第7話 遊園地デート その三。

 目標、十一時の方向。距離六千。

 スコープの倍率を変えると、その綺麗な顔が映る。

 ニヤリと口の端を歪め、重さ六キロほどのバレッドLP03を構える。

 発射方向の軸線上に柱が邪魔をする。

「ターゲットが離れるまで待機する」

 晴れやかな空。風速一メートル。

 絶交の狙撃日和だ。

「さぁて。リリ王女殿下。その綺麗な肌をまっ赤に染め上げてやるぜぃ」

 こちらを見やる男の顔。

「バレた!?」

 くそ。どうなっている。

 俺様は狙撃銃を手にして屋内に逃れる。


◇◇◇


「敵……!」

 殺気を感じた俺は遠く離れた、恐らく六千メートル先の家屋を見やる。

 そこに光るレンズが見えた。

 監視されている。

 マズいな。

 こっちにはアーノルドもメイリスもいない。

 頼みの綱はメイドのアメリアくらいか。

 できるだけ遮蔽物のあるところ利用して立ち去るしかないな。

「リリ王女」

「なんだ?」

「狙われています。ここはすみやかに安全圏まで移動します。ついてきてください」

「いや、だ」

「え」

「我はもっと遊びたいのだ!」

「そう言われましても、命の方が大事でしょう?」

「む。最後に観覧車に乗りたい」

 く。ここまで頑固だとは。

 ため息を吐き、俺の中の何かが折れる。

「分かりました。最後の最後ですよ」

 俺とリリ様は観覧車に向かうことにした。

 確かに狙われている確証もないんだよな……。

 あのレンズ、ただの望遠鏡かもしれないし。

 杞憂きゆうで終わればいいが。

 観覧車の列に並ぶとホッとする。

 ここなら雨よけという遮蔽物がある。狙われることはないだろう。

 順番が回るまでもう少しある。

 周囲に警戒を強めるべきか。

 目をくべらせると怪しい人間がちらほら。いやアレはリリ様の美貌に惑わされている奴らか。

 かくなる上は。

 俺はリリ様を抱きかかえて陰になるように動く。

「へ? いやっ!」

「お、お客様?」

 困ったように眉根を寄せる係員。

 俺は係員に愛想笑いを浮かべて次の観覧車に乗る。

 ガタンと音を立てて徐々に高度を上げていく観覧車。

 俺とリリ様はその箱の中に収まり、徐々に上がっていく世界を見つめている。

「なんでも、この観覧車の最上階でキスをすると永遠に幸せになれるのよ」

「そんな非科学的な」

「そうね。でも形から入るのはアリなんじゃない?」

 リリ様は憂いた目で外の様子を見る。

 その視線の先にレンズの反射光が見える。

「伏せろ!」

 俺はリリ様の頭をつかみ、座席よりも下にする。

 パリンっとガラスが割れる音とともに、ガラス片が散らばる。

「な、なによ……!」

 リリ様の甲高い声音が室内に響き渡る。

 女性の悲鳴というのは気持ちが揺さぶられる。少し苦手だ。

 背中に背負っていた鞄からアサルトライフルを取り出すと、俺はスコープの反射光に向ける。

 薬室に弾丸をセットし、引き金トリガーをひく。

 二度、三度。

 撃ち放つが向こうから銃弾が飛んでくるのだがら、まだ倒せていないということになる。

『今、到着した。ポイント171。狙撃を開始する』

 状況把握したアーノルドが狙撃銃で敵の位置を狙撃する。

 しかし、まあ、さすが王女殿下。敵がいるのは分かっていたが。

『ターゲット撤退した』

「了解した。引き続き警戒を」

 俺はインカムに向かって声を上げる。

「リリ様、おわかりになったでしょう? ここは危険です。一度、城に戻りましょう」

「……ああ」

 静まりかえった個室で小さく頷くリリ様。

 その顔には陰りがさしていた。

 やはりもっと遊びたかったに違いない。

 笑みを奪ってしまった罪悪感に、守りたい気持ちが揺れる。

 俺はこの子を守らねばなるまい。

 観覧車が最上階から降りていく。

「できなかった……」

「リリ王女様?」

「いや、なんでもないわい」

 怒りを露わにするリリ様。

 困ったことに怒られる理由が分からない。

『敵を逃した。すまん』

「了解。警戒げんに」

『了解』

 アーノルドが警戒してくれるのなら、問題ないだろう。

 地上へ降りると係員が駆け寄ってくる。

「大丈夫でしたか!? お客様!」

