第8話 F42の過去。
放射能の含む黒い雨がざーっと降り注ぐ。
『この戦いは、神の望んだ戦い、聖戦である』
響き渡るスピーカーからの音声。
『死してなお、恩方は世界の安寧を願った』
ならどうして俺は今、殺されそうなのか。
『神の助言を聞かず、自らの利権を頑なに守ろうとする連中に、
それが神の望んだことか?
俺がアサルトライフルを敵に向けて放つ。
少年兵。
十二才くらいか。
構わず引き金を引く。
俺にできることはそれくらいだ。
迷わずに敵を殺す。それが俺にできること。
生まれた頃から、戦場にいた。
『神は我々を認めている。最後の勇者と。あらがうなかれ』
何も変わっていない。
俺はこんな世界を求めちゃいない。
『全ては神の御心のままに』
銃弾の飛び交う戦場は日に日に前線を塗り替えっていった。
「アンドレイ! フーサイル!」
俺が仲間の名を呼ぶが返事はない。
「くそ――っ!」
戦場を駆け抜けていくが、死体の山が積み重なっていくだけだ。
それでも終わらない戦い。
俺たちはいったいいつまで戦い続けなければならないのか。
「敵、魔法陣展開!」
悲鳴に似た声がどこかであがる。
一級魔道士サイール。
それが戦場で活躍する者の名だ。
彼は業火の化身と言われ、戦場にて莫大な死をもたらす。
魔道士というものは戦争の
世界を変える力がある――なら、どうして俺たちを叩く。今の世界情勢を変えてくれ。
そう願っても、俺は戦うことしかできない。
「
単身、アサルトライフルで敵護衛隊へと突っ込む俺。
敵兵を撃ち殺すと、今度はサイールの火球が迫ってくる。
俺はバックステップでかわし、アサルトライフルを引き放つ。
が火球の勢いは止まらない。
銃弾も火球の前では無意味である。ぐずぐずに解けて消えていく銃弾。
味方のオットーが前に出て魔法陣を張る。
「君、大丈夫か!?」
誰かに気遣われたのは初めてのことだった。
「君は、F42、か?」
「はい」
短く会話をすると、俺はオットーと一緒に前線から撤退した。
日に日に前線のラインは書き直されていく。
雨が降りしきる翌日。
俺はオットーと一緒に食事をしていた。
缶詰と乾パン、それに雨水を飲んで飢えをしのぐ。
疲れ切った身体は睡眠を求めていた。
だが、すぐ近くに銃撃音が鳴り響く。
「こうしてはおれない。退くぞ。F42」
「はい」
俺はオットーに従うしかなかった。
アサルトライフルの残弾も残り二発。
とてもじゃないが、数十の敵兵とやり合うだけの力は残っていない。
恐らくオットーもなのだろう。
だから前線に向かうことはできない。
こちらは補給路も断たれている。
これではまともにやりあうこともできない。
敵を殺すための思考を巡らせるが、それもすぐに泡となって消える。
「俺が、やらねば。俺が……」
うわごとのように呟くが、オットーは悲しそうな者を見る目でみてくる。
「このまま南下すれば、補給路にたどり着く。そこまで持ってくれ」
俺に言っているのか? それとも別部隊に?
分からない。
なんでオットーは俺を助ける。
「見つけたぜ。共和国の犬が!」
一人の男が錫杖を構えてこちらを
「くっ。逃げろ! F42!」
「俺は……」
「ん。そっちの子ども……」
俺を見て悲しげに目を伏せる男。
俺がやらねば。俺が、皆を守るんだ。
前に出てアサルトライフルを正面に構える。
守る? 誰を?
俺は何を守ってきた?
