第5話 恋は魅惑の薬から
「自由市?」
「ああ、今週末開かれるんだ。旅人さんも、もし売るものがあるなら参加したらどうだい?」
そう提案してきたのは宿屋の親父だった。今週末、大通りのある広場で、何でも売り放題、買い放題の地元民主催の市が開かれるらしい。ここ、アルビカは世界有数の貿易港で、人や物の出入りが多く、新しい物と文化で溢れかえっていた。その街の郊外で開かれる自由市。なんでも、地元民だけでなく、旅人も許可さえ得れば、お手軽に出店できるらしいのだ。
「ええ、ぜひ!!私、実は薬師なんです!」
「ほう、そりゃ、丁度いい!」
「で、その参加権ってのはどこで貰えるのでしょうか?」
興奮気味に、身を乗り出してタスクが亭主に尋ねると、亭主は笑顔で答えてくれた。
「僕に言ってくれれば大丈夫さ。これでも一応、町内役員だからね」
「なんと!!」
「別に参加する必要ないだろう?」
亭主とタスク、二人が盛り上がってるところに突然、そう水を差したのはルカだ。どうも冷めた顔をしている。どうやらルカは乗り気ではないらしい。面倒くさそうにため息まで付いている。タスクはそんな彼を見上げて、眉を潜めた。
「何でです?いいじゃないですか、参加したって!何か不満でも?」
「…不満は別に無いが」
歯切れの悪い返事を返すルカ。何か言いたげなのか、迷っているように見える。だが、タスクはそこまで気を回してやる気にもなれず、面倒になってそっぽを向いた。
「じゃ、いいですよね!おじさん、参加します!」
半ば強引に返事を返すと、亭主は苦笑いを浮かべながらも快く応えてくれた。
「あ、ああ、分かった。ちょうど場所に空きが出てたから、そこを君に割り当てるよ。詳しくは当日の朝、説明するから、7時には広場にいてくれ」
「分かりました」
タスクは亭主から鍵を受け取りると、上機嫌で部屋へと向かって行った。対して、ルカは浮かない顔だ。また、ため息をついて、タスクの後に続く。背負った荷物がいつもより重いのは気のせいだろうか。
(…まだ、信用されて無いのか)
ルカはふとそんな事を思った。
彼は中々自分を頼ってくれないタスクに不満を感じていたのだ。
そもそも、旅人とは言え心配には及ばず、彼には十分な稼ぎがある。詳細は避けるが今は情報屋のような事をしていて、雇い主に世界各地の情報を届けているのだ。ルカの旅の資金や、必要経費はその雇い主が出している。更にそこに基本給が加算されるため、ルカにとってタスクの生活費を賄うことは苦ではなかったし、正直、タスクの故郷、ルークルに連れて行ってもらう許可が降りるのであれば、ルカはなんでもするつもりでいた。
「あ、染料足りない!作らなきゃ!」
だが、そんな人の気も知らず、タスクは薬を売ることに夢中だ。所々、つぎはぎの目立つ着物の袖を捲り上げ、鼻息荒めに意気込んでいる。その稼ぎで服でも慎重すれば良いのにとルカは思うのだが、調合に必要な道具や材料がそれなりにするようで、それ程羽振りがいい訳でもないらしい。
(余裕がないなら、金ぐらい出してやるんだけどな…)
もちろん、自立するために行動する事は決して悪い事じゃないし、寧ろいい事だ。
だが、今は共に旅をしているのだ。もう一ヶ月にもなる。旅は助け合い。困った時はお互い様が基本。それでも、タスクはルカからの手助けを相変わらず嫌がる。それは、金銭面において特に顕著だ。
例えば、タスクはこれまでも、各地を横断する汽車や空を繋ぐ宙船、そういった高価な交通手段を使うのを嫌がり、ルカが金を出すと言えば、もっと嫌そうな顔を見せた。
(結局、俺の奢りで飯をうまそうに食べてたのはあの一回切りだし……。なんでこう頑ななんだ、こいつ…)
タスクは部屋に入るなり、風呂敷を広げて、薬草を並べ始めた。そして、道具を取り出し、調合の準備を整える。こんな風に薬を扱っている時がタスクは1番楽しそうだった。ルカはそんなタスクを他所に、部屋の隅に背負っていた荷物を置くと、自らを投げ出すようにして、ベッドに身体を預けた。
「おや、お疲れですか?」
楽しそうに手を動かしながら、タスクが声をかける。ルカは呆れながらも、その背中を横目にみて笑った。
「ちょっとだけな」
「…?」
タスクは手を止めて、振り向いた。向かい側のベッドに横たわるルカ。彼は目を閉じて、旅装束のまま穏やかな寝息を立て始めた。
「……」
珍しいな、と思ったのだ。いつも宿に着けば、出かけるか、本や新聞を読むかするルカが、今日は着の身着のまま寝てしまっている。特に何もしないで寝るというのは、タスクが見る限りでは初めてだった。
(…相当疲れてるのかな?)
タスクはおもむろに立ち上がった。
*
目が覚めると、部屋はまだ薄暗かった。
遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。ルカはぼうっとした頭で、正面を見た。
向かい側のベッドにタスクが寝ている。でも、妙だ。ベッドの上なのに、タスクは野宿用に使っている小さな毛布を被って身体を丸めていた。
「…っ」
自分の方に視線を戻せば、清潔で暖かな布団がかけられている。どうやら、タスクが気を利かせて掛けてくれたものらしい。ルカは起き上がり、自分の姿をみて驚いた。
(このまま寝たのか…)
「んっ…ぅ」
向かいのベッドの上で寝返りを打つタスク。その隣にある机を見ると、薬を作るための道具や薬草はまだそのまま置いてあった。おそらく遅くまで作業をしていたのだろう。もしかしたら、まだ寝たばかりなのかも知れない。
そう思ったルカは、立ち上がり、自分に掛けてあった布団をタスクの上に掛けてやった。てっきりタスクはドライな性格だと思っていたのだが、案外優しいところもあるらしい。普段は太々しいのに、その寝顔だけ見ると、まだほんの子供のように思えた。
(たしか、17,8だよな?)
年齢にしては幼く見える。顔立ちも愛らしいし、少女と言われても違和感がない。よく今まで一人で旅が出来たものだとルカは思った。きっと、この薬の知識も、あの身のこなしも、自分の身を守る為に必死で身につけたのだろう。…いや、イツキが厳しく育て上げたのか。こうして、一人でも生きていけるように。
(…苦労してるんだろうなぁ)
ルカは机の上に置いてあった瓶を一つ手に取った。ラベルには試作品と書いてある。
(…ま、そう簡単に警戒心を解くのは難しいよな)
「ゴホッ、ゴホッ」
ルカは急に喉に違和感を感じ、咳き込んだ。心なしか寒気もする。
「風邪でも引いたか…?」
だが、立てない程ではない。それほど体調が悪いわけでもないし、睡眠は十分すぎる程取った。旅で洗濯物も溜まっているし、シャワーでも浴びに行こうと、ルカは部屋を後にしたのだった。
*
体を清め、服も洗い、洗濯物を部屋に干すと、ルカは外へ出た。朝日が昇っていて、澄んだ冷たい空気が頬を撫でる。北寄りなのもあるだろうが、もうすぐ初夏だというのに、ここの朝は肌寒い。ルカは少し身震いをすると、軽い運動も兼ねて街を走り出した。そして、配達をしていた新聞屋を見つけ出すと、今日の新聞を一部買い、広場へと向かった。ベンチに腰掛け、それを広げて隅々まで読み込む。空には朝イチの便だと思われる宙船が低い位置を飛んでいた。
「……」
新聞には最近のエネルギー事情、宙船や最新型の車のことも書いてあり、どこが何で儲けているのかなど、細かいことが書いてあった。
「魔導式…魔術の一般化を推進ねぇ…」
「エドワード様も懸念しておられました。」
「……」
しわがれた声が背後から聞こえてきた。だが、ルカは振り返る事はしない。彼らは互いに背を向けたまま、話し始めた。
「しばらく報告が無かったので連絡しろとのことです。例の子供、どうなりました?」
「…残念だが亡くなっているらしい。だが、代わりにイツキの弟子ってのと会って暫く行動を共にしてる」
「そうですか。先日、任務からお一人戻られた方が少女を連れて帰国なされましたが、やはり偽物だった様です。ハルバンの墓も裏が取れましたので、セルヴァール様もお早い帰還を」
「……そうか。だが、少し気になる事があってね」
「あの少年ですか」
「もう少し調べたいから待ってろと伝えてくれ。報告書は近日中に仕上げて送る」
「でしたら、これを」
肩から差し出されたのは黒くて軽い筒のような何かであった。大きさ的に筆入れのようにも見える。
「なんだ、これ?」
「専用の文書入れです。それと、中にはエドワード様からのお手紙が入っております。3日後取りに伺いますので、それまでに報告書を仕上げて下さい。では、私はこれで」
老人は立ち上がりその場を後にした。その背中は何処からどう見ても、街を散歩する年老いたただの男にしか見えない。
ルカはその背中を見送ると、また咳をした。
まだまばらだが、先程よりも通りに人を見かけるようになった。ルカは新聞をたたみ、歩いてきた道のりを戻って行った。
*
宿に戻るとタスクが丁度起きた所だった。まだ完全に開かぬ目をこすって、ドアの前に立つルカにふにゃりとした笑顔を見せる。
「あー、るかしゃん…さんぽですかぁ?」
「……」
適度についた寝癖。少しはだけた服の隙間から肩がだらしなく覗いていた。
「あ、ああ。新聞を買いに行ってた」
「そーですか」
ルカはタスクを何となくあまり見ないようにして、彼の前を通り過ぎ、窓を開けた。心地よい風が柔らかい日差しと共に部屋の中に入り込む。寝起きのタスクの顔はとっても不機嫌そうだ。
「遅くまで薬作ってたのか?」
「…んー、ええ。この前のお詫びにって、リドリーさんから面白いレシピ教えて貰いまして……」
まだ寝ぼけているのか、タスクは目を閉じたままルカの質問に答える。何故か妙な色気があった。
(いや、こいつ男)
ルカはため息をついて、昨晩タスクが作業をしていた机の前に立った。
「…面白いレシピって一体なんだよ?もしかして、これか…?」
ふと、薬学書の間に挟まっていた一枚の紙切れが目に入った。ルカはそれをそっと引き抜くき、目を凝らしてじっと眺める。小さい紙の中にびっちりと文字が書き連ねられている。
「これって……」
思わず苦笑いするルカ。タスクを見ると、彼は得意げな表情で笑ってみせた。
「へへ、惚れ薬ですよ〜」
「誰に売るんだよ?」
「そんなの決まってるじゃないですかぁ!街の女男どもにですよぉ」
「……」
タスクがおかしい。さっきまで寝起きで、不機嫌な顔をしていたのに、急に楽しげな表情で話し始めた。ベッドの腰掛け、子供のように足をゆらゆら揺らしている。
「…お前、その喋り方どうにかならんのか?」
「んー、喋り方、変ですかぁ…?」
今度は力の抜けた声で首を傾げる。
「…おかしいぞ。まさか…飲んだわけじゃないよなぁ?」
自分で作った効果の分からない薬を飲む…なんて事、やるわけないと思いたい所だが、タスクの場合それが無いとは言い切れない。なんたってあのリドリーと関わりがある人物なのだから。
タスクが立ち上がり、その反動で部屋にベッドの軋む音が響く。
ルカの背筋が凍る。タスクはゆっくりとルカに近づいてきた。先程とは打って変わって、その顔に感情というものは読み取れない。
「…タスク?」
「……」
心臓が強く打つのを感じた。タスクは無言のままルカに、一歩、また一歩と近づいていく。いよいよ、本当におかしくなってしまったのだろうか。タスクの黒い瞳にはルカの怯えた顔が映っていた。
「お、おい、あまり近づくな」
