第15話 水族館を終えて。
迷子の子を母ララに届けると、リリ様は複雑な笑みを浮かべてララを見届ける。
まだ水族館内を見て回りたいリリ様は、おずおずと館内へ向かう。
それに気がついた俺たちはその後を追う。
「リリ王女殿下様もお好きですね」
ヘイリスが爽やかな笑みを浮かべて肩を抱きしめる。
「そうかね。でも魚たちには癒やされるのだ」
リリ様は無邪気な笑みを浮かべて魚を見やる。
「ふふ。やっぱり見ていて飽きないな」
優しい声音で魚を見つめるリリ様。
何がそんなによいのか分からないが、俺は周囲への警戒を強める。
スタイルいいし、顔がいいから、リリ様は危ないんだよな。
いや、俺はどこを見ているんだ。
ナンパ師がリリ様に話しかけてくる。
俺はそれに怨念を込めた目で見ると、ヘイリスが間に入って止めている。
なんで俺は遠くから見ているだけなんだ。
いや、分かっている。
俺は血で汚れすぎている。
それに引き換えヘイリスはこっちの世界に染まりきってはない。
そう考えると彼の優しさと爽やかさはこの世界を変えるかもしれない。
その可能性は十分にありえる。
これからの時代を担うのはやはり潔癖であるべきなのかもしれない。
俺はこのまま軍人として職務をまっとうすべきなのかもしれない。
「どったの? ため息なんて吐いて」
メイリスがこちらに視線をよこし、大きな目を
「いや、なんでもない。俺はまだまだだな、と思っただけだ」
「そんなの当たり前じゃない。人生はいつだって挑戦と勉強だよ。だから面白い」
「誰の言葉だ?」
「ふふーん。わたしの、です」
メイリスは嬉しそうにクスクスと快活に笑みを浮かべる。
自慢の胸を張り上げて、俺を見やる。
「ま、バカなこと言っていないで」
メイリスは俺の腕をギュッと抱きしめると、リリ様を警護できるところまで走る。
「ちゃん警戒するべきだね。ブラッド」
「あー。まあ、そうだな」
今の任務を理解すると、俺たちはリリ様を見届けることにした。
ザザッとインカムにノイズが走る。
『こちらブロッサム。ターゲットを確認』
「なんだ?」
「敵無線を傍受したようね」
メイリスが間髪入れずに指摘する。
「ブロッサム?」
「確かヘイリス教の傘下だったような……」
『これよりターゲットを狙撃する』
俺はリリ様に向かって駆け寄り、手を引く。
「リリ様。逃げるぞ!」
「え。なんでだ?」
「狙われている」
その行動を止めようとしてくるヘイリス。
「それは行けないよ。僕とのデートだからね。バカなブラッドクン?」
「何を言っておる。我はもとからブラッドの妻だ。それをバカにするなど!」
「な。僕の魅了が効いていない、だと……!」
目を瞬くヘイリス。
「は。何をしたのか知らないが、大立ち回りすぎたな」
俺はリリ様を連れて艦内を移動する。
と、水槽のガラスがバンっと弾けてせき止めていた水があふれ出す。
「くそ。なりふり構わずに撃ってきた!」
俺の後を追うメイリスとヘイリス。
リリ様の手をつなぎながらも、水族館の館内を走り回る。
次々と割れていく水槽に、リリ様は不安そうな顔をする。
「ち。こっちばかり狙って!」
俺は後ろを振り返り、ハンドガンを撃ってくる兵士に向ける。
乾いた音を鳴らし、銃弾が飛び交う。
悲鳴を上げるリリ様。
応戦するようにメイリスもその背中からバズーカを取り出す。
バズーカから放たれた銃弾は水槽を一つ崩れさせる。
水流で押し流されてきた敵兵を俺が撃ち殺す。
「雑魚が徒党をくもうが!」
ハンドガンだけでは心許ない。
再びリリ様を抱きかかえて、館内を走り回る。
いわゆるお姫様抱っこをして、陰になるところにリリ様を
そして俺は背中にひっさげていたアサルトライフルを敵兵に向ける。
俺とメイリスの銃撃で館内は騒然とする。
お客さんが少ないのが唯一の救いだった。
「せ、戦争だー」
誰かが叫ぶ。
これでは調印式など、できるものか。
