第10話 幼稚園 その二

 リリ様と子どもたちが部屋の中に入るのを見届けてから、俺はアーノルドと一緒に周囲を警戒する。

「そこのピンク色の髪をした保育士、ついてこい」

「え。わたし、ですか……?」

「ブラッド、どういうこと?」

 疑問に思ったメイリスが割って入る。

「メイリスもこい」

「は、はい!」

 たたたと歩み寄ってくるメイリス。

 ピンクの髪をした保育士が息を切らしてついてくる。

「あんたは何者だ? スパイか?」

 俺は踵を返し、拳銃を取り出す。

「私はレーナですが、なぜスパイと勘違いしたのですか?」

「ああ。お前は障壁魔法を内部からアンチマテリアルで中和していたな。まるでリリ様への弾丸が届くように」

「……そんなことも分かっちゃうんだ。でも私には仇がいる。パパとママの仇!」

 レーナは懐からナイフを取り出して向かってくる。

 俺はすぐに足払いをし、転んだレーナを取り押さえる。

「アーノルド、敵兵は?」

『北四から東六、狙撃ポイントを確認。射撃。同調。セット、撃つファイヤ

 淡々と告げられる事実。

「あんたたちがいなければ、私は両親を失わずにすんだのよ!」

 レーナは甲高い声で耳をつんざく。

「……俺たちがいなくても、何も変わらない。一方的に蹂躙されていただろう」

「そうやって自分たちの悪行を肯定しないで。あなたたちは市民の気持ちを理解していない!」

 嫌われ者と理解していたがここまでとは。

「ブラッド……」

 メイリスが悲しげに目を伏せる。

「メイリス、ここは任せる。俺はアーノルドの援護に回る」

 そう言ってジープに乗せた狙撃銃スナイパーライフルを取り出す。

「アーノルド、目標位置分かるか?」

『あいよ。北東の六十メートル。マンションのベランダだ』

 なるほどね。

 俺も狙撃銃を構えてバイポットを降ろす。

 固定し、敵兵をスコープで探す。

 不審者を見つけると、俺は狙いを定める。

撃つファイヤ

 弾丸が発射され、黒い外套を羽織った人の頬をかすめていく。

「ち。外した。次はあてる」

『待て。逃げるぞ』

 奥へと消えていく人影。

「おいおい。マジかよ!」

『やる!』

 アーノルドの撃った弾丸をかわす敵。

 そのまま街の喧騒の中に消えていく。

「く。逃したか……!」

『すまない』

 アーノルドは申し訳なさそうに呟く。

「いや、それは俺のセリフだ。すまん」

 くそ。あと少しだったのに。逃してしまうとは。

 悔しい気持ちが染み渡り、項垂うなだれる。

 あとは希望があるとすれば……。

 メイリスが確保した保育士を視界に入れる。

「お前はあいつらの仲間か?」

 鋭い視線を向けて声を荒げる。

「それがどうした!」

「国家反逆罪だ。連れていけ」

 やってきた少兵たち。

 彼らに連れていかれるレーナ。

「そ、そんな……! わ、私は正義のために!」

 レーナは叫び続ける。

「ヘイリス教はすべての人類を救済してくれると!」

「神に頼るんじゃなく、自分の足で歩け。道はその先に続いている」

 俺がそう告げると言葉を失ったレーナ。

 考え方が全く違うのだ。

 話にならない。

 それに……

「ヘイリスか……」

「西側諸国で有名じゃない。この国にも入り込んでいるんじゃない?」

 メイリスがそう言うとリリ様のもとに向かう。

 子どもたちと一緒に遊んでいるようだ。

 俺は壁に背を預けてため息を吐く。

「あの中には入れないな……」

「何言っているの。わたしたちが守った子たちに未来を託す……そういうことでしょう?」

 メイリスが快活に笑う。

「罪悪感はないのか?」

「命令でやったこと。わたしたちの責任じゃない」

「…………」

 そう切り替えられるのならいいのかもしれない。でも俺は、俺が血で汚れているから子どもには合わせる顔がない。

 俺は……。

 言葉にならない気持ちを抱えて俺は室内に入る。

 笑顔の子どもたちが眩しく見える。

 保育士たちの顔色は悪い。

 仲間が帰ってこないからか、それとも何か隠しているのか。

