第6話 遊園地デート その二。

 トテトテと近くの自販機でジュースを買うリリ様。

 ふらつく俺の頬に冷たいジュースを押し当てて、にやつく。

「冷たっ」

「いい顔しているねぇ~♪」

 嬉しそうに俺の不調を眺めているリリ様。

「ジュース飲みなよ」

 差し出されたのはリンゴジュース。

 こういうものを飲むと思われているのか……。コーヒーが好きなのだが。

 グビッと飲むと気分が少し良くなった。

「気遣いのできる素敵な奥さんやろ?」

「……まあ、はい」

「なんだ。歯切れの悪い」

 まだクラクラする。

「さて。次の乗り物は何にする?」

 リリ様は意地の悪い笑みを浮かべて俺を見る。

「あのフリーホールなどどうだ?」

 リリ様は俺に意見を求めてくるが、俺は否定することもできずにこくとうなずく。

 垂直落下するらしい座席に収まる俺と、リリ様。

 ふわりと垂直に上がっていく座席。

 足下が不安定になるにつれて俺は恐怖感を感じる。

 チリチリと心が削れていくような気分に、俺は隣のリリ様を見る。

「ん。なんだ?」

「い、いえ」

 怖がった様子の見せない、それどころか嬉しそうにしているリリ様。

 最上階に上がったときの眺めは最高だが――。

 そのまま垂直落下する座席。

 風圧が爆風を連想させて、頬をチリチリと焼く気分がフラッシュバックする。

 地面につく頃には俺はめまいを覚える。

「あ、次あれ乗りたい」

 無邪気なリリ様についていくだけでも俺は必死だった。

 それから絶叫マシンを何度か梯子し、クラクラとめまいを覚えながらベンチにたどり着く。

「や、やっと終わった……」

 まさか遊園地がこんな修羅場だとは思いもしなかった。

 軍人として生きてきて十八年。一度も味わったことのない世界だった。

 今でも全身の毛という毛が逆立つ。

「ふふ。まだよ。ブラッド」

「え……」

「ジャイアントハンマーよ!」

 ハンマーの凸が座席になっており、ハンマーの柄が柱になっている乗り物がある。それがジャイアントハンマーらしい。

 え。あれに乗るのか……?

