第40話 フィーネの決意1

 その夜、泣き叫ぶフィーネは、寝室に運ばれた。


 彼女は一睡もすることなく、夜明けを告げる鳥のさえずりを聞いた。


 ノアは、今粛々と実験を続けている。彼は戦っているのだ。己の命をとして研究している。


 ならば、自分のすることは。


 フィーネは起き上がると身支度を始めた。


 部屋に入ってきたマーサはフィーネと同じように憔悴している。

「マーサさん、ロイドさんはどちらにいますか?」

 もう起きて身支度の住んでいるフィーネを見て、驚いたように目を見開いく。

「ご主人様がこもっている実験室の前で待機しております」

「わかりました」



 フィーネはすぐにロイドの元へ向かう。慌ててマーサがついてきた。

「フィーネ様、どうかお体を大事になさってください。昨日も眠れなかったのではないですか?」


 こんな状況にあっても、彼女はフィーネに気遣いの言葉をかけてくれる。フィーネは今、彼らの主人の寿命を奪っている存在なのに。


 ロイドはかけがえのない大切なものを守るように、ノアがこもった実験室の前に立っていた。おそらくロイドがノアの世話をするのだろう。

 フィーネの胸は痛んだ。ノアは彼らにとって大切な主人なのだ。


「ロイドさん。お願いがあります。私の魔力に関するデータを見たいのです。どこにあるかわかりますか? 」

「はい、存じております」


 一瞬訝しそうな顔をしたものの、ロイドはすぐに研究データを持ってきてくれた。


「私は自分にできることをします。ここに答えがある気がするんです」

 それはフィーネの直感だった。


「フィーネ様、これは旦那様宛に来た手紙なのですが、ここにヒントがあるかもしれません」

 そう言ってロイドが一通の手紙を差し出した。ドノバンからノア宛の手紙だった。


「ロイドさん、ありがとうございます。あなたたちのご主人様の寿命をしばらくお預かりします」

 そういって、フィーネは書庫にこもることにした。


 城の書庫には腐るほど魔導書がある。魔法書も魔術書も。


 だから、必ずノアが残した研究データを読み解いてみせる。己の力を知り、必ずやあの魔術で閉ざされたドアを開くのだ。


 彼は自分の寿命をひと月と見積もっていた。


 魔力枯渇症は早期に見つかれば、ポーションの服用でなおる。魔力の補給と内臓の修復がメインだ。


 フィーネは魔力の補給はポーションと、ノアに教わった魔力制御のお陰でで小康状態にまでなった。


 しかし、ぼろぼろになってしまった内臓は、ノアのポーションをもってしても修復しきれない。


 ノアは昨夜執り行った魔術により、それを引き受けたのだとフィーネは理解している。


 ノアが残したデータを見る限り、実験は途中で終わっているようだ。何より、結果が書いていない。

 何らかの理由で実験は中断された。それともフィーネの魔力の正体がわかったから、実験をやめたのだろうか。


 いずれにしても、無属性の研究を早々に切り上げ、彼はフィーネを延命するための研究を始めた。


 フィーネは父から送られてきたノア宛の手紙を読む。それは一見普通のわび状だった。しかし、驚くべき事実がしるされていた。マギーの魔力過多症の発症とワーマインの推測。


 そこから導き出される答えは。

「私は人を癒せるの? そして、人は癒せても自分は癒せない」

 いや、きっと答えはそんな簡単なものではないだろう。それならば、ノアが教えてくれているはずだ。


 それにフィーネはこれまでの人生で人の傷を治した記憶はない。


 病気限定かとも考えたが、風邪をひいたミュゲやロルフを看病したこともあるが、自分が癒していたとは思えない。特に治りが早かった覚えもないし、彼らは薬と休息で治ったのだ。


「ならば、私の魔力は何?」

 フィーネに魔導の知識はほとんどない。ここに来て書庫で勉強し、ノアに少し教えてもらっただけだ。



 書庫にこもること、一週間が過ぎた。これほどの蔵書率を誇るのに、文献の中に自分のような例は一つとして見つからない。刻一刻と時間ばかりが過ぎていく。


 しょせん、天才には太刀打ちできなのだろうかと、絶望しかけたこともある。だからと言って手をこまねいてはいられない。彼はこの国の最大の功労者で、きっとこれからもすごい発見をして大活躍するのだ。絶対に必要な人。


 フィーネは自分の魔力が何かを探りつつも、ノアが心配でロイドに安否確認をしている。


 ロイドの話だと、彼が死ぬか、実験に成功すれば、閉ざされた扉は開くという。以前も同じように彼は研究棟にこもったことがあると言っていた。高等魔術で閉ざされたドアは何をもってしても開かない。


 フィーネは、ノアが実験室で言っていた言葉を思い出す。

『無属性とはもともと属性に分けられない魔力を総称してそう呼んでいるだけなのだ』と。


 癒しの魔力とは言っていない。彼はフィーネの魔力を語るときに慎重だったように思う。


 フィーネはこれまでの事象を思い出す。フィーネはなぜか幼いころから魔法にかからなかった。だから、ロルフの制約魔法もきかなかった。

 ノアは『簡易検査ですり抜けてしまう魔力もある』とも言っていた。

 ムゾクセイ、簡易検査をすり抜ける。


「魔力をはじくの? 魔力抵抗が強い?」

 だから、簡易検査で魔力なしと出た。


「魔力に反応しない?」

 だが、ノアの魔力は受け入れていた。そのおかげでフィーネは自分の体を巡る魔力を感じることができるようになったのだ。


「それなら答えはなに?」

 日々堂々巡りが繰り返される。その間にまた一週間が過ぎてしまった。


「フィーネ様、どうかお休みください」

「すみません、ご心配おかけして。でも大丈夫です。休息はしっかりとはさんでいますから。マーサさんこそ、休んでください。私はこの通り元気ですから」

 マーサの方がよほど疲れているように見えるので、フィーネは彼女に微笑みかけた。


「私のことはマーサで結構です。フィーネ様、ではせめてこちらをお飲みください」

 そう言ってマーサはルビー色のハーブティーをフィーネの前においた。


「ありがとう」

「どうか、温かいうちにお飲みください」

 マーサは飲むまで離れない気だ。フィーネは一口含む。甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がる。


「おいしい」

 ふとマーサを見ると彼女も、目の下にくまをつくっている。フィーネが寝ないから、彼女も眠らないで付き添っていてくれるのだろう。


 その夜フィーネは寝ることにした。眠れるかどうかはわからないが、いずれにしても寝不足でもう頭は働かない状態だ。




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