第41話 フィーネの決意2

 マーサがカーテンを開ける音が聞こえてきた。

「フィーネ様、おはようございます」

 

 夢うつつの間に朝になっていた。

「おはようございます、眠れましたか?」

 フィーネがそう声をかけると、マーサが驚いたような顔をする。


「フィーネ様は、私の心配をしてくださったのですね」

 昨日よりは疲れが取れたのか、少し顔色のよくなったマーサは微笑んだ。


 少し眠ったおかげでクリアになったフィーネの頭が回転し始める。


 水晶玉に反応しない魔力、マギーの病は魔力過多症、ロルフの制約魔法にかからない。


 子供頃から、ロルフは魔力のないフィーネに、魔法をつかって嫌がらせをしようとしてきた。そのどれにもかかったことはない。途中からは変に絡まれるのも面倒なので、かかったふりをすることたびたびあった。


「私の魔力は……癒すのでも、はじくのではなくて、もしかして、吸収するの? いえ、それならばいつか魔力は溢れ、魔力過多症になるはず。でも私がなったのは魔力枯渇症。そうか! 私は……そうだったのね」


 自然とフィーネの口元がほころび笑いが漏れた。フィーネの様子にマーサが目を丸くする。


「フィーネ様、まだしばらくお休みになった方が」

 マーサが心配そうに声をかける。


「いいえ、大丈夫です。私はこれから、ノア様を助けに行きます。そして自分の寿命を全うしたいと思います」

 フィーネは決然と言い放つとベッドから飛び起きた。


 中央階段を駆け下り、ノアのいる研究棟へ向かう。


 そこにはやはり、ロイドの姿があった。彼はすっかり憔悴しきっている。

「ロイドさん、扉の封印が解けるかもしれません」

「何ですって!」

 日頃あまり表情の浮かないロイドが驚きに目を見開いた。


「ちょっと試してみます」

 そう言いつつも、フィーネにはこれが答えだという確信があった。


 ノアは気づいていたのだ。だからフィーネに言わなかった。彼はこの事態を想定していたのかもしれない。


 フィーネは強く願う、扉よ、開けと。そしてイメージする。

 すると扉を覆う青い茨が見えてきた。フィーネには彼のかけた魔術が見ええるのだ。それを徐々に吸収し、無効化していく。

 ドアを覆った茨は、徐々にその姿を消していく。

 