嫌な予感がして、距離を保とうと、伸ばした腕がタスクに掴まれてしまう。その瞬間、タスクは素早くルカとの距離を詰め、後ずさったルカの背は壁にぶつかった。心臓の鼓動が一気に早くなるのを感じる間も無く、逃げ場が無い所で、タスクの顔が迫っていた。
「おい!やめろ…っ!いっ!!」
抵抗しようとしたら、手首を軽く捻られる。しかし、タスクはそれ以上動かなかった。ただ、黒い瞳は相変わらずルカだけを見つめていた。
「………」
何もしないのか?そう思った束の間、タスクは、急に微笑み、囁くように言うのだ。
「飲んでたら…どうします?」
「は?」
バタンと大きな音を立て、タスクはその場に崩れ落ちた。さっきの事が嘘みたいに、彼は床に突っ伏して全く動かない。ルカは驚きのあまり、暫くの間、体が動かなかった。それから、恐る恐るしゃがみこんで、まるで死体のようなそれをひっくり返してみれば、タスクは気持ちよさそうに眠っていた。
「…何だよ、これ」
倒れたタスクの肩を抱き上げ、机を見る。
試作品と書かれた瓶が朝日を受けて輝いていた。
*
「ちょっと!!勝手に出店断らないで下さいよ!!」
朝食の席でルカがサンドイッチを頬張っていると、タスクがものすごい勢いで駆け寄ってきて、テーブルにバンッと両手をつき不満の声を上げた。そして、その勢いのままに正面に座ると、いつもの太々しい顔でルカを睨みつけてくる。ルカはそんなタスクに内心安心感を覚えていた。どうやら、もうすっかり目を覚ましたらしい。
「お前の薬は得体が知れない。出店なんて俺が許さん」
もう亭主から話を聞いたらしい。タスクのことだから、出店キャンセルをキャンセルしているに違いない。後でもう一度、出店はしない、というか、させるな!と亭主に釘を刺しておこうとルカは心に誓った。
「失礼な!ちゃんとした薬ですよ!それに、病気で苦しんでる人や、薬がなくて困ってる人がいるかも知れないんですよ?ルカさんは私のそういう“人の役に立ちたい!”って気持ちを踏みにじるんですか!?」
なんか尤もらしい事を言っているが、ルカにはそんな言葉、微塵も響かなかった。当然である。また、今朝みたいな事が起こったらたまったもんじゃない。
「何が気持ちを踏みにじるだ!得体の知れない旅人の薬を誰が買いたがるんだよ!!兎に角、出店を出すのは無しだ!!」
「私の薬が売れないって言いたいんですか?」
「…端的に言うとそうだ」
「そんな事ありません!!」
タスクはテーブルに手をついた。そして、指を順番に折りながら、売ろうとしている薬をあげ始めた。
「私だって考えたんですよ!?ただの薬じゃ売れないと思って、髪染めに、爪用の染料とか、育毛剤とか…それに新しい薬まで作ったんですから!!」
「ぶっ!!」
飲みかけのコーヒーを吹いてしまった。ルカは慌てて、溢れたコーヒーを拭ったが、中に着ていた白いシャツはシミで台無しだ。
だが、それよりも問題なのは、タスクの方だ。というか、その新しい薬が1番問題なのだ。
「…なぁ、頼むから店を出すのは辞めろ」
真面目な顔をしてタスクを説得しようとするルカ。タスクはそんな彼をどこか冷めた目で見ていた。
「どうしてそんなに頑ななんです?」
タスクはルカを真っ直ぐ見ている。痛いほどの視線を感じながら、ルカは重い口を開いた。
「…被害者が増える」
「被害者?」
「だーかーらー、お前のあの試作品だよ。惚れ薬なんて妙なもん作りやがって!」
「え!もしかして、効果あったんですか!?」
嬉しそうな顔と声。怒るルカに対して、タスクは喜びの表情を見せる。ルカには何がなんだか分からなくなって、眉を吊り上げた。
「効果あったって…覚えてないのか?」
「…え?」
呆気にとられたその顔は、タスクが本当に覚えていないという事を証明していた。
それを「信じられない」と、言わんばかりの顔で見つめ返すルカ。そんな風に見つめられれば、タスクの脳内では様々な憶測が飛び交い、その顔はみるみる赤くなっていく。
それからタスクは、両腕をガッチリと交差させ、自らの身を守るように、体をギュッと丸めこんだ。
「もしかして…ルカさん、私に何か……」
タスクは何か良くない方向に考えている。ルカも焦って手を伸ばした。
「おい待て—」
「け、ケダモノ!!」
立ち上がり、叫ぶタスク。ルカも思わず声が大きくなってしまった。
「あらぬ誤解をするな!!何もしてない!!」
「……」
タスクは相変わらずギュッと身を固めたまま、黙り込みルカを睨んでいる。事の審議を見極めているようだった。
流石にルカもこれには嫌気が指して、深いため息を漏らした。だって被害を被ったのはタスクではなく、ルカの方なのだから。これ以上付き合う気にはとてもなれない。
「…はぁ。座れよ」
「……そうですね」
なんだかんだで、疑いながらも、タスクは素直に席に着く。そして、サンドイッチを手にし、ケロっとした口調で話し始めた。
(いや、それ俺のサンドイッチ…)
「まぁ、私の体にどこも異常が無いですから嘘では無いみたいですね」
「…嫌な分析の仕方だな」
「ともあれ、効果があったのは良い事です。リドリーさんから教えてもらった配合なので心配だったんですよねぇ…。で、効果はいかほどでした?」
こいつ、無神経にもほどがあるなと、ルカは思わず苦笑いした。
「…もう一度、聞くが…本当に覚えてないのか?」
質問を質問で返すルカ。タスクには彼がまだ少し怒っているように見えた。何故、そんな些細な事でこんなに不機嫌そうな顔をするのだろう。そんなことを考えてみるが、残念だが、その理由はタスクの知るところでは無い。タスクが首を傾げると、ルカは口をへの字に曲げて、僅かに残ったコーヒーを全て飲み干した。
「今朝の事だぞ?」
「んー、なんか朝、寝ぼけてルカさんと話した記憶は、ぼんや〜りありますけど、それ以上は特に何も…?」
「はぁ…」
おっと。今までで1番深いため息がルカの口から漏れた。タスクはルカを、もっと不機嫌にさせてしまったらしい。
(あれを覚えてないとか、こっちがどんな思いをしたと…)
そんなルカの思いなど、タスクはつゆ知らず、少しも反省した様子がなく、また笑顔でルカに尋ねるのだ。
「で、どうだったんですか?」
「…しらねぇよ。何で俺に聞くんだ」
「だってルカさんには記憶、あるんですよね?」
そっぽを向いて黙り込むルカ。ついに彼はタスクと目を合わせようとしなくなった。空かさず、彼を覗き込むタスク。ルカは顎を引いて、「やめろ」と睨んだ後、またそっぽを向く。しかし、タスクは「教えて下さい」と、しつこく食い下がる。お陰で二人は再びすぐそばで見つめ合う事になったのだが、そのせいで、その黒い瞳と今朝方のタスクの顔がルカの脳内で重なってしまった。
飲んでたら…どうします?
「っ………!!!」
あれは…エロかった。
(……いや、こいつ、男)
「…い、言えるか、くそ」
頬の筋肉が突っ張るのを感じる。なんだか歯切れの悪い返事をするルカに、タスクは眉をひそめた。
「えー、それは困りますよ!!」
「…」
あっけらかんとそう言うタスクの目は「この使えないヤツめ」と言わんばかりの感情が込められていた。何も知らないからこんな風で居られるのだ。こんなに腹立たしく、面倒くさいことは無い。もういっそ本当のことを言ったらどうなるのだろうか。それは、ルカの気まぐれというか、仕返しのつもりでもあったのだ。このままでは、自分ばかりがかき乱されているようで性に合わない。タスクにも一泡吹かせてやりたいと、思ったのだ。
だから、ふと、さりげなく、目の前にある小さな顎の手を添えてみた。
「え?」
「なんなら今、つづきをしてやろうか?」
黒い目が点。途端に、添えた左手が勢いよく弾かれた。
「なっ!!」
立ち上がり、顔を真っ赤にするタスク。言葉が出てこないのか口を金魚みたいにパクパク動かしている。ルカはタスクのその過剰な反応に一瞬驚いたのだが、すぐにニヒルに笑みを浮かべた。こいつでもこんな反応もするのかと、急に得意な気分になったのだ。
「じゃあ、俺は先に行くから。お前はゆっくり食べてろよ」
ルカは立ち上がり、早足にカフェから出て行った。と、思えば、去り際にふとタスクの方を振り返る。「勝った」と言わんばかりの笑顔が実に腹立たしい。そんな彼は、まだ耳を赤くするタスクに向かって呼びかけた。
「おい、言い忘れたが…自分で実験するなんてどうかしてると思うぞ。もっと自分を大事にしろよな」
彼はそう吐き捨てて、店を後にする。独りとり残されたタスクは、それを拍子抜けした顔で見守り、まるで、力が抜けたように、再び椅子に座り込む。
「…」
そしてまだ食べかけのサンドイッチを力の入らない顎で、ゆっくりと頬張った。
「…自分を大事にしろ、って。…してますけど?」
ルカに言われた言葉が頭の中で引っかかる。
というか、タスクからしたら、ルカはタスクの事よりも自分の心配をするべきなのだ。
「ほんと、何言ってるんだろう?」
だって、昨日の夜、ルカに惚れ薬の試作品を飲ませたのは他の誰でもない、タスクなのだから!!
(うーん。まあ、良く分からないけど、あの薬、一応本物だったてことね…。いや、それより、なんだ今の)
急に脳裏にルカの先ほどの真剣な顔が蘇ってきて、タスクは思わずテーブルに突っ伏した。耳が、顔が熱い。ガチャンと音が立ってしまったせいで、隣の席のおじいさんと、近くを歩いていた店員さんが驚いた顔でタスクを見たのだが、タスクはそれに気づかなかった。
「くっ、からかいやがって…あー、なんでちゃんと起きてなかったんだろぉー、うーん」
正直、彼が何について言っていたのか分からない。おまけに、ルカとの間に誤解が生じてしまっているような気がする。困ったものだが、考えてもみれば、タスクの方には異常がないのだ。
(ひょっとして、ルカさん、薬のせいで幻覚でも見たとか…?うむ、ありうる)
タスクは勢いよく顔を上げ、朝食についていたコーヒーを一気に飲み干した。隣の席のおじいさんはやっぱりまた驚いた顔をしていた。
「何はともあれ、効果はあったみたいだし、売っちゃぉー!!ルカさんをどうにかすればいいや」
タスクのこころは踊りに踊っていた。
*
まさか自分が薬を盛られていたとは知らないルカは、眉間に深い影を落とし、睨みながら宿までの道を早足で歩いていた。
「なんなんだ、あいつ…」
街行く人がルカをあからさまに避けていても御構い無しだ。彼は今にも人一人殺しそうな顔つきで歩いていたのだが、当然ルカ本人が気付くわけなかった。
「迷惑ばっかりかけやがって…。自分を実験台にして、他人を巻き込んだ上に記憶ないとか、どう言う神経してんだ」
そして、気づく。
そもそもタスクは普通じゃなかったのだ。そう、まさに、リドリーと同じ、自分で自分を実験台にするような薬馬鹿なのだ。
と頭の中で悶々とするルカであったが、当然、本当は薬を盛られたのは自分であることに彼は気づかない。
(あんなもん、売りになんか出せるかよ…)
ふと、今朝の事が脳裏をよぎる。ルカは咄嗟に、街角の壁に自らの頭を殴りつけたが、血が出ただけで、記憶は飛んで行かなかった。通りの群衆の足音が一瞬、離れた気がしたが、またすぐに平和な日常を進み始めた。
「くそっ」
当然である。頭を打ったところで記憶が無くなるわけないのだ。寧ろ打てば打つほど、ルカの脳内では、あのまん丸の黒目が妖艶な光を帯びて、自分を見上げてくる始末だ。あの時どれだけ焦ったか、タスクに思い知らせてやりたい。と、そんなことを思う一方でそれを知られたくないともルカは思う。
だってあんな子供に、しかも男に、不覚にも見とれてしまったなんて、死んでも認めたくない。
(恐ろしい薬だ…)
新たな扉を開いたらどうだい?
