第18話 幸せな余生2

 

「別にそのようなつもりはない。俺はただ、お前の魔力枯渇の原因と無属性を知りたいだけだ。無属性とはもともと属性に分けられない魔力を総称してそう呼んでいるだけなのだ」


「ええ? そんないい加減なものなのですか?」

 ふわっとしていて、具体的なイメージがまったくわかない。フィーネは少し残念に感じた。


「ああ、今の魔力測定器が改良されれば、希少と言われている無属性がもう少し見つかるはずだ」

 ノアは無属性に興味津々の様子だ。


「なるほど! そうすれば、ノア様の実験体が増えるわけですね」 


 彼の研究により、フィーネのように魔力持ちの貴族家に生まれながら、魔力なしとさげすまれる子も減るのではないかと希望がわく。


「だが、不思議なものだな。普通は少しでも長くいきたいと思うものではないのか?」

 ノアが不思議そうに言う。


「私はここに来るひと月にわたる悲惨な旅路で生きることにあきらめがつきました。そして、あなたの実験体として過ごす毎日がとても幸せなんです。だから、このまま綺麗に死んでいきたいのです。ほら、あの湖の奥の森林とか素敵ではないですか?」


 フィーネが言うと、ノアはため息をついた。


「おまえ、確か、死期を悟ったら猫のように消えると言っていたな」

「はい、ここは死ぬには最高に贅沢で、素敵な場所です」

 フィーネが胸の前で手を合わせる。


「ちっともうれしくない。この領地については、ほかの誉め言葉を考えろ」

 ノアが不機嫌になった。

「すみません」

「死ぬ前に何かしたいことはあるか?」

「え?」

 意外なことを言われて、フィーネはびっくりした。


「多少ならば、お前のわがままを聞いてやってもいい」

 言い方は偉そうだが、親切な申し出をしてくれているのはわかる。フィーネは驚きに目を見開いた。


「ノア様、やっぱりとってもお優しいです」

「違う。何度も言わせるな。もうすぐ死ぬ可哀そうな奴だと思っているだけだ」

 失礼なノアの言い草に、フィーネは声を上げて笑った。

 ノアは、優しいと言われるのが嫌いなのだ。



 彼は実家の家族とは真逆な存在だった。

 優しい言葉の陰に棘を隠しているのではなく、冷たい言葉の裏に優しさと温かさが潜んでいて、彼はそれを行動で示してくれる。


 ノアが書庫で分厚い魔導書を読みながら、アイスクリームの入った瓶を転がしている姿を見た時は驚いた。


 彼の説明によると魔法の冷気で、おいしいアイスが手早く作れるとのことだ。おかげで望めば、いつもアイスクリームが食べられる。


 シュタイン家の料理人が作った出来立て熱々のアップルパイの上に、アイスクリームをのせるとじゅわっとしみこむ。


 それにより、サクサクのパイ生地の部分とアイスクリームをすって柔らかく甘くなった生地をそれぞれ楽しめるのだ。ほどよく火の通ったリンゴとアイスクリームの相性も抜群で、フィーネはそれを楽しみにしていた。


 彼が特別アイスクリームが好きかというと、そんなこともなく、たいていフィーネが食べる姿を目を細めて眺めている。


 もしかしたら、ノア自身に何らかの理由があり、自分は人に好かれてはいけないと考えているのかもしれないと、フィーネはふと思った。


 フィーネは気が付いていた。


 彼が作るポーションの効果が格段に上がっていることに。きっとノアは、フィーネの体質と症状に合わせて調整してくれているのだろう。最近では階段を少し上ったくらいで息が上がることもなくなった。


 このまま長く生きられるような錯覚に陥ることさえある。だが、それも所詮は対症療法で、寿命は確実に近づいていた。



 ただ、最期の時をベッドで過ごすのではなく、散歩したり、読書したり、自由に過ごせることは貴重で、フィーネにとってはかけがえのないものだった。





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