第3話 キャンプファイヤー
収穫祭も半分を過ぎ、街の中を運ばれてきた神輿が大通りに行き着く。
こんな騒ぎになるのは不思議でしょうがない。軍人としての俺は周囲を警戒する。
リリ様は警戒心などない楽観さを持っている。だからこそ、俺が警戒する。
密告する者も、俺たちを攻撃する者もいる。
袖に拳銃、背中にアサルトライフル、足首にはナイフが仕込んである。
周囲の人々に睨みをきかせつつ、収穫祭を楽しんでいた。
リリ様が、御神輿を見て、テンションが上がっていた。
「あれ。我も担ぎたい!」
「え。ええ――っ!」
俺は大声を上げる。
神輿は男の祭り。
それを担ぎたいというリリ様。
「やりたいのじゃ!」
我が儘を言うリリ様。
「わ、分かりました。聞いてきます」
俺が神輿を担いでいる人に尋ねてみる。
「あのう。女の子が担ぎたいと言っているのですが……」
「んなもん無理無理!」
担いでいた男はそう言い、俺を押しのける。
だよなー。
「どうする?」
俺はインカムに向かって話しかける。
『それよりも姫様が!』
アーノルドの悲鳴が聞こえてくる。
「なに!?」
俺は振り返ると、そこにはリリ様に迫る二人の男がいた。
「幼女じゃねーか。でも可愛い」
「なあ、おれらと遊ばねぇ?」
歩み寄る二人のチンピラ。
「我を誰だと思っている。お主ら命が惜しければ、ささっと去れ」
いつまでも勝ち気でいるリリ様。
だが、それが返ってチンピラを刺激することになる。
「は。何言ってくれちゃってんの? こいつ」
「うざいから分からせないとね」
一人のチンピラがフードをつかみ取る。
下に着た可愛らしいワンピースが露わになる。
ピンクと白を基調としたフリルのついたワンピース。
俺は人混みを抜け、二人のチンピラを捉える。
「何してくれるんだ。お前ら」
俺はドスのきいた声でチンピラを睨む。
「は。おいおい。おれらはこの子を迷子センターに連れて行こうとしただけなんだけど?」
「そうそう。感謝して欲しいね」
「は? 先ほどの発言は全て聞いている。ささっと去れ」
俺は睨みを効かせると、チンピラは舌打ちをし、離れていく。
「リリ様、ご無事ですか?」
「…………」
「リリ様?」
「い、いや、なんでもない……」
歯切れ悪く応じるリリ様。
なんで? と不思議に思いながらも、俺は手をつなぐ。
「神輿を担ぐのはやはり男の見せ場らしく、女の子であるリリ様は無理そうです」
「そうか」
どこかうつむき加減のリリ様を心配しつつ、祭りを見渡す。屋台には串焼きや焼きそば、お好み焼きが並んでいる。
「お腹が空いた。オススメはあるかのう?」
「オススメ……」
俺は小さくインカムに訊ねる。
『串焼き、焼きそば、お好み焼き、あとチョコバナナとかがオススメです!』
メイリスがちょっと弾んだ声で応じる。
「串焼きでも買うか」
「それでいい」
リリ様が応じると、俺は近くの串焼き屋で購入し、食べる。
「しょっぱいのう。ちと味濃い目だ」
次に焼きそば、その次にお好み焼き、といった具合でたくさんの食事をするリリ様。
どうやらその見た目に似合わず、大食いらしい。
多くの食事をすると、満足そうに笑みを零すリリ様。
「さ。ゆっくりと参りましょう」
収穫祭はまだ終わりじゃない。
井の字に組んだキャンプファイヤーがある。
そこに神棚や、依代、神輿などを放り込んで、五穀豊穣を願う。
それが最後の収穫祭だ。
ライトアップされた街中を練り歩き、神輿の後をついていく。
「ブラッド。お花を摘みにいきたいんじゃが」
「そうか。俺もついていく」
「え。いや……ええ?」
『バカ、それはトイレに行きたいと言っているのです』
「あー。行ってらっしゃい」
俺はそういい、つないでいた手を離す。
リリ様はトトトと人混みを避けてトイレに向かう。
きっと食べ過ぎたのだろう。
俺は近くのベンチに腰をかけて待つことにした。
護衛対象が離れるのは良くないことなのかもしれない。
でも今はアーノルドとメイリスがいる。なら安心だ。