 オドオドしていると、リリ様が苦笑する。

「軍人さんでも怖いことあるのね」

「こんなの戦場じゃありえない……!」

「ふふ。面白いかな」

 不敵な笑みを浮かべているリリ様。

 ちょっと怖い。

 というかだいぶ怖い。

 その恐怖よりも怖いのがジャイアントハンマーだ。

 俺はあれに怯えている。

 それを見てカラカラと笑うリリ様。

 ホント、リリ様の性格って……。

 そんな格好の悪いところばかり見せてはいけないと思い、表情だけでも明るく努めて向かう。

 ジャイアントハンマー。

 それはすごかった。

 まるで戦場にて、空中と地上からの爆撃で身体が吹っ飛ぶ感覚に近い。

 もみくちゃにされた俺は気を失うかと思った。

 だが、気を失わないギリギリのところを攻められている。

 非道だ。

 この遊園地とやらは人の安心と安全からほど遠い。

 俺はこんなものを守るために戦ってきたわけじゃない。

 誰だ。これがとしたのは。

 まったく理解に苦しむ。

 降り口で俺はふらふらしながらベンチに向かう。

 このベンチが愛おしい。

 まさかベンチに恋する日がこようとは。

 ぐでっとなっている俺を見て、リリ様がクツクツと笑う。

「性格悪いですよ。リリ王女様」

「いいじゃない。我しか知らない顔だからね♪」

 ……このまま婚約していいのだろうか。

 俺の弱っている姿をみて喜ぶドS王女と? 無理だろ……。

「あら。ご不満?」

 大きくため息を吐くと、さすがのリリ様も気になるらしい。

「ああ。もっとこう愛のある言葉はないのですか?」

「え?」

「え」

 何を驚いているのだろう。

 俺はそんなドMキャラじゃないぞ。

「え。でもあの本には……」

「本?」

「え。いや、なんでも」

 もごもごと口ごもるリリ様。

 本、という言葉が気になったが、俺は気分が悪い。今は聞き出せる状況じゃない。

 捕虜から情報を聞き出すのも軍人の務め。

 だが、今は……。

 ベンチにぐったりして、どれくらい経ったか。

 時計を見やると十二時半。

「そろそろお昼にするか」

 俺は重い腰を上げてベンチを後にする。

 ベンチよ。おおベンチよ。なぜそんなにも愛くるしい。

 後ろ髪を引かれる思いで俺はベンチを後にする。

 スマホを操作し、俺は近くの食堂を探す。この園内に食事処は三つある。

 一番は量に対しての安さ、コストパフォーマンスだ。

 なるほど。この店は量が多いのか。

「少し離れたところの店にしよう」

「分かったわ」

 園内を六分ほど歩くと、そこには食堂〝僕団ぼくだん〟だ。

 どういう意味があるか知らないが、うまそうな匂いをたちこめている。

 俺とリリ様は店員に案内されて席につく。

 俺は大盛りカツ丼を、リリ様はパスタを注文する。

「大盛り、やっぱり男の子って感じね」

「まあ、女子はあんまり食べないものな」

 そう言ってサービスの水に口をつける。

 しばらくして注文した食事が届く。

 俺は箸を伸ばす。

 カツがサクサクといって甘い肉汁がでてくる。園内の食堂でここまで本格的なものが出てくるとは思わなかった。

 うまい。うまい。うまい。

 ガツガツと食べているとリリ様が呆けている。

「何しているのです? 食べないのですか?」

「え。あ、うん。食べっぷりがすごくて……」

「ははは。軍人は力を蓄えないと生きていけないのです」

 なんだか敬語が怪しくなってきたが、俺は食べるのをやめない。

「ちょっと食べてみたいかも」

 リリ様が小さな声でそう呟く。

「ん。ほら」

 俺はカツの一切れをリリ様に向ける。

「あーん」

 俺がそう言うとリリ様は目を見開き、赤い顔をする。

 あーっと口を大きく開けるリリ様。

 とその瞬間、何かが眼前を横切る。

「……トンビ!」

 銃弾の雨の中で鍛えられた洞察力はしっかりとその姿をとらえていた。

 トンビが店の奥に消えていく。

「興がそがれた」

 俺はそういい、自分のカツを食べる。

 少し不機嫌そうなリリ様だが、しげしげとパスタを頬張る。

 さすがに王女とだけあってマナーはしっかりとしている。

 そう言われると俺はマナーのマの字もないな。

 まあ、美味しく食べれば、それがマナーなのかもしれないが。

 カツ丼を食べ終えてまだ足りない。

 僕団を出ると、俺はリリ様に尋ねる。

「あのクレープ食べませんか?」

「いいよ。我は季節のフルーツがいい」

 看板にはでかでかと今の季節のフルーツクレープが描かれている。

 俺は、というと、バナナのクレープを食べる。

 バナナはさっととれる栄養補給食だ。それに安価で量が多い。

 注文をしてすぐに出てくるクレープ。

 俺はバナナを、リリ様は季節のフルーツを味わいながらベンチに座る。

 ベンチ、俺の憩いの場。

 パクパクと食べていると、リリ様がハンカチを取り出し、俺の鼻先についたクリームをとる。

「もう。子どもっぽいんだから」

 ふふふと微笑を浮かべているリリ様。

「気持ち、我の方がお姉さんだね」

「いいや。それは俺が許さん。俺の方が大人だ」

「そうかな? 君、けっこう抜けているよね?」

「そ、そんなまさか……」

 じーっと見つめてくるリリ様。

「え。ほ、ホントに?」

 俺は怯えるカエルみたいにびくびくする。

 今回の遊園地デートで俺のトラウマを刺激された気がする。

 確かに遊園地は怖い。戦場よりも怖い。

 何せ、鉄の棒だけで支えていたりするのだ。あそこに爆破物を仕掛けたり、劣化していたりすれば、すぐに折れてしまう。

 そんな危険性をはらんでいるのに、なぜ放置されているのか……。

 そうか。この気持ちがバレているのか。

「俺、戦場なら負けなしだぞ?」

「それが信じられないの」

 リリ様はクレープを食べ終えて、包み紙をゴミ箱に捨てる。

 信じてもらえないのかよ。

 俺だって〝死炎しえんの奇術師〟と言われていたんだよ。

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