第8話 計略2
ロルフとミュゲはさっそくドノバンの執務室に向い、そこへデイジーも呼び出した。
「それで、フィーネは何の病気だった?」
家族が集まると、執務室のマホガニーのデスクに腰かけたドノバンが言う。
「フィーネは肺を患っているようです」
ロルフがよどみなく答えた。これは本当だ。フィーネ自身が医者からそういわれたと言っていたのだ。
「それならば長旅は無理ね」
どこかほっとしたようにデイジーが言う。
「そうだな。やはりミュゲに行ってもらおう。魔力の強いおまえなら、公爵閣下も満足するだろう」
ドノバンも同意した。
ハウゼン家としてはどうしてもこの縁談を成功させたかった。二人はフィーネには、何の期待もしていないのだ。
「お医者様は、空気のいい場所で療養させるのが一番だと言っていましたわ」
「そうです。公爵閣下の辺境の領などぴったりではないですか?」
兄妹が口をそろえて言うと、父が驚いたような顔をする。
「お前たち、まさか肺を患っているフィーネにひと月も馬車旅をさせるつもりか?」
父親がぎょっとしたような顔をする。
「そうよ。空気がいい場所なら王都近郊にいくらでもあるでしょ。それに旅の間に何かあったらどうするの? 公爵閣下の元に病人をおくりつけなんてできないわ」
デイジーが信じられないというような表情を浮かべ、兄妹を見る。
「大丈夫です。転地療養を進められましたから。それに肺をわずらっているといってもたいしたことはありません。ポーションを服用して体力を回復すれば、治るようです。ただそのポーションが高額なのが玉に瑕ですが」
ロルフがすまして答える。
「そうよ。お父様、お医者様がそうおっしゃっているのよ。ワーマイン先生は貴族出身の高名な医師なのでしょう?」
ミュゲが力強く言葉を添える。
医者はそんなことを言っていないし、病状についてはフィーネ一人で聞いていた。
二人はフィーネから、肺を病んでいると聞いただけだ。
しかし、両親が二人の兄妹の説得に折れるのは時間の問題だった。
ロルフとミュゲはフィーネの余命については口を噤んでいた。
いくらフィーネに関心のない両親でもそれを知ったら、さすがに許さないだろうと思ったからだ。
だが、彼らにとってフィーネの余命は都合がよかった。きっとフィーネはミュゲではないとばれる前に死んでくれるだろう。
◇
ある晩、臥せっているフィーネの元に、突然ロルフとミュゲがやって来た。
「フィーネ、お前は空気のいい場所に行くことに決まった」
「え?」
兄の言葉にフィーネは目を瞬いた。
「いいわね。うまくいったら公爵閣下の妻になれるのよ。出発は明日だから」
「どういうこと?」
フィーネはそこでロルフとミュゲから事の顛末を聞かされびっくりした。
「そんなお姉さまの身代わりだなんて無理です! それにお父様とお母様なんとおっしゃっているのですか?」
「それについては問題ない」
「問題ないって、まさかお父様とお母様に余命のことはお話していないのですか?」
フィーネは驚愕に目を見開いた。
「話したとしてもこの決定は変わらないわ。家族の総意なの」
「私、もうすぐ死ぬのに、ひどい!」
兄と姉が許せなかった。
「おい、ミュゲ、フィーネを押さえつけろ。今から俺が制約魔法をかける」
「制約魔法?」
魔導一般に対してほとんど知識のないフィーネは意味が分からなかった。
「そうよ。フィーネ、あなたは二度と自分の名を名乗れない。今からあなたはミュゲよ。しばらくの間、私の名前を貸してあげるわ」
いつものように恩着せがましくミュゲはいいフィーネを押さえつけた。振り払いたいが、フィーネにそんな体力はのこっていないし、叫んだところで誰も来てはくれなかった。
フィーネに制約魔法をかけると、彼らはメイドたちを部屋に呼び入れた。
「今から、フィーネの髪を赤く染めてくれ、ハウゼン家の名に恥じないきれいな赤毛にな」
そう言って満足そうに彼らは出ていった。
病身のフィーネに逆らう力はなく、涙のにじむ目で彼らを見送った。
いくら社交に疎い彼女でも、醜い変人公爵の噂は知っていた。
フィーネの心にどす黒い感情と同じくらいの絶望が広がっていった。
◇
その後、ひと月にわたる馬車旅は悲惨なものだった。馬車に酔い、食事も喉を通らず、医者がポーションをくれたおかげで何とかフィーネは長旅に耐えられた。
旅の途中でポーションを飲むのをやめて死んでやろうかとも思った。そうすれば、ミュゲが代わりにいくしかないのだから。
しかし、それでは気が済まなかった。なんとしても実家に一矢報いたい。フィーネはロルフとミュゲの所業がどうしても許せなかった。
(続く)
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