第9話 幼稚園 その一

「公務で幼稚園に行く。お主もこい、ブラッド」

「は。護衛はアーノルドとメイリスでよろしいですか?」

「好きにするがよい」

 リリ様はそう言うと王城前に止まったジープに乗り込む。運転手はもちろんメイドのアメリアだ。

 しかし、幼稚園か。何ごともないといいが。

 ジープの荷台には大量の箱が詰め込まれていた。

 後ろからついてくる車にはアーノルドとメイリスが乗り込んでいる。

 あの二人がいれば、狙われても安心だろう。

 それに――。

「今回は防衛のため、障壁魔法を張っています。危険性は少ないかと」

 アメリアはそう言い、俺は安堵する。

 カナリア幼稚園。

 そこには二十名の子どもと、先生が六名いる。

 俺たちを迎え入れてくれる先生がた。

「ようこそ、おいでくださいました」

 一人の大人がペコリと頭を下げて、リリ様を見やる。

「大きな音や光が苦手な子もいます。気をつけてくださいね」

 先生はにこやかに笑みを浮かべる。

 俺とリリ様は真っ直ぐにグランドへ移動する。集められた二十名の子どもを前に、リリ様がない胸を張って高らかに宣言する。

「我々はあなたたちを祝福します」

 いつものリリ様とは違い、凜々しく朗らかに言う。

 傲岸不遜ごうがんふそんな声を出すことはない。

 ドSも見せない。

 幼稚園児に変な印象を与えずにすむな。

「さあ、王女様と一緒に遊びましょうね!」

 先生がそう言うと、子どもたちがリリ様に群がる。

「さすが国のアイドル。人気にんきありますね」

 俺は近くにいた先生に話しかける。

「……あなたは軍人ですね。人殺しを、なぜ行えるのですか?」

「戦わねば守れないものもある」

「そうやって人殺しを肯定するのですね」

 明らかに憎悪と軽蔑、冷徹さをもった声。

 分かっている。

 どんなことを言っても、俺のこの手は血で汚れきっている。

 だからこそ、俺は生きて償わなければならない。

「みてください。あの子たちの絵」

 俺がそちらを見やると、子どもたちの書いた絵には血や武器、爆弾などが書かれている。

「子どもたちは世相を表しています。それを体現すると言ってもいいでしょう。彼ら、彼女らは辛い過去を乗り越えて、なおも笑って生きています」

 リリ様の方に向き直ると、髪を引っ張ったり、スカートをめくったりして笑顔を見せている。

「あなたたちは、この世界に必要ありません。子どもたちは差別も、区別もしないですから」

 先生は子どもたちの元へと駆け出す。

 そしてみんなと一緒に遊びだす。

「……俺は……」

 ぽつりと零す。

 何を守ってきたんだ。

『気にすることはない。人の考えは人それぞれ。お前はよくやっている』

『そうよ。あんなの気にしないの。わたしたちはわたしたちのやり方で平和を守るのよ』

 アーノルドとメイリスが励ますように声を上げる。

「俺たちは何故戦うのか。それを言えなかった。俺は彼女らに説明責任がある。だが、その言葉すら言えない。子どもたちは必死で生きているのだ」

『もういい。よせ』

「俺は何もできない」

『やめろ』

「俺は……!」

 感極まって言葉を失う俺。

 俺はしばらくぼーっと幼稚園児を見届ける。

 わいわいとかしましく遊ぶ子どもたちとリリ様。

「リリ様のあんな姿、初めてみた……」

『もしかして惚れた?』

 メイリスがからかうように訊ねてくる。

「バカを言うな」

 なんだろう。この気持ち。

 リリ様が可愛く見える。

 いいや、あの子にそれはない。

 かぶりを振って考えを改める。

 俺にはあの中に入る権利はない。もう二度と戻れない。

 恨んでくれて構わない。憎んでくれて構わない。

 俺は軍人だ。人を殺す兵器だ。

 兵器が感情を持つ必要もない。

 理屈も必要ない。

 俺はただ上司の、国の意向を理解し、くみ取るだけの存在。

 だが、それでも世界は変わると信じている。

 それでこの子どもたちが平和になるのなら――。

「お兄さんもあそぼ?」

 小さな子がこちらに声をかけてくる。

