第2話 収穫祭へ。

 この世界には差別がある。差別があれば人は争う。その争いは暴力によって行われる。

 それがこの世界の秩序を維持するには必要なことだ。

「リリ様、どうなさったのですか?」

 俺が寝ていると、ドアの向こう側から声が聞こえてくる。

「我はデートをする。邪魔するでない」

「しかしブラッド様はお疲れのようです」

 呼ばれた俺はドアを開ける。

 そこにはメイドのアメリアがいた。襟元を捕まれたリリ様がふくれっ面でいる。

「俺ならかまわないが?」

 アメリアがため息を吐き、ばつの悪そうにリリ様を解放する。

「ようし。じゃあ行くぞ」

 リリ様が嬉しそうに俺の手を引く。

「ま、まだ準備ができていない」

「王都の祭りには初めて参加するのだ」

 俺の声はリリ様のかけ声にかき消されていく。

 どこまでも子供っぽさを残したリリ様。行動が積極的で、行動的で、あまり物事を考えた様子のない気がする。楽観的と言えばそうなのだろう。

「さ。どこに行こうか?」

 リリ様はさすがに髪型を変え、フードを目深くかぶり、城下町へと繰り出す。

 収穫祭といい、作物の収穫を祝い五穀豊穣を願う祭りだ。

 城下町の大通りにはたくさんの露店が建ち並び、人が行き交う。

 今まで見たことのない人数が街を闊歩している。

「リリ様。どこから見て回りますか?」

 俺はそう訊ねると、周囲を警戒する。

 発砲音に驚き、そちらに目をやると、射的の露店だ。

 風船が割れる音に俺は銃を向ける。

「く。ここではリリ様を守り切れません。待避を」

「何を言っている。ブラッド、どこにいてもお主が守ってくれよう?」

「は。それはそうですが……。ここは危険です。銃撃音を隠すことができます」

「いいのだ。撃たれたらそのときはそのときだ」

 リリ様がそう言うなら、言い返せないな。

「分かりました。付き従います」

 無線でアーノルドとメイリスにつなぐ。

 インカムで位置を伝えつつ、長距離射撃で護衛する。敵対する全てを破壊する。

 俺たちの戦いだ。

『あ、じゃあまずは姫様の手を握ってあげて』

 メイリスが提案する。

「片手が塞がり、射撃が思うようにできなくなる」

『それよりも離ればなれになる方が危ないと思うけど?』

「それもそうだな。よし」

 俺はリリ様の手をつなぎ、人混みの中に入っていく。

 リリ様は不思議そうに綿菓子の機械を眺めている。

「お。嬢ちゃん、綿菓子買うかい?」

「ああ。一つくれ」

 俺はそう言って銅貨を差し出す。

 一つもらうと嬉しそうにリリ様が綿菓子を頬張る。

「あまっ。ふわふわ」

「そうだろう」

『次はリンゴ飴でも薦めてみましょう!』

 メイリスがそう告げると、俺は周囲に頭をくべらせる。

 周囲にはたくさんのリンゴ飴店があって、どれにするか迷う。

「リンゴ飴でも買うか?」

「いらない。これがあれば十分」

 そう言って綿菓子をうまそうに頬張るリリ様。

「ほれ。ブラッドも好きなものを言え、我が望みを叶えてやろう」

 上からの物言いだが、そういう環境で育ったのだ気にすることもない。

「じゃあ、俺はリンゴ飴を食べたいです」

 周囲の人に警戒しながら、俺はリンゴ飴の店に行く。

 リンゴ飴と名がついているようにリンゴの周りに飴が絡めてあるらしい。

 俺はそれを不思議に思い、購入する。

 齧り付くと甘みが広がっていく。

「ちとくれ」

 そう言って齧り付いてくるリリ様。

「あとはいらん」

 俺はリリ様が齧り付いた歯形を見る。

 間接キス……。

 今まで軍に勤めてきた俺にとって、それは未知の領域だ。

 なんでか、ドキドキして囓るのを躊躇わせる。

 そんな気がする。

 人とぶつかり、飴を落とす。

 俺はそのぶつかってきた男に銃を向ける。

「なんだ。てめー」

 男が苛立った顔でこちらを見る。

「なんだ。どうした? ブラッド」

 リリ様がこちらを見る。

「こんなオモチャでおれさまを脅そうって?」

 笑い出す男。

 俺は引き金を引く。

 発射された弾丸は男のピアスを撃ち抜く。

「引け、俺は苛立っている」

「ひっ。す、すまん」

 男は謝り、その場を離れる。

「ブラッド。どうした?」

