第5話 遊園地デート。その一。

 翌日。

 午前五時に目を覚まし、日課の筋トレをする。

 シャワーを浴びて掻いた汗を流すと、お気に入りのタンクトップと短パンを履く。

 テレビをつけると、そこには〝遊園地〟のテロップが流れている。

『今日! 遊園地のアルトーゼが開園します! 皆様、楽しんでいらっしゃいます!』

 終戦の喜びと一緒にもたらされる遊園地の開業。

 調印式はまだだと言うのに各地の盛り上がりかたは異常にも思えた。

 それだけ娯楽が禁止されていたこともある。

 終戦の声が上がってから僅か一週間で、この騒ぎである。

「ブラッド! 遊園地に行くぞい」

 リリ様の声が響き渡る。

 ドアを開けたリリ様は俺の上半身裸を見て、赤面する。

 可愛い。

「き、着替え中だったか。すまん」

 そう言って身体を翻し、ドアを閉める。

「これから遊園地デートだ。お主も早く着替えよ!」

「……分かった」

 俺は苦笑し、手短にある衣服を着込む。

 スパイとして敵国に身を潜めるときにはその国のファッションを真似ねばならない。

 そのかいあって、この国でも俺はすぐに着替えることができた。

 しかし、今日はメイリスがいない。

 インカムに話しかけると、アーノルドが応答する。

『なんだ?』

「これから遊園地デートに行く。なにか助言は?」

『死なぬように』

「ああ。だよな」

 真面目一辺倒なアーノルドに聞いたのが間違いだった。

 遊園地で死ぬことなんてないだろうに。

 そんなんで死んだら、末代までの恥だ。

 あんな加速装置程度でびびる俺ではない。

 となると、リリ様と一緒に楽しめるだろうか?

 まったく怖がらない俺といてリリ様は楽しめるのだろうか?

