第43話 姉妹 フィーネとミュゲ
いったん家に戻り、ノアとフェルナンに勧められるままにフィーネはお茶を飲み軽食をとった。
すると少し気分が落ち着いた。
確かに、父の手紙にまもなく没落するとは書いてあったが、現実にそうなってみると結構衝撃を受ける。
一家は離散しているようだとフェルナンから聞いたが、フィーネは自分の目でもう一度実家を見てみたかった。
ノアには一人で大丈夫だと言ったのだが、彼はいったん着替えて一緒に馬車に乗り込んだ。ノアによると拘留先はエドモンドの計らいで快適だったから、疲れていないという。
今回はフェルナンに加え従者が三人ついてきた。
もしかしたら、生家にまだ家族がいるかもしれない。そんな気がしたのだ。
それに魔力過多症のマギーがどうしているのか気になる。やはり、病気のまま家が没落するなど哀れだと思う。
馬車は、王都の一等地から少し離れた地域に入っていった。
ノアの手を借りて、実家の前で馬車を降りる。フィーネはハウゼン家を見上げて、びっくりした。
「え? どうして?」
屋敷は火事を起こしたようで、半壊していた。
「大方、三女が魔力暴走を起こしたのだろう」
「家族は無事なのでしょうか?」
フィーネは顔を青くする。
マギーは最後にあったとき十四だったから、今は十五になっているはずだ。
「あんな目にあわされても、フィーネは家族の心配をするのか?」
ノアが真剣な表情で問うてくる。
「もちろん、許せない気持ちはあります。ですが、父も母も私の余命を知らなかったし、家族の誰とも似ていない娘が生まれれば、疎ましく思うという気持ちも、百歩譲ればわかる気がします。
ただ、ミュゲとロルフの行動は理解できません。きっと彼らにとって私は家族とは認識されていなかったのでしょう。それに父にしても没落するから、骨を拾ってくれなんてノア様に失礼です!」
命が助かったせいだろうか、それともノアや彼の周りの人たちに大切にされたせいだろうか、恨みや怒りがほんの少し風化しているのを感じる。
「ドノバンから、お前宛の手紙を預かっている。今ここにはないが」
ノアの言葉にフィーネは驚いた。父が手紙を書いてくるとは思わなかった。
「そうですか。ありがとうございます」
その時フィーネの目が屋敷の中に人影をとらえた。
「人がいるみたいです」
見た目は廃屋のようだが、人がいる。
フィーネは思わずポーチに一歩踏み込んだ。すると窓の向こうに赤毛が動くのが見えた。
「驚いたな。まだ住んでいるようだ」
「ノア様、私、行ってきます」
「フィーネ、危ないから、やめておけ」
ノアが心配そうに止める。
「大丈夫です。いざとなったら、悲鳴を上げますから。それに元は自分の家です。私は姉や兄がどうしてあんなひどいことができたのか知りたいんです。
子供のころからずっといじめられていました。でも、いくら何でも、余命いくばくもない私にだまし討ちのように制約魔法をかけようとするなんてひどすぎます」
彼らが、なぜあのようなひどい仕打ちができたのか、知りたかった。
ノアはしばらく思案した末、答える。
「わかった。十分に気を付けろ」
フィーネは頷くと、駆け出した。
さっき窓越しに見えた人影はミュゲだ。
「ミュゲ! いるんでしょ! フィーネよ。出てきて」
玄関に踏み込むと同時に声を張り上げる。すると右側の廊下からガタリと音がした。
フィーネは反射的にそちらに向かう。
屋敷にはほぼ人の気配はない。父も母もどこへ行ってしまったのだろうか。それからマギーは無事だろうか。
音のした部屋の前まできた。ドアは空いている。
そこは食堂のあった場所で、中に入ると埃が舞い、すっかり荒れていた。椅子もテーブルも撤去され、何もない。
きっと没落と同時に債権者に持っていかれたのだろう。
そして、食堂の隅の薄暗がりに、マントをかぶり、うずくまる影があった。
フードの横から赤毛がのぞいている。
「ミュゲでしょ?」
「そうよ。だったら何?」
振り向きもせず、彼女は立ち上がる。
「だったら、何って。どうして、私にあんなひどいことをしたの?」
「こっちかが聞きたいわ。まず、なんであんたはまだ生きているの?」
相変わらず、ひどい言い草だ。フィーネはかっとなり、食堂の隅にいるミュゲに向かって歩いていった。
「私たちは姉妹ではなかったの? あなたにとって私は何?」
「家族の恥さらし。というかもう一度聞くけれど、なんであんたまだ生きているの? 王都に来るほど、元気なのはどうして? それにマギーの手紙は読まなかったの?」
矢継ぎ早なミュゲの詰問。
「マギーの手紙? 何のこと?」
フィーネには覚えがなかった。するとミュゲが舌打ちする。
「あの子、魔力過多症になったのよ。醜い変人魔導士に気に入られているあんたなら、資金を融通できたでしょう? そうすれば、うちも没落することはなかったのに」
フィーネは驚きに目を見開く。
「それはノア様に無心をしろということなの。そんな手紙を書いていたの?」
「当たり前でしょ? 家族なんだから、助けて当然じゃない!」
ミュゲが叫ぶ。
「ふざけない! それならあなたが私にした仕打ちは何なのよ! 私のことを家族なんて思っていないくせによくもそんなことが言えたわね。それより、マギーは無事なの?」
いくら問いかけてもミュゲはフィーネに悪態ばかりつく、そればかりか先ほどから一度もこちらを見ようとしない。
ずっと背中を見せたままだ。顔を見せないなんて、卑怯だとフィーネは思った。
「知ったことじゃないわよ。あの子が薬を飲まずにいたせいで魔力暴走を起こして家は崩壊した! みんなマギーのせい、みんなあんたのせい。マギーもあんたも死ねばいい」
「いい加減にして」
フィーネはミュゲの腕をつかんで振り向かせようとした。
ふわりとミュゲのフードが抜ける。ハウゼン家特有の赤毛は艶を失い。彼女の顔には大きな切り傷がのこっていた。フィーネは驚きに目をみひらく。
「お姉さま、その傷はいったい……」
その時ひらりとミュゲの右手が動く、手にはガラス片が握られていて、フィーネの顔を目がけてせまってくる。
(つづく)
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