「ダメよ。そのお兄ちゃん、こわい人だから」

 そう言って先生は遠ざける。

「あの子、戦争で母親を失っているわ。それでも彼女にとっては区別しない」

 ハッとさせられる。

「子どもたちが未来を作る。あなたたちは何のために戦っているのですか?」

 冷笑を浮かべる保育士。

 俺なんかに声をかけてくれる幼稚園児。

 なるほど。なら確かに俺たちは不要なのかもしれない。

 子どもたちが未来を担うのだ。

 俺たちは必要ない……でも、これからは未来を作るために戦うのだ。

 リリ様や子どもたち。この世界の担い手を守る。

 それくらいしかできなくても。せめてそれだけでも……。

 子どもたちが遊んでいると転ぶ子がいた。

「メイリス」

『行くわよ』

 近くの屋上に伏せていたメイリスが走ってくる。

「もう少し待ってくれ」

 俺は子どもを抱えると、声をかけ続ける。

 膝をすりむいた彼女は泣き続ける。

「痛い。痛いよ~」

 嗚咽おえつをもらしながら、傷跡を見る。

「ただいま参りました!」

 メイリスが駆け寄ると錫杖を掲げ、詠唱を始める。

 治癒魔法。

 この世界でも滅多めったにいない白魔道士。

 回復術なら全て知っているとされているメイリス。

 揺れるおっぱいが目に入るが、気にしてはいけない。

 子どもの傷口がみるみるうちに消えていく。

 細胞活性化による治癒魔法。それは子どもの方が回復が早い。

「もう大丈夫だよ」

 メイリスはにへらと笑うと、少女の頭を撫でる。

「お姉ちゃんもあそぼ!」

「しょうがないわね。いくわよ!」

 元気っ子であるメイリスは嬉しそうに手を引張れられていく。

「あんな女に、子どもを」

 怒りを露わにする保育士。

 なぜ怒っているのか、俺には分からない。

「あの人もあなたたち軍人の仲間。人の命をむやみやたらとぐちゃぐちゃにする」

「だが、子どもたちには関係がないらしいぞ」

 俺は率直な感想をもらす。

 子どもたちは差別しないが、先生がた、保育士の方が差別をしている。

 そう感じた。そう思った。

 俺は確かに彼女らの仲間にはなれない。もう戻ることなどできない。

 でも、それでも。

 何かを伝えていくことはできる。

 子どもたちに残せるものもある。

 俺たちは未来を作るために戦う。

 もう二度と俺たちのような子どもが生まれないために。

 そうだ。俺はそれでいい。

「こらー。スカートをめくるんじゃありません!」

 メイリスがふふふと笑いながら、子どもを叱る。

『呑気なものだな』

 アーノルドが失笑する。

『この世界に暴力で与する奴らは多い。彼らから守るにはこちらも武力を持ってせいするしかない』

「……そうかもしれないな」

『武力がなければ、この世界に平和はない。一方的に蹂躙じゅうりんされるだけだ』

「こんなところで話し合っても無駄だ」

 俺はそう告げると、子どもたちを見やる。

 子どもらが一番振り回されている。

 そうでない世界を、俺は作っていけるのだろうか。

 いや作っていかなければならない。

 それが大人としての責任だ。責務だ。

 だから生きていける。生きている。

 俺は生きる意味を見いだした。

 世界を変える。

 変えていかなければ、またも悲劇が繰り返される。

 それは悲しいことだよ。

「――っ。なんだ?」

 背筋が凍るような視線を感じとり、周囲に頭をくべらせる。

「アーノルド。危険だ。周囲を警戒しろ」

 インカムに危険を知らせる。

『なんだと。テロリストか!』

 アーノルドが周囲を警戒するが、敵兵を見ることはできない。

「防御魔法なら――」

 俺にでもできる。

 リリ様の近くに駆け寄って小声で話しかける。

「室内に移動してくれ。敵だ」

「敵? まだ我を狙うか……!」

 リリ様は苛立った顔を見せる。

「ようし。子どもたちよ、室内で遊ぼう」

 この園内はすべて軍の魔道士が障壁魔法を放っている。

 狙撃程度で落ちるとは思えないが。

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