『そう言えば、キャンプファイヤーの周りで踊ると、そのカップルは一生結ばれると言われているのです』
「それを先に言え」
なら、俺とリリ様も一緒に踊った方がいいだろう。
それくらい分かっている。
リリ様がロマンチストなのかは分からないが、娯楽の少ないこのご時世。そういった言葉には弱いものだ。
しかし、長いな。
トイレにいって三十分も経つ。
『あ。姫様が道を間違えているのです』
「どこだ?」
俺は慌てて立ち上がる。
『西区の武器屋です』
なんでお店の中にいるんだよ。
ツッコミたいところを抑えて俺は走り出す。
人混みを避けていくが、終盤の収穫祭。人の流れが一定になっている。
「くそ。なら――」
俺は拳銃を空に向けて撃ち放つ。
「ひっい!」「きゃっ!」「なんだ?」
「道を空けろ!」
俺は拳銃を片手に道を開かせる。
そして西区の武器屋に向かう。
祭りで賑わう露店を避けて、一本裏手に入ると、俺は武器屋を探す。
看板を見て歩き、武器屋をようやく見つける俺。
「いた」
店内にはリリ様が見える。
ドアを開けて店内に入ると、リリ様がこっちに気がつく。
「おう。さすがブラッドじゃ。ここがよく分かったのう」
「バカ野郎。なんでこんなところにいるんだ?」
「わ、我だって好きで入ったわけじゃないわい!」
どういう意味か分からない。
方向音痴にもほどがあるだろう。
「よう。兄ちゃん、武器屋に来て、何も買わないのかい?」
「……分かった。このP90を買う」
このままもめるのも気分が悪い。
俺は自費でライフルを買うと、リリ様と一緒に外に出る。
「リリ様、ご自分の立場というものを理解してください」
「なんじゃ。いいだろう。ここは我の街じゃ」
「いいえ。あなたの街ではありません」
俺はキツく言う。
「街は人々のため、民草のためにあるのです。その民草を守るのが王族です」
「堅いことを言うな。我はそんな民草に興味がない」
そう思うのなら、なんで収穫祭に参加しているのだか。
俺はリリ様の手をつなぎ、大通りに向かう。
しかしおめかしをしているリリ様は本当に可愛い。
護衛なしで歩かせるのは躊躇うほどに。
「キャンプファイヤー。踊りたいのじゃ」
リリ様は小さく呟くが、俺は聞き逃さない。
「分かりました。急ぎます」
俺はリリ様をお姫様抱っこして、中央広場のキャンプファイヤーに向かわせる。
細い路地裏を出ていくと、大通りにでる。
人混みがすごすぎて、お姫様抱っこではいけないと感じる。
「なら」
俺は肩車をする。
「え。ええ――っ!」
リリ様は驚いた表情を浮かべているが、俺は気にせず、雑踏の中を歩き進める。
「す、スカートが……」
めくれそうになっているらしい。それに気がついた俺はすぐに降ろす。
「す、すまん」
「このバカもの。我に醜態をさらさせるつもりか!」
リリ様の顔は酷く険しいものになっていた。
「このばかだぬき。何が面白くて貴様などと一緒にいなければなるまい!」
説教をたれるリリ様。
「だいたい、軍人というのはいつ何時でも死を覚悟している。そんな男と我が結婚などと、ありえぬ。もっとそなたの命を大事にせい!」
段々、内容が怪しくなってきたが、リリ様は一歩も退かない。
「まったく。貴様ら軍人という奴は!」
「申し上げにくくありますが、俺――いえ私はこの国を守るためなら命を賭す覚悟があります。私の仲間もきっとそう言うでしょう」
「だから、可笑しいといっておる。そんな粗末にするな!」
「それが愛国心なのです。この国が好きだからこそ、そう思うのです」
『そうなのです。わたしもそう思うのです』
『おれもだ』
「バカ者! やはり軍人はどこもかしこもバカばっかりじゃ!」
怒りの声を荒げるリリ様。
少し興奮した様子で中央広場に行くリリ様。
その後を追うと、俺はキャンプファイヤーの燃えかすに出会った。
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