第31話 王都で遊ぶ 魅惑の植物園

 フィーネは植物園で大はしゃぎだった。


 広大なバラ園はもちろんのこと、ガラス張りの巨大な温室があり、その中には南国の植物が生い茂っていた。

 見事咲き誇るランの花や、生まれて初めて見るヤシの木に目を見張る。


 中でも目を引いたのが、池に浮かぶ黄色やピンク、白のスイレンと、オオオニバスだ。

「ノア様、見てください! ハスの葉の上に子供が乗っています!」

 フィーネが目を輝かせ、後ろにいるノアを振り返る。


「フィーネもあれに乗ってみたいのか?」

「え? まさか、それに乗っているのは子供です」

 フィーネは頬を染める。そんな中で、さすがに乗りたいとは言えない。


「フィーネも子供みたいに軽いから、乗れるのではないか? よし、聞いて来よう」

「わあ! ちょっと待ってください! 大人で乗っているものなどいませんよ!」

 止めても止まるノアではない。


 しかし、いくら何でも植物園の職員から許可は下りないだろうと思っていた。


「いいですよ。そちらのお嬢様なら大丈夫です」

 職員がにこにこと許可を出す。


「だそうだ。フィーネ、許可が下りたぞ。早速乗ってみろ」

 ノアがずいとフィーネのもとに迫ってくる。


「やっ、あの、でも、ちょっと乗っているのは子供しか。それにドレスの重さも」

「本当は乗りたいくせに。お前の顔にそう書いてある」

 フィーネが後ずさるが、ノアが軽々とフィーネを持ち上げた。

「きゃあ」

「大丈夫だ。ドレスなど、シフォンの軽い素材ではないか。それに騒ぐと注目が集まるぞ」


 そういって彼は魔法の力を借り、フィーネを優しくハスの葉の上に乗せた。ハスはフィーネの体重を物ともせず、ぷかぷかと浮いている。

 淡いイエローのデイドレスを着たフィーネは池に浮かぶ花のようだ。


 すると物珍しさに、わらわらと人が集まって来た。

「わあ、あのお姉さん綺麗! お花の妖精さんみたい!」

「私も乗ってみたい!」

 子供たちが歓声を上げる。フィーネはますます真っ赤になった。これほど人の注目を集めたのは生まれて初めてだ。


「あの、ノア様、とても楽しいのですが、そろそろ順番待ちしている子供たちと交代しようかと思います」

 か細い声で頼み、フィーネはノアに引き上げられた。



 その後、二人は温室のカフェに入った。フィーネにとっては念願の場所だ。話しには聞いていて、一度は来てみたかったのだ。


 きらきらとしたガラス張りの天井から日が差し、温室内に作られた滝から聞こえる水音が、耳に心地よい。


「何にするか決まったのか?」

 白いティーテーブルに腰かけ、メニューを見ながらノアが尋ねる。


「噂で、レモンを入れると魔法のように色が変わるお茶があると聞いたので、それを飲んでみたいです」


「ああ、マロウか。味はないぞ? それでもいいのか」

「はい! 色を楽しむのもお茶のだいご味だと、ロイドさんがいっていました」


「なるほど。フィーネ、使用人に『さん』はいらない」

 フィーネが不思議そうに首を傾げる。


「なぜです? 私もノア様の使用人です。実験体ですので」

「おい、外でめったなことを言うな。お前はいちおう俺の婚約者候補となっている」

 ノアが声を潜めてフィーネに言う。


「ええ! なんでですか!」

 フィーネが驚きに目を見張る。


「当たり前だろ。お前は伯爵家の娘だ。実験体などという名目で雇うわけにいかない」

「でも、それではミュゲとして」


 するとそこへ突然、子供の声が割り込んできた。

「あ! さっきハスの上にのっていた妖精のお姉さんだ!」

 男の子が大声を出し、フィーネに手を振ってくる。

「まあ、申し訳ありません」

 母親が慌てて子供を窘めていた。


 フィーネは真っ赤になりつつも子供に小さく手を振り返す。ノアを追及するどころではなくなっていた。


 その後フィーネは青からゆっくりと紫に変わるお茶にレモンをいれ、ピンクに変わっていく様子に目を輝かせた。

「ノア様、すごいです。お茶の色が変わるだなんて。奇跡みたいです!」

「そうだな。フィーネにも奇跡が起こせるといいな」

「え?」

 

 ノアの漏らしたつぶやきは小さすぎて、フィーネの耳には届かなかった。

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