第11話 ヘイリス
「ヘイリス? そなたはヘイリスと言うのか?」
リリ様が怪訝な顔を見せる。
俺は護衛のためにリリ様の隣でヘイリスを見下ろす。
謁見の間にいる俺とリリ様。リリ様は玉座にふんぞり返っている。
「はい。あのヘイリスです。国家元首であるそなたと婚約するために来ました」
「待て。前国王からの遺言で、俺が婚約者になっている」
俺は苦言を呈すると、ヘイリスはすました顔で応じる。
「あれ。君は貴族でも王族でもないですよね。それっておかしくないですか?」
「それは……」
「なるほど。ならヘイリス。そなたの力を見せてくれ」
リリ様はすーっと目を細めてヘイリスを見定める。
「なら、これから一緒にお茶でもいかが?」
ヘイリスはにこりと爽やかな笑みを浮かべて、リリ様に手を差し伸べる。
「ほう。いいじゃろ。ヘイリスの思いを教えてくれ」
「いいですよ。リリ王女殿下の力になります」
「ま、待て!」
俺は慌てて二人の間に割って入ろうとする。
「表敬訪問だ。ブラッド、分かるな?」
「くっ……」
そう言われたらなにも言い返せないではないか。
「さ。さっそくいこうではないか」
リリ様が壇上を降り、ヘイリスのもとに向かっていく。
そしてヘイリスと一緒にリリ様は謁見の間を出る。
……。
まあ、いいじゃないか。
俺だってもともと婚約には反対していたんだ。
それに、俺は一介の兵士。リリ王女様と肩を並べること自体おかしいんだ。
それは分かっている。
分かっているけど、なんだ。このモヤモヤは。
「アーノルド。メイリス。リリ様の護衛だ。行くぞ」
「それはいいが……」
「ははは。君がそこまで肩入れするなんて意外だね」
ぶっきら棒な声を上げるアーノルドと、軽口を叩くメイリス。
「わたしはこっちの世界で生きているからね。ブラッドもそうでしょ? ならなんでヘイリスさんを嫌うのさ?」
「嫌う? 俺が……?」
そんなつもりはない。
ただ、俺はリリ様の安全を確保したいだけだ。
「リリ様は確かにこっちの世界ではないな……」
その言葉を呑み込み、気分が悪くなる俺。
「まあ、いざとなったらわたしがいるからね。心配する必要はないわよ」
そう言って肩をポンッと叩くメイリス。
「色男」
ボソッと言うアーノルド。その視線はどこか痛い気がする。
「さ、いくぞ」
俺たちはヘイリスとリリ様のジープを見届けると、その後から同じくジープを走らせる。
『さ、ついたよ』
『なるほど。おしゃれなカフェだな』
リリ様の声が若干弾んで聞こえる。
俺はそんなもてなししたことがない。
だからか、リリ様は浮かれた様子で店内に入っていく。
見た目は白塗りの漆喰で、木造平屋と言った様子。
店前にはブラックボードや草花が生えており、おしゃれ……らしい。
確かに他のお店に比べて一段敷居が高いように思える。
そのお店に
しかし、これだけでリリ様がコロッといかないよな?
