018:生まれ変わるにはうってつけの日
(まさかこのタイミングで、俺が異世界からの転生者であることがバレたのか?)
どうやら俺の亀頭は首の皮一枚のところで繋がったようだが、だからといってまだ安心はできなかった。
まさか異世界から来た人間を放置するわけはないだろうし、ことと次第によっては自白剤を投与されたり、実験用のモルモットのような扱いを受ける可能性だってあるだろう。
そうなれば、人間として生まれ変わったイオンをシーナと一緒に迎えに行くという約束も果たせなくなる。
「――俺の正体だと? 俺はただの無職の引きこもりだ、それ以上でもそれ以下でもない」
俺は苦し紛れにはぐらかそうとしてみたが、マーガレットの目は誤魔化せないようだった。
「そう謙遜するな。そもそも、いまの時代に無職でいられる時点で、ただ者ではないのは明白だ。初めて見たときから、どことなく浮世離れしたようなオーラがあるようには感じていたが……。まさかその肉棒が本物だとは思わなかった。銃やドラッグの真贋なら見抜く自信があるんだが、いかんせん人間のペニスを見たのは初めてで……そんな大きいものが尻のなかに入るなんて……」
マーガレットは顔を赤らめながら俺の股間をちらちらと見ていたが、やがてため息をついて、もう一度深く頭をさげた。
「いや、何を言っても言い訳にしかならないな。この通りだ、すまなかった。今回の失態はすべて私の責任にある。かくなるうえは、ここで私を介錯してくれ。貴殿にはその権利がある」
マーガレットはごそごそと懐から何かを取りだすと、まるで貢ぎ物を捧げるようにその物体を俺にさしだした。
何かと思って見てみれば、それはマーガレットが戦闘時に使っていた、レーザー・ブレードの柄だった。
いまは何の変哲もない棒でしかないが、どこかにあるスイッチを押して展開すればライト・セーバーさながらに刃が飛びだすというわけだ。
「俺を戦国武将か何かと勘違いしてないか? お前の首を斬り落としてどうしろってんだ」
「センゴク……? あぁ、貴殿の生きた時代ではそういう呼び方をするのか。自分で言うのものなんだが、私の顔はこの辺りでは知れ渡っているから、玄関にでも飾っておけば犯罪者が寄りつかなくなると思うぞ」
マーガレットの武人的な発想には驚かされたが、それよりも別の箇所にひっかかるところがあった。
「俺の生きた時代……?」
「貴殿は数百年の時を隔てて、過去から現代にやってきたのだろう? 本物の男性器を持っているのが何よりの証拠だ」
マーガレットは立ちあがり、満足げな笑みをうかべて握手を求めてきた。
俺がペニスを違法に製造したという疑いは晴れたようだが、今度はまたべつの誤解が生まれたみたいだ。
(たしかに俺が二十一世紀から来たのは間違いではないんだが……問題なのは時代が違うだけではなく、世界も転移してるっていうことなんだよな)
俺が何とも言えない表情をして握手するべきか迷っていると、それまで黙っていたシーナが口を開いた。
「……さすがラスベガス・メトロポリスだなぁ。もうバレちゃったらしかないよね、この際だから全部洗いざらい話しちゃったら?」
要約すると、異世界云々の話は告げずに、警察が作りあげた設定に乗っかれということだろう。
嘘をついてボロがでるのは避けたいが、向こうが勝手に勘違いしているならそれを利用しない手はない。
「いやはや、バレてしまってはしかたない。いかにも、俺は遠い過去から来た古代人なんです」
俺はサスペンスドラマで追い詰められた犯人のような演技をしながら、はっはっはと豪快に笑いマーガレットの手を握った。
「おぉ……さすがは過酷な環境を生き抜いてきただけあって、現代の去勢されたオスにはない男らしさを感じる……」
どちらかと言えば俺の肉体はひ弱なほうなのだが、マーガレットは陶芸品でも触るみたいにありがたそうに俺の手を握りしめている。
「でもでも、いくらラスベガス・メトロポリスの局長とはいえ、ハルトがどうやって過去から未来に来たかはわからないよね?」
俺の手を撫でているマーガレットに対し、シーナが挑戦気味に疑問を投げかけると、
「それはもちろん、人体を冷凍保存し、長い眠りについたのだろう。タイムマシンは現代でも不可能とされているが、コールドスリープの技術くらいなら旧時代でも可能だろう。あとは人間に擬態したアンドロイドであれば話はべつだが、肉体は生身だし旧人類の特徴と百パーセント一致していた。これでは疑いようもない」
この世界の現人類は生殖能力を奪われ、脳にインプラントを埋めこまれているようだが、それ以前の人類は俺のいた世界のそれと何一つ変わらない存在だったらしい。
「さすがはマーガレットさん! そこまで完璧にハルトの正体を暴いちゃうなんて、ビックリだね……」
シーナにわかりやすくおだてられると、マーガレットはそうだろう、そうだろうと満足げにうなずいてみせた。
「しかし、警察は俺をどうするつもりなんだ? いずれにせよ、この時代の人間たちは生殖能力を持たないんだろう? 俺も去勢するか、あるいはイオンのように新しい肉体が必要になるんじゃないか」
