第17話 調査結果

 舞踏会が無事に終わり、俺たちは解放された。

 俺は自室でタキシードを脱ぐと、シャワーを浴びる。

 くせ毛をタオルで丁寧にぬぐう。

 すーっと背中にさす陰。

「アーノルドか?」

「ああ。調査が終わった」

「なんの調査をしていたんだ?」

「ヘイリス周りだ。あいつの周りの奴にはおかしな言動が多い。それが腑に落ちなくてな」

「ほう。で何か分かったのか?」

「奴は〝魅力チャーム〟の属性を持っている。魔法だ」

 俺は着替えを始めるが、アーノルドは話をやめない。

「魔法。それも古代魔法の一種だ。魔法陣なしの血の血族によるものらしい」

「なるほど。それなら納得できる。で? どうする?」

「ヘイリスを暗殺する」

 やはりそうなるか。

 俺の知っているヘイリスは危険性がなかったが、魅了チャームなら同性には効かないのかもしれない。

 それなら問題なく思えるが、リリ様の示す道の邪魔になる者は排除する。

 そのために俺たちは戦ってきたのだ。

 だが、だからと言ってタイミングを失う訳にはいかない。

 明後日に迫る平和祭典の調印式でヘイリスは顔を見せるが、そこを襲えば確実に平和への道が閉ざされる。

 となれば、そのあと。ヘイリスが一人でいるところを攻撃するしかない。

「どうする? 調印式で発信器でもつけるか?」

「そうだな。だが、日を改めなくてはならない。発信器は役に立たないだろう」

「……そうか。じゃあ、調印式の帰りに盗賊に襲わせるのが一番だな」

 俺は考えていた第二項の暗殺計画を持ち上げる。

「しかし、それで本当に平和になるのかな?」

 扉一つ外にいるメイリスが声をかけてくる。

「メイリス、それは俺たちの考えることじゃない。もっと上のものが考えるべきことだ」

「そう。なら、いいのだけど……」

 含むように言うメイリス。

「ともかく。これより作戦会議を始める」

 身支度を調え終えた俺は扉を開けて、メイリスを迎え入れる。

 そのあと、俺とアーノルド、メイリスで作戦の概要を固めていく。

 話し終える頃にはメイリスがソファでコクコクと船をこいでいる。

「アーノルド。作戦は決まった。あとは頼む」

「ああ。それはいいが」

 メイリスを気にした様子のアーノルド。

「こいつは俺が連れて帰る。安心しろ」

「なら、いい」

 相変わらずな、ぶっきら棒で答えるアーノルド。

「起きろ。メイリス」

 俺はメイリスの両肩に手をかけて、ゆさゆさと揺さぶる。

「もう少し……」

 寝ていたいのは分かるが、非常時ならどうするつもりか。

 こいつも平和ぼけし始めている。

 リリ様の直轄の護衛隊である俺たちが、これでは……。

「起きろ!」

 耳元で大声を上げると、ビックリした様子で飛び起きるメイリス。

「あれ? アーノルドは?」

「もう帰ったぞ。だからお前も――」

「わたし、もう少しブラッドの傍にいたい」

「はぁ? 何を言っている?」

 寝耳に水な話に俺は困惑する。

「いいじゃない。少しくらい。仲間同士、チームワークも大事でしょ?」

「それは、そうだが……」

「それなら、これから夕食作ってあげるね!」

「え。いや、お前には……」

「いいから、いいから」

 遠慮していると思われたのか、メイリスは鼻歌交じりで冷蔵庫を開ける。

「いや、遠慮しているわけではないが……」

「あー。プロテインばっか。なんでそんなに鍛えたいのよ。軍の規定で十分じゅうぶんでしょ」

 呆れたようにため息を吐くメイリス。

 いくつかの食材を吟味し、作り始めるメイリス。

 その手慣れた様子に少し感動をする。

「いつから料理が作れるようになったんだ?」

「やだなー。ここ二年くらい頑張っているんだから」

「それは失礼した」

 しかし、そんな変化にも気がつかなかったな。

 前は軍部規定の調理作業にて、カレーをダークマターに変えるほどだったのに。

「やっとできるようになってきたんだから。それを味わわないなんて損よ」

 ルンルン気分で料理をしている。

 その包丁さばきは確かになれた手つきだ。

 だが、変な調味料でもいれないか? と心配する俺であった。

 まさか、またもや、メイリスに料理を振るまってもらうことになるとは夢にも思わなかった。

 でも本当にいいのだろうか?

