第24話 ハウゼン家 ワーマインの診察
今日はワーマインの診察の日だ。
この日は夫婦そろって行く。マギーが心配なこともあるが、なんといっても抑制剤は高価だ。特にミュゲやロルフに任せるわけにはいかない。
彼らはフィーネの時にやらかしている。
それでもまだロルフは家の手伝いをするようになったからよいものの、問題はミュゲだった。
ドノバンはミュゲをあれほど自分勝手な娘だと思っていなかったのだ。てっきり賢い娘だと思っていたが、見込み違いも甚だしかった。
きっとミュゲを公爵の元に送っていたら、即座に送り返されていたことだろう。フィーネだから、受け入れられたのかもしれないと今では思っている。
「抑制剤をきちんと飲んで魔力制御の訓練をしていますか?」
ワーマインの言葉にマギーは素直にうなずく。
「はい」
「あまり状態が良いとはいえないね。何度かさぼったかい?」
ワーマインは渋い顔をして、単刀直入にマギーにきく。
「ほんの少し、とにかく体がだるくて何もしたくなくなるんです。それに飲んだ後吐き気がするから……」
マギーは言い訳をする。抑制剤は高額であるのに、マギーは時々飲んだふりをして捨てることがあった。だから、たいてい家族の者が見守っている。
「そう、君のお姉さんは今もっと苦しんでいると思うよ」
医師の言葉にマギーは黙り込んだ。
診療の後、ドノバンとデイジーだけ、ワーマインから話があると言われ、診察室に残った。
「先生、お話って何でしょう?」
デイジーが心配そうに聞く。ドノバンも気をもんでいた。夫婦二人に話すということはマギーの症状はよほど悪いのだろう。
マギーは体がだるいと言って、魔力制御訓練もさぼりがちだ。
「お話というのはマギー嬢の魔力過多症のことです。これはまだ私の推測ですが、フィーネ嬢の魔力枯渇症と関係あるのではないかと思いまして」
「何ですと? まさかフィーネが何か悪影響を?」
ワーマインが苦笑する。
「逆です。フィーネ嬢がいないことによって、マギー嬢の過多症が起こったのではないでしょうか?」
「それはいったいどういうことでしょうか?」
嫌な予感にドノバンの心臓はドクンと鳴った。
「いろいろと症例をしらべましたが、魔力枯渇症というのは、魔力がなければ絶対にかかりません。フィーネ嬢が無自覚にマギー嬢を癒し続けていたのではないでしょうか? それによって、魔力枯渇症になったのではないかと」
「まさか! フィーネは魔力がないのですよ?」
デイジーが即座に否定する。
「国の簡易検査しか、受けていないのではないですか?」
そう問われてドノバンとデイジーは顔を見合わせた。
「ええ、まあ、検査結果は、厳粛に受け止めました」
ドノバンが答える。
「なるほど。高位貴族で魔力持ちの家系は、簡易検査を受けて子供が魔力なしの判定を受けた時、たいていの者が諦めきれず精密な検査を受けに魔塔へ行きます。それをなさらなかったということですね? まあ、それで魔力持ちだと判明することはめったにありませんが……」
夫婦は気まずそうにうなずいた。
あくまでも簡易検査であって、まれに検査をすり抜けてしまう魔力もあるという説明は受けていた。
ハウゼン家の者たちはすべて魔力持ち、もしこれがフィーネではなく、ほかの子供なら魔塔で調べてもらったことだろう。
だが、フィーネにそれをさせようとは思いもしなかった。
彼女には常にデイジーの不義の子という噂がつき纏っているからだ。
下手に魔力を持っているとわかるより、家に閉じ込めておきたかった。それが家族のためになると思っていたのだ。
実際にそうすることにより、ドノバンが投資で失敗するまではハウゼン家は順調だった。
いや、正しくはフィーネの具合が悪くなり始めてから、家はおかしくなり始めたのだ。
あの投資は危険だからとフィーネに固く止められていた。
だが、ドノバンは世間知らずの小娘に投資の何がわかるのかと、フィーネが寝込んでいる隙に強行してしまったのだ。
「でも、まさか、そんなことがあるだなんて」
デイジーは震える声でワーマインに訴える。
「そうでもなければ、十四歳になってから魔力過多症を発症するなど考えられません。あれはもっと幼いころにかかる病です。
それで先月も申し上げましたが、余命半年で辺境へ行かせたお嬢様と連絡はおとりになりましたか?」
夫婦は窮地に追いやられ、医者の追及に気まずく沈黙を守るしかなかった。
◇
「もうやめましょうよ。あの医者の所へ通うのは。家族の問題にまでくちばしを挟んでくるなんて考えられないわ。だいたいわざわざ魔塔にまで行って検査する人なんていませんよ」
帰りの馬車でデイジーはドノバンに不満を漏らす。
「しかし、王都で一番の医者だ。それにどのみち、フィーネを連れ戻さねばなるまい」
「本当にどうしたらいいのかしら」
夫婦がそろって肩を落とす横で、また熱が上がってきたマギーが浅い息をしながら眠っている。
家の仕事をロルフに手伝わせるようになって、ドノバンは初めて気が付いた。フィーネは聡い娘だったと。
それに比べロルフは目覚めたとは言え、口先ばかりで仕事ができない。
せっかく箔をつけさせようと大枚はたいて隣国に留学させたのに、まるで使い物にならなかった。
調子のいいことばかり言って、勉強もせず遊んでいたのだろう。
「やはり、フィーネを辺境に行かせたのが、間違いだったのだよ」
「わかっているわ、そんなこと。でも、あの時は借金の返済日が間近だったし、ミュゲを説得できなかった。それにフィーネの姿を見るたびにつらかったの。私が産んだ子なのに、誰にも似ていないんですもの」
「だから、いっただろう。フィーネはハウゼン家にときおり生まれる取り替え子だと」
力なくドノバンはこたえた。
そういう彼もフィーネの容姿を見るたび、もしかしたらデイジーが過ちを犯したのかも知れないと疑心暗鬼に陥り、つらくなったのだ。
ましてやフィーネを外に出せばそれを周りに指摘され、噂されるのだ。それが耐えがたかった。
だから、魔力なしの判定が出るとこれ幸いと家に閉じ込めたのだ。
しかし、周りに白金の髪に緑の瞳を持つ者はなく、成長していくにつれ、曾祖母の姿絵にそっくりになっていった。
そのうえ医師の話によるとフィーネはどうやら魔力持ちらしい。曾祖母も不思議な魔法を使ったと伝えられている。
フィーネは紛れもなく、ハウゼン家の娘だったのだろう。
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