち去るのが一番だ。

「で、でもブラッドは?」

「治療しながらでも逃げるしかないだろ」

 アーノルドが珍しく焦っている。

 その不安からか、メイリスも慌てた様子でその場を立ち去る。

 アーノルドに背負われ、メイリスにヒールをつかわせ続ける。

 そんな中で俺は意識が遠のいていく。


 気がつけば、俺はベッドの上で眠っていた。

「気がついたかのう」

 ベッドの隣でリンゴの皮を剥いているリリがいた。

「リリ様。俺は……」

「任務は成功のようだな。しかし、我の命令もなくいわお司令部が勝手に活動するなど、あってはならなぬことだ」

「なっ!?」

「その反応はいい。聞いた」

 俺はリリの命令で働いていると思っていた。だが、実際には上司である巌が命令していたのだ。

 これでは本気で殺す意味などなかったのかもしれない。

「やってくれたよ。お陰で雑務が増えた。我の収集や外交にもケチのつけっぱなしだ」

 苦々しい顔をしているリリ。

「起きたの!?」

 勢いよく扉を開けてくるメイリス。

「大丈夫!?」

「ああ。なんとか」

 メイリスが駆け寄り、顔を見てくる。

 胸元のあいた服のせいか、谷間が見えてしまう。

 それに照れて、顔を背ける。

「問題ない。これまで通り戦える」

「ブラッド、悲しいこと言わないで」

「そうだ。お主は他にもできることがある」

 メイリスもリリも、優しい声音で説いてくる。

「それは、そうか……」

 痛みで顔に手をやる。

「やけどは全部取り除くことができなかったわ」

 鏡を見やると、そこには額に少しやけど跡が残っている。

「まあ、これも勲章だな」

「お前にやる勲章はないぞ」

「それよりもメイリスこそ、大丈夫か?」

「ええ。大丈夫よ」

 そう言って俺の頭を撫でてくるメイリス。

 あれ。こいつってこんなに距離感、近かったっけ?

「むむ。我の前で……」

 ぷくっと膨れるリリ。

 修羅場か。

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