第33話 舞踏会1

 王都での楽しいときは瞬く間に過ぎていった。

 そして最終日の前日。


 フィーネが夕食後にサロンでお茶を飲んでいると、ノアに舞踏会に誘われた。


「私と舞踏会ですか?」

 フィーネは目を瞬いた。

「ああ、俺がこのようななりだから、仮面舞踏会だがいいか? 強引な友人に誘われた。いやならば言ってくれ、強要はしない」


 ノアはいつもローブ姿である。フィーネと外出する以外、彼はいつもその姿で魔塔に出勤していた。


「別に構いませんが、私が行ってもよいのですか?」

「その友人がどこからかお前のことを聞きつけて、会わせろとうるさいんだ」

 ノアの友人とは、いったいどんな人なのかと興味がわいた。


「ノア様のご友人ということは、とても偉い方なのではないですか?」

「まあ、ちょっとは偉いが、フィーネなら大丈夫だ」

 ちょっとは偉いと聞いて、フィーネは嫌な予感がしてきた。


「まさか、王族ということはないですよね?」

 フィーネが引きつった笑みを浮かべると、ノアがふいと目をそらす。


「彼は、私人として来ているから、かしこまる必要はない」

「やっぱり、王族なんですね」

 フィーネは正直腰が引けた。なぜなら彼女はこの国の王族に会ったことがないからだ。


「嫌か?」

 ほんの少しノアの表情が曇る。

 

 彼はフィーネを連れていきたいようだ。

 

 それならば、フィーネの答えは決まっている。

「いいえ、行きます。私、男性にエスコートされて舞踏会に参加したことがないのです。せっかく王都に来たのですから、たくさん初めての経験をしたいです。それにドレスにお飾りもいっぱいありますしね」

 そう言ってフィーネが微笑むと、ノアも口元を緩ませた。



 夕刻から、舞踏会への準備は始まった。

「フィーネ様は細いから、コルセット締め付ける必要はないかと思います」

 リジーの気遣いには助かった。コルセットで体を締め付けられるとくらくらしてしまうのだ。


 髪をアップに結ってもらい。化粧を施し、リジーと相談しながらアクセサリーを選ぶ。ちょうど準備万端というところで、ノアが部屋まで迎えに来きた。


 今日のフィーネは淡いピンクのドレスを着ている。

「よく似合うよ。フィーネ」

 褒められてフィーネは赤くなる。

 しかし、ノアの顔は全面仮面でおおわれていて、表情は見えない。

 

 ノアに手を取られ、二人は連れだってポーチに向かい、馬車に乗り込んだ。

「そういえば、ノア様、今日はどうして全面隠れる仮面なのですか? いつもは片面だけではないですか?」

「全面隠れる仮面などしたら、店で怪しまれて入れてもらえないではないか」


「なるほど。ではノア様のお顔は結構知られているのですか?」

「ひいきの店は決めているから、限られた者しか知らない」

 それで、醜いという噂が広まっているのかとフィーネは思った。確かに右半面はひどいやけどで引きつれているが、フィーネは別段彼が醜いとは感じない。


 馬車は王都の郊外にある大きな屋敷の前で止まった。

「ここが今日の会場ですか」

「ああ、とある侯爵家の別邸だ」

 ノアが先に馬車をおり、フィーネに手を差し出す。彼の手を借りてフィーネは馬車を降りた。


「フィーネ。俺に気を使って無理をするなよ。体調が悪くなったら、すぐにいえ、ポーションも持ってきている」

「はい、ありがとうございます」

 彼はいつもフィーネの体を第一に気遣ってくれる。


「それから、俺以外の者から、飲み物や食べ物を受け取るなよ。ダンスの誘いもすべて断っていいから。俺のそばを離れるな」

 ノアが舞踏会場での注意事項を並べ立てる。


「ふふふ、なんだか、ノア様は私の保護者みたいですね。大丈夫です。私は子供ではありませんから」

「だが、世間知らずだ」

 そう言われるとぐうの音も出ない。フィーネは素直に頷いた。

「わかりました。お約束します」

「よし、では行こうか」

 フィーネも目元が隠れる仮面をかぶる。ノアのように全面を隠すと息苦しいのだ。

「そうしていると、お前が美しいのがばれてしまうな」

 ノアの言葉に驚いて顔を覗き込むが、あいにく仮面で全く見えない。


「今夜のノア様は、なんだか、ずるいです」

「何がだよ」

 二人はたわいのない会話を交わしながら会場へ入っていた。

 ノアが横にいるせいか、変な緊張感はなかった。

 

 ◇


「ノア、こちらだ」

 大きなシャンデリアがいくつも下がる会場に入るとすぐに声をかけられた。


 見るからに仕立てのよい服を着た品格がにじみ出ている男性が近づいてくる。

「こんにちはエド、昨日ぶりです」

「はは、魔塔で会ったばかりだな」

 フィーネは、エドとは誰だろうとどきどきする。


「そちらがハウゼン家のフィーネ嬢か。これは美しい」

 なぜ彼が名前を知っているのかとびっくりした。しかも褒められた。


「エド、どこで誰が聞いているかもわからないので、フルネームはおやめください」

 いつもはぞんざいな口調のノアが丁寧に話している。きっと王族に違いない。

 王族でエドというと……。すぐに答えは出た。

 エドモンド第二王子。

 気付いたフィーネが慌てて膝を折ると、とめられた。


「今日は私人として来ているんだ。身分がばれると面倒だ。もちろん主催者は知っているが、それ以外は内密にしている」

 といって、仮面の下に見える口元だけで笑う。


「とはいえ、あなたは目立ちますからね。フィーネも紹介したことだし、もういいでしょう」

「ノア、まさか、もう帰る気か?」

「それは、フィーネ次第ですね」

 フィーネはその言葉を聞いた途端、心臓が跳ねた。


「フィーネ、もう少し舞踏会の気分を味わいたいか? なんならワルツでもおどるか? 軽食が欲しければ取ってくるから、いつでも言ってくれ」

 ノアが過保護な気遣いを見せる。


 王族よりも自分が優先されていることに、どきまぎした。



(つづく)



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