第19話 ハウゼン家1

 

 フィーネが生まれて初めて大切にされ幸せな余生を過ごしている頃、王都のハウゼン家では家族の間に不協和音が起こり始めていた。



「ミュゲ、頻繁に社交の場に顔を出してはいけません! それでなくてもフィーネがあなたの身代わりとして公爵閣下の元へ行っているというのに、ばれたらどうするの?」

 遅い時間に帰って来たミュゲを、エントランスで叱っているデイジーの甲高い声が、執務室にいるドノバンの元にも聞こえてきた。

 

 深夜なので屋敷中に声が響き渡る。


 一方、ミュゲも負けてはいない。


「お母様、心配し過ぎです。あんな辺境まで噂は届きませんよ。それに王都では変人魔導公爵のことなんて忘れ去られています。私は早くよいお相手を見つけなければ、婚期を逃してしまいますわ!」


「それもこれもあなたが、閣下の元へ行くのを嫌がったからでしょう?」

「当たり前ではないですか! 私は魔力持ちなのに、なぜそんな縁談を結ばなければならないのですか?」


「あなたは事の重大さをわかっていないのよ! いずれ公爵閣下に事実をお話しなければならないわ」

「なんでわざわざ? そんなことを言う必要ないではないですか?」

 二人の喧嘩が今夜も始まり、ドノバンはためいきをついた。


 援助資金欲しさにフィーネをミュゲの代わりに送ったのはよかった。変人と呼ばれ女性を寄せ付けなかった公爵はなぜかフィーネを気に入ったようで、彼女を返してこないばかりか、約束の資金援助もしてくれた


 そこまではよかったのだ。資金援助がなければハウゼン家は没落の憂き目にあっていたのだから。



 だが、まだ婚約の話は聞かない。辺境にあるので、こちらに情報が届くまでに時間がかかるのだろう。


 公爵とフィーネが婚約する前に、彼女はミュゲではなくフィーネだと真実を告げなければならないかと思うと、暗澹たる気持ちになった。


 それに、もしもいきなり結婚してしまったら、その後本物のミュゲは、書類上では魔力なしのフィーネとして生きていかなくてはならなくなるのだ。


 社交界で名も顔も知れているミュゲには不可能な話だ。このままでは結婚できないばかりか、ミュゲの立場もハウゼン家の立場もない。


 いっそフィーネが公爵の寵愛を得ていれば、許してくれるかもしれないとも願いもした。


 しかし、あの面白味のないフィーネが寵愛を得られているとは思えないし、代々偉大な魔導士を輩出してきた公爵家が、魔力なしの娘と縁を結ぶとも考えにくい。ばれたら、きっと大変なことになる。


 こうなることは予想していたのに、借金返済日も間近に迫っていて、背に腹は代えられず、息子と娘の言うままにフィーネを送ってしまった。

 今後のことを考えるとドノバンは憂鬱だった。


 結局、没落に猶予ができただけなのかもしれないという思いにとらわれる。実際そうなのだろう。


 しかし、息子も娘も事の重大さを理解していないのか、至極楽観的だ。


 そこでドノバンは違和感につきあたる。

 まず病身でほぼ寝たきり状態のフィーネがあっさりと承諾したことが不思議だった。いくら軽い肺病とはいえ、ひと月の馬車旅はつらかろう。


『フィーネは公爵家という地位に目がくらんだのですよ』

『一生、結婚できないよりましでしょう?」

 ロルフとミュゲはそう言っていたが、フィーネとてあの大魔導士の黒い噂は聞いていたはずだ。

 

 いくら地位が高く金があったとしても、嫌ではなかったのだろうか。

 

 それともフィーネは、魔力持ちのミュゲとしてあの家に入れば、大切にされるとでも思ったのだろうか。


 実際、あの辺境でフィーネがどのような扱いを受けているかはわからないが、社交も知らず全く世間ずれしていないフィーネが、公爵を長くごまかせるとは考えられなかった。


 ドノバンが悶々と考えを巡らしている間も、エントランスでの母娘の諍いは激しさを増してくる。そろそろ止めに入ったほうがよさそうだ。


 ◇


 そんなある日、マギーが数年ぶりに体調を崩した。

 子供頃は体が弱かったかが、最近ではすっかり丈夫になり、茶会をこなしていた矢先だった。


 最初は風邪かと思って様子を見ていたが、やがて高熱が出て下がらなくなった。


 しかし、ロルフもミュゲも再び病気がちとなったマギーには興味がなく、社交にいそしんでいた。


「マギー大丈夫?」

 デイジーが心配そうに、ベッドに横になるマギーの顔を覗き込み、優しく汗をぬぐう。一向に良くなる気配はなかった。


 ドノバンも末っ子が心配で、すぐに医師を呼んだ。


 熱さましを貰い、少しばかり熱が下がると王都でも有名なワーマイン医師の診療所へ連れて行った。

 しかし、そこで下された診断に両親は驚いた。


「魔力過多症ですか?」

 ドノバンが震える声で問う。魔力過多症は簡単に治るようなものではないのだ。療養にとても時間がかかる。


「ええ、本来ならばもっと幼いころにかかるはずなのですが、十四歳でかかるというのは珍しいですね」


 医師は訝しげに言う。



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