ドキドキしながら、俺とメイリスも一緒に店の中に入る。
もちろん、変装して。
「いらっしゃいませー」
弾んだ明るい声が店内に響き渡る。
「二名様ですね。こちらの席へどうぞー」
店員に勧められるがまま、席につく。
「ブラッド、一緒にパフェでも食べましょうか?」
メイリスは浮かれた声で楽しげにメニューを見ている。
「いや、注目するところ、そこじゃないだろ」
俺はじっとリリ様を見つめる。
「そんなに見つめるとバレるよ?」
メイリスの言う通りだ。
さりげなく見る程度がいいだろう。
俺はさっと視線を外し、手元にあるメニューを見やる。
様々なコーヒーの種類と、軽食が並んでいる。
いや、なんでこんなにコーヒーの種類があるんだ。
ブラック一択だろ。
「すみません!」
メイリスが弾んだ声音で、注文をする。
「クリームあんみつパフェと抹茶カフェラテ。ブラッドは?」
「ブラックコーヒー」
そう言いつつも視線の端ではヘイリスを捉えている。
「かしこまりましたー!」
弾んだ声音が厨房へ消えていく。
ヘイリスとリリ様の席には大きなパフェが二つと、飲み物が二つ届く。
「しかし、いいところを知っているな。好感がもてるな」
「ふっ。そうでしょう? ここのパフェは和をテイストにしていて、大変美味ですよ」
「それは期待できるな」
クツクツと笑いながらリリ様はパフェにスプーンを伸ばす。
「複雑な顔をしているね。わたしじゃ不満?」
「え。いや、え?」
メイリスの発言に戸惑いを覚えて、俺は困ったように頬を掻く。
「いいじゃない。わたしだって女の子だよ」
「いや、お前は軍人だろ。俺たちの戦友だろ」
「まあ、そう言われるとそうなんだけどね~」
乾いた笑いを浮かべながら水を飲み下すメイリス。
なんだか、他のものも一緒に飲み下した気がする。
「お待たせしましたー」
店員が注文したものをテーブルに並べていく。
「わぁああ――っ」
パフェを前にテンションが上がるメイリス。
「やっぱり、女の子って甘いものが好きなのか?」
「それは独断と偏見だよ。女の子は意外としょっぱいものが好きだったりするのよね~♪」
そう言いながらパフェに乗っているアイスクリームをスプーンで掬うメイリス。
いや、その表情、声音、絶対に甘い物が好きだろ。
「んん~♪」
リリ様もあんなに顔を崩して、まるで甘い物にとりつかれたような顔をしている。
「「あま~い!」」
メイリスとリリ様の声が重なる。
「「良かったな」」
俺とヘイリスの声も重なる。
いやいや、あいつと同じ気持ちになってどうする。
奴は敵だ。平和を乱す者だ。
俺はあいつに勝たなくちゃいけない。
そしてリリ様を取り戻すんだ。
そうでなければ、俺は……。
俺は?
今、何を思った?
このモヤモヤはなんだ。
俺はなんでこうも気持ちが揺れているのだ。
なぜか、そう問われても分からぬ気持ちを抱えながら、コーヒーを飲む。
鼻を抜ける
しかし、まあ。
リリ様があんなに素をだしているとは。
それがショックで、俺はめまいを感じる。
なんだか、足下が崩れていくような……。そんな気分だ。
「ほら。ブラッド、食べて」
メイリスがスプーンにアイスを乗せて、こちらに向けられている。
「疲れた時には甘いもの、だよ」
「なんだ。その俗説は」
俺はそう言いながらアイスを頬張る。
だが悪くないかもな。
「ふふ。このスプーン保存しなくちゃ」
メイリスがバグったように何やら呟くが、俺は気にしている場合じゃない。
リリ様に視線を向けると、ヘイリスと楽しく談笑しているではないか。
「顔怖いよ。ブラッド」
「いや、なんだろう。この気持ちは……」
「まだ、チャンスはあるのね」
メイリスは嬉しそうにパフェを食べ進める。
本当に幸せそうに食べるな、二人とも。
ヘイリスを見やると、こちらに爽やかな笑みを浮かべる。
気づかれた。
でも、リリ様に話すつもりはないらしい。
正面に向き直ると、再び会話を楽しんでいる。
「……バカにして」
つまんない。
そう思えた。
まるで仲間が捕虜になった瞬間を目撃したような――。
『二人が出るぞ。メイリスは?』
アーノルドの呼びかけを聞き、二人を見やると会計を済ませて店を出ていくところだった。
「おい。メイリス」
俺がそっちに顔を向けると、未だにパフェを頬張っていた。
「いいから行くぞ」
俺はメイリスの腕をつかむ。
「ええ――っ」
「我が儘言うな!」
俺はメイリスを連れて会計に向かう。
「おごってください」
「何、甘えているんだ。これは公務だ。領収書が降りる」
そう言って会計を済ませる。
あの二人はどこだ?
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