第4話 後の祭り
キャンプファイヤーの燃えかすを目の前に、クラクラと立ちくらみを覚えるリリ様。
「踊ろう」
「え。でも……」
収穫祭の本番は終わった。もう後の祭り。
それでも意味があるのなら――。
「踊ろう」
俺はリリ様の手をとり、少しステップを踏む。
踊り慣れていない俺はふらつくが、自慢の運動神経でなんとかついていく。
踊っているとリリ様は真剣な眼差しを向けてくる。
「あんた。調子に乗っているんじゃないわよ」
リリ様がいきなり俺の足を踏んでくる。
「いた気持ちいいんでしょ?」
「いや、普通に痛いだけだが」
「え。うそ。本にはそうするといいって書いてあったのに!?」
リリ様が何を読んだのか分からないが、とんでもない勘違いをしているように思える。
「失礼ですが、何を読まれたのですか?」
「ツンデレ悪役令嬢、彼氏をゲットする! よ」
恥じらうように顔を赤らめるリリ様。
なんと可愛い顔か。
「それは教材にしてはダメなのでしょう」
俺も軍人なので詳しくは分からないが、きっと違う本を読むべきなのだろう。
『来い来い恋を読むべきですね!』
メイリスがそんな声を漏らす。
「来い来い恋を読むといいようですよ」
「ほう。なら、今度アメリアに頼もうか」
ふむふむと納得したように頷くリリ様。
その顔は微笑ましいと思った。
タップを踏んだ俺はリリ様のダンスに付き合う。
こうしていると本当にカップルに見えるのだろうか。
柔和な笑みを浮かべるリリ様。
少し幸せそうに見えるその顔は、俺の庇護欲をくすぐるには十分だった。
さっとリリ様の前髪を手でよけてみる。
その顔は少し困っているかのような気がした。
そんな俺たちのダンスももうじき終わる。
後ろ髪を引かれる思いで、少しずつ離れていく。
ぼーっとしていた俺だが、それでもリリ様との思い出を忘れはしない。
終戦したことによりよりどころを失った俺だが、こうしてリリ王女と一緒にデートをする――そのことがどこか可笑しく感じてしまう。
「なぜ、笑うのかな?」
リリ様の冷笑を受けて、背筋を正す俺。
「は。デートというのはかくも面白いものだと実感しておりました」
「よい。下がれ」
いつものクセで俺もリリ様も応じる。
「お二方、派手がすぎます。こちらへ」
メイドのアメリアが俺とリリ様を誘導する。
陰に隠れると、アメリアは持っていたローブをリリ様にかぶせる。
「いつなくしたのかは分からないですが目立ちすぎます」
「すまない」
俺の失態だ。
リリ様のことを知っている人の方が多いのだ。知らず知らずのうちに皆の視線を集めていたのかもしれない。
リリ様が外套を羽織ると、陰から出て再び夜闇に染まった中央広場に出る。
祭りも終わり。
屋台を畳んでいるお店も多い。
そんな中可憐なリリ様が一人、スキップしながら屋台を見て回る。
その後ろに俺が控えている。
「お、嬢ちゃん。売り残った焼きそば食べていくかい?」
「そうね。食べてもいいわ」
「ははは。まるで貴族みたいな言い方だな」
そう言って焼きそばを受け取る。
貴族……と小さく口ごもるリリ様。
くるりとスカートを翻し、中央広場から少し離れた脇道のベンチに座る。
リリ様はもらったばかりの焼きそばをつつく。
「ん? いる?」
リリ様はこちらに焼きそばを向ける。
「ああ。頂こうかな」
俺は箸を伸ばす。
ちょっとソースの味が濃いがそれがいい。
決しておいしいわけではないが、祭りの高揚感からか、それを感じさせない。
「ひゃははは。お嬢ちゃんがた、わしの店を見てはみないかい?」
一人老婆が移動式の屋台を転がしていた。
「なんのお店だ?」
路地裏に怪しげな老婆。
もしかして
じっと見つめているが、怯える様子もなく、屋台の側面を上げる老婆。
「ひゃはは。これでも宝石商でね。お高いよ」
屋台を見てみるとルビーやサファイヤ、ダイヤモンドにパール。ネックレスやイヤリング、指輪、形状も様々だ。