昔、まだ幼いルカに対して、そんな事を言ってきたオヤジがいた。あの時は嫌悪感から逆に返り討ちにして憲兵に突き出してやったが、今はルカ自身があのオヤジと同じ立場に立たされている。そうか、あいつ、こんな気持ち…いいや、同じ場所に立ちたくない!!立つな、おれ!嫌だ嫌だ嫌だ!!
(あんなオヤジの気持ちなんか、分かってたまるか!!)
そう?残念。自分を解放するのも大事なのに。きっとあの子も、君に気があったからあんな風に——
(あああーー!落ち着け、別のことを考えろ、考えろぉー、おれぇえ!)
脳内で、都合の良いような発言をするあのオヤジの影。ルカはそれが消えてくれることを、ただひたすら願った。
「…そっか。薬を作れるのが問題なんだ」
そして、最も単純かつ極端な答えにたどり着く。ルカは深く考える事をやめた。あんな薬をこんな情報が流れやすい街で、タスクに売らせるわけにはいかない。人の役に立つならいざ知れず、いい事に使われる事なんて殆ど無いはずだ。惚れ薬なんてものを買う奴に、ろくな奴居ないに決まってる。薬だけ捨ててもタスクは売れると分かれば、また作るに決まってる。ならばいっそ、タスクの薬道具をさっさと取り上げてしまおう。
そうと決まればと、ルカは足早に宿へと戻った。
宿屋の入り口で植物の世話をして居た亭主を素通りし、大急ぎで泊まっている部屋へと向かう。扉を勢いよく開けはなつと、黄色い目が四つ。何故かそこには猫と鳥が居て、たいそう驚いた様子でこちらを見ていた。
「…え?」
次の瞬間には、まん丸なお目目をしたそいつらは窓から飛び降りて、一目散に街へと繰り出した。慌ててルカが部屋の窓へ駆け寄ったが、そこから見える景色には、もうどこにも猫も鳥の姿も無い。
「逃げられた!!」
振り返ると、昨日タスクが作業をしていた机の上は、物がすっかりなくなっていた。
逃げた猫が咥えていたのはタスクの持つ不思議なカバン。鳥が持って行ったのはタスクのマントだ。あの2匹はタスクの差し金でここに乗り込んできたのだろう。
「…あいつ、今夜戻ってこない気だな!?」
ルカはすぐさま部屋を後にし、玄関先へと向かった。廊下を一目散に駆ける姿は他の宿泊客も思わず目で追ってしまうほどの速さであったのだが、階段を駆け降りたところで、ルカはその足を急に緩めた。
宿屋の主人が玄関先の植木鉢に水やりをしている。そして閃いたのだ。何もタスクを止める必要はない。もっと簡単でお手軽なアプローチの仕方が、こんな所にあるではないか!と。
「あの…」
「ああ、お客さん。おはようございます。…あれ、お連れ様と一緒じゃないんですか?先ほど、『絶対に出店する』って言って、お客さんを探しに出て行かれましたけど」
「いや、さっきまでは一緒だったんだが…じゃなくて!!」
穏やかな亭主のペースに乗せられそうになる。ルカは緩みそうになる気を再び引き締めて、穏やかに微笑む亭主に強く訴えた。
「あいつを市に出しちゃダメです。ろくなもの売りません!!」
「え…ええー!また、ですか…。一体どっちなんです?」
流石に戸惑う宿屋の亭主。ブリキのジョウロから少しだけ水がこぼれた。
「あいつが売ろうとしてる惚れ薬は強力で、ゴホッゴホッ!!」
説得に力み過ぎたのか、むせ返るルカ。あまりの咳き込みように亭主も心配して、声をかけてきた。
「だ、大丈夫ですかい?」
「ゴホッ…え、ええ、お構い、なく。」
咳が止まらないルカは亭主の手を煩わせまいと、彼の伸びてきた手を拒むが、急に世界が反転し、途端に立っていられなくなった。ルカは膝から崩れ落ちて、半分亭主にもたれかかった形で倒れてしまった。
「お、お客さん!?一体どうして…って、こりゃいかん!すごい熱だ!おい、おーい!」
亭主が店の奥に向かって声をかけると、受付の奥から女性のスタッフが現れた。そして、玄関先で倒れるルカを見るなり、彼女は状況を把握したのか慌てて受付前にある電話機を手に取った。
「いま、お医者様をお呼びします!」
「頼む!おい、ミラルド!!ミラルドー!!」
亭主の叫び声が大きくなる。ルカは朦朧とする意識の中でなんとか立ち上がろうとするが、力が入らず、結局亭主に寄りかかったままだ。
「なんだよー、うるせぇって、何!?どうしたの!?」
ミラルドと呼ばれた生意気そうな青年がひょっこり中庭から顔を覗かせる。
「どうしたのじゃない!見ればわかるだろう?病人だ。部屋に運ぶから手伝ってくれ!」
「お、おう、わかった!」
ミラルドという青年は、それ程体格は逞しくは無いものの、若いだけあって、長身のルカを支えるくらいの力は持ち合わせていた。ルカの腕を自らの肩に回させ、腰に手を伸ばし、なんとか立ち上がる。もう片側には亭主が付き添って、ルカの部屋へとゆっくり向かった。
ルカは意識が朦朧としていて周りが殆ど見えていなかった。足元はふらつき、ミラルドと亭主の支えが無ければ立つこともままならない。呼吸は早く、荒くなり、苦しさが増す一方だ。
「こっちだ、ゆっくり寝かせろ」
「りょーかい」
やっと部屋につけば、ミラルドと亭主は丁寧にルカをベッドへ寝かせてくれた。
「凄い、熱だ」
亭主が再び、横たわったルカの額に手を当てて言う。
「お客さん、お連れさんはどこにいるか分からないのかい?」
「…っ…い、まは…分から、ない」
荒い呼吸を繰り返す中で、ルカの返事はやっと、という所だ。亭主とミラルドは目を合わせるとため息をついた。
「取り敢えず、医者は呼びましたし…お連れさんは帰ってくるの待つしかないですね」
ミラルドが肩を落としていうと、亭主も頷いた。
10分ほど経って、やっと先程呼んだ医者が到着すると、彼は早速ルカの診察を始めた。
相変わらず、ルカの呼吸は早く、苦しそうだ。体温も高くなり、顔は真っ赤になっている。亭主は気を利かせて、医者が診察する傍ら、氷袋をルカの額へ当てがった。
「うーん、喉の腫れは少しだが…」
医者は難しい顔をしている。
「…風邪の症状にしてはちと、重いなぁ。…まぁ、疲れが出んだろうな。安静が1番だろう」
「そ、そうですか」
医者の言葉に安堵する亭主。それを見て、ミラルドも同じように胸を撫で下ろした。
「人騒がせなお客さんだぜ…」
「何はともあれ、良かった。…あとはお連れさんの帰りを待つのみだ」
亭主は立ち上がる。医者は道具を鞄にしまい、帰る支度を整えていた。そして、「では、私はこれで」と足早に去っていく。亭主とミラルドはそれを見送ってから、顔を見合わせた。一件落着だが、彼らには今日の仕事が山積みなのだ。
「…明日の自由市、大丈夫なのか?確かこの部屋の人が出るんだろ?名簿見たけど…」
「ああ、出るのはお連れさんの方だからこの人は大丈夫だよ」
「そっか。じゃ、俺たちも早く戻ろうぜ」
「そうだな。最終調整に行く時間だ」
二人はルカのそばに水差しと置き手紙を置くと、足早に部屋を後にしたのだった。
そうして、ルカは一人、苦しみに耐えながらも、夢の世界へと沈んで行った。
*
一方、ルカが大変な事になってるとは全く知らないタスクは街の外れにあった噴水場の近くに布を広げ、一人明日の準備に明け暮れていた。
「きょーは♪のーじゅーくのーじゅーくー♪」
呑気に歌なんか歌っちゃってご機嫌な様子。タスクにお使いを頼まれた、猫や、鳥もその側で、それぞれの仲間とリラックスした様子で戯れている。側から見るとそれは何だか妙な光景だった。化学実験をする謎の人物の周りで動物たちが寛いでいる。
「ままー、あれ、みてー!」
「こら、みちゃダメ!!」
親子が通り過ぎるのも完全無視。タスクは久しぶりの一人を満喫していた。そして、結局、タスクはその日、宿には帰らなかったのだった。
*
明け方、市が開催させる広場に行くと、町中の男どもが集まり、簡易屋根の建設作業を行なっていた。タスクはその光景を邪魔にならないように見学していると、聞き覚えのある声に呼び掛けられた。
「お客さん、随分早いですね」
「あ、おじさん。今日は宜しくおねがいします!」
宿屋の亭主が手を振ってこちらに向かって来る。タスクはそれに気がつくと慌てて頭を下げた。亭主は「こちらこそ」と笑顔で返してくれたのだが、どこか不安そうな、困った顔をしている。
「いや、昨日は大丈夫だったかな?お兄さんの具合、どうだい?」
「お兄さん…の、具合?」
お兄さん、というのはきっとルカの事だろう。亭主はタスクとルカが兄弟か何かだと思っているのだろうか。
「別に…平気でしたよ?」
惚れ薬はほんのちょっぴり飲んだ(飲ませた)けど、朝食の時間に会話をしたルカはいつも通りで、特に変わったところは見られなかった。別に具合は普通だと思うのだが、何故この亭主はそんな事、聞いてくるのだろうと、タスクは疑問に思って首を傾げた。
「そうか、なら良かった。それじゃ。」
「あ、ちょ、」
亭主はタスクの返事を聞くなり、タスクが引き止める間も無く、笑顔で作業中の人混みに紛れていく。
「私はこっちで準備があるから、何か困ったらその辺の人に聞いて!もう店の準備始めていいよ!場所は地図に書いてあるから確認してー!」
大きな声が遠くから響く。タスクは呆然としていた。亭主に質問できなかったのは仕方ない。彼はほかに沢山仕事があって忙しいみたいだ。
(ま、いっか。準備しよー。
そんなこんなで、亭主に言われた通り、自分の売り場の確認をして、店の準備を始める。タスクの後から準備にきたお隣のお店は食器屋と、ジャム屋だった。どちらも気さくな人で、タスクに町のことや、この自由市の事を教えてくれた。そんな楽しい雰囲気の中、徐々に各店が集まり、それぞれ、開店し始めると、お客さんの姿がちらほらと見え始めた。
「はい、これ。選別」
突然、横から差し出されたのはパン。差し出した主はお隣のジャム屋のお姉さんだった。
「わ、ありがとうございます」
タスクはそれを受け取り、パンを早速口にすると、甘酸っぱい香りと爽やかでクリーミーな味わいが口いっぱいに広がった。そういえば、まだ朝食をとっていなかった。食べた瞬間に、思い出したように食欲が湧いてきてまた一口、一口と、大きな口で頬張った。
「お、美味しい!」
「いい食べっぷりね!」
お姉さんは笑顔で答えた。
「これ、なんのジャムですか?」
「レモンクリーム」
「凄く、美味しいです!!」
最後の一口をパクリと食べてタスクは答えた。お姉さんはとっても嬉しそうに得意げに笑う。
「そう言ってくれて、嬉しいよ!うちの自慢の味なんだ」
そんなやりとりを見ていた通りすがりのお客さんが足を止めた。なんとなくジャム屋のお姉さんと目を合わせる。
「試食していきます?」
お姉さんの言葉につられて、すこし考えた様子の客はジャムの乗ったクラッカーを一口で頬張った。難しい顔をしていた客から幸せそうな笑みが零れると、彼は迷わず、二つの瓶を購入し、満足そうな顔で去っていった。
「あんたのおかげね。宣伝ありがとう!」