 俺がリンゴ飴を拾おうとしていると、リリ様はそれを踏み抜き、ぐりぐりとすりつぶす。

「ほう。そんなにリンゴ飴が大事かね?」

「い、いえ……」

 俺はすぐに体勢を立て直すと、なぜかショックに思う気持ちを切り替える。

 こんなの戦場で同僚が撃たれたときの方がショックだ。

 ぶんぶんとかぶりを振り、振り払う。

 再びリリ様と手をつなぐと、街の中を歩き出す。

 水風船なるものを見つけると、俺とリリ様は駆け寄る。

「これはどうやって楽しむものかのう?」

「さあ、俺に聞かれても……」

 仕事人間だった俺は、戦場以外を知らない。それも孤児であり、そこまで暖かな家庭を知らない。

 子どもの頃から祭りには縁遠い人生を送ってきた。

「これでつり上げるのだよ」

 店主のおじさんが割り箸と糸、針金でできた簡易的な釣り具を見せてくる。

「ははは。何を言っている。そんなので釣れるわけがないだろう? 初心者だからって足下を見すぎだ。後悔させてやる!」

 俺は拳銃を取り出し、突きつける。

 と、

「ほう。釣れるわい」

「だ、だろ?」

 店主のおじさんが恐怖で怯えながらも、こくこくと赤べこのように頷く。

「ち。本気かよ。すまなかった。これはわびだ」

 銀貨を渡すと、おじさんは嬉しそうに目を瞬く。

 水風船を楽しむリリ様。

 あの笑顔を見れば、俺の気持ちも安らぐというもの。

「なんじゃ。キモい顔をむけんでくれ」

 リリ様は渋い顔をして俺を侮蔑の目で見てくる。

「すまん」

 でもキモいか。

 俺はキモいのか……。

 地味にショックだな。

 水風船で遊びながら俺の隣で手をつなぐリリ様。

 綿菓子を食べ終えたリリ様は少し残念そうにしている。

『ここは祭りの定番、型抜きを提案します!』

 メイリスが興奮した様子で言ってくる。

「リリ様、あっちにある型抜きとやらに挑戦してみませんか?」

「なんじゃ? 菓子か?」

「はい。そうです」

 俺とリリ様はふらりと型抜きの露店に来ると店員であるお姉さんがにこりと笑みを浮かべる。

「型抜き、やっていく?」

「ああ。二人分で」

「ふふ。成功したら、賞金があるからね」

 そう言って看板に書かれた金額を見せる。

 最大金貨十枚。一般的な家庭なら一ヶ月の食費くらいにはなるだろう。

「太っ腹だな」

「ふふ。でも成功した人はいないのよね」

 お姉さんは妖艶な笑みを浮かべる。

 銅貨六枚を渡し、俺とリリ様は型抜きを始める。

 お花や恐竜、椰子やしの木、小槌こづちなどとバリエーションが豊富だ。

 俺が花で、リリ様は椰子の木だ。

 俺とリリ様はすぐに針で型枠から削り取っていく。

 削り始めて二分、パキッという音ともに嫌な感じがする。

「しまった。割れた……」

 一番細い茎のところで折れてしまった。

「く。もう一回!」

 俺はお姉さんのところに行き、銅貨三枚を渡して挑戦する。

 今度は象だ。鼻先が細くて危険だ。

 俺は細いところを最後に残し、象の身体を先に削り始める。

 削っていくこと一分。

 やっとのことで身体を削り終える。

 そして最後に鼻に挑戦する。

「やった。できた!」

 リリ様の声に、俺は驚き力が入る。

「はっ!」

 手元を見るとパキッと割れた象の鼻。

「すまんのう。でも我は完成したぞ」

 そう言ってリリ様は椰子の木の型抜きを見せてくる。

「ああ。リリ様ができたのなら……喜ばしいことで」

「なんじゃ。言いたいことがあるなら申せ」

「リリ様の声で失敗したのです……」

「まあいいじゃろう。それともあのお姉さんに貢ぎたいのか?」

「い、いえ。滅相もない」

 俺は手を大きく振ると、リリ様は面白おかしいようにクスクスと笑う。

 ばつの悪い顔を浮かべて、型抜きを諦める俺。

 リリ様はお姉さんの元にいき、金貨十枚をもらう。

「いやー、参ったね」

 そんな困った顔で応じるお姉さん。

「金貨をもらってもあまり嬉しくないわい」

 露店から離れるとリリ様はそう呟く。

 姫様にとってお金など有り余るほどあるのだ。

 一般家庭とは違う。

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