「ふむ。この中で魔法耐久のあるサファイヤがいいかな」
俺は魔法障壁と相性の良いサファイヤを手にする。
「えー。我はルビーがいい」
「ルビーは回復系の魔法と相性がいいんだ。防御が得意なリリ様ならこっちですよ」
俺はあくまでも戦場になることを気にして言う。
「そういう問題じゃない! 我がこっちがいいと言っておる!」
「……分かりました。ご命令とあれば」
俺はルビーの指輪を購入するとリリ様の小さな指にはめてあげる。
「ひゃははは。めでたいカップルだねぇ~」
老婆は皮肉めいた顔をこちらに向けると、その手に紙袋を持って差し出してくる。
「これは?」
「おまけだよ。受け取るがいい」
老婆は差し出した紙袋をリリ様に渡す。
「なに、これ?」
袋の中を見やると星みたいな小さな砂糖菓子がたくさん見える。
「金平糖だよ。お食べ」
「コンペイトウ?」
聞き慣れない名前に小首を傾げるリリ様。
「そうや。砂糖を煮詰めて、結晶化させるのさ」
老婆が笑いながら立ち去っていくと、俺は金平糖を見やる。
「毒味します」
「お願い」
俺は袋に手をつっこみ、ひとつまみ。
そして口に放り込むと、カリカリと音を立てて食べる。
硬い食感に、口の中に広まる甘み。
「ど、どうだ?」
リリ様は不安そうに訊ねる。
「遅効性の毒があるかもしれません。もう少し食べます」
カリカリと音を立てて食べる俺。
しばらくベンチに座り様子を見る。
だが特段なにも起きない。
「もう、食べてもいいかのう?」
「いいだろう」
俺が許可するとリリ様はカリカリと音を立てて食べ始める――が。
「足りない」
そりゃそうだ。毒味といってかなり食べてしまったのだから。
俺はばつの悪い笑みを浮かべて、言う。
「今度は金平糖をたくさん買いましょう」
「うん。それがいいかも。我もっと食べたい」
嬉しそうにしている姿はまさに少女といった様子だ。
こんな子に王族の未来を、この国の未来を背負わせるのか。
俺はこめかみに痛みが走るのを感じ、指で抑える。
「さ。そろそろ帰りましょう。アメリアさんも、皆もお待ちしております」
俺は手を差し伸べ、応じたリリ様の手を引く。
そして城下町の中を練り歩きながら、白亜の王城へ向かう。
尖塔とアーチが組み合わさった城に、白塗りの城壁。
内部は複雑化されており、
俺はどっぷりと疲れた身体をお風呂で流す。
しかし、リリ様と婚約か。
リリ様が嫌いな訳じゃない。でも俺の心にびびっとくるか? と言われると別である。
俺はもっとふくよかな人が好きだし、ドSよりもドMの方が好きだ。
リリ様はどちらかと言えばドSであり、俺をいたぶっているのを楽しんでいる傾向がある。それが許せない。
俺だって人の心を持っている。軍人であれど、最終的に決めるのは自分の心だ。
軍人であるから、リリ様の安全を守るのは当然だが。
それにしてもこんな命令。護衛を俺に任せるなんて。
コンコンとノックが鳴る。
「誰だ?」
「メイリスです」
「はいれ」
ドアを開けて入ってくる青と白の衣服に身を包んだメイリス。銀髪をさらりと流し、透き通った碧眼を向けてくる。
「明日から別任務が入りました。リリ王女様の護衛にはいけません」
「なに? どちらが重要か、分かった上で言っているのだろうな?」
「はい。勅命ですので子細を申し上げることはできませんが……」
メイリスは困惑した目を伏せて答える。
「……分かった。どのくらいで戻ってくる?」
「ほんの一日ほどです」
「アーノルドと一緒にこなすしかない、か……」
「すみません」
「いい。仕方がないからな」
平和を守るためには軍は必要なのだ。
対等の力を持っていなければ国は崩壊する。略奪される。
だから、そのための任務なら俺たちは従うしかないのだ。
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