第16話 舞踏会

 水族館の襲撃後、初の公務である舞踏会が行われている。

 そこには有名企業のトップらが詰め寄っている。

 それに合わせてオーケストラも呼んである。

 食事もプロの料理人を呼びつけてある。

 しかし、そこかしこに警備兵が常駐している。

 おとといの銃撃戦を受けての対応だ。

 それにしても――。

「無理に強行しなくても良かったんじゃないか?」

「調印式までは待つべきね。このお祭り気分を遮るのは得策じゃないでしょ?」

 メイリスもドレス姿で警備に当たっている。

 ちなみに俺もタキシードを着ている。

 やはり軍人というのも目立つらしく、その緊張感が伝わってしまうそうだ。

 それが各国の代表や企業に影響を与えてしまう。

 今、このご時世で戦いを叫ぶのは問題がある。

「こちらドールの国王、メガホカルンルンです」

「ほう。あの有名なドールの」

 リリ様は毅然とした態度で握手をかわす。

「なぁなぁ。このリリ嬢、可愛くないか? 素敵なお嫁さんになると思わないか?」

 下卑た笑みを浮かべて近寄るメガホカルンルン。

「申し訳ないですが、そういったことは文面でお願いします」

 リリ様は小さく耳元で囁く。

 すると、メガホカルンルンは目の色を変える。

「貴様のような奴が男をたぶらかすのだ! 本気で平和を望んでいるのか!?」

 激高するメガホカルンルンだが、周りの人は冷たい目で見ている。

「今日のパーティは我の婚約者をお披露目する場でもあります」

 苦言を呈するリリ様。

「ははは。我が輩以外にそんな奴がおるとは思えんがな!」

 メガホカルンルンはつばを飛ばしながら、リリ様に詰め寄る。

「いい加減にしろ」

 俺はこれ以上は危険と判断し、メガホカルンルンの腕をとる。

「俺はブラッド。ここの兵隊だ。分かるな?」

「この馬鹿野郎。どこに軍がいるって?」

 俺はつかみ上げた腕に力を入れる。

「痛い痛い。痛い! 何をするんじゃ、馬鹿者!」

 ドールの従者が慌てて俺をつかみ、引き剥がそうとする。

「ブラッド。離しておやり」

 ちっ。

 小さく舌打ちをすると、俺はその手を離す。

「痛かったぞい。これは賠償請求ものだぞ!」

 未だにくっちゃべっているメガホカルンルンに苛立ちを覚える俺。

「いいから離れろ」

 俺は袖から取り出したハンドガンの銃口をメガホカルンルンに向ける。

「よせ。ブラッド」

「ははは。そんなニセモノ。怯えるとでも思ったか?」

 俺はその足下に銃弾を浴びせる。

「わぁっ。あ、ああ危ないじゃないか!?」

 目の色を変えて怒り出すメガホカルンルン。

「離れろ!」

「王様。ここは退いた方がいいのでは?」

 ドールの従者がメガホカルンルンの腕をとり、離れていく。

「我が輩を侮辱したのだぞ! 許せるものか!」

 メガホカルンルンが叫びつつも離れていく。

「行くぞ。ブラッド」

「は! しかしよろしいのですか? 一応あちらも国の長では?」

「国民は理解してくれよう」

「それは、そうですが……」

「はよこい」

「はい」

 これ以上ない、ってくらいに怯えている自分がいる。

 俺が何故、リリ様と結婚をするのか。それは前国王の決めたこと。

 俺に否定する権利など毛頭ないのだ。

 リリ様と一緒に舞台上に立ち、スポットライトが光るのを待つ。そして音楽が鳴り響く。

『さてさて。今回はこのパーティの主催者であるリリ=カーバイル=ネネリアル様のご発表があります!』

 司会のアメリアがそう叫ぶ。

「……止めることができなかった」

 メイリスは悔しそうに呟く。

 他のトップたちは「おお!」と黄色い歓声を上げる。

『さあ、どうぞ!!』

 アメリアがマイクをリリ様に渡す。

『このたびはパーティに参加して頂いてありがとうございます』

 高らかに、つまびらかに話を始める。

 それは前国王が始めた遺言から。

 俺とリリ様の出会いを。

 そしてそのための結婚発表会であることを告げる。

『こちらが我が愛しの婚約者です』

 リリ様がそう言うと、スポットライトがこちらに向く。

