第7話 計略1

 翌日、ロルフとミュゲがフィーネの部屋におとずれた。

「フィーネ、久しぶりだな」

「まあ、お兄様、いつお戻りに?」

 フィーネは兄の突然の帰国に驚いた。しかもフィーネの部屋に訪ねてくるなど何年ぶりだろうか。


「お前がのんびり寝込んでいる間にいろいろとあってね。昨日帰ってきた」

「それはまた急ですね」

 フィーネは腑に落ちなかった。予定では卒業まで後一年はあるはずだ。


「今日は私たちがフィーネについてお医者様に行くことになったから。さっさと着替えてちょうだい」

「え? お兄様とお姉さまが?」

 フィーネはミュゲの言葉に驚いた。子供の頃からロルフやミュゲにはよくいじめられてきた。

 その彼らがいったいどういった風の吹き回しだろう。フィーネは首を傾げ、警戒心を抱いた。


 ここのところ病で臥せりがちのフィーネを、家族は見舞うこともなかった。

 両親は、魔力のないフィーネに関心はなく、具合が悪く臥せっていても仮病ではないかと疑われ、医者に診てもらうこともかなわなかった。


 そして、仮面舞踏会へ行った翌日から、フィーネの体調は悪化の一途をたどり、とうとう寝台から起き上がれなくなったのだ。


 ひと月が過ぎたころ、フィーネが家を手伝わないせいで、書類仕事が溜まってきた。その時になってやっと父が重い腰を上げ、医者に診察に行くように言った。

「私も忙しいのだ。一刻も早く病気を治して家の仕事を手伝ってくれ」

 フィーネは、そう言い渡された。


 その後、ふらふらとしながらメイドに支えられ、家族の付き添いもなく、医者にかかると、次回は大切な話があるから、両親を連れてくるようにと言われた。


「そういえば、ワーマイン先生は必ず両親と一緒に来るようにとおっしゃっていました」

 不安を感じて、フィーネが二人に伝える。このことはドノバンとデイジーにも言ってあった。それなのに、彼らはフィーネとそりの合わない兄と姉を送り込んできたのだ。


「何を言っているんだ。僕は次期伯爵だ。その僕がついていくのだから、医者も文句はあるまい」

 途端に兄が不機嫌な顔をした。彼はプライドが高く気難しいところがある。


「そうよ。私は今日の茶会を急遽お断りして、あなたのためについていくのよ。何の不満があるっていうの?」

 ミュゲも怒り出した。


 この二人は魔力なしで、家族の中で一人髪色が違う、フィーネを嫌っている。

 家族は皆燃えるような美しい赤毛なのに、フィーネだけ白金色で、魔力がない。


 二人はそのことを恥ずかしく思っているのだ。そして母もフィーネが生まれた当初は不貞を疑われて嫌な思いをしたという。


 そのような理由もあり、フィーネは社交もろくにさせてもらえずハウゼン家の隠された子供となった。


 白金の髪はこの国で差別される色ではないが、ハウゼン家では違う。この家は魔力が強く皆見事な赤毛だ。


 だが魔力がないフィーネが、ハウゼン家の遠い先祖と言われているエルフ族の珍しい白金の髪色を引き継いでしまった。


 そのせいか兄や姉、妹にまで笑いものにされ、軽んじられてきた。


 悔しく思うが、こればかりは本人の努力ではどうにもならなかった。


 ◇


 フィーネはメイドに支えられ、ロルフとミュゲにせかされるように馬車に乗り込んだ。


 王都でも有名な診療所の医師ワーマインの元を訪れると、両親ではなく、兄と姉がついてきたのを見て驚いていた。

「必ず、ご両親と来るように言ったではないですか?」

 困惑したようにワーマインが言う。


「父も母も忙しいのです。それに私は次期ハウゼン伯爵です」

 兄が尊大な態度で言うと、ワーマインはフィーネに気の毒そうな視線をよこした。

 魔力の強い貴族の家系に生まれた魔力なしの子供が、家族にぞんざいな扱いをうけることはままあることだった。


「本当に大切なお話なのですが、仕方がないですね。フィーネ嬢、それからご家族の方も心して聞いてください」

 フィーネはワーマインの真摯な様子に嫌な予感がした。

 

 しかし、兄も姉も前置きはいいから、早く結果だけを聞かせてくれとせかす。

「ここへ来たときは、もう手遅れでした。彼女の余命はあと半年です」

 重々しい口調でワーマインが言う。

「……え?」

 フィーネの頭は、一瞬真っ白になる。次に足元が崩れるような気がした。覚悟はなかったが、予感はあった。せき込んで血を吐くなど普通ではない。


「あの、フィーネは長旅に耐えられるでしょうか?」

 だしぬけに言った姉の言葉に、フィーネの意識は現実にひき戻された。


「お姉さま……?」

 目を見開いてミュゲを見つめる。


「は?」

 医者もあっけにとられている。


「いったい何を言ってらっしゃるの?」

 フィーネが震える声でミュゲに問う。


「ねえ、あなた以前に湖を見たいと言っていたでしょ?」

 ミュゲが突然よい姉を演じ、優しい笑みを浮かべて言うが、フィーネにはまったく覚えのない話で混乱した。

 そもそもミュゲとは普段から会話がない。彼女はいつでも一方的だ。


「そうだ。フィーネ、静謐な森と湖がある場所に行こう」

 ロルフまでおかしなことを言い出した。余命を告げられたばかりのフィーネはパニックに陥った。


「フィーネ嬢の寿命を延ばすのなら、安静にするのが一番ですが、最後にしたいことをするのもよいかもしれません。それか他国で治療法をさがすか――」

 医者の発言を遮るようにロルフが再び口をひらく。


「フィーネ、空気のいい場所に行こう」

 二人とも目をらんらんと輝かせて身を乗り出している。


 フィーネは不穏なものを感じた。いつまでも呆然自失としているわけにはいかない。彼女には頼るものなどないのだから。


 今にもあふれだしそうなどす黒い感情を飲み込み、フィーネは静かに二人に告げた。


「お兄様、お姉さま、私お医者様と二人でお話をしたいのだけれど」

「何を言っているんだ。話なら、僕たちも一緒に聞く」

 兄が言い張った。


「申し訳ないが、お二人は出てくれるかな。まだ診療ものこっているのでね」

 医者の言葉で、二人はしぶしぶ出ていった。

 医者とは言ってもただの町医者ではなく、名医と言われる貴族出の医者だ。ロルフといえど彼の言うことを無視して居座るわけには行かない。


「それで、フィーネ嬢、何か話があるのではないかな?」

 医者は、二人が出ていくのを見届けてから、口を開いた。


「まずは、私の病名は何ですか?」

「それが信じがたいことに……」


 ◇


 しばらくしてから、フィーネの診察が終わると兄と姉に挟まれるように馬車に乗せられ家に帰された。


「お父様とお話がしたいのです」

 フィーネは二人に訴えたが、強引に部屋に押し込められてしまった。


 病身のフィーネでは逆らうこともできない。使用人も誰も助けてくれなった。もともとフィーネの専属メイドはいないのだ。


「あなたには落ち着く時間が必要よ。まずは私とお兄さまが話しに行くわ」

「こんな時だ。少しは僕たちを頼れ」

 ミュゲとロルフがやたら調子のよいことを言う。

 馬車の中ではフィーネを慰めもしなかったのに。 


 二人はフィーネの意思は無視して行ってしまった。




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