第3話 不吉な予兆と初めての舞踏会
最近、フィーネは寝込みがちだった。どうも体が重くて、時々おかしな咳が出る。
しかし、彼女は寝込んでもいられなかったので、無理やりベッドから起き、ひとり身支度を始めた。
これから父ドノバンの仕事の手伝いがあるのだ。
ハウゼン伯爵家では彼女だけが魔力持ちではなく、いつも家族の中で肩身の狭い思いをしていた。
この国では魔力を持っていないと縁談に不利に働く、そのせいか、フィーネは殿方との出会いがある夜会に出たことがなかった。
そのため、ドレスも皆一つ年上の姉であるミュゲのおさがりばかりだ。
屋敷であてがわれた部屋もほかの兄姉妹よりも小さな部屋で、食堂からも遠く不便だった。
フィーネが身支度を整え、古い鏡台の間で、髪をくしけずっているといつもの湿った咳がでた。ハンカチで口元を拭うと血が付いた。
きっとこれはただ事ではないのだろう。再三再四、医師に診てもらいたいと頼んだが、家が忙しいこともあり、両親はただの風邪だと言って取り合ってはくれなかったのだ。
フィーネは水差しからグラスに水を注ぎ、口を潤した。こうするとたいてい咳がおさまる。もしかしたら、自分はもう長くないのかもしれない。そんな嫌な予感にフィーネは一人怯えていた。
フィーネが疲れた体にむち打ち、気力を奮い立たせて立ち上がると、部屋のドアがバタンと開いた。姉のミュゲがノックもせずに入って来たのだ。
「お姉さま、いつもノックをしてくださいと――」
フィーネの言葉はいつものように遮られる。
「ねえ、フィーネ、頼みがあるのだけれど」
ミュゲは頼みごとがあるときだけ、妹に話しかける。それ以外はいない者のように扱う。
「何でしょう? いまからお父様のお仕事のお手伝いをしなければならないのだけれど」
いつも茶会や夜会に飛び回っていると姉と違い、フィーネは家の手伝いで忙しいのだ。
「ああ、あなたは魔力なしだから、仕方ないわよ。良縁に恵まれることもないでしょうし、それぐらい家のためにしないとね」
さらりと言うミュゲの声音には棘が潜み、侮蔑がまじっている。彼女は魔力なしの妹がいることを恥ずかしく思っているのだ。
「それで、何?」
手短に済ませたかった。
「私これから、デートなの」
「はい……」
だから何だというのだろう。ミュゲに貸す服など持っていないので、フィーネは訝しく思い首を傾げた。
「でね、今夜の舞踏会とぶつかってしまったの。あなたが代わりに舞踏会の方に出てくれない? まだ十四のマギーに頼むわけにもいかないでしょ?」
マギーはミュゲとフィーネの妹でハウゼン家の末っ子だ。
「そんな……、私は舞踏会に出るようなドレスは持っていませんし、お姉さまの代わりにでるなんて無理です」
それにミュゲは殿方に人気があるようで、フィーネが代わりに行ったりしたら皆残念に思うだろう。
姉妹は似ていないのだ。髪の色すら違う。
「あら、大丈夫よ、今日は仮面舞踏会なの」
「仮面舞踏会?」
フィーネは嫌な予感がした。
「そうよ。あなた舞踏会は初めてでしょ? いい経験じゃない。私のドレスと仮面、それから、かつらも貸してあげる」
ミュゲは恩着せがましく言う。
「私は舞踏会なんて出たこともないし、踊れません」
フィーネはしり込みした。
「あら、ダンスのレッスンだけは一人前に受けていたじゃない。その成果を披露するチャンスよ? あなたの場合、もうこんな機会はないかもしれないわ」
フィーネが嫌だといっても聞くような姉ではない。
結局ミュゲのためにあつらえられた少しサイズの大きいドレスを着せられ、姉の色である赤毛のかつらをかぶり、仮面つけて出席することになってしまった。
家の手伝いをしろと言っていた父も、二つ返事でミュゲの願いを承知したのだ。父のドノバンは魔力も強く美しいミュゲには甘く、たいていのわがままは聞き届ける。フィーネの話など聞いてくれたためしがない。
フィーネは馬車の車窓から暮れなずむ街を憂鬱な気分で眺め、姉の願いを断れない自分の立場の弱さにため息をついた。
会場は王都でも有数の富豪の邸宅だ。ハウゼン家の馬車で会場へ向かうとエントランスで、どきどきしながらミュゲ宛の招待状を渡した。
仮面をつけているせいかばれずに入場できて、ほっとした。
会場に一歩足を踏み入ると、きらびやかなシャンデリアの下で、楽しげに踊っている男女が目に飛び込んできた。
フィーネはそのざわめきと賑やかな雰囲気にのまれ、しばし呆然と佇んだ。
すると「その髪色はミュゲかな?」と、後ろから男性の声がして飛び上がった。
話せば、すぐにばれてしまうだろう。フィーネは慌てて逃げ出した。
シャンデリアの光があまり届かない壁際に移動して、少し落ち着きを取り戻す。
(だから、嫌だったのに……。どのみち私が踊ることなんてないわ)
悔しさや悲しさより、ミュゲではないとばれるのが怖くて、化粧室に行って赤毛のかつらをとってしまおうかと考えた。
ハウゼン家の魔力なしの次女だとわかれば、途端に馬鹿にされるだろう。
もの思いに沈んでいると、突然声をかけられた。
「お嬢様、一曲、踊っていだけませんか?」
フィーネは慌てて視線を上げる。
これほど目立たない暗がりにいたのに、誘われると思っていなかったので、フィーネはびっくりした。
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