 尽きない疑問がふつふつと湧いてくる。

 俺はドアを開けると、そこにいたリリ様にひざまずく。

「よろしく頼むよ」

 リリ様の手の甲にキスをする。

「良い。遊園地までは車で行く。悟られぬよう、注意せよ」

 それは俺のセリフだが、少し頬が緩んでいるリリ様。

 昨日の収穫祭で距離が縮んだんだと思う。

 こちらの気持ちも少し安らいだ。

 でももっと色々とあっても良かったような気がする。これは軍人であり、危険な任務が多かった俺のクセみたいなものだ。

 穏やかすぎたのだ。俺にとっては。

 そう考えると遊園地という非日常は俺にとっては魅力的かもしれない。

 はやる気持ちを抑えつつ、俺はリリ様と一緒に王城前に行く。

 止めてある車を見て、ハッとする。

「これじゃダメだ。危険すぎる」

 リムジンを見て俺は苦言をていする。

「軍用車両を持ってこい」

 軍用のジープを持ってこさせると、俺は乗り込む。

 装備は対空バルカン砲と、エイベリオン社製のミサイル四機。機銃座一つ。

 武装としてはなかなかのものだが、扱えるのが俺一人という心許なさ。

 作戦行動にあたり、アーノルドはすでに移動を開始している。

 遊園地を目指してジープが走り出す。

 運転はメイドのアメリア。

 もう一人くらい護衛が欲しいが、今は国の内乱を抑えるために尽力している。

 こちらに回す余裕などないのかもしれない。

 隣の金髪碧眼美少女がこちらを見て微笑む。

 リリ様は戦争の時代しか知らない。

 過去が、辛く冷たく暗いものであっても、未来は明るく暖かくしていきたい。

 冷たい現実だからこそ、暖かな気持ちで世界を照らしたい。

 部下の死を見てきた。

 もう誰も死んでほしくない。

「なんだ。我の顔に何かついているのか?」

 リリ様が少し機嫌を悪くして言う。

「いえ。なんでもありません」

 この子を守るには俺はどうしたらいい。

「追っ手ですね」

 運転していたアメリアが、ぼそっと呟く。

「荒っぽい運転になりますが、ご容赦ください」

 そう言ってメイドはアクセルを吹かして、速度を上げていく。

 急激な加速にGが加わった華奢な身体。

 車両が回転する。

 俺はリリ様を受け止めると、抱き寄せて堪える。

 しばらくして、追っ手をまいたのか、メイドはホッとため息を吐く。

「でも、さっきの車両。アーノルドじゃないか?」

「え」

「え?」

 メイドのアメリアは心底困ったように眉根を寄せる。

「ま、まあ。間違いは誰にでもあるさ。さ、遊園地に行こう」

 努めて明るい声を上げる俺。

 メイドの運転は優しいものになり、目的地である遊園地に無事に着く。

「いってらっしゃいませ」

 メイドのアメリアはこくりと頷き、ジープのもとで待機するらしい。

 なんでもデートに水を差すのはいかがなものか、とのこと。

 俺とリリ様は二人で遊園地に向かう。もちろん、アーノルドの長距離護衛もあってのことだが。

 そのアーノルドもまいてしまったため、到着が遅れるそうだ。インカムに呼びかけても返事はない。

 しかし、

「すごい混み具合だな。大丈夫か?」

 変装したリリ様は髪型を変えて、白いワンピースと麦わら帽子をかぶっている。

「変じゃないかな?」

「大丈夫だ。似合っているだろう」

「む。だろうとはなによ。だろうとは」

 睨みを効かせてくるリリ様。

「まあいい。行こう」

「何が『まあいい』よ。ムカつく!」

 リリ様のご機嫌を損ねてしまったらしい。

「いや、ええっと……」

 こんなとき、どうしていいのか分からない。

 戦場であれば皆同じ意識を持ち、平等だった。生死も。

 だがここではリリ様が最大級の上官だ。俺はその機嫌を損ねた。

 ゴクリと生唾を呑み込み、困ったように頬を掻く。

 近くの土産店を見て、ハッとする。

「ほ、ほら。リリ王女様。ぬいぐるみですよ~……?」

 恐る恐る土産店のぬいぐるみを指さす。

「ん。どこ?」

 リリ様は困ったようにハの字に眉根が寄る。

 遠くて見えないらしい。

 俺はリリ様の手を引き、土産店のぬいぐるみを見える位置まで連れていく。

「……ふーん? これで買収しようと?」

「いや、言い方。姫様も女の子でしょう? 可愛いものに目がないかと思いました」

「それは低俗で馬鹿げたレッテルね。我がそんなことで落ちるとでも?」

「し、失礼しました!」

「まあ、いいわ。今回はこれで許してあげる」

 そう言ってドラゴンのぬいぐるみを購入する。

 どうにか機嫌が戻ったところで、一番人気にんきのジェットコースターに乗る。

 待ち時間が二時間と長いが、俺とリリ様は微妙な空気で待つことになる。

 先ほどの機嫌の悪さとは違うが……。

「リリ王女様は待つのに退屈しませんか?」

「しないかね。ブラッドはどうなのよ?」

「俺はいつまででも待てます」

 一番待てないのは友軍の強襲。その時を待って援護する身にもなってほしい。

 そんな他愛のない会話で暇を埋め尽くすと、いよいよジェットコースターに乗る。

 発進位置から少しずつ坂を上り、不安定そうな鉄の棒だけで支えているという恐怖。

 落ちるときの浮遊感。戦場では味わうことのない感覚。

 爆風のように浴びる風圧。

 それらが戦場を呼び起こさせ、俺の身体を縮こまらせる。

 ――こ、怖い!

 俺は恐怖した。

 なぜこのようなものが、この世界にあるのか、不思議でならなかった。

 ジェットコースターを降りる頃にはぐでんぐでんに酔っ払ったかのようにふらつく。

 その肩を貸してくれるリリ様だったが、背丈が違いすぎてあまり頼れない。

 近くにあったベンチに腰をかけて、気持ちを落ち着かせる。

「なんで、こんなものを作った……」

 恨み言を言う俺だったが、リリ様は平然としている。

「リリ王女様は怖くなかったのですか?」

「何を怖がる。こんなの遊びじゃないか」

「そうですか」

 男として、軍人として恥ずかしい面を見せてしまった。

 そんな気がする。

 俺は情けなさで俯く。

 まったくなにやっているんだ。俺。

 小さくため息を吐くと、リリ様が少し席を立つ。

「危ないですよ。リリ王女様!」

 俺は慌てて立つ。

 気分が悪くふらつく。

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