第29話 王都で遊ぶ2
馬車は街一番の宝飾店へと向かった。
宝飾店の前で馬車をおり、ノアのエスコートで瀟洒な雰囲気の建物に入った。
一歩店内に入った瞬間、フィーネはそのきらびやかさに圧倒される。
店内には赤いじゅうたんが敷き詰められ、ショーケースには色とりどりの石を使った首飾りや、ブレスレット、イヤリング、指輪、ブローチなどが並べられている。
そして店の中央には大きなガラスケースがあり、ダイヤを贅沢にあしらい中央に大きなルビーを埋め込んだネックレスが展示されていた。きらきらしていてまるでシャンデリアのようなネックレスだとフィーネは思った。
それと同時に店の格式の高さに、フィーネは緊張を覚える。
ノアの元へさっそく男性店員がやって来た。どの店の店員も一目でノアが金持ちの高位貴族とわかるようだ。彼が仕立てのいい服を着ているせいかもしれない。それに顔の半分を銀の仮面で隠しているので、品のよい美青年に見える。
ぞろりとしたローブを着て、フードを目深にかぶり、ぼさぼさの髪をしたいつもの姿とはずいぶん違う。まるで別人だ。
なるほど、彼はこのぱりっとした姿で外で買い物をするのだなと思った。まるで変装みたいだ。
「お客様、そちらのご婦人へのプレゼントですか? どちらにいたしましょう?」
店員がにこやかに聞いてくる。
「そうだな。とりあえずこの店一番高価な宝飾品を持ってきてくれ」
「は?」
フィーネが目を丸くしている間にも、店員は嬉々として中央のガラスケースに近付く。そこには最初に目に入ったシャンデリアのようなネックレスが飾られている。
「少しお待ちください!」
フィーネは青くなって慌ててとめた。
「どうしたんだ、フィーネ?」
ノアが不思議そうにフィーネを見る。
「どうしたも何も、まさかあのネックレスをお買いになるつもりですか?」
おそらく王都の一等地に屋敷が数軒買える値段だろう。
「そうだが?」
当然のようにノアが答える。
「無理です。あのように太くて重い鎖では私の首が折れてしまいます」
鎖というより、もはや宝石をちりばめたストラ。フィーネは必死に訴えた。
「なるほど。確かにお前の骨格は華奢にできている」
ノアが思案するように顎に手をあて、フィーネを見る。
「そうですよ。ノア様、あのような大きなものを身に着けて歩くなんて無理です」
「わかった。それでは自分で選ぶか?」
フィーネはノアが思いとどまったようなのでほっとした。
「はい、私は買っていただいたものは大切に身に着けたいのです。だから一つだけ選びます」
この店で、一番高いものはわかっているので、フィーネはノアが爆買いを始める前に選ぶことにした。
フィーネの目にちょうどサファイヤをちりばめた銀の髪飾りが目に入った。ノアの瞳の色のようだ。
「ノア様、私、あの美しい髪飾りが欲しいです」
そういつつもフィーネは値段がわからなくて気になっていた。小さいからといって安いとは限らないし、そもそもこのような店に安いものはおいていない。
「そうか、わかった。では追加を頼む」
ノアが、前半はフィーネに、後半は店員に声をかける。
「追加って、どういうことですか?」
途端にフィーネの心臓はどきどきした。
「うむ、心配するな。私も少々買い物をしたい」
「そうだったんですね」
フィーネはそれを聞いて安心した。
「フィーネ、私は支払いがある。お前は先に馬車に戻っていろ。疲れたような顔をしている」
確かに彼の言う通り、初めての経験は心躍るが、刺激が強すぎて心臓に悪い。先ほどからバクバクと鼓動が鳴りっぱなしだ。
それに緊張しすぎて疲れをおぼえていたので、フィーネは彼の言う通り素直に馬車に戻った。
しかし、翌日、ノアとサロンでお茶を飲んでいると、宝飾店からフィーネ宛の箱がたくさん届いた。
「ノア様! これ全部私宛なんですが!」
フィーネが目を丸くする。
「そんなことはない俺のもある」
そういってノアは小さな箱を一つとる。
「俺はカフスを買った」
つまりそれ以外はすべてフィーネ宛ということで……。
震える声で、礼を言うと、フィーネは恐る恐る箱を開けていく。
ノアはフィーネの瞳と同じ色の宝飾品をいくつも買い込んでいた。エメラルドに翡翠、ペリドット。果てはダイヤやルビー、サファイヤまで紛れ込んでいる。
「ノア様。買っていただいたものは大切に使いたいので、一個だけにしますと言いましたよね」
フィーネが訴える。彼女が買ったのは髪飾り一つなのだから。
するとノアが不思議そうに首を傾げた。
「なぜだ、フィーネ。首は一つしかないが、三連でネックレスは付けられるし、腕は二本。指は10本あるだろう? それに指輪など一本の指に重ね付けをするご婦人もいるではないか」
ごく普通のことのよう言って、彼はこくりと紅茶を飲む。
「まさか全部の指に指輪をはめろと? ノア様、そういう問題ではありません!」
ここは感謝すべきところなのだろうが……。フィーネは申し訳なさに頭を抱えた。
もうすぐ死ぬというのに、彼にとんでもない散財をさせてしまった。
「いや、まったく問題ない。俺のポケットマネーだ」
ノア・シュタインはとんでもない男だった。人の話をまったくきかない。そればかりか……。
(この人、今にきっと騙されるわ)
フィーネは戦慄する。
そして、ノアが誰かに騙されることのないように、ずっと見守っていてあげたいと、フィーネは心の中でない物ねだりをした。
「そうだ、フィーネ。手を貸して」
ノアがそう言って淡く微笑む。
「え? はい」
不思議に思いつつもノアに手を差し出すと、人差し指に指輪を一つ付けてくれた。
フィーネはどきどきとして赤くなる。男性に指輪をつけてもらうのは初めての経験だ。まるで彼の特別な存在になったような気がしてくる。
王都へ来て、一番のどきどきかもしれない。
そしてフィーネがどきどきしている間に、ノアがフィーネのすべての指に指輪をつけ終わっていた。
「あの、ノア様? これはいったい……」
金やプラチナのリングに宝石をはめ込んだ指輪は地味に重い。まさかこれからずっとこの状態で過ごせというのだろうか?
「フィーネ、かるく手を握ってみろ」
ノアに言われたとおりに軽く手を握る。むしろ指輪同士が邪魔をして軽くしか手を握れない。
「いいぞ、フィーネ。もし暴漢に襲われそうになったら、それで殴れ」
「……」
やはりこの人は変だ。
フィーネがいつまでも固まっているのを見て、ノアは何か思うところがあったようで、その後おもむろに親指と小指の指輪を外す。
「まずは三本から試してみるか?」
真剣な表情で問うノアに。
「ノア様、いろいろ重いです」
「え? まだ重いのか?」
字義通りに受け取ったノアは、困ったように眉を下げた。
これほど彼によくしてもらっても、フィーネには返せるものが何もなかった。
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