 とにもかくにも、後で事情聴取はしないとな。

 気が重いな。

 それでもやらなくちゃいけないんだろ。

 だからこそ、余計に重く感じる。

 俺はメイリスと違い弱いな。

 苦笑を浮かべていると、リリ様が駆け寄ってくる。

「お主もちとは手伝いな」

「え? 俺……?」

 目をパチパチとまたたき、子どもたちを見る。

「わー。お兄ちゃん、かっこいい」

 どこかの女の子が呟く。

「ちょっと怖いかも……」

 男の子が呟く。

「あー。ご相伴に預かりましたブラッドです」

 へこへことしながら俺は子どもたちの前で挨拶する。

「いつもの活気はどうした? ブラッド」

「ええ……」

 もともと活気なぞない俺にそれを求めるか?

「はいはい。みんな。一緒にお歌を歌おうね」

 保育士がそういうと、子どもたちと一緒に俺とリリ様が国歌を歌い出す。

 恥ずかしそうに歌う子。元気ハツラツに歌う子。音程の取れていない子。

 様々な子がいるんだな、と俯瞰して見ていた。

 あの中に俺はいない。

 いつだって戦争のど真ん中にいた。

 俺には理解できないが、こうして歌うのは愛国心を育てるという。

 それはこの戦乱の世では必要だろう。

 ワンフレーズ歌い終えると、みんな嬉しそうにしている。

 メイリスが魔法で光を照らす。

 七色に光る部屋を見てテンションが上がる子どもたち。

 幼稚園の公務が終わると、俺たちは帰路につく。

「大変でしたね。リリ王女殿下」

「なに、児戯だ。楽しい公務であった」

 ホクホク顔でリリ様は流れゆく景色に身を投じていた。

 荷馬車の隣につける馬乗り。

「何か吐いたか?」

 俺は小さな声で訊ねる。

「いえ。未だに教祖の名前くらいしか……」

 捕虜とした保育士のレーナだが、こちらの声が届いていないらしい。

 俺は頬を掻くと、馬乗りに言う。

「少し厳しくしろ。だが壊すなよ。こちらに不利益になる。開戦するなら、あちらから、だ」

「りょ、了解です!」

 敬礼をし、離れていく馬乗り。

「ブラッド。厳しくするのか……?」

 リリ様は不安そうに顔を向けてくる。

「いや、まあ……」

 向けられた純粋な瞳に、歯切れの悪くなる俺。

 俺を見る目が変わっていく。

「バカ者。なんで我に言わない! これでも王女じゃぞ!」

「……すみません。ですが、またリリ様を狙う不届き者が現れるかもしれません」

「軍人は何かとそう言う。誇りの高さで守って見せるわ」

 リリ様は温室育ちだから分からないのだ。

 俺たちは何のために戦っているんだ。

 分からなくなってくる。

 リリ様を守るのが俺の役目なのに、自ら危険に身をさらす。

 今回の幼稚園でも、前の遊園地デートでも。自分の価値と、立場をお考えでない。

 調印式が終わるまで、戦争は続くのだ。

 今は一時休戦だが、それもいつまでも続く訳じゃない。終戦の調印にしても、戦争が続くにしても、休戦は終わる。

 そのあとの世界をどう動かすのか。それはリリ様しだいなのですよ。

 分かっているのですか。

「問いただしたくもなりますが、今は我慢して起きます」

「ならそんな不満そうな顔をこちらに向けないでくれ」

「そんな顔していません」

「しているわ」

 押し問答になりそうなので、ここらで辞めておくか。

 しかし……。

 あんな殺意を向けられるとは思わなかった。

 保育士のレーナ。

 俺は、俺たち軍人はとんでもない怪物を生み出したのかもしれない。

 そう。

 市民に戦わせる、という。

 俺たちは故郷に裏切られたのかもしれない。

 守ってきたはずの者に。

 でも、俺はそれでも守らねばなるまい。

 喩え必要とされなくなっても。

 軍事力がなければ、人を、国民を守ることなどできやしない。

 俺はそのために戦う。

 守るべきもののために……。

 しかし、疲れたな。

 俺、子どもたちを守っていたのか、それとも彼ら彼女らを戦争の被害者にしてしまったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る