第12話 詩人
「これより任務を開始する。敵歩兵、中央広場一三一一にてターゲットと接触。発射角良好。いつでも、どうぞ」
『こちらアーノルド。その迎撃は無意味だ。よせ』
「俺は立ち止まれない。発射する」
引き金に指をかける俺。
「ま、待ってよ。そんな独断でヘイリスを
「メイリス、お前も邪魔をするか!」
「だってあのヘイリスだよ。王様の資質がある……」
知っている。
反乱分子の首謀者。その頂点に立つ者。
これを取り込めれば、反乱は起きなくなる。
暗殺すれば反感を買い、今の平和は破られるだろう。
調印式まであと四日。
それまでは何もできやしない。
反乱軍のトップ――ヘイリスを抑えることもできまい。
それくらい分かっている。分かっているが、
「無性に狙い撃ちたい!」
「冷静になって。あなた一人暴走しても無駄よ。悲劇の主人公にさせるつもり?」
「それは……」
ヘイリスが主人公になるのは気に食わない。
「了解。これより敵歩兵の監視にあたる」
『……いいか?』
「どうした? アーノルド」
『気になることがある。おれは調査に入る。メイリスと二人で仲良くすることだ』
いつも冷静沈着なアーノルドがいつになく躍起になっている。
「分かった。でもどうした?」
『
それだけを残して通信を着るアーノルド。
気になる点はあるが、俺とメイリスは二人であのにやついたヘイリスに焦点を定める。
どうやら中央広場にいた詩人に目を奪われて、いや耳を奪われているらしい。
詩人の歌詞は
ちなみに
それを面白おかしく話すのが
時に泣かせに、時に笑わせにくる。そんな詩人の歌を聴いて大笑いするリリ様とヘイリス。
なんだか仲よさそうにしていて、こっちの気分は少し滅入る。
「いい曲だね。ブラッド」
「そんなのは知らん。だが今は王妃が危険な目に遭っている。事態を突破するにはどうしたらいい?」
「しーらない」
そっぽを向いて髪をなびかせるメイリス。
「仲間だろ。知恵を貸してくれ」
「王妃自ら望んだのだから、手をつける意味はないでしょ? 助けを求めているわけでもないし」
「く――っ!」
「まあ、そんなに大事にしたいなら、直接話せば」
投げやりな態度で応じるメイリス。
「そうか。直接……!」
「ま、待って! 本当に実行しようとしているの!?」
驚いたように声音を上げるメイリス。
「え。いや、えっと」
あの堅物だったブラッドがこんなにも狼狽しているのは見ていて可愛い。そう思ったメイリスだが、ブラッドを抱きかかえて頭を撫でる。
「え、は? ええ?」
さらに困惑するブラッドを見てクスクスと笑うメイリス。
「もう、なんて顔をしているのよ」
「うっさい」
俺はばつの悪い顔を向けるが、メイリスはニコニコしている。
どうしてだよ。
なんでこんなにも胸が締め付けられるんだ。
「
「もう。ブラッドのばかぁ」
メイリスは子どものように呟く。
俺が匍匐前進を始めると、その背にメイリスが乗っかる。
「重い……」
「もう、女の子には禁止ワードよ」
「なら痩せろ」
「まったく。レディに対しての言葉がなっていないわね」
メイリスは怒ったように唇を尖らせる。
「レディ? どこにいる」
「もう。もう。もう! 馬鹿にして!」
メイリスは怒りで頬を膨らませる。
まるで風船だ。リスだ。
「もう遅いのかな」
がっくりと項垂れるメイリスだが、俺にはなんのことか分からない。
「何が遅いんだ?」
「もう、分からないのね。あれだけ頑張ってアピールしたのに」
「アピール? 面接かなにかか?」
俺は疑問符を浮かべながら匍匐前進でリリ様に近づく。
未だ吟遊詩人の歌を聴いているリリ様とヘイリス。
あの二人の仲を引き裂く。
そう思っただけで、なんだかワクワクする。
なんだろうな。この気持ちは。
分からないが、俺は接近していく。