ウインクをするお姉さんに、タスクは少しだけ照れる。
「えへへ、私もちゃんと売らなきゃですね」
お昼になる頃には、市場は沢山の人でごった返していた。
*
「薬屋?大丈夫なの?」
賑わう通りで、一人の客がタスクの店の前で足を止めた。まぁ、当然の反応だった。タスクの店はある意味、どの店よりも目立っていて、とても浮いていたのだ。だって、干し草をそのまま打ったり、怪しい色の瓶や何の粉が入ってるか分からない、油紙の包みを販売してる店なんて他に無かったからだ。
「大丈夫ですよ。一応、各国でも薬師として証明書を貰ってます。ほら」
売り台の上には例の身分証の束をぶら下げていた。その数の多い事。外国との関わりの多いこの国の人なら何となく分かるだろうと、タスクはそれらを柱に宣伝がわりに頑丈に括り付けていた。客はその束に触れて、じーっと見つめ、触って感触を確かめながら、本物かどうかを見極めた。
「…すごいなぁ。どうやって盗んだ?」
「盗んだなんて人聞きが悪いですね。信用できないなら、試してみます?」
「そんな怖い事出来るか」
「じゃあ、薬草ならどうですか?束で買うなら安くしますよ」
「ほう…。じゃあ、腹痛に効くものをあるだけ見せてくれるか」
「わかりました。ちょっとお待ち下さい」
タスクはぱっと立ち上がり、奥の簡易干竿に吊るしてあった薬草の束たちの中から、一本ずつ薬草を引き抜いて、客の前に5本の草を並べた。
「右からサルマ、ドゥナ、バラ、カラバリ、タタリです。どれにします?」
客は5本の草を見つめると、タスクに尋ねた。
「どう違うんだ?」
「サルマは胃腸薬で、食べ過ぎた時に。お通じもスムーズに出してくれる効果もあるので、便秘の方にもおススメです。ドゥナは下痢にバラは便秘に効きます。胃がキリキリする時はカラバリ。タタリは鎮静剤。茎を斜めに切って口に加えるだけで気持ちが和らぎますよ」
「悪くない」
「ありがとうございます」
タスクは得意げに笑って返すと、客もニヒルに笑って返した。
「タタリをもらおう。1束に何本入ってる?」
「だいたい30ぐらいです。1束20ネミン」
「…そうだな、そしたら、取り敢えず3束もらおう」
「お、ありがとうございます!」
「安くなるか?」
「んー、じゃ、オマケして55ネミンで良いですよ。」
タスクは干して茶色になった草の束、三つを紙に丁寧に包んで、それを客に渡した。
「まいどありがとうございます。」
「ああ、またこの街に来た時は教えてくれ。ワシの店、ナーフル通りにあるから」
「はい!」
ようやく客の笑顔が見れた。タスクは安堵して元気よく答える。やっぱり、彼はこの街の薬師だったらしい。「あまり、怪しいものは売るなよ、腕は確かみたいだが…」と去り際に釘を刺されたが、そのおかげで近くにいた若い人がタスクの珍妙な薬に興味を持ってくれた。今度は髪染めと爪用の染料が4つ売れたのだ。
「順調に売れ始めたね」
お隣のお姉さんも心配してくれていたみたいだ。安堵の表情でタスクに声をかけてくれる。
「良かったです」
そうして、口コミが口コミを呼び、タスクの店は若者達が押し寄せ始めた。特によく売れるのが、爪の染料と髪染めだ。あまりの売れ行きに隣の食器屋のおばさんが興味本位で買ってくれ、早速、それを試してくれた。そのおかげで、おばさんの爪を見たお客がタスクの店に興味を持ってくれる。いつの間にかタスクのお店は大人気の話題店になっていた。
「珍しいもの売ってるお店ってここ?」
「…珍しいかは分からないですけど、面白い薬はありますよ」
「私、髪染め剤があるって聞いたんだけど」
「ああ、それなら、ここに。もうだいぶ売れちゃって、残ってる色は水色と、赤と、緑、ピンクですね」
「何でそんな変な色ばっかりなの?」
女性は不満そうに尋ねた。
「いやぁー、なんか、面白いかなって。人には無い色ですし。黒、茶、金は全部売れちゃったんですよね」
「あら、残念だわ。うーん、少しイメージを変えたいなと思ったのだけど」
「水色とかダメですか?」
「奇抜すぎよ」
タスクにダメ出しをする女性。まあ、確かに奇抜だとは思うが、タスクの感性から言わせれば別に変な色では無いと思うのだ。
「そんな事ないですよ。薄めて、かなり淡い水色にしてあげれば、光の加減で変わって見えますし、お嬢さんの金髪もより美しく見えると思いますよ」
「そうかしら?想像できないわ。」
「そうですねぇ、お嬢さんの髪なら、こう、北の妖精さんっぽくなると思うんですけど…」
「あら、あなた面白い事言うのね」
「あはは、まぁ、…ぽくって感じですけど」
「そこまで言うなら買ってみようかしら。どのぐらい薄めれば良いの?」
「んー、そうですね。この瓶一つだと多いから分けてさしあげますよ。その分、お代も安くさせてもらいます」
「あら、じゃあ、試しに2回分くらい買っていこうかしら」
「分かりました。今、油紙に分けますね」
そう言って、タスクは油紙を器の形に折り、そこに少量の染料を流し込んだ。
「器用ね」
「慣れてますから。この中身、半分で1回分です。使う時はコップ一杯の水と混ぜて、泡だててから、櫛を使って髪の毛全体になじませて下さい。10分程置いて洗い流せば染まってると思います。長くおけばより濃く色が出ますよ。もし、使うのが怖いって時はまずは毛先だけで試して下さい」
「ありがとう」
女性はタスクから小さな油紙を受け取ると、恥ずかしそうにして、店を去っていった。
そんな感じで順調に売れる中、店の片隅でひっそりと売っていた例のアレがやっと注目を浴びた。
「惚れ薬って…まじ?」
「ちょ、めっちゃウケるー!」
そんな会話をしたのはいかにもなカップルだ。どうやら最初からタスクの店のものを買うつもりは無いらしいと言うことは分かる。
「これ効果あんの?」
「あるみたいですよ」
タスクは素っ気なく答えた。買う気のない客は面倒ごめんである。というか、買う気がなくても、この客は面倒な気がしていた。
「みたいですよって…何だそれ?分からないのかよ!」
「教えられたレシピで作ったものなのでなんとも…でも効果抜群みたいです」
「へぇ…いくら?」
「一滴10ネミン」
「たっか!!しかも滴売りかよ!」
若い男女はタスクを馬鹿にしたように罵る。そして笑い声をあげた。タスクはそんな彼らを冷ややかな目で見ていた。
「あははは、面白そうだ。お前、一滴試してみろよ」
男の方がパートナーの女に面白半分でそんな提案をした。
「えー、なんでぇ。私?」
短くて布の少ない服が女性の体のラインを露わにしていた。彼女が娼婦やそう言った類の女である事はタスクも何となく気づいていた。この男に本気で惚れているわけでは無いのだろう。
「うるせえな。お前が遊ばないようにだよ。他の男とこれ以上関係持たないか試してやる」
「えー、私のこと信じてくれないのぉ?エイちゃんの意地悪ぅ〜」
そんな事言う割に全然反省した様子がない。それどころか、寧ろ二人は楽しそうだ。男の方も所詮遊びの関係なのだろう。
「ほら10ネミン」
男は財布から取り出した金を乱暴に売り台の上に放り投げた。タスクは冷静にそれを受け取ると、席を立ち、片隅にひっそりと置いてあった瓶を手にした。
そして、小指ほどの小さな瓶を用意して、そこに、惚れ薬を一滴垂らそうとした時だった。
「めんどくせぇから、そのまま飲んじゃダメなのか?」
男の提案に、一瞬考えるタスク。確かに今すぐ試すなら良いが、女性の口に直接瓶を近づけるのは如何なものか。
タスクは用意した小瓶を再びしまい、惚れ薬の瓶だけ持って、女性の前に立った。
「…では、手のひらを出して下さい」
「え、なめろってこと?やーだー、汚ーい。」
おめぇーに言われたくないわ。
と思ったのは内緒だ。タスクはため息を吐いて、仕方なく隣のジャム屋のお姉さんに声をかけた。
「…お姉さん、クラッカー、一枚、貰っていいですか?」
「あ、ああ、良いけど…大丈夫なの?それ」
戸惑いながらお姉さんは一枚クラッカーを渡してくれた。ジャム屋に来ていた客も、タスクたちのやっていることが気になって仕方がないみたいだ。試食用に貰ったジャム乗りのクラッカーを摘んだまま、こちらをガン見している。
「ええ、試してみたいそうなので」
タスクは貰ったクラッカーの上に惚れ薬を一滴垂らした。水滴はじんわりとクラッカーにしみていき、クラッカーは微かにピンク色に染まった。
「はい、どうぞ」
女性は恐る恐る、それを手に取り、口にする。端っこだけ噛んで首を傾げた。当たり前だ。そんな薬が染み込んでないところを食べたって効果があるわけない。
「全部食べろよ」
男にそう言われて、戸惑いながらも頷く彼女。意を決したのか、残りを一口で頬張り、よく噛んで、それから飲み込んだ。
「…」
「どうだ?」
「う、ゴホッ、ゴホッ…むせた。水欲しい」
「あ、まってて、今、ほら」
心配して様子を見ていたジャム屋のお姉さんが、親切にもコップに水を分けて渡してくれた。女性は慌ててそれを受け取り水を飲み干す。
「んっ…はぁ、ありがとうございます」
空になったコップを受け取って、タスクは異変に気がついた。女性の顔が赤い。
「あら、思ったよりも効果早いですね」
「ええ!?」
男が慌てて、女の両肩を掴んだ。ぐったりと力の入らない彼女。そして、女は男にもたれかかった。タスクの店の周りにいた客はその光景に皆興味深々だ。頬を赤くして彼女たちを目の端で見守っている。
「…ぁ、あつい」
「ふえ!?」
女性の色っぽい声に間抜けな声を上げるパートナー(仮)の男。寄りかかられて、よっぽど嬉しいのか男の方も顔が真っ赤だ。
「ね、ねぇ、もう、お家、帰りたい…なぁ?」
腕を大胆に回されて、そんな甘い声で囁かれたら誰だって目のやり場に困る。タスクも思わず、彼らから顔を背けて、仏の表情を浮かべた。そんな異様な空気感の中で、男はとても興奮した様子で、荒い息を吹かせながら女を抱きかかえた。
「お、おう!じゃあ、もう、帰ろう!なっ!?じゃ、じゃあな!!」
男は、ほとんど歩けない女性を抱きしめ、慌ててその場から去っていった。ちゃんと、抱き上げられなくて、彼女の足はほぼ引きづられている光景は、とっても間抜けなものであったが、本人が幸せなら良いだろうと、タスクは生暖かい視線で彼らを見送ったのだった。
「お幸せに〜…」
これっぽっちも心に無い言葉を投げかけて、タスクは異変に気がついた。
「あ、あの、10滴!!」
差し出された100ネミン。耳まで真っ赤にして、顔を伏せる少女。…の列がタスクの店から伸びていた。
「意外と女の子の方に人気があったか」
それから惚れ薬は飛ぶように売れ、タスクの売り上げは上々だった。一人で店を切り盛りするのは大変だったが、それはタスクにとってこの上ない嬉しい忙しさであった。
なんたってこんな風に薬が飛ぶように売れるなんて滅多にない事なのだから!
