第20話 ハウゼン家2

「それで治るのでしょうか?」

 ショックを隠せない様子でデイジーが医師に尋ねる。


「抑制剤を飲みながら、魔力制御の訓練を受けることをお勧めします」

 医者の言葉にマギーがぎゅっと眉根を寄せる。

「いまさら、訓練だなんて。それに抑制剤を飲むなんていやだわ」


「訓練を受けなければ、悪くなってしまうでしょう」

 文句を言うマギーをデイジーは窘める。


「それは飲み続けなければいけない薬なのですか?」

 ドノバンが心配そうに尋ねる。マギーのことももちろん心配ではあるが、抑制剤は高額だ。


「そうですね。魔力制御の訓練次第だと思います。あるいは年をとり、魔力量が減ることがあれば、やめることもできるかもしれません」

「何ですって?」

「それほどひどいのか?」

 ハウゼン夫妻はそろって声を上げた。


 それはつまり、マギーは今後結婚は難しいということだ。高額な医療費が必要な病持ちの娘を、わざわざもらってくれる家はないだろう。


「いやよ。具合だって悪いのに、薬を飲み続けて、訓練を受けるだなんて。起き上がるのだって大変なのよ。吐き気もするし、いっそのこと私の魔力をフィーネお姉さまにわけてあげたい」


「何を言っているんだ。そんなことを言っていたら、治らないだろう?」

 ドノバンがなだめると、マギーが幼い子のように唇をとがられせた。マギーは事の重大さを理解していなかった。


 するとワーマインがおもむろに口を開く。


「フィーネ嬢はどうしていますか? 二か月以上前にポーションを渡したきりですが、その後、どこかで空気のよいところで静養なさっているのでしょうか?」

 すっかりマギーにかかりきりになっていた父母は、次女を思い出した。


「ええ、まあ、便りがないので、肺病はよくなっているのではないかと思います」

 ドノバンが答える。


「そうね。あの子ったら、手紙の一つもよこさないわね。婚約はどうなっているのかしら?」

 フィーネが顔合わせに行った後、ノアから約束の資金援助はあったが、それきり何の知らせも来ないままだ。


 その後すぐにマギーの具合が悪くなったため、夫婦は彼女にかかりきりだった。


「婚約ですと? そのうえ便りがないとは。失礼ですが、お嬢様の安否の確認はされましたか?」

 ワーマインが驚愕し、矢継ぎ早に尋ねる。


「は? 安否確認ですか? フィーネの肺病は軽いと聞きました。それとも公爵閣下の悪い噂を信じておられるのですか?」


 なぜ医者がこのようなことを聞くのかと、ドノバンは不思議だった。フィーネは肺を患っているとは聞いたが、ロルフもミュゲもたいしたことはないと言っていた。


「肺病? 確かに肺にまで症状は広がっていますが、彼女は末期の魔力枯渇症です」

「うそよ! フィーネには魔力はないわ!」

 びっくりしてデイジーが叫び、目を見開いた。


「お嬢様から、何も聞いていないのですか? 私はご両親そろって来るようにいったのですが……」

 医者の目に侮蔑の色が混じるが、ドノバンもデイジーも初めて耳にする話にそれどころでなかった。


「それで、あの子は、フィーネは魔力を持っていたのですか?」


「一番に気にすることがそこですか? あなた方のお嬢様は魔力枯渇症の末期なのですよ? 他国で治療法をさがしてはと提案したのですが、ご子息とご息女が転地療養すると大量のポーションだけもって、フィーネ嬢を連れて帰られましたよ。フィーネ嬢の余命が半年というのもご存じですよね?」

 ワーマインの瞳に不審の色が宿る。


「何ですって!」

「それは本当か!」

 夫婦は驚きに立ち上がった。


「嘘でしょ! フィーネお姉さま死んじゃうの?」

 マギーがびっくりしたように叫んだ。


「いますぐ、お嬢様の安否をご確認なさることをお勧めします」

 医者の表情にも言葉にも軽蔑の色が滲んでいることに、ハウゼン家の者は誰も気づかなかった。



 ◇



 何も知らず、よい縁組を探すための社交と称して、茶会や夜会に飛び回っていたロルフとミュゲが夜遅く帰宅すると、両親が待ち構えていた。

 サロンは、重苦しい雰囲気に包まれている。


「お前たち、なぜ、フィーネの余命について黙っていた!」

 いつもは二人に甘いドノバンも、今夜ばかりは怒りに震えていた。さすがにミュゲもロルフもたじろいだが、すぐに態勢を立て直す。


「それは、フィーネがいったのよ。お父様とお母様に心配かけたくないから、私の代わりに行きたいって。あの子、魔力なしで結婚は絶望的だったから、結婚したかったのよ。それに変人魔導士にばれる前に死ぬからって。見たでしょ? あの子、髪まで染めたのよ」

 ミュゲが手前勝手な嘘をひねり出す。


「何を言っている。フィーネは器量だけはいいのだ。格下の貴族の家なり、商人の家なり貰い手があったはずだ」

 ドノバンの言葉に、ミュゲが不満そうな顔をする。


「あの子はもうすぐ死ぬんだし、貰い手も何もないと思います。愛人がせいぜいじゃないですか? それにフィーネと私たちは似ていないし、あの子の髪の色はーー」 

 ミュゲは言いかけてやめた。


 両親の顔色が変わったからだ。


 ミュゲは、この家では決して触れてはいけないことを口にしてしまった。

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