逆に考えるんだ

GM:さて、メモを頼りに洞穴にたどり着いた探索者達。その周囲は人気がなく、鬱蒼と草が生い茂る崖にポッカリと開いた穴が見えます。中は真っ暗で、外から覗いても、まったくその奥は見通せません。


GM:旅籠で見つけたメモの内容が正しければ、教会から逃げ出した人狼が、この洞穴の中にいるはずです。探索者達はここで、どういった行動を取りますか?


 ふう。説明はこんなところでいいだろう。

 しかし全くこの先の展開が読めないぞ。


 すでにこのシナリオの主導権は、ハチャメチャしているプレイヤーにある。

 本当に無事に終了するのだろうか?


 猛烈な不安が俺を襲った。

 足元の床が崩れ落ち、奈落に落ちるような感覚だ。


 このまま続けても良いのか? 休憩と言ってそのままさっと電車に乗って家に帰って、連中の連絡先を着信拒否して、SNSは鍵垢にしたほうが良いのでは?

 

 しかしその時、俺の脳内にどこからともなく上品な紳士が現れて、こう言った。


 「何だって? プレイヤーの行動によって、用意したシナリオの展開が、完全に崩壊しちゃった? それは無理矢理シナリオをなぞろうとするからだよ」


「――逆に考えるんだ。『シナリオなんて壊れちゃってもいいさ』と考えるんだ」


 そう俺に語った紳士は、優しい笑みを浮かべると、スッと消えていった。


 ……紳士の言うことはもっともだ。

 俺はシナリオをなぞろうとすることばかりに気を回していた。

 大切なのは行動することだ。


 プレイヤーとGMが、このTRPGの世界を共に歩き回ること。

 それが重要なんだ。


 GMだけでなく、プレイヤーの作る行動も重要なんだ。

 彼らの行いがそのまま展開になり、このシナリオの最後へ向かっていく。


 さあ! 動きたまえ!


「では、洞穴の前で火を焚いて、一酸化炭素中毒で人狼を窒息させましょう」


 チクショォォォォォ!!!!!!!


 動いてるけど! 動いてなぁい!!

 こいつら、システム上の戦闘を回避して、人狼を倒そうとしてやがる!!


 もし国民的RPGのパラゴンクエストが、フリーシナリオのゲームになったとしても、勇者が魔王の城を放火して、それでENDでいいはずがない。


 確かに魔王だって一酸化炭素中毒や、食中毒で死ぬことはあるだろう。

 しかし、だからといってそれをして良いわけではない。


 物語のお約束、勇者と魔王の対決を予感して、プレイヤーはゲーム機の電源をつけたはずではないか。それが崩壊してしまっては、元も子もない。


 魔王が一酸化炭素中毒で死ぬなら、勇者でなくとも業者に頼んで魔王城の開口部をパテか何かで埋めてもらえばいいという話になってしまう。


 それはそれでちょっと見てみたいが、完全なギャグになってしまう。


 クソッ!

 一体どうすれば……!


 紳士はもう何も答えてくれなかった。

 すでに彼のアドバイスの範疇を超えてしまったのだろう。


 しかし、展開を止める訳にはいかない。

 判定やルールで、言いくるめでもいい。なんとか最終戦闘に持ち込まねば。


 このまま人狼と化したアルカス神父が、一酸化炭素中毒でやられてしまったら、展開はどうなる? 戦闘も何もなしで、なんとなくシナリオが終わってしまう。


 一酸化炭素ENDだけは、避けなくてはならない。

 物語のクライマックスのためにも、ここは乗り切るぞ!


GM:なるほど、では洞穴の周りで、都合よく燃料になりそうなものが見つかったか、「捜索」か「観察」をしてもらいましょう。


GM:とはいえ、こいつらのスキルは無駄に高いからな。失敗のしようがない。


PL1:ダイスロール。成功ですな。

PL3:こちらも成功ですわ。


GM:では、燃料になりそうな木や草が見つかりましたね。簡単な松明や、焚き火を始めるには十分な量でしょう。


 考えろ、考えるんだ俺! このままではアルカス神父が危ないぞ!

 ――そのとき、俺の頭の中に一筋の電流が走った。

 

GM:探索者はここで火をつけてもいいが、念のために聞くよ、本当にいいのかな?


GM:この洞穴の出入り口がひとつとは確認していない。そして人狼が中に居るかも、まだ確認していない。それでも火を起こすという、目立つ行為をするかい?


 俺はブラフの交じった言葉を、探索者たちに投げかけた。

 これは完全な口からでまかせだ。洞穴に他の出入り口があるとか、人狼は実は他所に行っているとか、そんな複雑な設定はない。


 しかし、この口からでまかせを確かめる手段はプレイヤーにない。

 揺さぶりを受けると、彼らの態度が変わった。


PL2:――教授、これは!!


PL1:うむ、すこし先走りましたか。たしかにGMの言うとおりですな


PL3:そうですわ、人狼が中に居るとは限りませんし、ここは慎重に動くべきですわ。GM、機動部隊の到着はいつになりますの!!


GM:機動部隊は全ての事態が終わった頃に到着すると思います。


PL3:そんなハズ有りませんわ! 彼らは私を守るために、いますぐやってくるはずですわ! もし、命を賭けることになっても!


 うーん、こいつめんどくさいな。

 戦闘が始まる前にどうしても執事とメイドを呼び寄せる気だな。

 ……ではこうしてみるか。


GM:では幸運ロールをどうぞ。確率は、うーん、そうですね……今すぐでしたっけ? 


GM:ならマイナス90%で行きましょう。アナスタシアに忠実なメイドと執事は、爆発物を満載したロケットに乗り込み、人間砲弾となってこの村にやってきます。


GM:あ、失敗したら、爆散して死にます。


PL3:私を守るためなら、彼らは何でもするはずですわ! 運命のダイスロール!


 振るのかよ?! いいの?!

 大事そうにしてるのに、一歩間違えたら爆散なんですよ?! アナタ?!


PL3:出目は100、大失敗ですわ!!


 メイドと執事、終了のお知らせ。

 登場して即死亡は、あまりにも不憫すぎる。


GM:えー……では、爆発物を満載した二つのロケットが、南の空からやってきました。しかしそのロケットはどうにも様子がおかしい。白煙を吐きながら炎を吹き出すロケットはそのバランスを崩して、たちまち錐揉きりもみ状態となって、村の中に落下する。


GM:刹那、閃光が走り、地面を揺るがすほどの爆炎が天を目指して立ち上った。爆風は10軒あったビノスの村の家々を薙ぎ払い、業火が地上を舐める。大地に地獄が顕現し、中世の遺風を残していた村は、二対の流星によって焼き払われた。


PL3:チッ! 役立たずどもめですわ! せめてこの先に落ちれば良いものを!!


 こいつ人狼よりも邪悪だろ。


 ともかく、これを転換点に話を進めよう。こういうのは勢いが大事だ。こういう重大インシデントの後にキャラクターを出せば、多少不自然な登場でも、大事件のインパクトで消し飛ぶものだ。


GM:燃え盛る村を風上として、肌を焦がすような熱風が吹きつけるなか、君たちの前にあるシルエットが現れた。それは人の形をしていたが、明らかに人ではない。


GM:三角の耳、胸元を流れる灰色の毛並み。その姿はまさに伝説のままだった。


GM:人狼の姿が、君たちの目の前にあった。

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