「えへへ、やったお金持ち!」
タスクの懐は収まり切らないくらいの金で溢れていた。
(リドリー先生、珍しく良いレシピ教えてくれてありがとう!!)
天に向かってリドリーに感謝する。惚れ薬と聞いた時はかなり胡散臭い上、レシピを見れば大量の材料を必要とする割に、少量しか抽出できないクソみたいな薬だと思っていたが、蓋を開けてみたら最高だ。
(まぁ、惚れ薬っていうか、結構ヤバめな薬だよなぁ)
ふと、そんなどうでもいい事を思った。実際客は満足して帰っていくし、数時間経った頃には、薬を買ったお客さんが、幸せそうに店の前を通り過ぎて行くのを見かけ、改めて効果の絶大さを知ったのだ。
「うへへ……ん、待てよ」
幸せな物事には裏がある。こんな幸せでいいのか?と疑問が湧いた所で、タスクは今まで忘れていた事を急に思い出すのだ。
(あれ?ルカさん…大丈夫か?)
彼が飲んだのは一滴を水で薄めた分の一滴。効果はそれ程ないと思う。…いや、思いたい。だって、昨日の朝は大丈夫だったし。しかし、これだけ強力だとあの量でも相当な効果があるのではなかろうか。
…本当に覚えてないのか?
ルカのその言葉が頭の中を駆け巡る。タスクは唾を飲み込んだ。
(………待って!!!本当に覚えてないのかって何!?覚えてないですけど!!覚えてないのかって何!!!え!?昨日の朝だよね?寝てたからなんか、ちょっとそれっぽい夢を見たとかではなくて?え?ちょっと待って、どう言う事だ!?)
接客していたタスクの手が急に止まって、お客さんは首を傾げた。
「あ、あのぉ…?」
(もしかして、今朝、おじさんがルカさんの体調を聞いてきたのって…!)
突然立ち上がったタスクに少女は驚いた顔を見せた。
「すみません、もうお店閉めます」
神のお告げでも受けたような突然の行動に、長く列を成していた客たちは唖然とした。
「えっ!?」
「この方で最後にさせて頂きます!」
「はぁ!?ふざけんじゃ無いわよ!!どんだけ待ったと思ってんの!?」
その瞬間ブーイングの嵐が起こった。だが、タスクはそんなの気にもとめず、さっさと小瓶に薬を移して、それを最後の客に渡し、店の品物を片っ端から片付け始めた。
「ちょっと急にどう言うつもり!!」
「すみません!うりきれです!」
タスクは布製のカバンに無造作に次々と薬草の束や瓶を詰め込んで行く。一体あの量がどうやってあの大きさのカバンに入ってるのか、客たちはその珍妙な光景を不思議そうに見つめていたのだが、それよりも彼らの興味は惚れ薬の方にあった。
「売り切れって…まだあるじゃない!!」
「すみません!もう売れないんです!ごめんなさい!」
あっという間に店のものは片付き、残ったのは作業台だけ。タスクはマントを被り、カバンを肩にかけた。
「それじゃ!」
となりのお店のお姉さま方にかるーく挨拶を済ませ、タスクは人混みを素早くかき分けて走り出した。
「ちょっと!」
タスクを追うものも数名いたが、沢山の人に揉まれ、皆悪戦苦闘している。当然荷物を抱えているタスクも同じであった。人にぶつかっては謝り、そして、かき分けて先へ進もうとする。
「ま、待ちなさいよ!!」
「うわっ!」
前からも後ろからもそんな声とともに腕が伸びてくる。彼女たちはタスクのマントやカバンの紐を掴もうと必死に手を伸ばす。タスクはなんとか避けようと右往左往しながら道を抜けていった。
「待ちなさーい!!」
「待ってくれ!どうしても、その薬が!」
「なんだ、なんの騒ぎだ!?」
タスクと薬を求める者たちの追っかけっこは、やがて市場を混乱の渦へを巻き込んだ。異国の装束を身につけた少年はとても目立つ。そして、そんな彼を追う若者たちの姿は実に珍妙であった。
「ちょ、ほんと、もう売れませんって!!いで!!」
タスクはまた、人にぶつかった。今度は正面から。「すみません」と謝ろうとした瞬間、タスクの視線は急に高くなり、気づけば俵担ぎにされ、そのままガッチリと捕まってしまった。
「え、ちょっ!」
「なんだ、この状況は。」
「ルカさん!?」
なんと、タスクを捕まえたのはルカであった。助けに来てくれたのだろうか。
「もう身体、なんとも無いですか?」
「ああ、風邪はこの通りだ!」
「風邪…?」
「具合悪くて今のいままで寝てたら治った。で、様子を見にきたらこれだよ。だからやめろっていったのに」
ルカは何をいっているのだろう。よく分からなかったが、いつも通りの彼に見えた。
「…まあ、良いや、元気なら。心配して損した」
ともあれ、何事もなく立っているルカを見て、タスクは胸を撫で下ろした。
「ん?なんだかよく分からないが」
ルカとしては勝手に人の方の上で安心されても困るのだ。体調が良くなって様子を見に来て見ればこれである。彼らの周りは若者の人垣で包囲されていた。タスクの様子を見に来て早々にこんな事になっているとは、全く呆れたものである。
「それより、どうするんだ、これ。」
「ああ、皆さん、惚れ薬を求めて私を追って来た方達です」
「お前…本当にあんなもん売ったのか?」
棘のある言い方に、タスクは決まりが悪くなった。
「い、いいじゃないですか、別に。大人気ですよ、ほら」
「大人気って…」
獲物を狙う獣。嘆願するように切なげな顔を見せる獣。周りはそんな奴らばかり。なるほど、確かに大人気だ。
「なぁ、惚れ薬を売ってくれー!」
「わ、わたしにも!」
「ねぇ、もう無いの?」
「次はいつ来てくれるんだ!?」
タスクを追っていた若者たちからはそんな声が飛んで来た。タスクは、もうどうしていいか分からなかった。殆ど勢いで店を畳んで来てしまったが、彼はこうして何事も無い様子だし、また、薬を売り始めるのも、この状況だと少し…面倒だ。実際、薬は残り僅かで、今後の為にも研究材料として、残しておきたい、というのがタスクの本音であった。
「なぁ、なんで逃げるんだよ!」
しかし、ここは逃げ場がない。
タスクが何も考えが浮かばず、ルカの肩の上で干された布団のように黙っていると、それを見かねたルカは深いため息をついた。
「薬は売り切れだ」
ルカがそう言い放つと、並んで待っていた客の誰かが「嘘よ!まだ瓶の中に入ってるのをこの目で見たわ!」と叫んだ。そうなると若者達は黙っていない。
「どういうつもりだ!」
「まだあるなら売ってくれよ!」
「そうよ、あなたはその為にここに来たんでしょう!?」
「…じゃあ、売りま—」
タスクは弱々しい声をあげた瞬間だった。
客は何も間違った事は言っていない。観念して全て売って仕舞えば話は早いと思ったのだが、それはルカが許してくれなかった。
「うるせぇ。自分の恋路くらい自分でなんとかしてみろ。薬を使って成就させた恋なんて偽物だ」
ルカはキッパリと若者達に言い放った。静まり返る群衆。
(おっ)
タスクはその言葉に少し感心したのだが、止んだと思った騒ぎは直ぐに再び元の活気を取り戻した。
「何青いこと言ってんだ!」
「そうよ、モテる人間には分からないわよ!」
「いいじゃない、薬に頼ったって!!」
そんな言葉がルカにぶつけられる。モテない男女の悲痛な叫びだ。分からないでも無いが、流石にタスクもこれには乾いた笑いがこみ上げて来た。
(欲望に忠実な人たちだなぁ)
ルカの肩の上でくすりと笑うタスク。だが、ルカがそれを見過ごすわけがない。
「何、笑ってんだ」
それは機嫌が悪い時の声色だった。まぁ、当然である。こんな状況でイライラしないわけが無い。そもそも、ルカは先程ぶつかった時から機嫌が悪い様子だった。きっと全ての元凶はタスクのせいなのだろう。
「す、すみません。調子乗りました」
ルカの威圧感に押されて謝るタスクはもうそれ以上何も言えなかった。
「ったく。おい!」
ルカは大声で周りの奴らに呼びかけた。
「とにかく、こいつにはもう売るものが無い。いくら薬が残ってようが、残っていまいが、いつら積まれたってもうこれ以上売らない。それだけだ。分かったらさっさと散れ」
そして場は再び静まり返る。そんな中、ボソリと小さな呟きが漏れた。
「でも…」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「黙れ」
ルカのそれは、女性に対してはあまりにも強すぎる物言いであった。彼の威圧感のある態度に、そうに言われた女性はひどく怯えてしまった。手まで震えて、目頭が少し赤くなっている。周りもルカの覇気に圧倒されていた。
「ちっ。いこーぜ」
「そ、そうね」
「これ以上関わらない方がいいのかも」
強がったセリフを吐きながらも、若者達は結局、それで素直に応じた。ゆっくりながらも、輪を成していた彼らはそれぞれ去っていく。
タスクはその光景をみて、何だか悪い事をしたなと少しの罪悪感を感じながらも、やっと胸をなでおろした。
「はぁー、助かりましたぁ〜あああって!ちょっ!!」
「!?」
束の間、ひとりの男がタスクが持っていたカバンをどさくさに紛れて奪いに来たのだ。タスクは咄嗟にカバンを強く引っ張るが、ルカに俵担ぎされた状態では踏ん張れない。その反動で、ルカもバランスを崩し、後ろに倒れそうになったところで何とか彼が踏ん張った。
「ちょ、何するんですか!!」
「お、おい、なんだ!」
背後で起こっている状況を飲み込めていないルカは、取り敢えずバランスを保とうとタスクの足両足をガッチリと力強く掴む。このままじゃ肩からタスクが落ちてしまう。それにしてもすごい力だった。
「よ、よこせぇ…っ!!」
「い、いやだぁ…っ!!」
引っ張り合いを始める、男と肩の上のタスク。そしてルカ。男はなんとしてもカバンを奪おうと、顔を真っ赤にして引っ張り続けている。しかし、タスクもまた絶対に離すまいとその手できつくカバンの紐を掴み、手首に絡めた。絶対離すものか。だって、このカバンはタスクにとってとても大事な物なのだ。中々勝負の決まらないその状況に、男は焦ったのか懐からナイフを取り出した。
「ちっ!」
男は舌打ちとともにカバンの紐を切りつけた。そこから、布がほつれ、ぶちぶちと嫌な音を立てながら、肩掛け紐が千切れていく。残すはあと1箇所だった。
「やっ、やめてええええ!!」
「え、うわっ!」
ナイフを持った男の腕が振り上げられると同時に、タスクの叫び声が市場に響いた。その時、鞄が男の手からスルッと抜ける感覚があった。
騒然とする市場。叫び声が上がったその場所の上空では、薄汚れたカバンが宙高く舞っていた。
「あっ…!!」
反動でタスクを抱えたまま踏ん張っていたルカはバランスを崩し、前方に崩れ、一方男は背中から倒れ、当然タスクはルカの肩から転げ落ちた。
それぞれが鈍い痛みを感じながらも、小さな手と、男のゴツゴツとした手が空に向かって伸びたが、夕日の輝きを受けたカバンはもう彼らの手の届かぬ高さにあった。
そんな一瞬の出来事の間に、運悪く、宙でカバンの被せがひっくり返る。そして、中身が—
「いってぇー、なんだよ…」
その時、ルカが頭をさすりながら起き上がってしまった。
「る、ルカさん!あぶっ—」
バシャッ!!
