終戦の俺と、王女殿下

夕日ゆうや

第1話 戦後

 戦争とは、戦場とは非情な世界。

 命を失っていく。ただ失っていく。

 そこに個人的な感情はいらない。

 平和のために戦うなどと、過去なんども唱えられてきたきれいごとである名台詞だろう。

 戦争は多くの命を殺す。だが、やめることができない破壊衝動なのだ。

 破壊は人間が捨てることのできない欲求なのだ。

 だが、どんな戦争にも終わりは訪れる。

 過去の戦争も、いずれ人間の力で乗り越えられる。

 それが過去から学ぶというもの。

 終戦で不要になった軍人はどうすればいい。

 戦うことに人生を、意味を説いてきたものに。

 生きる意味はあるのだろうか。


「終戦よ。下がりなさい」


 王女はそう宣言し、俺たちは撤退を始めた。

 そして生き残った俺たちは真実を確かめるため、王城へと向かうのだった。

 玉座を前にひざまづき、頭を下げる。

「良い。表をあげい」

 凜とした声音が接見の間に響く。

 顔を上げると、そこには王族らしく金髪を腰まで伸ばし、サファイヤのような青い瞳をした少女が映っていた。

 肌にはつやがあり、白く透き通るほど、シミの一つもない。

 リリ=カーバイル=ネネリアル王女。

 女尊男卑である、この国・ネールにとっては最大権力をもつお方だ。

 ぷくりと形のよい唇が動く。

「お主らはよくよく頑張った。だが、我が国は隣国ドールと条約締結を約束した。あと一週間もすれば正式に調印式が開かれるだろう」

 歯がみをして堪える。

 ――部下が死んだ。

 それも目の前で。

 俺は彼らの気持ちを助けることはできない。

 その気持ちが俺の心を蝕んでいく。

 俺はまだ彼らのために尽くせていない。

 彼らの弔いをしていない。

「その調印式まで護衛を頼む。前線ではよく頑張った」

 リリ王女が玉座を降り、一人一人とハグをし、ねぎらった。

 さすがリリ王女である。俺たちのことを分かってくれている。

 常闇の剣術士と恐れられたアーノルド=ワイドもハグを受けて、次の番である俺に回ってくる。

「ブラッド=ダークネス。本名はなんと言うのですか?」

「知ってもしょうがないでしょう?」

 俺はふてくされたような物言いをすると困ったように眉根を寄せるリリ王女。

「よく頑張りました。……あとで覚悟しろよ」

 ねぎらったと思えば、俺にしか聞こえない声で冷たい言葉を放つリリ王女。

 彼女のSっけが露わになった瞬間でもある。

 何がそんなに気に入らなかったのかは分からないが、俺は恐怖した。

 次に白金の白魔道士たるメイリス=アクアをねぎらい抱擁ほうようする。

 俺のときとは違い、完璧な王女だった。

 リリ王女のあの顔はなんだったのだろう。

 最後に締めくくりの挨拶をし、俺たちは解放された。

「ブラッド。お話があります」

 リリ王女の側近、傍使いであるメイドのアメリア=ジークムントが話しかけてくる。

「俺? なんで?」

「メイドである私には分かりかねます」

 そう告げて案内を始めるアメリア。

 接見の間から、王族のプライベートルームへ移動する。

 そこには茶をたしなむリリ王女がいた。

「え。姫様」

 すかさず頭を下げる俺。

「よい。堅くなるな」

 リリ王女はそう言い王女にふさわしくない仏頂面を浮かべている。

 俺を値踏みするように下から上までなめるように見つめてくるリリ王女。

「ほーん。まあ見た目は及第点だな」

「どう、なさったのですか?」

「まあ、座れ」

 俺はおずおずと席につく。

「しかし。こやつが婚約者とはな」

 リリ王女は半目で睨み付けてくる。

「いま、なんて……?」

 婚約、と言ったか?

