第13話 美術館

 大量の武器を預けたあと、美術館に入ることが許された。

 正面右の絵。

 水彩画だろうか。

 淡い色使いが描かれている女性の白さを際立たせている。

 どんなにこの女性が綺麗だったのか、思い知る圧倒的な筆力があった。

「すごいな。ここまで忠実に再現されているなんて」

 俺が声を上げて言うと、メイリスがクスッと笑う。

「芸術なんて詳しくないのに」

「それでもさ。すごいものはすごい」

 さてと、なんて題名だろう。

 【ロリコン】

 ……。

 【ロリコン】

 …………ん?

 【ロリコン】

 ……はぁ!?

 ふざけているのか。この絵は。

「どうしたのかな。ブラッド」

「いや、だってこの作品のタイトルがふざけているようにしか思えない」

「あー。なるほどね。でもこれも文化なのかも」

「文化?」

「えーっと。昔は十五、六でも結婚していたからね」

 なるほど。文明が進めば、結婚適齢期が変わっていくものな。

 ふむふむと納得していると、ヴィーナス像を見つける。

 なんで昔の人はこうも裸の象や絵を作りたがる。

 恥じらいはないのか。

「ブラッドもお年頃ね」

 メイリスがジト目を向けてくる。

「いや待て。なんでそうなる?」

「だって裸ばかり見ているから」

「この美術館がおかしいだろ。こんなに裸を展覧しているのだから」

「はいはい。そういうことにして上げます」

「なんで母親みたいなことを言うんだ……」

 俺は頭が痛くなる思いでこめかみに指を当てる。


「これは抽象的な印象を与えつつビドール工法という斬新なタッチが有名だよ」

 無駄に爽やかなヘイリスはリリ様に自慢げに話している。

「なんだよ。あれ」

「ヘイリス王でしょ。たく、素人よりはマシだけどさ」

 客が少し不満げに漏らしている。

「ふん。俺だってあんな絵、書けるっての」

「何言ってんのよ。ブラッドは美術の成績Cだったじゃない」

「う、うるさい。あの下手な絵ならマネできるって」

「下手じゃないよ。緻密な構成によってなりたっているマッシュルーム法だよ」

 こちらに気がついたヘイリスはそう言い、にへらと笑う。

「さ。王女殿下。こちらに」

 勝ち誇った顔でヘイリスはリリ様を奥の部屋へと連れていく。

「……くっ」

「別にいいじゃない。わたしがいるんだから」

「頼りにはしている」

 メイリスはその言葉を聞くと満足そうにどや顔を見せてくる。

「へへん。わたしもブラッドを頼りにしているんだからねっ!」

「ああ。それはいいが……」

 俺はヘイリスの後をつける。

「もう。分かっていないな……」

 つまんなさそうにため息を吐くメイリス。

「なにがだ?」

「いーえ。なにも?」

 メイリスはそう言い、ヘイリスの後を追う。

「それよりもリリ王女さまの護衛でしょ?」

 俺は頭をガシガシと掻きながら、奥の部屋へと進む。


 ボコッと、あぶくが口から零れる。

 銀色に煌めく魚に、底深い海。

 絵を見ているのに、まるでそこに存在しているかのような圧倒的な絵画。

「これは……」

「素敵な絵ね」

 メイリスが呟くと、俺が見蕩みとれていたのに気がつく。

「ははは。美術なんて、な?」

「そ、そうね」

「あれ。この作品を嫌う理由なんてあるかい?」

 ヘイリスはにやっと口の端を歪める。

「意地の悪い奴だ」

 俺はそう返すと、タイトルを見る。

 【僕らの海】

 なるほど。確かにそう思えたよ。

 しかし、この色使い、このタッチ。なんでこんなにもリアルに、そして引きこまれるのか。

 それが気になって仕方しかたない。

 軍人をやっていなかったら、この世界のように海を満喫する未来もあったのかもしれない。

「俺たちは……」

「ブラッド」

「ふん。お主らには見せるべきものではないのかもな」

「ああ」

 リリ様がこちらを向いて、微笑む。

 その微笑みを守りたいと思った。願った。

 そして報われた気がする。

 今まで何度も戦ってきたが、この笑顔を守るためにあったと言えば、俺の溜飲も下がるというもの。

