第30話 王都で遊ぶ3
翌日、フィーネは部屋で休んでいた。王都にきて少し疲れがでてきたようだ。
ノアは魔塔に出勤しているという。王都では彼が魔塔を去ったという噂が広まっているが、実際には籍があり彼の研究室も健在だという。
午前中は自室で食事をとり、ゆっくり休んでいるとフィーネの体調は良くなってきた。
ノアはこれを小康状態だと言っていた。すべてノアが調合してくれるポーションのお陰だ。
フィーネは死ぬまで小康状態が続けばいいのにと願ってしまう。しかし、それは無理な話だろう。
ベッドから起き上がるとノックの音が聞こえた。
入って来たのはここでフィーネの世話をしてくれているメイドのリジーだ。
「フィーネ様、マダム・フランシルがいらっしゃいました」
「え、マダム・フランシル?」
フィーネは目を丸くした。
あれよあれよという間にメイドに着替えさせられ、フィーネの部屋に煌びやか且つやり手な雰囲気を纏ったマダム・フランシルが五人の針子たちを引き連れやってきた。
「フィーネ様、フランシルにございます。本日はシュタイン公爵閣下の命によりはせ参じました」
仰々しい挨拶にフィーネはあっけにとられた。
「これほどお美しいお嬢様に、うちのドレスを着ていただけるなんて恐悦至極にございますわ」
ぺらぺらとフランシルがフィーネをほめたたえている間に、針子たちに囲まれる。
なんのことはない、彼女たちは、ノアが買った大量のドレスのおなおしをすべく、やって来たのだ。
フィーネは針子たちの手早さに驚いた。作業は十分もかからなかったと思う。
「それではフィーネ様、二日後には三着ほどお届けできるかと存じます。その他のドレスも後日必ずお届けに上がりますわ」
妖艶にほほ笑むと、彼女たちは嵐のように去っていった。
「な、なんだったの?」
突然のことでフィーネは目を瞬いた。
「ノア様がお願いしたのですよ。フィーネ様がお疲れにならないようにと。まさか、王都で超売れっ子のマダム・フランシルご本人がいらっしゃるとは思いませんでした。よほどフィーネ様にご興味があったのでしょう」
そう言ってリジーがころころと笑う。
「マダムは、美しくて魅力的な方ですね」
こんな経験、普通ならばできないだろう。突然の出来事にフィーネの思考はフリーズしていたが、今になって感動してきた。
(王都一のデザイナーとお話してしまったわ)
「フィーネ様、そろそろ昼食にいたしましょうか?」
ぽかぽかとした笑顔でリジーが言う。リジーもマーサと同じく、とても親切で、フィーネの体調を常に気遣ってくれている。それに毎日「フィーネ様の御髪は本当にお美しいですね」といって髪をくしけずってくれた。実家では忌み嫌われた
「ええ、お願いします」
ノアの周りには、いつでも優しくて温かい人ばかりが集まる。彼が優しいからだろうか。
そして、フィーネはジュエリーボックスの中身を吟味する。今日身に着ける宝石を選ぶのだ。
指輪はすべてフィーネの指のサイズにあっている。ノアが実験中に計測していたのだ。各指のサイズごとに収納されている。
さすがに五本の指にはできないが、左右の指に一本ずつならばいいだろう。フィーネは彼からもらった指輪やネックレスなどを日替わりで身に着けることに決めていた。
締め切り間近の命だからこそ、フィーネは真剣に選ぶ。
ノアのお陰で、日々楽しみなことが増えていった。
◇
「すごいですね。ロマンス小説ってこれほど数があるのですか!」
フィーネは書棚の前で、目を瞬き歓声を上げる。
今日はノアに、王都で一番多くロマンス小説を置いているという書店に連れてきてもらっていた。二日ぶりの外出だ。
自分の余生を考えると、これだけの量は読み切れない。それならば、数冊選んで繰り返し読むのもいいだろう。フィーネは五冊ほど買ってもらうことにした。
それに自分の読みたい本を自分で選ぶのは初めてで、とても楽しい経験だった。
「読みたい本は選べたか?」
「はい!」
フィーネはほくほく顔でロマンス小説を五冊買ってもらった。書店員によると、いずれも王都流行りの小説だそうだ。今から読むのが楽しみでたまらない。
「次は、植物園に行くが、疲れていないか?」
馬車に乗り込むと、ノアがフィーネの体調を確認する。
「はい、大丈夫です」
フィーネは早く本が読みたくて、一冊かかえていたが、馬車酔いが嫌なので我慢していた。
「それとも、どこかで休憩を挟むか?」
彼は無表情ではあるが、心配してくれているようだ。
「それならば、私は植物園の中にあるカフェに行ってみたいです」
「へえ、あそこにはカフェがあるのか?」
「はい、いろいろな種類のハーブティーがあるそうです。ノア様も植物園に行ったことがないのですか?」
王都に住んでいるのならば、一度は言ったことがあるだろうと思っていた。
「学生時代に行ったことはあるが、ざっと見ただけだ。カフェには気づかなかったな」
「あまり興味がないのですか?」
「いいや、そんなことはない。お前の喜ぶ顔が見たい」
ノアのストレートな言葉にドキリとする。
「ありがとうございます」
フィーネは赤くなりながら礼を言う。
今日のフィーネは、ノアが買ってくれた指輪とネックレスに加え、マダム・フランシルの店から届いたドレスを着ていた。
「な、なんだ。実験体にも息抜きは必要だろう。そういう意味だからな」
ノアが慌てたように言い添えた。実験体という言葉が、なぜか最近では言い訳のように聞こえてくる。
フィーネは彼の実験体になってから、息抜きばかりして遊び暮らしていた。
日々の生活は快適で、楽しくて、まるで今までつらい思いをして生きてきたことへのご褒美のようだ。
(最期にこの人に出会えて、よかった)
それだけで、家族に愛されなかった悲しみは洗い流され、フィーネの人生は幸せなものへとかわっていく。
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