 フィーネがドアノブを回すと、何の抵抗もなくドアはするり開いた。

「フィーネ様、これはいったい?」

 驚くロイドの声をききながら、フィーネは実験室に飛び込んだ。

 机に突っ伏して、倒れているノアを見つけた。

「ノア様!」

「ご主人様」

 二人は同時に駆け寄る。


 間に合わなかったのだろうか? 自分で開けたと思っていた扉は、ノアの命が尽きたから開いたのだろうか。


 フィーネは泣き叫んで、ノアの体をゆする。

 彼を癒したい。強く願ってしがみつく。まだ、体は温かい。

「フィーネ様、落ち着てください! ご主人様は生きています」

「え?」

 泣きながら、フィーネはロイドを見上げる。


「おそらく眠っているだけかと」

 安堵したのかロイドが泣き笑いのような表情を浮かべる。ノアのまつげがかすかに震え、やがて目が開く。


「おい、うるさいぞ。少し寝かせろ。ずっと徹夜続きだったんだ」

 うなるように言うノアの声が聞こえた。

「ノア様?」

 フィーネがそう声をかけ、彼の右の頬に手を触れる。するとしゅうと小さな音をたて、ノアの右側のやけどの跡が消えていく。


「ノア様ったら、お顔の傷は魔術だったのですね」

 呆れたように言うフィーネの言葉に驚いたように、ノアががばりと起き上がる。


「フィーネ、お前、何をやっている! 今すぐやめろ」

「よかったノア様が生きていて……」

「当たり前だ。実験は成功だ。お前、自分の力に気づいたのか?」

 ノアが大きく目を見開く。


「ふふ、だって、おかしいじゃないですか。天才のノア様がいつまでたっても私の魔力の性質がわからないだなんて。隠したかったの……」

 そこまで言うとフィーネの視界はぐにゃりと歪んだ。


「おい、フィーネ、大丈夫か!」

 ノアの声を気持ちよく、遠くに聞きながら、フィーネは意識を失った。




「フィーネ起きろ!」

 頬に冷たいタオルが当てられる。その感触にフィーネは目を覚ました。


「ばかか、お前は。せっかく寿命をやったのに、また魔力が枯渇しかけているではないか。

 最も軽傷だからポーションで治るが。一応、俺の開発した薬を飲め。治験は俺で済んでいる。内臓の修復もすぐにできた」


 何やら、毒々しい赤色の液体が入ったビーカーをさしだされた。

 ここは実験室でフィーネはソファに寝かされていた。気を失ってから、それほど時間はたっていないようだ。


 しかし、ノアの姿を見ると再び涙が込み上げてきた。

「よかった。ノア様、ご無事で」

「いいから、俺の作った薬を飲め! 実験体」

 フィーネは実験体という言葉に反応し、ビーカーに入った液体を素直に飲み干した。


 その途端、体がかっと熱くなり、喉がやけるようだ。

「なんですか? このウォッカのような液体は!」

 フィーネは目を丸くする。


「体の具合はどうだ」

「何だが、熱いです。それに体力がみなぎってくるような、駆け出したくなるような気分です」


「よし、実験成功だ。これにて、お前の魔力枯渇症は完治。せいぜい長生きするんだな」

「え?」

「まったくとんでもない奴だな。俺の魔術を破ったのはお前が始めてだ。交換の契約魔術までとけている。くそ、お前のお陰で自信を失った。研究所のセキュリティーが不安でたまらん。この分ではあの棚も破られそうだ」


 別に難しい技術など何も使っていない。フィーネはただ、イメージしただけだ。


「あの、交換の契約ってもしかして内臓のダメージを入れ替えたものですか?」

「そうだ。俺の薬の完成が先でよかった」

 ノアがほっとしたように言う。


 それよりも末期の魔力枯渇症を治したこの謎の薬の正体が気になる。

 ぼろぼろの内臓を修復したのだ。

「ノア様、これは?」

「本物のエリクサーだ。俺は、これから偽物を退治してくる」

「は?」

 フィーネは意味が分からなくて、目が点になった。


「ロイド、心配をかけてすまなかった。俺は明日の朝、王都に発つ」

「承知いたしました」

 ロイドが嬉しそうにノアの命令に微笑んだ。


 その後、ノアは使用人たちに自分の無事を知らせ、彼らをねぎらった。


 ◇


 次の日、王都に一人で出発しようとするノアに、フィーネは縋りつく。

「私も王都につれていってください」

「別に構わんが、俺には大切な用事があるから、お前とはあまり遊んでやれない。それにお前も徹夜続きだったと聞いているぞ。少し休んだらどうだ?」

 ノアが困ったように眉根を下げる。


「違います。遊んでもらいたいわけではないのです。私、決着をつけたいことがあるのです」

「何がだ?」

「家族とです。特にミュゲです! ロルフにも頭に来ていますけれど」

「お前、まさか手紙を読んだのか?」

「すみません。うちの父からのノア様の宛のお手紙を読みました」

 フィーネはノアに頭を下げる。

「ロイドの奴」

「ロイドさんは悪くありません! 私が自分の魔力を知りたいと、お願いしたんです」

「しょうがない奴だ。だが、実家に行くときは俺も一緒に行く、何をされるかわからんからな」

 ノアが言い聞かせるようにフィーネに言う。


「大丈夫です。私も、もうそんな間抜けではありません。どうしてもミュゲを許せないんです」

「ふん、それは奇遇だな。俺も殺……殴りたい奴がいる。証拠だのそんなのものはどうでもいい。首根っこをひっつかんでやる」

 あまり感情を表に出さないノアが、珍しく激昂している。


「私もミュゲをはたいてきます」

 フィーネも気合を入れて、ぎゅっと拳を握る。


「お前のされたことは、はたく程度で気がすむことなのか? ポーションが不足すれば、すぐに死んでもおかしくない状態だったぞ」

 ノアが驚いたようにフィーネを見る。


「え? まあ、復讐のことは、その後で考えます」

 そういえば、ここの生活が快適過ぎてフィーネは途中から何も考えていなかった。


「そうだ。フィーネお前の力は悪用されやすい。絶対に他言無用だぞ」

 そんな気はしていた。

 ノアはそれを知っていて言わなかったのだろう。

 フィーネも人のかけた魔術が見えるなど聞いたことはない。今もほんの少し意識して目を凝らせば、ノアを覆う力強い魔力が見える。

 自覚してしまえば、フィーネは自分の魔力を自在に使えるようだ。


「はい」

 フィーネはノアの言葉に深く頷いた。


 

 こうして、二人は連れだって王都へ旅立つこととなった。


 移動は転移魔方陣を使い一瞬だ。


 目を開けるとフィーネは、王都のタウンハウスの白い部屋にいた。


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