…遅かった。ルカはカバンから飛び出した瓶の中身を綺麗に頭の上から被り、目も開けられない状態で黙っていた。
「…おい」
怒っている。ルカは間違いなく物凄く怒っていた。
その背後では、タスクのほぼ同じポーズで男が膝立ちで、ルカに手を伸ばしている。彼らはまるで鏡のようだった。
「あ、あいつです!」
「なに!?」
突然現れた警官。誰かが呼んでくれたらしい。タスクはそばに落ちていた自分のカバンを咄嗟に抱えると、男は舌打ちをしてその場から逃げ出した。
「こらー!まてー!!」
今度は引ったくりと警官の鬼ごっこが始まった。だがタスクの注意はもうカバン一点にしか向いていなかった。慌てて中身を確認する。どうやら、カバンから飛び出たのは、ルカに掛かってしまった1瓶のみで、中に残った瓶は割れてないし、溢れてもいない。一応大丈夫だったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろし、それからタスクはルカに駆け寄った。
「あの、だ、大丈夫………じゃない!!」
ルカのそばに転がる瓶。タスクはそれを見るなり声をあげた。
そんなタスクの焦る声にルカは首を傾げる。顔に掛かった液体のせいで、目も開けられず、状況が分からないのだ。何か良くないものなのだろうか。微かに甘い匂いがするが、被ったこの液体の正体が何なのか、ルカには分からなかった。
「おい、なんだっ?どうし、ぐっ…ぅ…!」
突然の腹の痛み。もしや、毒だったのだろうか。あまりの痛みに意識が遠のいていく。薄れる記憶の中で、ルカを心配する誰かの声とタスクの声が微かに響いていた。
「おい、どうしたんだ!?」
「惚れ薬頭からかぶっちゃって、、、大丈夫、一応今、眠らせました。」
(………眠らせましたって…腹パンかよ…。)
ルカの意識はそこで途切れている。
*
宿泊していた部屋のドアが勢いよく開かれる。
「こっちです!」
タスクは気を失ったルカを近くにいた親切な青年と一緒に宿まで運び、やっとの事で彼をベッドに寝せた。
「はぁっー!疲れたぁー!」
広場から宿までの距離は結構なもので、大の男を抱えてとなると中々大変であった。タスクの額にはじんわりと汗が滲み、親切な青年も手で仰ぎながら息を整えていた。
「あ、あの、ありがとうございます」
「いや、いいんだ。俺、ここの従業員だし」
「そうなんですか?」
「ああ、ミラルドだ」
「タスクです」
「タスクね。君がこの旦那の連れだったんだなぁ」
ミラルドは椅子に腰掛けて、気さくに話しかけてきた。従業員にしては随分と距離が近いようにタスクは思ったが、親切で活気があり、好感が持てる青年ではあった。
「ルカさんの事をご存知で?」
「ああ、昨日もそこの旦那、俺が部屋に運んだからなぁ」
タスクはミラルドの言葉に耳を疑った。
「え、昨日倒れたんですか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「え、ええ…昨日は帰ってこなかったので」
「ありゃ〜、大変だったんだぜ?まぁ、医者は、ただの風邪と疲れだって言ってたけどな」
「なんと!お医者にまで見てもらったのですか?お代は!」
「あああ、良いって!薬も処方してないし、俺の知り合いの医者がただ診ただけだから、金はかかってない」
カバンから財布を取り出そうとするタスクをミラルドは慌てて止めた。気を煩わせないために、ミラルドなりに明るく伝えたつもりだったのだが、タスクはどこか落ち込んだ様子だ。
「そうですか…すみません、ご迷惑お掛けしてしまって」
「…そう落ち込むなって。人間なんだから風邪だって引くし、きっと疲れが出たんだろう?」
「…いえ…違うんです」
タスクは物悲しげな様子で呟いた。
「…多分具合が良くない状態であの薬、飲んじゃったから…うーん…」
頭を抱え出すタスク。ミラルドは思わず椅子から立ち上がった。
「もしかして…噂になってた、惚れ薬のことか?」
「…はい」
小さな町での情報はすぐ広まる。それがいいのか悪いのか、今となっては、その事実はタスクを最悪な気分にさせるだけだった。
「それって大丈夫なのか?強く効きすぎたりとか…」
「多分、通常の状態で使う時よりは、なんらかの効果の違いがあると思うんですけど
…」
タスクはベッドの上に横たわるルカを見た。辛そうに息をしている。彼に触れるのは正直、憚られたが、意を決して、彼の口を開けさせ、診察を試みた。
「失礼します…」
もちろん返事はない。だが続ける。そうして、彼の喉を見た。
「…ほんとだ、腫れてるなぁ。熱も高いし…でもこの熱が薬によるものかどうかってのが—」
その時、ルカの閉じていた目が微かに開いた。上気した息で、潤んだ瞳でこちらを見る姿は、なんとも言えない色気が漂っていて、タスクは思わず彼から手を離した。
なんだか嫌な予感がして、離れようと立ち上がろうとした瞬間、背後からルカの腕が伸びてきたことにタスクは気がつかず、いつのまにか彼に抱きしめられていた。
「っ…!!!」
「…あつ、い」
耳元で響くルカの低い声。暑いのはルカか、はたまたタスクか。二人とも真っ赤になっていた。
「ぅ、うぎゃああああああああああ!!」
アッパーカットぉおおお!!!
「ゴフッ!!…」
ルカは鈍い呻き声を上げて再びベッドに沈み込んだ。タスクは肩で荒い息を蒸している。その一部始終をミラルドは「偉いもん、見ちまった」と、戸惑った様子で見守っていた。
「お…おい、大丈夫か?」
「だ…大丈夫です!私は…!!でも、ルカさんは…」
ベッドに倒れるルカはもう意識がなかった。
「…重症みたいだな」
ミラルドは苦笑いを浮かべた。
「どうする?」
「……」
しかし、タスクは心配そうにルカを見つめるだけで何も答えない。いや、答えられないのだ。
「…プロの…そういうの呼ぶか?」
控えめに言うミラルド。タスクは一瞬なんの事か分からず真顔で振り返った。
「……そぅぃ…って、はぁあ!?」
彼の意図に気づいたらその瞬間、タスクの顔がまた真っ赤になった。声まで裏返ってしまう。
そんな彼の驚きように、ミラルドも少し恥ずかしくなったのか、頬をほんのり赤くしていたが、それでも彼は大まじめだった。
「だって…そういう薬だろ?旦那の症状を良くしたいなら方法はそれしか—」
「な、何をば、ばばばば馬鹿な事を言ってるんですか!?だって殆ど意識ないんですよ!!なのに、好きでもない人とっ…!」
食い気味に突っかかるタスクの必死の訴えよう。それを見て、ミラルドは少しだけ困った様子で頭をかいた。彼としては別にごく一般的に考えうる提案をしたつもりだったのだが、タスクには少し刺激が強すぎたみたいだ。と、反省をする一方で、タスクのあまりの慌てぶりが面白くなってしまい、ちょっとしたイタズラのつもりで、ミラルドは静かな声でタスクに尋ねたのだ。
「さてはお前…童貞だな?」
「どっ………」
図星だ。息を詰まらせ、目が点になったタスクを見て、ミラルドはヘラッと笑った。何も恥ずかしがる事はない。…やっぱりちょっと恥ずかしい気もするが、タスクのような若者にとっては普通の事なのだから。
「大丈夫だって。旦那、意識なくたって可愛い女の子とイチャコラすれば誰だって良いって……」
と、そこまで言ってミラルドは急に言葉がつまり、遂にそれ以上続けられなくなってしまった。
黒い目がじーっとこちらを見ている。
純粋で幼い少年が、まるで汚いものでも見るような、そんな目でミラルドを見ていたのだ。
「…大人の男ってみんなそうなんですか?」
「…お、大人っていうか、男ならそういうもんだろ?」
明るく言ってみるがタスクに変化は見られない。なんだろうか、この空気は。お互い居心地の悪さを感じていた。
「……解毒剤、作ります」
タスクはそう言って、そっぽを向き、自分のカバンを漁り始めた。その背中にはちょっとだけ寂しさも見え隠れしている。ミラルドにはその姿が、まるで意地を張る子供のように見えていた。
「……そう拗ねるなよ。なんだったらお前も、綺麗なお姉さんに可愛がってもらうか?そうしたいなら、素直にそう言—」
「結構です」
きっぱりと断るタスク。そんな素っ気ない態度に、これ以上、余計な事をすべきでは無いと察したミラルドはもうそこから退散する事にした。
「そ、そうか。……じゃあ、何かあったら遠慮なく声かけてくれ」
そろり、そろりと静かに出口へ向かうミラルド。タスクは見送る事はしなかった。
「はい」
バタンと、静かに扉が閉まる。その瞬間、タスクはため息をついた。
『エンネ、どうしたの?』
ミラルドが居なくなると、キラキラ輝く粒が集まり、彼らが急に話しかけて来た。ヨビコの歌に誘われたわけでも無いのに、こんな街中でもタスクの存在に気づいたみたいだ。しかし、何故このタイミングなのだろう。
「……」
『何でそんなに焦ってるの?』
精霊は小さな人のような形になってタスクの瞳を覗き込む。
「焦ってない」
『焦ってるよ』
『うん、焦ってる』
『ぼく、胸がぎゅーってなるもの』
『うん』
「うるさい。薬作るからあっち行ってて」
『わっ!』
振り払うと、それらは弾けて小さな粒子に戻った。バラバラになってしまったのに笑い声だけがタスクの耳に残っている。
『あはは!恋だ!』
「…は?」
カバンから取り出した瓶を置いて、タスクは顔を顰めた。すると、彼らはまた小さな人の形を成して、タスクの周りを飛び始めた。さっきよりも数が増えている。
「…何で増えるの?」
『楽しいから!』
『エンネ、見えなくなる薬、飲んでない!』
『嬉しい!』
「…本当に効き目がなくなって来てるんだね」
やまびこの亭主に言われた言葉が頭をよぎった。少ない薬であとどれだけ旅を続けられるだろうか。タスクが悲しい顔をすると、彼らも不安げな表情になってタスクに駆け寄って来た。そして、その中の一人がタスクの鼻先に触れた。
『僕、君が見えなくなるのはやだよ?ずっと一緒にいてよ』
切なげな表情で、額をすり寄せる小さな小さな精霊。
「…薬作らなきゃ」
タスクは話をそらして、作業に集中しようとする。だが、精霊達はタスクに素っ気ない態度を取られても、まるで気にした様子がない。相変わらず楽しそうにタスクの周りを飛びまわり続けている。
「……」
『きゃははは!』
『ねぇ、エンネ!見てみて!』
タスクが黙々と作業をしているところでも、精霊達は楽しそうに笑って、今度は自分で弾けたかと思えば、手のひらサイズの馬や鳥に目まぐるしく形を変え、勝手に変幻自在の変身ショーを始めた。光の粒子をばら撒きながらタスクの周りを飛び回る。とてもじゃないがこれでは集中できない。
「…ねぇ」
『きゃはは、、、』
タスクの声が暗く響いた。思わず精霊達も動きを止める。
「邪魔しないで」
タスクは溜息を一つ落とした。しかし、精霊は駄々をこねる子供のように尋ねてくる。
『えー?お薬作るんじゃないの?』
「そう。だから、少し静かにしててくれるかな?」
精霊達は不思議そうな顔をした。これは、何か知ってる時の顔だ。そして、おもむろにベッドに横たわるルカに目をやった。
『そこの子を助けたいんでしょ?』
「そう。だから解毒剤を—」
