第20話 ヘイリスとのバトル
調印式も終わり、閉会の挨拶も終わる。
集まっていた首脳陣が散っていく。
『ヘイリスが出た。こちらも追うぞ』
インカム越しにアーノルドの声が耳朶を打つ。
「ああ。分かった。行くぞ、メイリス」
「いいわよ」
ヘイリスの乗った車の周囲には五台の車が取り囲んでいる。護衛の車だ。
それをやるには車を引き離す必要がある。
陽動を行う。
そして逃げおおせたヘイリスは他国の間者によって抹殺される。
なら――。
俺はジープの荷台に載り、搭載されたミサイルを放つ。
放たれたミサイルは燃料を燃やしながら、敵車部隊へと着弾する。
一台の車が大破。二台の車が中破。
そして残り三台の車とヘイリスの乗る車のみ。
二発目のミサイルが残りの三台を蹴散らす。
アクセルを踏みしめ、退却するヘイリス。
だが、その前には中破した車から降りてくる武装集団の姿があった。
俺はジープに乗せてあった機銃を撃ち放つ。
乾いた発砲音のあとに
血が肉片が転がり、見るも無惨な姿になっていた。
「どうする?」
「間者が完璧とはいえん。追うぞ」
「はいよ」
血肉を踏み越え、ヘイリスを追う俺たち。
ジープは空になったコンテナを乗せたまま行く。
「しかし、このまま追っていいのか?」
珍しくアーノルドが口を開く。
「なんでだ?」
「あいつはあれでも反乱軍のトップだ。それを抑える作戦は悪くないと思う。だが、今のリリ王女殿下の政策に水を差すのでは?」
「アーノルドの意見には一理あるわね。どう思っているの? ブラッド」
「奴は危険人物だ。成り上がる前に叩く。その方が後腐れがなくていい」
「そうかな……?」
「メイリス何か意見があるのか?」
「だってリリ王女さまと結婚したがっているじゃない? それはわたしにとってはプラスだと思うんだけどなー」
「あー」
メイリスは俺のことが好きらしい。
だったら反対する理由もないということか。
それはそれで問題な気もするが、俺はリリ様と婚約した身でもある。今更引き返すこともできない。
それに――。
「個人的な理由でこの作戦をやめるわけにはいかない」
俺の気持ちがどこにあるのか、ハッキリしないのだ。
そんな曖昧な気持ちで作戦を実行するのも良くない気がする。
分かっている。
でも今はリリの融和政策に水を差すことになる。
障害は取り除くしかない。
全ての人間がハッピーになれる方法などないのだから。
国境を越えて、俺たちはリンシブルに入る。
教祖となっているヘイリスだが、その本意がどこにあるか、分かったものではない。
それに彼は
俺たちはそれを脅威に感じ、排除しようと企んでいる。
悪なのはこちらかもしれない。
それも分かっている。
戦場では命など安いものだ。
その中でたまたま生き延びてしまった俺の命が、何を生み出せるのか、何ができるのか分からない。
本当に人としての尊厳はそこにあるのか、分かったものではない。
それでも。
いや、だからこそ……。
ヘイリスという男は危険なのだ。
あの男は多くの人の反感を買う。そしていずれ世界を恐怖に陥れるだろう。
そんなのはごめんだ。俺は俺のやり方で彼を排除する。
そんな手段しか選べない俺は確かに悪なのかもしれない。
頑張って生きてきた。
そのつけがこれか。
干からびた心を潤すこともなく、そのまま引きずっている。
「見えた。ヘイリスの車よ」
メイリスの言葉に跳ね上がるように前方を睨む。
「機銃で狙え」
アーノルドの小さな呟きに応える俺。
機銃座にとりつき、前方の車に向けて斉射する。
発射された銃弾は雨のように降り注ぐ。
車は弾丸の雨あられを受けてタイヤをパンク。火花を散らしながらも進み続ける。
「止まらない!」
「なら!」
メイリスは車を近づけて、体当たりを食らわせる。
その車体の上に飛び乗るアーノルド。
そしてアサルトライフルを撃ち放つ。
運転手が死んだのか、動きが止まる車。