錫杖から火球が放たれる。
爆破。
俺とオットーは地に伏せる。
「死にたい」
オットーは涙ながらに口走る。
「死にたい」
「そうか。分かった」
俺は立ち上がり、アサルトライフルをオットーに向ける。
引き金を引く。
タンッ。
乾いた銃声が命を一つ奪う。
そしてアサルトライフルの銃口を自身の頭に向ける。
「これでようやく終われる。この戦争にも終止符を打てる」
喜びと恐怖、それに悲哀で満ちた顔で俺は引き金を引く。
タンッ。
乾いた銃声は今度は誰の命も奪わなかった。
男が俺を押しのけたのだ。
「バカやろう! なんで自分の命を奪うんだよ!」
「この戦争は終わった。俺たちの負けだ。だから終わらせる」
「命あっての物種だろ。何をするにも命がなければ、悲しみが増えるだけだ!」
男は嘆くように言葉をつむぐ。
「なんで、なんでみんなで生きていけないんだ!」
「お前たちが攻めてこなければ!」
俺の中の何かに触れた男に向かって歯を突き立てる。
「な、こいつ!」
男の名は
俺を捕虜として帝国に連れ帰った。
最初は戸惑っていた俺も、戦災孤児として孤児院に入居させられた。
他の子よりも大人びてみえたのは戦場の悲惨さを、そして自身が招いた結果を受け止めたからなのかもしれない。
子どもに見える周りを見て、フーッとため息を吐く。
冷めた目で見ていた。
その後も、俺は帝国の軍事力になるように、身体を鍛えていた。
そんなことをしていたせいか、従者の護衛として扱われることが多かった。
とある寒空の下。
吐く息が白くなり、世界が銀世界に色づいた頃、俺と従者が一緒に買い物に出かけた。
「お姉さん一人?」
いかにもチャラそうな男二人が俺と従者を見て、顔を嬉しそうに歪める。
俺を取り押さえると、従者に手を上げるチンピラ。
かっとなった俺はチンピラの腕を噛みちぎり、痛みでうめいているのを一瞥する。
そしてチンピラのもう一人のすねをおもっきり蹴り上げる。
仕上げとばかりに金的を食らわす。
チンピラのポケットに入った拳銃を手にして、警戒する。
「動くな!」
俺は乾いた唇を震わせる。
「これを食らいたくなければ――退け」
久々に発した言葉が冷たく響き渡る。
悲鳴を上げて立ち去るチンピラ二人。
俺は孤児院の英雄になった。
だが、従者は俺を腫れ物扱いするようになった。
恐怖で怯えていたのだ。
従者を助けたのに、その従者から怖がられる。
なんのために戦ったのか、俺は分からなくなった。
他の子はみんな俺を褒め称え、一緒に遊ばなくとも、受け入れるようになっていった。
やがて雪が解け、公路が開けてきたとき、俺は王族に呼ばれることなった。
「その力、我が軍に還元せぬか?」
王様の名前は忘れてしまった。
だが、俺はそれを待っていたように思えた。
「はい。ご命令とあらば」
「いやいや、そうではない。お前は自身の正義のために武力を振るえば良い」
おっとりとした口調の王様は蓄えた髭を撫でて答える。
「自身の正義?」
「そうだ。自分が良いと思ったことを、なすべきと思ったことをなせ」
なすべき……。
その言葉はずっと心のどこかに引っかかっている。
「そう言えば、お主には名がないそうだな。わしがつけてやる」
王様は立ち上がり、俺の近くに歩み寄ってくる。
手を伸ばし、頭を撫でる王様。
「ブラッド=ダークネス。お主は闇夜に生きる者、じゃからな」
「ブラッド=ダークネス。承知しました」
「陰に生きるとは言ったが、お主はまだ若い。生きる道を自分で選べ」
「じゃあ、これからも戦争の中で生きていきます」
戦争中毒。
そんな言葉が頭の片隅に思い浮かぶ。
「お主……。そうだ。お主に報われる日がくると願っておる」
王様は沈痛な面持ちで俺を抱きしめる。
「嘆いていいのじゃよ。泣いていいのじゃよ。人は泣けるのだから」
「泣くようなことは経験しておりません」
「その強がり、どこまで持つかのう……」
そのとき、玉座の脇にある扉が開く。
「じいじ。いっしょにあそぼ!」
リリと申したか。王様の一人娘と聞く。
「あ。かっこいいお兄ちゃんもいる! いっしょにあそぼ!」
リリは俺と王様に尋ねる。
「これ、今はそんなときじゃないのだ」
そう言って同年代くらいのメイドに任せると、リリは奥に消えていく。
「失礼した……」
「いえ」
「本当に東北戦線に行くつもりか?」
「はい。この戦争が終わらねば、世界は変わりません」
世界を変える。
優しくて暖かい世界へ。
それが俺の人生だ。
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