第34話 舞踏会2
「私は、もう少しノア様と会場を回りたいです」
せっかく来たのだし、今日はノアがエスコートしてくれるのだ。
フィーネは少し舞踏会の気分を味わいたいと思った。
「見せつけてくれるね」
エドの言葉に、フィーネは赤くなってうつむいた。
「では、私たちはこれで。フィーネ行こうか?」
ノアがさらりと言う。
「え? あの、いいのですか?」
ノアに手を引かれながらも、フィーネはエドことおそらくこの国第二王子エドモンドを振り返る。
「当然だ。私人として来ていると言っていたろ? それにお前の紹介は済んだ。まずは休むか?」
「いえ、今かかっているこの曲しか私は踊れません。だから踊りたいです」
フィーネは反射的にいった。
「わかった。ではおどろうか。お嬢様、お手を」
フィーネは軽やかな笑い声をあげるとノアの手に自分の手をのせた。
ワルツに最中にフィーネはノアに問うた。
「ノア様、エド様が私のことフィーネ嬢とおっしゃっておりましたが、実家のしでかしたことはばれているのでしょうか?」
「彼の耳には入っているよ。独自の情報網をもっているからね。それにミュゲ嬢は赤毛で目立つ。つい最近まで遊びまわっていたという噂だ」
「それってどのみちノア様の耳に入ったということですよね。私が言わなくても早晩ばれていましたね」
彼らの情報網は侮れないと思った。フィーネにあんなひどいことをしておいて、遊びまわるとはどいう神経をしているのかと怒りを覚える。
「当たり前だ。それに噂をすれば」
「え?」
「フィーネ、振り向くんじゃないぞ。お前の斜め後方に毒々しい赤毛がいる。思うにミュゲ嬢ではないか」
ノアは曲に合わせてくるりとフィーネと位置を交換する。なかなかダンスが上手なようだ。
フィーネはおそるおそるノアの方からのぞき込み、慌てて彼の陰に隠れる。
「間違いなく、姉です。信じられないわ」
フィーネがこの場所にいるとばれたらひと悶着ありそうだ。正直ミュゲに文句を言いたい気持ちもあるが、騒ぎを起こしてノアに迷惑をかけたくはなかった。
ミュゲは申し訳程度に仮面をつけ、楽しそうに踊っている。
その姿にやはり、フィーネは怒りを感じた。
「余計なことを言ってわるかったな。ただ絡まれると悪目立ちする。それは避けたい。とりあえず、アレのことは忘れろ」
ノアが顎でミュゲを指し示す。
「はい、見なかったことにします。そして見つからないようにしたいです」
「承知した」
そういってノアが仮面の下で笑った。
もう少し踊っていたかったが、一曲踊ると息が切れてきた。
だいぶ体力がなくなっているようだ。
それから、ノアに連れられてテーブル席に座る。
ほどなくしてノアが果実水とサンドイッチとフルーツをもってきてくれた。
「フィーネ、何か口にするといい」
「ありがとうございます。すみません。すぐに疲れてしまって」
気付けば、フィーネはお世話されている。
ほかの男性と出かけたことはないので比べようがないが、ノアはかなり紳士的だと思う。
「気にするな。一緒に来てくれただけでもありがたい」
「ノア様は舞踏会があまりお好きではないのですね」
「そうだな。エドに強引に誘われない限りは、めったにこない」
フィーネはノアが持ってきてくれた果実水で喉を潤しながら、ぽつりぽつりと話す。
「私は、殿方にエスコートされて舞踏会に行くのが夢でした。いつもそうして、舞踏会に行く姉がうらやましかったんです。今日はノア様のお陰でまた一つ夢がかないました」
そう言って嬉しそうに笑う。
「フィーネ、相変わらずお前の夢はささやかだな」
仮面の下に隠れたノアの表情はわからないが、きっと彼はあきれていることだろう。
「そうですか? ふふふ、今はノア様のお陰で、とんでもないことになっていますけれど」
「何のことだ?」
フィーネは耳飾りにネックレス、指輪をノアにみせ、最後にドレスをつまみ上げる。
「ふふふ、すべて超一流品です。こんな経験。めったにできません。すっかり贅沢になってしまいました」
そう言ってフィーネが微笑む。
「ああ、そうか……お前はそんなもので飾らなくても、十分綺麗だったんだな。もちろん似合っているが」
いま気づいたかのように言うノアに、フィーネはぽかんとして次に真っ赤になった。
「え? な、なにを言い出すんですか! ノア様」
ぎゅっとドレスをつかむ。フィーネの胸はどきどきと高鳴る。
(これって、最大級に褒められているのよね? それともノア様は、仮面をつけると人格が変わるの?)
そんな時突然後ろから声をかけられた。
「あら? フィーネじゃない?」
聞き覚えのある声甲高い声に、フィーネはつい反応してしまう。
ミュゲが少し離れた場所に立ち、こちらを探るようにじっと見ている。
フィーネの心臓はドクンと鳴った。
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