『ご相伴にあずかりました。ブラッド=ダークネスです』

 そのあと、何をしゃべったのかは覚えていない。

 それくらいには緊張した。

 俺は戦場では絶対に味わえない雰囲気を、ここで感じた。

 そしてそれにめまぐるしい質問がくることを想定していなかった。

 発表が終わっても、大勢の人々が俺の周りに集まってくる。

 俺はあまり明るい性格ではない。

 うまくその場を乗り切る方法を知らない。

「彼は一般人ですもの。緊張してもしょうがないわ」

 リリ様のその一言で、目尻に涙を浮かべる俺がいた。

 戦場ですら冷徹にこなしてきたというのに。

死炎しえんの奇術師が、形無しね」

 メイリスの後ろで二人が呟く。

「よくご存じで」

「メイリスお姉さんはあのブラッドさんを奪い取りたい?」

「殺したい?」

「わたしは単に婚約破棄になればいいって――あっ!」

 自分が口を滑らせたのを感じ、メイリスは口を覆う。

 この子たちに言ってはいけなかったのだ。

「了解」「分かったかも」

 二人は陰に消えていく。

「ま、待って――っ!」

「どうした? メイリス」

 俺がメイリスに駆け寄ると、さーっと青ざめていくメイリス。

「ど、どうしよう?」

 困惑した様子のメイリスに俺は言葉を失う。

 こんなメイリスみたことがない。

「あの子たちに命令してしまったみたいなの」

「命令?」

 メイリスの暗部組織『カデンリュウシホウ』。

 その直轄部隊がいる。

 表だって公表されていないが、それは汚れ仕事を請け負う闇の組織。

 そして、メイリス派の急進者とも言われている。

 そいつらがどう動くのかは分からないが、話を少し聞いただけで背中に嫌な汗を掻く。

「まさか。何を命じた?」

 返答によってはメイリスを殺さなくてはならない。

「リリ王女様との婚約破棄を、命令してしまったわ」

「婚約破棄?」

 暗部組織『カデンリュウシホウ』はメイリスの言う通りに行動する。

 暗殺やテロではない命令をどう受け取るのか、分からない。

 どうするのか、どんな手を使ってくるのかは分からない。

 だが、これだけは言える。

 前途多難な婚約生活が始まる、と。

「す、すみません。ブラッド、あなたの門出にこんな無作法な」

「いい。でもなぜ婚約破棄を?」

「そ、それは……!?」

 言葉に詰まるメイリス。

 顔が熱を帯び、トマトのように赤くなる。

「熱あるんじゃないか?」

「へっ!?」

 俺はメイリスのおでこに手をやると、熱を受け取る。

「やはり。風邪だ。少し休め」

「そ、そうします……!」

 メイリスはすぐにその場から離れる。

 しかし、だ。

 アーノルドも帰ってこない。

 どうなっている。

 これではこの国の、いやリリ様をお守りするのに危険がつきまとう。

 メイリスも、アーノルドもここにいてくれなくては困るというのに。

 俺は振り返り、リリ様に駆け寄る。

 途中でブドウジュースを受け取り、リリ様に献上する。

「ふふ。お主には似合わぬ行動だな」

「そうですか? これでもリリ様のしもべなので」

「良い」

 リリ様はブドウジュースを受け取ると、くぃっと飲む。

「ふむ。なかなかにうまいな」

「ははは。それはわたくしどもが持ってきたジュースですからな。わたくしどもジュピターにはこのようなうまい飲みものがあるのですよ!」

 こびへつらう連中がたくさんいる。

「こちらの牛肉は――」

「そうです。この麦酒は!」

 あちこちで商品の宣伝が行われていく。

 これがこのパーティの目的でもあるのかもしれない。

 長年、戦争状態にあった我が国だが、その販路はたたれてしまった。

 それを復帰させるためにもできた商売なのだろう。

 商談をまとめている幹部財団や商業人。

 リリ様もその一人なようで、この国で使われている食材や焼き物などを紹介している。

 平和への調印式を数日後に控えている。

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