第17話 幸せな余生1

 その後、ノアは昼に気分転換のための散歩で、湖畔のほとりにでた。


「ノア様!」

 フィーネがきらきらとした湖をバックにして大きく手を振ってくる。

 赤く染めていた髪も今では本来の白金にもどり、きらきらと輝く。

 ここに来たばかりのころは青白かった彼女の頬にかすかな赤みがさしていた。


 白いガーデンテーブルには、サンドウィッチ、フルーツ、スコーンなどが並べられている。

 執事のロイドも、マーサも彼女のそばについてニコニコと微笑んでいた。ここの使用人たちは、皆フィーネに驚くほど過保護だ。何かあるたびに逐一ノアに報告に来る。


 今日のピクニックもそうだ。ロイドがわざわざ「フィーネ様がとても楽しみにしています」と伝えに来た。行かないわけにはいかない。

 それに子供の時分からピクニックの一つもしたことがないなど、不憫に思う。


 その日から散歩の時間が合えば、二人は外で一緒に茶を飲み軽食をつまむようになった。


 フィーネの願い事は驚くほど小さい。アイスクリームののったアップルパイが食べたいと言われたら、叶えないわけにはいかなかった。

 もうすぐ死ぬのに、そんなことでいいのかと……。


 こちらがたじろいでしまうほど、あけすけに物を言う女性ではあるが、感謝の言葉は忘れない。

 醜いとさげすまれているノアに、いつも眩しい笑顔を向けてくる。


 フィーネが健康で社交界に出ていたら、その無邪気な言動と美しさで無自覚に男性を振り回していたことだろう。



 ◇◇◇



 フィーネは自分に魔力があることがわかって以来、魔導に興味を持つようになった。


 しかし、ノアが言っていたように無属性は大変珍しく、ほとんど資料がない。ノアは今の簡易式の魔力検査では無属性は魔力なしと出てしまうので、そのことにも問題があると言っていた。

 

 ノアは研究熱心で、晩餐を共にするときもフィーネに実家での様子を聞いていた。

「家族に魔力過多症の者はいなかったか?」

 魔力過多とは、魔力が多すぎて制御しきれず魔力暴走を起こしてしまうものだ。


「聞いたことありませんね」

 フィーネは首をひねる。


「それでは、家族の中に子供頃体の弱かったものは?」

「ああ、妹は体が弱かったですね。よく熱を出していました」

「虚弱体質だったのか?」


「そのようです。家族が忙しかったので、私がよく看病していました。その頃は妹もとても私になついていたんです」

 父は仕事に忙しく、母も社交で忙しかった。名門伯爵家の夫人となると社交もおろそかにできないのだ。その間、魔力なしのフィーネが一人で妹の看病をしていた。

 そんな過去にふと思いをはせる。


「妹のマギーには、よく絵本をせがまれて、寝付くまで読んであげました。あの頃は私が少しでもそばを離れると不安がったものです」


 その後成長と共に体が丈夫になると途端にミュゲと一緒になってフィーネを馬鹿にし始めたのがショックだった。


「で、お前の兄や姉はその間、何をしていたのだ」

 ノアの口調はいつも淡々としていて、声に家族を非難する色はない。


「二人とも魔力持ちだったので、家庭教師について勉強していました。それから兄は留学しました」


「なるほど。王立の魔導学園は最難関だからな。外国でそこそこの魔導学園にかよって箔をつけたかったのか」

 確かに魔導はこの国が一番発達している。ノアはなかなか手厳しいことを言う。


「本当のところはよくわかりませんけれど、そうかもしれませんね。それでノア様は私の実家に資金援助をなさっているのですか?」

 目下の懸念事項をフィーネは質問した。


「ああ、最初に言われた金額は渡した。お前を返さない以上それが筋だろう」

 やはりなとフィーネは思った。


「ノア様が、とても良い方だったので、復讐失敗しちゃいました」

 フィーネはさして悔しくもなさそうに言う。

 ノアがいい人だということは、なんとなくわかっていた。王都の噂などすべて嘘っぱちだ。


「別にいい人ではない。吐血して気絶した人間を玄関先に放置できるわけがないだろ。それにお前の家の馬車は逃げるように帰っていったし。ここに来た頃は野垂れ死にするつもりだと言っていたな」

 彼はそう言って、あきれたようにフィーネを見る。


「そういえば、そうですね。王都の噂なんて当てになりませんね。ノア様、ひどい言われようですが、噂を放置しておいていいのですか?」

 フィーネは腹を立てていた。


「噂は噂だ。王都を去った俺など、とっくに忘れ去られているだろう」

「私も実家から忘れ

られていそうです」

 ぽつりとフィーネが言うと、ノアが苦笑する。

「それはどうかな? 案外今になってお前を必要としているかもしれないぞ」

 ノアが慰めを言うとは思わなかった。

「まさか」

 フィーネは力なく首を振る。


「そうとも言い切れない。お前が魔力枯渇症になったのは、何らかの形で無自覚で魔法を使っていたのではないか? もしも、帰って来てくれと言われたら、どうする」

「私はノア様の実験体ではないのですか?」

 フィーネはノアの青い瞳をじっと見つめる。


 戻る気などさらさらなかったし、実家が帰って来いというとは到底思えなかった。それどころか、兄と姉は早くフィーネに死んでほしいと願っていることだろう。


「それはそうだが、里心はわかないのか?」

 あまり表情の動かない人だが、心配してくれているようだ。

「まったくわきません。こんな風光明媚な場所で余生を過ごせるなんて最高です」

 フィーネは絶対に実家になど帰りたくなかった。でも「帰って来い」という家族の言葉は聞きたいと思う。いろんな意味で……。


「復讐のことなら、心配するな。きちんと遂行してやる。今はお前の実家に騙されたふりをしているだけだ」

 ノアが意外なことを言うので、フィーネは驚いた。

「騙されたふりですか?」


「言っておくが、俺は魔塔で筆頭魔導士まで出世した男だ。やさしいわけがないだろう? だが、お前は余命僅かだし、二つとない貴重な実験体だから丁重に扱う」

 丁重というより、過保護な気がする。


 この辺境の領地に来てからというもの、とても大切にされていると感じていた。


 ノアはフィーネを実験体と呼んでいるが、実験は診察のようで、終わると必ずポーションを飲まされ、魔力制御を教えてくれる。

 まるで治療をしてくれているようだ。


「あの、丁重に扱っていただくのはありがたいのですが、変に延命などしないでくださいね」

 

 フィーネの言葉に、ノアが軽く目を見開いた。



(つづく)

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