第28話 王都で遊ぶ1
ノアがまずはドレスを買おうと張り切っている。
王都でいま一番流行っているという服飾デザイナーのマダム・フランシルの店に行くことになった。
フィーネはミュゲがその店のドレスが欲しいと、父にねだっていたことを思い出す。ミュゲに甘い父が、高すぎると言って珍しく買い渋っていた。
ノアと共に馬車をおりる。大きくて立派な店構えにフィーネは気後れを感じた。しかし、ノアは慣れた様子で入っていく。
するとノアの元に、すぐに女性店員がやって来た。
「彼女に似合う服を何着か見繕ってくれ」
ノアの言葉にフィーネは目をむいた。
「いえ、一着で結構です!」
おそらくどれも目玉が飛び出るほど高いはずだ。
フィーネは店員に案内されるまま、見て回った。その間、ノアは店員に勧められるままにソファに座り紅茶を飲みながら待っていた。
店員はフィーネにいろいろなドレスを勧めるが、全く値段がわからなくて困ってしまう。彼女は一番安いものを買おうと思っていたのに。
途方に暮れているとソファに座って待っていたノアが、フィーネのそばにやって来た。どうやら、いつまでも決められないフィーネにしびれを切らしたらしい。
「フィーネ、選べないのか?」
「ええ、どれも素敵で」
というより、値段がわからなくて選べない。うっかりこの店で一番高いドレスを選んでしまったら、どうしようかと悩んでいたところだった。
「それでは俺が選んでやろう」
フィーネにとっては好都合だ。彼が自分の懐具合と相談して買ってくれるならば、気をもまなくても済む。
「どれにいたしましょう」
店員はもみ手でノアのそばに立つ。
「ああ、フィーネは何を着ても似合うからな。とりあえず、そこからそこまで全部くれ」
ノアが優雅に右手の人差し指を店内の左から右に動かす。
「は?」
フィーネは瞠目した。
「ありがとうございます!」
店員の嬉しそうな声をきき、フィーネは我に返る。
「いけません! ノア様、それ絶対だめだから!」
フィーネは慌てて止めに入る。
結局フィーネとノアは話し合いの結果。ノアが指さした半分のドレスを買うということで決着がついた。
「何度も言っているが、俺は金持ちだ。いくらでも買ってやると言っているのに」
ノアはすごく不満そうだったが、フィーネはふるふると首を振る。
(余命いくばくもないのに、日替わりで着ても全部は袖を通せない)
その後、二人はカフェに行くことにした。
フィーネはカフェに入るのは初めてで、少しどきどきした。オープンテラスのあるおしゃれな店だ。
「わあ、素敵な店ですね。それにお菓子の甘い匂いがします」
店内は女性客やカップルで賑わっている。
「お前の好きな甘いものがたくさんある。遠慮せずいくらでも頼むといい」
カフェならば、そんなに金を使うこともないだろうとフィーネは少しほっとする。
「ありがとうございます。でも一個で十分です」
フィーネは少食なので、あまりたくさん食べると、夕食が入らなくなってしまう。
メニューを開くと、洋ナシ、リンゴ、イチゴ、ベリー、レモンなどいろいろな種類のタルトがあった。こんなにいっぱいあると目移りしてしまう。
結局、店員におすすめを聞くことにした。
「フィーネ、決まったのか?」
「はい、たくさん種類があるので、店のおすすめを聞いてみようかと思います」
頃合いを見計らったように注文を取りに来た店員に、フィーネはさっそく、おすすめのタルトを聞く。洋ナシのタルトが一番人気だというので、それに決めた。
ほどなくして、紅茶とタルトが運ばれてくる。
しかし、なぜかタルトは、全種類運ばれてきてテーブルいっぱいに並べられた。
「あの、私、洋ナシのタルトを頼んだのですが?」
フィーネが慌てて店員に言う。
「こちらのお客様が、タルトをすべてご注文されたので」
「は? ノア様?」
フィーネが驚いて見開く。
「安心しろ。のこったら、使用人への土産にする」
それを聞いて胸をなでおろす。
「それならば、私は洋ナシのタルトをいただきますね」
「フィーネ、先のことばかり考えるな」
ノアが真剣な表情で言う。
「え?」
「お前のことだ。どうせ、食べ過ぎると夕食が入らなくなると思っているんだろ。夕食を残したら、料理人に申し訳ないだとか。今日ぐらい腹いっぱいケーキを食べてもいいではないか。せっかく初めてカフェに来たんだ。今を楽しめ」
フィーネは目からうろこが落ちる思いだった。彼の言う通りだ。フィーネには時間がない。
「そうですね。それならば、どこまで食べられるか挑戦してみます!」
結局フィーネのチャレンジは三個で終わった。
「嘘だろ? こんな小さいの三個しか食べられないのか? 冗談とかではないよな」
そういうノアは一つも食べていない。
この店のタルトは、見た目は小さくてかわいいが、フルーツの下にクリームが敷いてあって一つ一つ食べごたえがあるのだ。
「はい、これ以上食べると……。おいしかったです」
フィーネはおいしく感じるうちに、お茶を終わらせた。
店で残りを包んでもらい。二人は再び馬車に乗り込む。
タルトを食べ過ぎたせいか、フィーネがほんの少し馬車に乗っただけで、酔いを感じた。
するとノアがフィーネに茶色の小瓶を渡す。
「飲んでみろ、胃もたれや乗りもの酔いにきくはずだ。お前は実験体だからな。飲み終わったら、どんな様子か教えてくれ」
もう何も口に入らない気がしたが、とりあえず実験体としての仕事ならば、やりとげないわけにはいかない。
瓶も手のひらに収まる大きさだし、何とか飲みきれるだろう。フィーネはひと思いに飲み干した。
すると、すぐに気持ちの悪さが引いて、清涼感が鼻を抜ける。ぴたりと酔いと胃もたれが治まった。
「あら、なんともない。ノア様、すごいです。この薬、とっても効きます」
「それはよかった」
「ノア様。私を実験体とか言っていますが、実はこれとってもお高いお薬だったりしませんか?」
フィーネの問いにノアがふいと顔をそらす。
「問題ない。薬は俺が作れる」
どうやら図星だったようだ。
「やっぱり、高額なお薬だったんですね? それをタルトの食べ過ぎに服用してしまったんですね、私」
フィーネが心持ち青ざめる。
「そういえば、宝飾店がまだだったな」
ノアがあからさまに話題をそらした。
「ノア様、もうお買い物は充分です!」
フィーネは慌てて止める。
「しかし、フィーネは、宝飾店に行ったことがないだろう?」
「はい、まあ、行ったことはないです」
フィーネは素直にうなずく。もともとフィーネは宝飾品を持っていなかった。
貴族の娘にしては稀有なことだ。
「では、今日を新しい経験を積む日としよう」
ノアはそう宣言すると、御者に王都一の宝石店へ行く旨を伝えた。
彼は聞く耳を持たないようだ。フィーネは説得をあきらめた。
「ノア様、ありがとうございます。非常に楽しみですが、『ここからここまで』はやらないでくださいね?」
フィーネは、しっかりとくぎを刺す。あれは心臓に悪すぎる。
「ははは、やるわけがないだろう? 宝飾店だぞ」
彼にしては珍しく、愉快そうに笑う。
「そうですよねえ、ふふふ」
ノアの返事を聞いて、フィーネは胸をなでおろした。
(つづく)
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