俺はあわよくば美男子に生まれ変われるのではないかと期待して、話を持ちかけてみたが、マーガレットは首を横にふった。
「まさか。先程も言ったとおり、生殖能力保持法は、違法な性器の製造や人体改造を取り締まるためのものであり、そもそも旧時代に生まれた人間を対象としていない。我々は法と人権の守り手であり、善良な市民を傷つけるなど持ってのほかだ。今後、貴殿の男根は私が命に代えても守り抜くと約束しよう」
期待した解答は得られなかったが、それでもちんこをちょん切られるよりはマシだと思い、俺はほっと一息ついた。
何はともあれ、当分は俺の下半身を心配する必要はなさそうだし、あとはイオンの生まれ変わりさえ順調に進めばいいのだが。
「そういえば、イオンの移植手術はどれくらいかかるんだ?」
「アンドロイドの意識を人間の肉体に転送するのは、ちょうどパソコンのOSを移植するようなものだ。まずデータを削除して、それからOSを再インストールする手順に移る。特にトラブルが発生しなければ、今日の夕方ごろまでには移植手術は終わるだろう」
ということは、うまくいけば今日の夕飯の食卓を三人で囲むことができるのか。
そう考えると、とたんに緊張感を襲われはじめた。
なにせ記憶を喪失したイオンからしてみれば、俺とシーナは初対面の相手なのである。
自然とこちらから話題をふってイオンをエスコートすることになるのだろうが、はたして俺にそんな芸当ができるのだろうか。
「やはりあのアンドロイドのことが気になって仕方ないか。本来は貴殿の今後についてや、新しい戸籍についての相談をしたいところなのだが……。どうせいまは心ここに在らずだろう。私が施設まで送迎するから、早く迎えに行ってやるといい。いまから出発すれば手術が終わるまでには間に合うはずだ」
そう言うとマーガレットは立ち上がり、懐から取りだしたキーホルダーを指でくるくるまわした。
さっきまで盛大な土下座していたので何となく威厳が損なわれてしまった感じがあるが、ふだんのマーガレットは頼れる存在なのだろう。
「じゃあお言葉に甘えて……いいよな、シーナ?」
「そうだね、早く行ってイオンちゃんを待ってあげよう。目覚めたときにわたしたちが傍にいてあげなかったら、イオンちゃんはこの世界で独りぼっちになっちゃうから……」
俺はパンツを腰まであげて、顔を洗ってヒゲを剃り急いで身支度を整えて部屋をでた。
一週間ぶりの外出ということもあるが、そもそも俺がこの世界でマトモに街にでるのは初めてのことだ。
よけいに緊張していつもより強張った表情をしていたからか、シーナが俺の手を握って大丈夫だよと微笑みかけてきた。
「車は外に待たせてある。クラシック・カーだが自動運転だから鍵を開けてなかに入るだけでいい。私の車だからしばらくは好きに使ってくれてかまわないが、どのみち手続きが残っているから、事が済んだらここに立ち寄ってくれ。そこで今後の生活と、いまの世界のことについて話そう」
マーガレットは車のキーを放り投げると、背中ごしに手をふって警察署の奥にもどっていく。
俺はシーナと顔を見合わせると、よしと自分を鼓舞するようにうなずいて外の世界へ足を踏み出した。
$ $ $
「関係者の方ですか?」
「えぇ、まぁ……家族みたいなものです」
「でしたらそこの待合室でお待ちください」
数時間の長旅を経て、俺たちは巨大なドーム型の施設にたどり着いた。
白を基調としているところは病院と一緒だったが、この施設には白以外の色が何一つなく、受付の人間の顔まで白いベールで覆われていた。
「ここはいったいどういう施設なんだ?」
「さぁ……? わたしも来たことないけど、ふつうの人が来る場所じゃなさそうだよね」
隣に座るシーナとこそこそ話をしてみたが、広い待合室は貸切の状態だった。
ろくに訪問者もいないのにこんな大がかりな施設を作る必要があるのかと疑問に思いはじめたところで、さっきの白いベールの受付嬢が部屋に入ってきた。
「もう面会の準備ができているようです。こちらへどうぞ」
ろくに心の準備をする間もなく、イオンとの面会の場に通されることになってしまった。
記憶を失っている生まれ変わった人間に、何と声をかけてやればいいのだろうとあわてて考えていると、長い長い廊下を歩いている途中で受付嬢が不意に足を止めた。
「ひとつだけ注意事項があります。記憶を消して生まれ変わったばかりの人間には、意識の混濁や錯乱状態がみられる場合があります。そのときは彼らの言葉には耳を傾けず、冷静に状況を説明するようにしてください。時間を置けば落ち着くケースが大半ですが、力づくで暴れはじめた場合はすぐに我々を呼ぶように。よろしいですね?」
俺とシーナがうなずくと、受付嬢はおもむろにドアのロックを解除して後ろに引き下がった。
俺はドアに手をかけ、ゆっくりと息を吸ったあと、コンコンとノックしてからドアを開いた。
Season1 完
転生紀行2242 中本めぐみ @a1issun
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