 聞き間違いだよな。俺、王族に対してのコネなんてもっていないぞ。

「我が父、ミドガルドは遺言を残した。最後の最後まで戦い抜いたお主を未来の花婿にする、と」

 残念そうな口ぶりで語るリリ王女。

「はァ? 俺が姫様と?」

 動揺のあまり声が上擦ってしまう。

「不服か?」

「い、いえ。しかし突拍子もない話だとは思います」

「だろうな。靴をなめよ」

 言っている意味が分からずに困惑する。

「なぜ、ですか?」

「わたくしの僕にする」

「なめなくてもそうなのですが……」

「そうなのか?」

 リリ王女が意外そうな顔を浮かべる。

「しかし、お主は嫌そうではないか」

「そ、それは……」

「忌憚のない意見を聞きたい。申せ」

 緊張からかゴクリと喉が鳴る。

「なんだか、王族って堅苦しそうで……」

「それなら問題ない。知っての通り、わたくしが前にでる。お主の役目は子作りくらいだ」

 それはそれで嫌なんだが。

 俺の生きる意味はどこにあるというのだ。

「なら、別の人でもかまわないでしょう?」

 俺は生きがいを得たい。

 それだけだ。

「構う。男とは言え、前任の王からの勅命なのだ。無視するわけにもいくまい」

「分かりました……。姫様がお望みとあらば」

 俺はこれ以上逆らえない。

 メイドのアメリアが差し出してくれたお茶をすすりながら、答える。

 じゃき。

 アメリアの腕から拳銃のようなものが飛び出したのに茶を吹きそうになる。

 気管に入ったのかむせかえる。

「失礼」

 アメリアはそう告げると、手首に拳銃を戻す。

 しかし。

 アメリアを見やると、足首に拳銃一丁。背中にアサルトライフル。腰には短剣が三つか。

 かなりの武装だな。

「あら。アメリアが気に入ったのかしら?」

「え。いや……」

 改めてアメリアを見る。ロングスカートのメイド服に身を包んだ彼女はリリ王女ほどではないにしよ、美形だ。美しい顔立ちに、肩口で切りそろえられた黒髪に赤い双眸。切れ長な目からは力強さを感じる。

「大丈夫よ。側室としてはアリだから」

 茶を飲み下し、リリ王女は頷く。

「そ、そうか。でも俺は……」

 恋など知らぬ、軍人、軍属である俺だ。

 生まれながらに軍人であった俺には普通の恋など分からない。

 普通の感覚などとうの昔においてきた。

 この国を、市民を、王族を守るための先兵であり、人を守るために戦う。

 それだけが、俺の望みだった。

 しかし一週間後に調印式か。何ごともなければいいが。

 俺が王城を出ると、アーノルドとメイリスが待っていた。

 黒服に黒いマント。全身を黒でコーディネートしたアーノルド=ワイドは背中に二つのロングソードを携えており、ちょっと長めの黒髪と、赤い双眸をしている。

 剣術の腕前は世界一と言われているし、俺が剣術で勝った試しがない。だが無愛想で、冗談の通じない堅物だ。真面目一辺倒といった感じで、融通が利かないのだ。

 そしてもう一人。

 メイリス=アクア。

 青と白を基調としたアクアン教会の制服に身を包んでおり、顔立ちは整っている。

 スレンダーな体型で、童顔。銀色の髪を腰まで伸ばし、エメラルドのような翠色の瞳をしている。

 治癒魔道士で、人を癒やすのに長けている。だが、彼女は棒術も得意とし、戦闘能力がないわけじゃない。

 彼女は臨機応変に戦闘をすることで有名で、彼女がいたから戦闘に勝ったこともある切れ者だ。ちょっとおちゃらけているところもあるが、俺が信頼できる数少ない友人だ。

「王女様に呼び出されていたじゃないの? どうったの?」

 メイリスが小首を傾げて訊ねてくる。

「あー。ちょっと信じられないことが起きて、な」

「貴様のことだ。またやらかしたか?」

 アーノルドは腕を組み、難しそうな顔をする。

「いや、ちょっとしたことだよ。お前たちには関係ない」

 俺とリリ王女の関係は今は伏せておく。正式な発表があるまでは口にしてはならない。

 俺がそう判断した。

「まあ、貴様のことだ。心配はしていない」

「それもそうね。なんったって死炎しえんの奇術師なんだから」

 ふふふと小気味よく笑うアメリア。

 ふんっと鼻を鳴らすアーノルド。

 二人と一緒に街に繰り出すことにした。

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