第25話 ハウゼン家 ミュゲ

 最近のハウゼン家は使用人がめっきり減った。ミュゲはそれが不満だ。

 ベルを鳴らしても誰も来ないし、用事を言いつけるとメイドに嫌な顔をされる。


 腹が立って怒鳴りつけると、次の日メイドはやめていた。


「ミュゲ、使用人にあまり厳しい口を利くんじゃない」

 

 食堂で遅い朝食をとっていると、ミュゲはドノバンに叱られた。

 最近のドノバンは怒りっぽくて嫌いだ。


「どうしてですか? お父様、そんなことでは使用人になめられてしまいます」

 ミュゲは当然のように言い返す。


「その使用人に、満足な給金を払えてないんだよ。だからこうなっている」

 ドノバンの話を聞いてミュゲはあきれたような顔をした。


「は? うちはそこまで困っているのですか? まさか、マギーの医療費ですか?」

 いわれてみれば、以前に比べてハウゼン家は掃除も行き届いていない。


「そうだ。抑制剤は高価なんだ」

 それを聞いたミュゲは腹を立てた。


「それなのにマギーはこの間抑制剤を飲むように言ったら、瓶を投げ捨てて割ったんですよ! 高いものなのに。何本台無しにしたことか」

 マギーは熱が下がらず、体の節々が痛み、吐き気もあったので、最近では時おり癇癪を起すようになっていた。


「その話は聞いているが……。本人にもいいきかせている」

 ドノバンが気まずそうに言う。


「本人がそんな状態なのに、これ以上高価な薬を買い与えてどうするつもりです。それに最近の食事もひどいものではないですか! 私は社交も我慢しているのに。お金に困っているのでしたら、私にいい縁談を持ってきてください」

 ドノバンがミュゲの言葉にため息をついた。


「何度もいわせるな。魔力過多症は放置できないんだ。抑制剤を飲まなければ、魔力暴走を起こす。そんなことになれば、家具も破損するし、最悪家に被害が出ることもあるんだぞ」


「ならば、私の縁談を急いでください! いい家と縁づいて、私がハウゼン家へ資金援助をします」

 これが一番合理的な方法だとミュゲは考えていた。

 それなのに父は小事にこだわって、ちっとも縁談の話を持ってこない。

 


「その話はこの間も説明しただろう。フィーネがお前の代わりに、ミュゲと偽って公爵閣下の元に行っている。その状態で、お前の縁談など進められるわけがないだろう? 

 まずは閣下に入れ替えの話をしなければならない。そうすれば、我が家は金を返さなければならなくなる。最悪フィーネは家に帰されるだろう」


「返されるも何も、フィーネはもう」

「やめないか、ミュゲ!」

 激しい口調でドノバンに遮られた。

 こんなことは初めてでミュゲは驚いて目を瞬いた。ドノバンはなおも言葉を継ぐ。


「お前たちがフィーネの余命を隠したせいでとんでもないことになったではないか。向こうでフィーネが死ぬ前に、本当のことを話さねばならない。やらなければいけないことが山積みなのだ」

 一気に吐き出すようにしゃべる。

 まるでミュゲやロルフのせいだと言わんばかりで、ミュゲはかっとなった。


「そうはおっしゃられても、元はお父様が投資で借金を作ったせいじゃないですか?」

 ミュゲはこういえば、父が黙ることを知っていた。


「ミュゲ、もうそんなことを言っている場合ではないんだ。この家はもうまもなく没落する」

 ドノバンは憔悴しきったようにうなだれる。


 ミュゲは呆れた顔で肩をすくめた。

「はあ、当座の金の心配ならありませんよ。私が手を打っておきましたから」


「何だと? どういうことだ」

 驚いたドノバンが顔を上げた。


「マギーに手紙を書かせました」

 ミュゲはにっこりと微笑んだ。


「手紙? 誰にだ?」

「フィーネに決まっているじゃないですか? もっともちゃんとミュゲ宛で出しましたけれど。マギーが今どれほど苦しい状態にあるかと。マギー自身に手紙に記してもらいました。

 幸いフィーネは公爵閣下のお気に入りのようですから、妹のためにお金を都合してくれるでしょう?」


 ミュゲは自慢げに言った。むしろ家族の誰もこの方法を思いつかなかったことが不思議だった。


「ミュゲ、お前という奴は」

 ドノバンが真っ青な顔をして、震えている。

「お父様?」

 ミュゲが父の反応に不思議そうに首を傾げる。


「なんて恥知らずな真似をしてくれたんだ。このバカものが!」

 ドノバンの怒髪天を衝く勢いに、ミュゲは初めて恐れをなした。


 その日からドノバンの命令で、使用人は誰もミュゲのいうことを聞かなくなり、彼女は部屋に閉じ込められた。


 しかしミュゲには、何が父をあそこまで怒らせたのかわからなかった。


 なぜなら、ドノバンはフィーネをミュゲの身代わりにすることに賛成した

のだから。


(いまさら後悔しているの? フィーネがもうすぐ死ぬから? それとももう死んだのかしら?)



 ミュゲにとってフィーネは、家族というより、この家の使用人のような存在だった。




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