すると精霊はタスクから離れ、素早くルカの元へと飛んでいく。それから弾けて、また一つになり、今度は少し大きな人型になってルカの額に優しく触れた。
「…何してるの?」
精霊はルカに触れたまま答えた。
『胸がぎゅーってなってる』
『フィーリエだって』
「…誰それ?」
『さぁ?』
精霊は弾けてまた小さな彼らに戻り、タスクの所へ飛んできた。
『でも、その薬じゃダメだよ?』
「なんで、そんな事が分かるの?」
『だってエンネがあの子に飲ませた薬、普通じゃないもの』
「…どういう意味?」
確かに普通の薬とは違うが、使った材料は全て自然界にあるものだし、手順もごく普通でこれと言って特殊な過程で作り出した薬では無かった。
『甘ーい匂いがする』
『うん』
『エンネの匂いに似てるね』
『半分魔法になっちゃったんだね』
「は?半分魔法?なんでそんな…私、魔法使いじゃないし」
『うーん、とにかく材料見せてよ!その中になんかあるみたいだよ!』
「……」
鞄を指差す妖精。
どういう事だろうと、不安になったタスクはカバンを漁り、惚れ薬に必要な材料を取り出して、それを順番に机の上に並べ始めた。
精霊たちは少し離れた所でその作業を見守っている。
『んー、ちがう、ちがう』
『これでも無いねぇ…』
『あ、まって!!』
小さな小瓶や、油紙に包まれた薬草が並ぶ中、タスクがそれを出した瞬間、精霊たちは一気に飛びついた。自分と同じくらいの大きさの瓶にしがみ付いて、じっーと中身を覗き込む。
『…んー?あ、これだー!』
それはリドリーからこの薬を作るためにタダで貰った赤い花びらが入った瓶だ。
「何でこれ?ただの薔薇の花びらでしょ?」
タスクはその小瓶から花びらを一枚取り出した。何でも、リドリーの近くの家に住んでる女性が育てた薔薇の花らしいのだが、こうして直で触っても、どこからどう見てもただの花びらにしか見えなかった。
『すっごくぎゅーってなる』
「ぎゅー?」
なんだか、抽象的な言葉だ。感覚で物を考える彼らの言いたい事を汲み取るのはやはり難しい。
『うん』
『よっぽど好きなんだね』
『恋だ、恋』
「ただの花じゃなかったの?」
タスクが尋ねると、精霊はキョトンとした顔をして首を横に振った。
『ううん。ただの花だよ』
ますますわけが分からない。では、先ほど言っていた事は一体なんだと言うのだ。中々たどり着かない答えに少し面倒になってきて、タスクの口調は強いものに変わっていった。
「じゃあ、何で、これ?」
『すごく強いの』
苛立ちを露わにするタスクに、精霊はケロッとした何でもないような顔で答える。あまりにも毒気のない笑顔にタスクも気が抜けそうになった。
「何が?香りが?」
『ちがうよ、こう…なんていうか、力?』
『思い…かな?』
『僕らに似てるやつ!』
「……」
もうそれは、ただの花では無いのでは?とタスクは思ったが、ここは黙って精霊達の話を聞くことにした。彼らに質問を重ねると混乱するのは目に見えていたからだ。これ以上、頭を抱えることは出来ない。
『よっぽど大事に育てられたんだよ』
『おー、恋をしてるんだねぇ』
『素敵素敵!』
『これは手強いよ、エンネ!』
瓶を囲んで会議をしていた精霊達は楽しそうに叫んだ。
『僕らも対抗しなくちゃ!』
「対抗って……」
また妙な事を言い始めた。もうお手上げだ。
『手っ取り早いのは魂に呼びかけるのが1番だよ』
『それなら、うたってよー!』
『歌うの?あ、そうだ!そうだよ!』
『そうね、それが良い!!』
『やったー!』
喜びの声を上げる精霊達。最初からそれが彼らの目的なのは薄々感じていたが、やっぱりかと思うとタスクはムッとして、吐き捨てるように彼らに言った。
「まって、なんで歌?やだよ」
『いや?なんで?』
「だって……」
これ以上、彼らの好きにさせてたまるかと言う思いが湧き上がり、タスクは徐に先程まで薬草を擦っていたすり鉢を手に取って、作業を再開した。
「…歌うともっと寄ってくるじゃん、あんたたち。それに、妖精に気づかれたらどうするの?」
『妖精?なんでそんな事を気にするの?』
『ほら、エンネは人気者だから!』
『あ!食べられちゃうのかー!それはいけない!』
「頼むから楽しそうに言わないでくれる?」
呆れて頭を抱えたくなる。タスクはため息を吐いた。
「妖精避けだって残り少ないし、こんな所で歌って無駄使いしたくな—」
そこまで言いかけたその時、精霊達はものすごく怒った顔でタスクを怒鳴りつけた。
『ダメだよ、エンネ』
『あの薬は良くないんだから!』
『やめてよ、飲まなくて良いの!エンネはエンネとしての役目があるんだから!』
『それに、ここは妖精の世界からも遠いし、暫くは飲まなくても平気だよ!』
耳をつんざくような金属音。妖精たちの怒った声は耳に刺さる。タスクを耳を塞いだまま渋い顔をした。
「…でも、歌わないで済むなら、出来るだけ違う方法で助けたい」
『それは難しいよ?』
『うん、無理だよ』
『恋する乙女の魔法は強いんだよ?無自覚で使っちゃう人もいるんだから』
『そうだよ、ただの薬が敵うわけない』
腹立たしいほど美しく可愛らしい精霊は花びらの入った瓶をポンポンと叩いた。
タスクの手も自然と耳から離れた。どうやら聞き間違いでは無いらしい。
「もう、訳がわからないのだけど…恋する乙女の魔法って何?一体どう言うこと?ちゃんと、分かるように説明して!!」
『恋してるのはこのバラなの』
『このバラを育てた人の気持ちが強いの』
『エンネに触れて魔法になっちゃったの』
『そう、半分だけ』
『魔法使いだけが僕らを使えると思ったら大間違いなんだからね!』
精霊達は少し怒った顔で、胸を張った。どうだと言わんばかりに腰に手を当て仁王立ち。タスクは開いた口が塞がらなかった。
「魔法使いじゃなくても魔法が使えるの…?」
『僕らを使うことは出来るよ』
『魔法にならない事もある』
『なる事もある』
精霊たちはそう言ってとぼけたように笑った。それを見たタスクの堪忍袋の緒がついにブチ切れ、テーブルに両拳を打ち付けた。
「なんなの!なるだのならないだの!!!だったらもっと魔法で色んな人を助けてあげなよ!ルカさんの事直してよ!気まぐれなのもいい加減にして!」
そんな不満が思わず溢れる。
しかし、タスクの複雑な思いに気付くはずもなく、精霊はきょとんとした顔で首を傾げた。
『何言ってるの?エンネ』
彼らはそうしてまた騒ぎ始める。本当に自由奔放で気まぐれな連中だ。いい加減、ため息も尽き果てた。
『僕らにだって意思があるんだよー』
『無理やりはちょっとねぇ…』
『まぁ、魔法使いくらい僕らの使い方を心得てるなら良いけどさ』
『それは無理だよ、彼らは特別だもの』
『そうだね〜。でも、僕は楽しいなら、何でもいいよ』
『甘い匂いのするいい子だったら僕手伝ってもいいな〜』
『はぁ、美味しいお菓子があったらいいのに』
『あ、それ最高!』
『僕はエンネの歌!』
『それもっと最高!!』
精霊達はまた数を増やしてきゃっきゃとその騒ぎは大きくなって行く。いよいよ収集が付かなくなりそうだとタスクは手早くそれらを払った。小さな人の形を模していた彼らは、軽くて乱暴な風圧で簡単に弾けると、光の粒子がタスクの周りを覆った。
『何するのさ!』
少し怒った声がタスクの頭の中に響く。そして、それは、また人型に戻ってタスクを叱りつけるように睨んだ。だが、タスクはその質問には応えず、顎に手を当て少し考えると、そのまま会話を続行した。
「…つまり、凡人が気まぐれな貴方達に手助けしてもらう為には甘いお菓子とか歌があれば言い訳?」
精霊は首をかしげた。もう頼むから傾げないで欲しかった。
『うーん、正確には相応しい場所と美味しいものを用意してくれれば』
『僕らは楽しく踊るだけさ!』
腕を組んで一丁前に鼻を鳴らす。拗ねてるのか偉そうなのか、まぁ、どちらにしても、このサイズでは可愛いとしか言いようがない。
「なるほど。で、話を元に戻すけど、歌えばルカさんは助かるの?貴方達が力を貸してくれて惚れ薬の魔法を解いてくれるってわけ?」
タスクは彼らを信用する気にはなれなかった。だって彼らは歌さえ聞ければいいと思ってる連中だ。だから、殆ど冗談でそう聞いたつもりだった。
すると、精霊は一瞬驚いた顔を見せた。
『…うふふ』
そして、頬を赤く染めて笑うのだ。
『そうだよ!』
『歌ってくれればそれで良いんだ。』
『それが一番簡単で早いさ!』
『わーい!楽しく踊れるね!』
「…貴方達、結局に歌ってほしいだけなんじゃない!」
残念極まりない。タスクは呆れて、すり鉢の匙を投げ、背もたれにもたれかかった。興奮を抑える薬なら直ぐに出来上がる。しかし、ただの薬ならまだしも魔法を薬でどうこうするのは絶対に不可能だ。それは精霊達も言っていた。
「……」
不本意だ。こんな歌わざるを得ない状況にいるのがとっても不本意だった。
『別に良いじゃん、減るもんじゃないし』
『そうだよ、だから教えたんじゃないか!』
『この方法が一番早くて簡単だよ!』
『魔法は魔法で解かなきゃ!』
『そうだよ、ほら、行こう!』
精霊はタスクの手を取った。そんな小さな体では到底動かせないのに、必死にルカの方へと引っ張るのだ。結局、精霊の賢明なその姿にタスクも降参し、諦めて立ち上がったのだった。
可愛い彼らが背中を押すのを感じながらタスクは横たわるルカのそばに膝をついた。
(…やっぱり、辛そう)
ルカは、今は気を失っているが、体温は相変わらず高いし、呼吸も荒い。風邪の症状に似ているなと、タスクは思った。
悪気は無かったとは言え、自分のせいでこんな事になってしまったのは正直胸が痛む。
(いや、まさか、こんなに酷い事になるとは…申し訳ない)
出来るだけ早く助けてあげたいのは山々なのだが、やっぱり、複雑な思いがタスクの表情を曇らせていた。
(…歌うかぁ)
この際仕方がない。妖精達も言っていたが、既に妖精避け、もとい「妖精くだし」の方は効果が切れかけているし、きっと変わらないのだろう。
「で、この場合、何の唄を歌えばいいの?」
『…んー、どうする?』
『子守唄で良いんじゃない?』
「決まってないの?あれだけ歌えば治るって言っておいて?」
呆れて頭を抱えるタスクをよそに、精霊達はまたまた会議を始める。
『どうする?』
『でも歌えばその子と話せるもの』
『魂に呼びかけるんだよ』
先程から同じ様な事を言っていたが、一体どういう事なのか、タスクは顎に手を当てて考えた。
「…魂に呼びかけるって…。それって、命の唄とか鎮魂歌の事?」
『魂』という単語で結びつくヨビコの唄といえばこの二つくらいだ。だが、どちらもはっきり言ってこの用途に合うとは思えない。命の唄は生と死を司る歌で植物を成長させたり、実りを与えたりする歌。特に動物へ使う事は郷の決まりで禁じられている。もう一つの鎮魂歌は荒ぶる魂を鎮め、天へ返す歌だ。この歌も生者に語りかけるようなものじゃない。すると案の定、精霊も首を横に振った。
『それはやめた方がいいよ、強すぎるから』
『うん、呼びかける前に術にかかっちゃう』
『もっと違うの』
『何でも良いんだよ。この子の魂に呼びかけられれば』
「何でもって言われても…ヨビコの唄に、ただ呼びかけるだけの唄なんてないよ?」