「よしよし」
アーノルドはスピードが緩まったところを見て、飛び降りる。
車の前にジープを寄せて進路を塞ぐメイリス。
俺もジープから降りて、アサルトライフルをヘイリスの車に向ける。
「派手にやってくれたね……」
「ヘイリス」
車の後部座席から飛び出してきたヘイリスはニヒルな笑みを浮かべている。
「さあ、お終いにしようか。ヘイリス」
「まさか君が仕掛けてくるとは思わなかったよ、ブラッド=ダークネス。闇に生きる者」
「冗談じゃない。俺は一介の軍人だ」
「そうさ。だから闇と言った。血で汚れた蛮族め」
「挑発のつもりか? くだらない」
「僕が死ねば、世界はまた混沌の時代を迎える。僕の言っていることは本当だよ?」
ヘイリスは口元に指を当てて言う。
「能なしくん?」
「うるさい。黙れ」
なんで撃てない。
この引き金を引けば、全てが解決するはずなのに。
それなのに、引き金を引けない自分がいる。
どうした? なぜ撃たない。
震える俺がいる。
狙うのはヘイリスの頭。
それだけなのに。
どうしてか、手元が震える。
「あは☆ 僕には負けない自信があるんだよ」
そう言うと、戦車が脇道から現れる。
発射された弾丸はジープに突き刺さり、爆炎を上げる。
「メイリス――っ!」
メイリスの乗ったジープが黒煙を上げて粉塵をたちこめている。
死には慣れていたと思っていた自分がいる。
気がつけば、足下から崩れ落ちるように膝をつく俺。
「何をやっている! ブラッド」
アーノルドが後ろから支えるように立ち上がらせる。
「生きるんだよ! お前が教えてくれたことだろ!」
俺を手短な草っ原へと避難させるアーノルド。
そして平手打ちを頬に食らう。
「お前が生きてなきゃメイリスも喜ばないだろ!」
「メイリスが……っ!」
泣き叫びそうになるのを抑えて嗚咽を漏らす俺。
「馬鹿やろう。だったらなおさらだろ。お前のことを慕っていたんだぞ」
「それはそうだけど。いや、だからこそ」
「だからこそ、生きろ! 生きて未来を切り開け!」
「切り開く……」
アーノルドが苦痛の滲んだ声であると気がつく。
まるで刃物でも突き立てられたように辛い顔をしている。
「アーノルドお前……」
「ああ。行くぞ」
俺の正気に戻った顔を見て、悲しい顔を隠してそっぽを向くアーノルド。
「行く、か……」
戦車がヘイリスを迎えると、こちらに砲塔が向く。
「行け行け行け!」
俺は草っ原から飛び出し、手榴弾を投げつける。
うまく戦車の上に乗り、爆発する。直後、後ろが爆炎に変わる。
立ち上がると、俺はアサルトライフルを撃ち放つ。
その後ろで手榴弾の安全ピンを引き抜くアーノルド。
「投げるぞ」
「おう」
俺は威嚇射撃を終えると引っ込む。
後ろから投げられた手榴弾は空中を回転し、砲座へと吸い込まれていく。
ボンッと破裂音が鳴り響き、戦車内部を焼きつくす。
燃え上がる戦車から逃げ出すヘイリスが見える。
「逃がすか!」
アサルトライフルを撃ち放つが、弾丸がなくなったのか、射撃音が響かない。
「くそっ」
俺はアサルトライフルを投げ捨て、ヘイリスに向かって走り出す。
ヘイリスの顔が近づいてくると、俺はそのまま身体をぶつける。
タックルしたことでその勢いを、衝撃を吸収しきれないヘイリスは地面に倒れ込む。
俺がヘイリスの胸ぐらをつかみ、握った拳を振るう。
「おい。待て」
アーノルドの声が後ろから聞こえるが、俺は止まらない。止められない。
殴り続ける俺を止めようとするアーノルドだが、ヘイリスの顔が歪む。
「は。貴様も同類さ。自分のために他人を利用する。そうだろ?」
「お前――っ!」
殴っていた拳から血が舞う。
「ばっかみたい。仲間が死んだくらいで。それで本当に軍人か?」
ヘラヘラと笑うヘイリスが許せなかった。
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