 先ほどの銃撃戦で園内は慌ただしくなっている。

 すぐに集まった管理者が額に脂汗を浮かべて平謝りする。

 しかし、そんなことをしても何の意味もない。

 俺は軽く流すと、メイドのアメリアが待つジープに向かう。

 ぶすっとした様子のリリ様が後ろを歩いている。

 しかし、いつどこで狙われているか分かったものではない。

 俺は周囲に首を巡らせて警戒する――と。

「危ない!」

 リリ様が叫んだ瞬間、ポールに頭を強打する俺。

「前を見て歩く!」

 リリ様の言葉に首肯し、立ち上がる。

「いや、その……」

 警戒しすぎていた。いや、殺意のないポールだったからこそ、気がつかなかったのだ。

 こっちを殺す気なんてないだろうし。

 そう言い訳もできるが、軍人がポールに殺されたなんて笑い話、したくもない。

 恥じらいを覚え、俺はゆっくりとリリ様を案内する。

 額が痛い。ポールめ。今度会ったら覚悟せよ。

 駐車場を歩き、ジープが見えてくる。

「しかし、ジープでデートとは、あまり雰囲気がでないものだな」

 リリ様が苦笑いを浮かべて乗り込む。

 俺もその後に続くが、雰囲気か。なるほどな。

 そういったものもデートの要因になるのか。知らなかった。

 男手一つで育った俺には無縁の話だった。

 女っ気のない世界で生きてきたのだ。

 今更だ。

 しかし、恋というものは知っている。

 俺がまだ一等兵だった頃、女上官に恋病を患ったのだ。

 あれは今でも覚えている。

 何度、その上官を襲撃したものか。

 しかし、そのたびにやりかえされたのだ。

 あれはいい訓練になった。

「リリ王女殿下、おけがは?」

 メイドのアメリアは心配そうに訊ねる。

「ない。ブラッドのおかげで、な」

「そう。良かったです」

 このメイド、リリ様とは一線を画していると思ったが、意外と踏み込むタイプのメイドかもしれない。

 いや、長年一緒に連れ添った仲だ。気安い態度もできるのだろう。

 俺は隣でアサルトライフルの弾丸を充填する。

 ジープを走らせると、町並みが流れていく。

 さすがにジープを狙撃する、なんてことはないか?

 防弾ガラスに囲まれているのだ。

 ピシッと音を立ててガラスにひびが入る。

「な。撃ってきた?」

「荒っぽい運転になります。すみません」

 アメリアは車を左右に揺らしながら走り出す。

 狙撃で一番やって欲しくない行動だ。

 こいつ、手慣れている。

 メイドへの評価を改めると、俺はスコープを構える。

「アーノルド。どうなっている?」

『敵による長距離射撃だ。おれが対応する』

 インカムから返ってくる言葉は信頼に足りるものだった。

 後方を走る車から身を乗り出すアーノルド。

 銃弾と銃弾が撃ち放たれる。

 アーノルドの射撃は正確だ。まるで針の穴に糸を通すような正確さ。

『一人、撃破。次に移る』

「了解。アメリア。次の道路を右へ」

「なぜですか?」

「追っ手をまく」

「……分かりました」

 アメリアは理解したのか、俺の言う通りに曲がる。

 そこは開けた場所が少ない人口密集地。

 狙撃などできるはずもない。

 裏道を利用して、俺たちは白亜の城に戻ることに成功した。

 のちにアーノルドも帰ってくるが、それは別の話。

「しかし、銃撃戦に遭うとはな」

 リリ様は歯がみをして苦々しい顔を見せる。

「メイリスを呼び戻してください」

「しかし、それでは内乱が悪化するのではないか?」

 俺の進言にリリ様が苦笑をもらす。

「そうかもしれません。しかし、今回分かりましたが、護衛が足りません」

「そうか。なら呼び寄せるかのう」

 心労からのため息を吐き、リリ様は立ち上がる。

 俺を呼び寄せると、リリ様は口を開く。

「椅子になれ」

「はっ?」

「椅子になれ」

 俺は仕方なく、その場で四つん這いになる。

 と、その背中にやんわりと乗るリリ様。

「ふふ。嬉しいか?」

「いえ。俺はそんな変態ではありません」

「なっ!」

 驚いたような表情を浮かべるリリ様。

 いやなんで喜ぶと思ったんだよ。相変わらずずれているな。

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