「これが望みか! ヘイリス」
「違う。僕はこんなの望んでいない!」
ヘイリスは顔を青くさせてこちらを睨む。
「下がってください。ヘイリス王子!」
ヘイリスを崇め、讃えるヘイリス教だが、本人は認めていないらしい。
なるほど。
だからか。ヘイリスが易々とリリ様に近づけたのは。
なら、その器見定めるまで。
数人の敵兵に囲まれて退却していくヘイリス。
その敵兵の一人を撃つメイリス。
「ここじゃ、これが限界ね」
「ああ。これ以上、リリ様を護衛するのは不可能だ。撤退だ!」
飛んできた手榴弾を蹴り飛ばし、爆炎に飲まれる館内。
俺はリリ様をお姫様抱っこすると、慌てるようにして走り出す。
その後をメイリスもついてくる。
「やっと、だ……」
俺が言葉を漏らすと、俺たちは館内を抜ける。
そしてメイドのアメリアの傍に駆け寄る。
「どうなさいました?」
メイドはうろたえたように目を見張る。
先ほどの銃撃は聞こえていたのだろう。
「狙われている。さっさと城に届けろ!」
「は、はい!」
メイドは慌ててジープにリリ様を乗せる。
俺はジープが走り去るまで、アサルトライフルを敵兵に向けて放つ。
メイリスも傍でハンドガンを撃つ。
「バズーカは?」
「あれでは水族館を崩壊させてしまいます。これで!」
「バカ。手加減できる相手か!?」
「……分かりました。でもあれはリリ王女殿下のお気に入りの場所」
メイリスの言いたいことも分かる。
分かるが……。
「今はリリ様の安全が第一だ! 撃て。責任は俺がとる」
「……分かりました。撃ちます!」
バズーカを放つメイリス。
爆音と共に水族館の内部を吹き飛ばす。
アサルトライフルを放つ銃弾をまき散らす。
最後に手榴弾をお見舞いすると、俺とメイリスはジープに乗り込む。
走り出したジープは乗せていた狙撃手の方に向けて機銃を放つ。
水族館から遠ざかると、俺たちは銃撃を辞める。
「こちらブラッド。そちらはどうだ?」
『問題ありません』
メイドのアメリアは少し上擦った声で応じる。
白亜の城に着くと、リリ様を降ろす前に俺とメイリスが警戒しつつ城内へ案内する。
「参ったね。こりゃ……」
リリ様はがっくりと項垂れる。
「みんな、そんなに争いたいのか!」
リリ様が感情を爆発させる。
「死ぬんだぞ。それでも、なぜ平和を乱す!」
これからだ。
これから平和への一歩を踏み出そうとしている時に。
「反対派が求心力を得ているのは分かっている。我だって王族だから、しかたなく政治をやっているというのに!」
休息室でイライラとした様子で歩き回るリリ様。
「我だって、今の世界に不満がないわけじゃない。弱者が切り捨てられ、強者のみが蓄えている――そんなの誰だって良いとは思わぬ。だからこそ平和、終戦の調印式に参列するというのに!」
俺は戦うことのできぬ破壊者だが、リリ様ならこの世界を変えてくれると願っている。
確かに俺はリリ様に期待していたのだ。
でも、周りはそうは思わないのかもしれない。
彼らは破壊を、差別を、まだ続けているのだ。
それが分からないほどに目を眩ませている。
それがヘイリス教の怖いところでもある。
今までの規則にそう生き方ができるのは嬉しいのかもしれない。楽なのかもしれない。
自分たちが正義と言われて気分がいいのかもしれない。
でもそれは間違っている。
俺たちは平和のために戦ってきた。
そのはずだ。
今、まさに平和に向かって動きだしているというのに。
なんでそれが分からない。
なんで……。
きぃっと扉が開き、メイリスが顔を覗かせる。
「そろそろ行きましょう。リリ王女殿下」
「ああ。そう言うことだ。ありがとな、ブラッド」
「は!」
俺は敬礼をし、女性であるメイリスに任せることにした。
リリ様はメイリスに連れられて、自室へと向かったようだ。
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