『何言ってるの?ただの子守唄でいいんだよ?』
精霊はタスクの鼻に手を当てた。
『さっきから言ってるじゃない!僕らが君の唄を魔法にしてあげるって!』
『そう、僕らが手伝ってあげる!』
『ヨビコの唄は唄じゃ無くて、君の唄がいい!』
「え」
そう言ってキスを落とした精霊は楽しそうにタスクの周りを自由に飛び回った。そして、ルカの額に降り立ち、その小さな手で優しく撫でた。それを見て、やっとタスクの心が決まった。
「分かった…ただの子守唄で良いなら、歌うよ」
『うん!そうこなくっちゃ!』
『ちゃんと、呼びかけるように歌うんだよ?』
『僕らは彼の中で君になるよ』
『エンネならちゃんと魂を繋げられるから!』
「うん…」
タスクはルカの手を握った。
* *
「ほら、ルカ、あの子がマイルズのお嬢さんよ。」
花と噴水が美しい庭で、母の声が頭の上から降ってきた。幼いルカは普段とは違う堅苦しい格好をさせられてご機嫌斜めだ。そんなルカを母は宥めるように言うのだ。
「ねぇ、ルカ?そんな怖い顔しないで」
「母上、僕もう帰りたいです」
「こら、せっかくご招待に預かったのですから、そんな事を言ってはなりません。この顔ももっと柔らかくしなければね」
母はしゃがみ込むとルカの頬を強くつまみ、痛いぐらいのマッサージをした。
「いだだだだだ!痛いよぉ!!」
「ほら、これで優しい顔になった!ご挨拶してらっしゃい!」
笑顔の母。なんでこんな状況でこんな幸せそうな顔ができるのかルカには全く理解できなかった。
「…はぁい」
渋々返事をして、膨れっ面のまま少女の元へ向かう。
「はじめまして、ルーカス・セルヴァールです」
殆ど目を合わせずそう挨拶をした。きっと後ろの母が頭を抱えているだろう。でも、そんなのルカには関係なかった。そんな礼儀よりも恥ずかしさの方が勝ってしまったのだ。
「…はじめまして、フィーリエ・マイルズです」
小さな手がタスクの手を取った。思わず、顔を上げてみると、可愛らしいお人形のような少女が微笑んでいた。
「ねぇ、あっち行きましょう!たっくさん、お花が咲いてるんだから!」
フィーリエに連れられルカは走り出す。二人の子供が庭を駆けていく姿を彼らの両親は微笑ましく見守っていた。
「ね、ねぇ、どこいくの?」
もう殆ど母の姿が見えないところまで来ると、フィーリエは足を止めた。そして、「はい」と言ってルカの頭に何かを被せた。そして、面白おかしく笑うのだ。
「あははは!」
「な、何?」
訳がわからなくてルカは焦る。すると、青い花びらが一枚、目の前をひらりひらりと、舞うように落ちて行った。
「ふふ、可愛い!それ、作ってたの!」
フィーリエが指差したそれは花かんむりだった。それをルカに無理矢理被せて彼女は腹を抱えて笑う。ルカは急に恥ずかしくなり、そして、腹を立てた。
「何すんだよ!!」
思わずそれを投げ捨てる。すると、フィーリエは驚いた顔をした。
そして、地面に投げ出された花かんむりを見て黙りこくる。ルカはしまった、と思った。軽率な行動で彼女を傷つけてしまった、と。
「ご、ごめ…」
「ぷっ…くく、ははははは!!」
しかし意外なことに彼女はまた笑ったのだ。とても、貴族の娘とは思えない程の豪快に笑うその姿は、ルカも驚きを隠せなかった。
「ははは…はぁ、ごめんね。男の子だもん、お花なんか嫌だよね?」
「あっ…うん」
自分より1つ年下な筈なのに、大人な対応をされて、ルカは自分が恥ずかしくなった。顔を真っ赤にして下を向くと、少女はまた、ルカの手をとった。
「お母様達のところ、戻りましょうか?私、お腹空いちゃったわ」
「…うん」
ルカは彼女に従う他無かった。自分からは恥ずかしくてそれ以上何も言えない。握られた手から熱が伝わり、心臓が早くなった。
(なんだろ、これ…!)
苦しくて、空いた右手で自分の胸をぎゅっと掴んだ。でも、鼓動は収まらない。
「どうしたの?」
ルカの異変に気付いたのか、足を止めて尋ねるフィーリエ。
「…なんか、変なの」
彼女の顔をみるともっと苦しくなって、ルカはついに立っていられなくなった。その場で跪くと、フィーリエもう一方の手が伸びてきた。
「大丈夫ですよ…。ただの魔法ですから」
フィーリエの声じゃなかった。ルカは誰か違う人が助けに来たのかと思って顔を上げたが、やっぱり、そばに居るのは彼女だけだった。
「落ち着いて。ルカさん」
「…その声。…誰?」
聞いたことがあるはずなのに、思い出せない。フィーリエなはずなのに、彼女じゃない。
「全部、夢ですから」
「夢…?」
「ごめんなさい。私のせいで」
視界が霞んで、フィーリエも、庭の花も、青い空も、何にも見えなくなった。
「目が覚めれば、解けますから。苦しいのも辛いのも、今持っている感情も全て私の薬のせいで呼び起こされてしまったんです」
「く、すり…?」
低い声だ。それが自分から発せられたものだと気付くのに、少しだけ時間が掛かった。窓から朝の光が差し込んでいる。重い体を持ち上げて、なんとか起き上がると、膝の重みに気がついた。タスクが床に膝をつけたまま、ルカのベッドに突っ伏すように眠っていた。
「…ご…め、ん。ん…」
「お、おい。……おい」
どういう状況か飲み込めないが、ここで寝るのは流石にどうかと思う。ルカはタスクの肩に手を当て揺さぶった。
「おい、ここで寝たら風邪引くぞ!」
しかし、タスクはどんなに強く揺さぶっても起きる気配がない。ルカは首を傾げた。
〈無理よ、起きないよー〉
「なんで?」
〈………え、今話した?〉
〈たまたまじゃない?〉
〈あ、そっかー!〉
「……」
聞きなれない声を聞いてルカは固まった。見たことも無い小さな生き物がタスクの頭の上に乗っている。
そして、こちらを見ていた。
〈ねぇ、なんか、目、合ってない?〉
〈うーん、気のせいだよ。この子の事、心配してるのかもよ?〉
〈あ、そっかー。〉
それは小さな人の形をしていて、全身から赤い花びらの様なヒレが伸びていた。まるでそれ1匹1匹が小さな花の様に見えた。
「…お前ら、何?」
〈え、見えてるの?〉
〈…うっそだー!?あ、でも、こっち見てるね。〉
「だから見えてるって…」
〈……本当?〉
〈…この子の力かしら?〉
タスクは相変わらず起きる気配がない。そんな彼の頭の上で2匹のそれは、自分たちが立っているその人物を見おろした。
〈きゃっ!!〉
その瞬間、不意をついてルカが謎の生物を捕まえた。
〈きゃー!!エッチ!!!〉
「………まだ、夢なのか?俺、酔ってんのかなぁ。」
謎の生き物はルカの手から逃れようと暴れているが、それはそれは痛くも痒くも無いほど、小さく弱い力だった。
〈夢じゃないわよ!!このスケべ!!〉
「…いいや、夢だ。こんなおかしな生き物がいるって事はそうに違いない。タスクも起きないし、絶対夢だ。…そうだ、夢ならコントロール出来るよな。じゃあ、国に帰ろう。よし」
ルカは目を瞑った。そして、願った。故郷へ戻った自分を想像した。これで、久しぶりの故郷が見れるはず。そう信じて再び目を開けた。
……古い宿だった。
「…なんで俺の夢なのに思い通りにならないんだ」
〈ぷっ…そんなの当たり前じゃない!〉
〈だってこれは現実だもの。〉
ルカの手の中でそれは面白おかしく笑った。ルカは少し考えたがこの際、面白い夢を見ているという事で了承することにした。じゃないと、頭が痛くなる。
「…まぁ、どっちでもいいが。で、お前らは何なんだよ?」
〈んー、私たちは妖精かな?〉
〈…そうね。その認識で合ってるはずよ。〉
自分たちでもの分かっていないのか、こいつら。
「…妖精?…本当か?」
俺の夢だからって色々適当すぎやしないだろうか。首を傾げたいのはルカの方だった。
〈うん〉
〈さっき生まれたのよ。この子のお陰で〉
そう言って妖精は寝ているタスクを指差した。
「…タスクの?…この際だから聞きたいんだけど、こいつって何者なの?」
ルカは色々疑いながらも妖精たちに尋ねた。すると妖精はひらひらと赤いヒレを揺らしながら踊り始めた。
〈この子は私たちの愛すべき存在よ!〉
〈だって生みの親だもの!〉
〈ただの花びらだった私達にこうして形をくれたんだから!〉
「…ヨビコの唄でも唄ったのか?」
〈ヨビコ?それはなんだか知らないけれど、唄は聞いたわよ!〉
〈ええ!!本当に綺麗な唄だったわ。〉
彼女たちは楽しそうにくるくると周りながら笑った。「花びら」とは何の事だろうか。そう思うと、何故か、ふと、ルカは机の上にあった透明な小さな空のガラス瓶が気になった。その時、二人のダンスは急に止まってしまった。
〈…あら、でも、妖精を生み出すのは初めてだったのね〉
〈あら、そしたらきっとお疲れね。ゆっくりお休みなさいな〉
妖精たちは組んでいた腕をほどき、寝ているタスクの鼻に順番にキスをした。
その時、タスクは鼻をひくりと動かしたがやっぱり起きる事は無かった。
ルカはため息をつくと、ベッドから起き上がり、タスクを抱えて向かいのベッドへと寝かせたのだった。
〈あら、優しいじゃない〉
妖精がルカの肩の上で呟いた。そんなに驚く事でもないだろ、とルカは踵を返して、再び自分のベッドに腰をかける。肩にいた妖精はルカの膝の上に飛び降りた。
〈そういえば、あの子、貴方に謝ってたわよ〉
「どうして?」
〈惚れ薬を被せちゃったからでしょ?〉
「……ああ、そう言えば」
タスクの薬を頭から被った時から記憶がない。そして、それが惚れ薬だったという事を今知ったルカはなんだか腹立たしい気分になった。
「起きたら覚えてろよ…」
そんな言葉をかけてみるが、タスクは爆睡中だ。完全に聞こえていない。改めてよくこんなに眠れるものだと、ルカは呆れた。
〈あんまり、怒らないであげてよ〉
〈この子、貴方を助ける為に無理をしたんだから〉
「…元は自分で蒔いた種だろ」
〈それでもよ〉
〈あんなに大量の精霊達を使ったら体が持たないもの〉
「…精霊?」
〈まぁ、そういう事だから、優しくしてあげてね〉
妖精たちは窓辺に飛び乗った。そして、微かに窓を開ける。
「どこいくんだ?」
〈私たちの主人のところ〉
「主人?タスクじゃ無いのか?」
ルカの質問に妖精は首を横に振った。
〈その子は生みの親。私たちを育ててくれたのは違う人だから〉
〈この気持ちは主人のものなのよ〉
〈だから、主人の思い人に届けるの〉
「…ふーん」
何だかよく分からないが、煩いのが居なくなるのなら何でも良かった。ルカは彼女たちが出やすい様に窓をもう少しだけ、大きく開けてやった。
〈ありがとう〉
彼女たちは去り際にそう言い残し、朝の景色の中に溶けていった。
「不思議な事もあるもんだな…」
部屋を振り返ると、相変わらずタスクが気持ちよさそうに寝ている。それに吊られたのか、ルカの口からもあくびが漏れた。
「はぁ……。さて、俺ももう少し寝るとするか」
夢で寝れば、きっと次、目覚める時は現実なはずだ。その頃にはタスクも起きているだろう。説教はそれからだ。
ルカはフカフカのベッドの上に再び沈み込んだのだった。
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