「おい。そこの男、止まれ」
筋骨隆々な大男が俺の前に立ちはだかる。
「いや、俺は……」
「何をやっておる。ブラッド」
「君も来たんだね。ブラッドくん」
毅然とした態度のリリ様と、無駄に爽やかな笑みを浮かべるヘイリスが近寄ってくる。
詩人の歌はもう終わっていた。
「いや、訓練だ。な、メイリス」
「そうね」
未だに背中に乗っていたメイリスがおり、リリ様をじーっと見つめる。
「なんだ?」
リリ様が訝しげな視線を向けてくる。
「ふーん。ブラッドは大切な仲間よ。傷つけたら許さないんだから!」
メイリスはリリ様に向かって人差し指を向けて高らかに宣言する。
俺は立ち上がると、メイリスとリリ様のやりとりを見る。
「なるほどね。あなた面白いな」
リリ様は腕を組んでじろりと目を向けてくる。
メイリスとリリ様の間に火花が散っているように思えたのは気のせいだろう。
「しかし、これは僕とリリ王女殿下の話だ。君たちが入る余地はないね」
ヘイリスはそう言いながらリリ様の肩を抱き寄せてジープに向かう。
「おい。その汚い手を離せ」
俺はそう言い、重さ七キロのアサルトライフルを向ける。
「おいおい。そんなことをしたら外交問題だぞ? 分かっているんだろうな?」
ヘイリスは挑戦的な目でこちらを
「くっ」
確かにヘイリスの言う通りなのだ。
ここで殺すわけにはいかない。
そもそも、殺気を感じたのはなぜだ?
分からない。
理屈で証明できるわけもないのに、ヘイリスに銃を向けている。
こちらの方が不利だし、意味不明だ。
これでは賛同を得られる訳がない。
「ちっ。分かったよ」
俺は舌打ちをして銃を下ろす。
「さ、行きましょう。リリ王女殿下」
「ええ。そうさせてもらうわ」
あんなにドSだったリリ様がヘイリスにコロリとやられている。
それが不満でならない。
立ち去った後で俺はメイリスに向き合う。
「なぁ。俺ってそんなに魅力がないか?」
「何よ。今更。わたしくらいよ、ブラッドを買っているのは」
「そうか。ならあのヘイリスの方がふさわしいのかもしれないな」
「そうかな? あのヘイリスって人、怪しいし」
メイリスは車に乗り込むと、俺の手を引いて助手席に乗せてくれる。
そして車をリリ様の車に寄せていく。
あの爽やかな笑みの下にはどす黒い何かを感じる。
これは長年、軍人をやっている俺だけの直感だ。
リリ様。彼女はどこか、放っておけないんだよ。
俺は周囲に警戒していると、メイリスが隣で微笑む。
「なんだ?」
「いえ。前線でもないのに、そんな警戒しなくても」
「悪かったな。軍人で」
「いいえ。わたしはむしろ嬉しいわ。変わらないでいるのだもの」
メイリスを振り切るように速度を上げていくリリ様のジープ。
「何やっているんだ。逃げられるぞ」
「分かっていますってば!」
メイリスはアクセルを踏み込み、ジープに逃げられないように接近する。
カーチェイスに発展したと思えば、リリ様の乗せていたジープがとある建造物の前に止まる。
その後ろに止めると、俺とメイリスはその建造物を見上げる。
大きく立派な建物。
赤煉瓦と、くすんだ緑色の屋根でできた建造物。
美術館だ。
「あのインテリ野郎」
「あら。口が悪いね」
メイリスがクスクスと笑う。
「いいだろ、別に」
俺はそれだけを言うと、美術館に入っていく。
目の前に設置された金属探知をくぐると、ブザーが鳴る。
「え。何が悪いんだ!?」
「お客様、金属のついたもの。例えばベルトなどはありませんか?」
「金属ならあるぞ」
数十丁のライフルや数本のナイフ、それに防弾ジョッキ。
「えぇ……」
「なんでそれで入れると思ったのよ……」
係員さんとメイリスは困ったようにうめく。
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