「さて。行こうか、ヘイリス」

「そうだね。君たちもあとからついておいで」

 ヘイリスの方が広い心を持っている。

 そんな相手に俺は自分のモヤモヤをぶつけて、焦って。

 なんて格好の悪い話だ。

 俺はまだまだだな。

【なまこっこ】

 タイトルを見たときは何ごとかと思ったが、絵を見ると確かに《なまこ》だった。それも飛びっきり似ている絵だ。

 なまこにそこまで執着したことがないので目を瞬く。

「へぇ~。面白いな。これも美術か~」

「ふふ」

「なんだ? メイリス」

「別に。ただなんだか子どもっぽくて可愛いなーって思って」

「……悪かったな。子どもで」

 ばつの悪い顔を見せまいと顔を逸らす俺。

「ふふ。いいじゃないの。新しい発見よ」

「そなたの気持ちも分かる。確かに見事な形容をしておるからな」

「そうですね。さすがリリ王女。この良さが分かるなんて」

 そこには平凡な田舎娘が描かれている。

 あまり可愛くは見えないが、リリ様は好きとおっしゃった。

 何か意味があるのかもしれない。

 立ち止まり、じっくりと観察するが良さが分からない。

「しかしまあ、リリ王女さまも罪作りな子だね……」

 ボソッと呟いたメイリスの意味が分からずに絵を眺めている。

「ははは。悔しいな……」

 乾いた笑いを浮かべるメイリス。

 その後も美術館にたっぷりと居座り、午後六時になると美術館を出る。

 そのまま、近くのレストランに寄るリリ様とヘイリス。

「ちょっと。やだ。高級レストランじゃない」

 メイリスが目をかがやかせて、店内に入る。

 リリ様がよく見える位置に俺とメイリスは座る。

 ワクワクした様子のメイリスは使い物にならない。

 なら、俺が監視しないと。

 じっと見つめていると、メイリスの前にコース料理が並べられる。

「わぁあー」

 キラキラした顔で食事を始めるメイリス。

 まあ、それは悪いことではないが。

 俺もだされた食事に舌鼓したつづみを打つ。

 うまい。

 鼻を抜ける香りの高さに、塩味と旨味が凝縮されたような味わい。

 なるほど。

 いつも食べているカップ麺とは違う味の良さがある。

 次々とだされる料理に夢中になりつつ、ヘイリスの自慢話を聞く。

「ここは僕の両親がよく通っていたのさ」

 無駄に爽やかな笑みを浮かべて熱弁している。

 それを聞いているリリ様は少し浮かれているように思える。

 食事を終えたのが、午後七時半頃。

 リリ様とヘイリスは何ごともなく、帰路につく。

 ちなみにヘイリスは王城の客間と、そのホテルに泊まるらしい。

 王城前でヘイリスとリリ様が向き合う、と話が聞こえてくる。

「明日は水族館に行きませんか?」

「ほう。面白い。確かに興味があるが、なぜ知っておるのかな?」

「知っている? なにを?」

「我が魚好きであることは王宮でも数少ないが?」

「そうなんですね。じゃあ、偶然の一致ですね」

 含み笑いを浮かべるヘイリス。

「なんだか、あの二人似ている気がするかな」

 メイリスはそう言いジープから降りる。

「そうか? 俺には似ているようには見えないが」

 王女としての振るまいと、ヘイリスの振るまいが似ているのは感じていたが、それだけか?

 もっと根本的な話なのかもしれないが、今の俺には分からない。

「しかし、メイリスは何故そう思った?」

「女の勘よ」

「そうか」

 これ以上言及するつもりはない。

 なぜなら、こう言った時のメイリスは覚悟が決まっているから。

 しかし、まあ。リリ様も嬉しそうにしゃべるじゃないか。

 それがなんだか羨ましい。

 俺の時はあんな笑みを浮かべなかったのに……。

 そんなことを言っていると、またメイリスに何か言われそうなので、黙っておくことにした。

「あのいけ好かない、インテリ野郎め」

 俺はそう口走ると、メイリスがため息を吐く。

「これは負け、かな……」

 その言葉には哀愁のようなものを感じた。

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