 俺なんかで。

 しばらくして肉の焼ける匂いが香ってくる。

「できたよ。豆腐ハンバーグのおろし醤油と、お麩の味噌汁」

 食卓にはそれらしいものが並べられていくが、少し疑問が残る。

 このうまそうな料理をメイリスが?

「む。なんだか失礼なこと考えていない?」

「い、いや……ははは」

 顔に表れていたか。

 感情を殺す訓練は受けていたはずだが。

 それ以上に心に来るものがあったのかもしれない。

 俺は意を決して、料理に箸を伸ばす。

 ハンバーグをすーっと箸で切り分けて、白米と一緒に掻き込む。

 さすがに白米は変な味はしない。それに、ハンバーグも豆腐を使っていて、低カロリーながらもボリュームと肉汁が味わえる。

「豆腐だけでなく挽肉も混ぜたのか?」

「そう。それで味がしっかりすると思って」

 その顔には「褒めて」と書いてあるので、俺は続けて口にする。

「この料理うまいな。いつの間にできるようになったんだ?」

「えへへへ。ひ み つ」

 妖艶な雰囲気をだそうとしているが、メイリスには似合わない。

 元気っ子なメイリスはニカッと笑っている方が似合って見える。

「しかし、良いお嫁さんになるんじゃないか?」

「そう? 本当に?」

 真剣味を帯びた熱っぽい視線を向けてくるメイリス。

「リリ王女とのことは分かっている。でもわたしにはブラッドがいるのが当たり前で。だから、それを否定されるのが怖い」

 否定。俺が?

「どういう意味だ?」

「わたし、ずっとブラッドに憧れていたの」

 それはなんとなく分かっている。

 いつも俺を見つける度に犬っころのように尻尾を振っているように見えた。

 そんな彼女だからこそ、俺と良き相棒になれたのだ。

 それを否定するつもりはない。

「でもそれだけじゃない。この気持ちはまさしくなの」

「あ、ああああい!?」

 困惑して俺は飲みかけの味噌汁と吹き零す。

「え……」

「つ、つまり。わたしはブラッドのことが好きになっちゃたの。許して」

「それは、まあ……」

 こんな経験初めてだ。どう答えるのが正解なんだ?

 それに俺はリリ様との婚約がある。そんなホイホイと何人もの女性と交際するほど、肝が据わっている訳でもない。

 そんなゲスでもない。

 俺にはそんな甲斐性なんてないのだから。

「返事はまたいつか。それでわたしの魅力にも気がついて欲しいなー」

 照れくさくなったのか、頭を掻いて照れ笑いを浮かべるメイリス。

「いや、まあ……」

 メイリスに魅力がないわけじゃない。

 むしろ好ましいと思う。いい意味で裏表ないし、真面目だし、元気で明るい。周りを照らす力があると思う。

 でも俺みたいな無愛想な奴とは釣り合わないだろう。

 それはリリ様にも言えたことではあるのだが。

「まったく。どこでそうなったんだよ……」

「知らなかったものね。ずっと兄妹のように接してきたし」

「まあ、そうだな」

「ふふ。でもこれからはわたしの魅力で落としてあげるんだから!」

「お手柔らかに頼む」

 そんな適当な言葉しか言えないのは俺の悪いクセなのかもしれない。

 俺はどうしてこうも女難の相に遭うのか。

「ブラッド。明後日の調印式のことだが……」

 ドアを開けて入ってくるリリ様が、怪訝な顔で俺とメイリスを見やる。

 これって修羅場?

「なんだ、メイリス。なぜブラッドと夕食を共にしている?」

 リリ様のギロっとした目をメイリスは受け止めて、返す。

「いいじゃないですか。リリ様こそ、おモテてになっているそうですし!」

 バチバチと二人の間から火花が散ったように思える。

 俺は二人の間で縮こまるしかなかった。

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