015:アンドロイドの夢
階段の踊り場にある死体を避けながら、おそるおそる忍び足で上の階に向かうと、白い床に血だまりが広がっているのが見えた。
床に転がっている死体はほとんどが警察官のものと思われたが、なかには身元不明の襲撃犯らしき見た目のものも紛れこんでいる。
署内にアナウンスが流れてから十分と経っていないはずだが、このフロアでの抗争はすでに決したようだった。
(これがゲームだったらゆっくり死体漁りでもするところなんだが……。生き残りがいるとも限らないし、ここはスルーして先に進むべきか?)
俺はそこでアイリスの存在を思いだし、スマホを口元に近づけてみた。
「オーケー、アイリス。このフロアに生き残りはいるか?」
「申し訳ありませんが、その質問には答えられません」
たしかあのショッピング・モールでは敵の位置情報を教えてくれたはずなのだが、いまはその機能は使えないらしい。
(答えられないという返事は、本当に知らないか、知っているが教えられないのか、二通りの解釈ができるが……)
そんな疑問が頭をよぎったが、どうせアイリスに訊いてもまたはぐらかされるだけだと思い、俺はそのまま階段をあがることにした。
五階の通路も死屍累々であることに変わりはなかったが、これまでの階と違うのは警察官より身元不明の侵入者らしき死体の数が圧倒的に多いことだった。
そして通路の奥ではまだ戦闘が続いているらしく、甲冑がガシャガシャいうような音と、激しく火花が散る音が響いている。
(いまライト・セーバーの斬撃音みたいな音がしたが、あれは一体……?)
俺はおそるおそる死体だらけの通路を通り抜け、その奥にあるちょっとした広間の様子をうかがった。
そこでは甲冑のようなパワード・スーツを纏った二人が、まるえ騎士か侍のように鍔迫り合いを繰り広げている最中だった。
それぞれレーザー・ブレードを武器にしているようで、剣を交えるたびに鮮やかな火花が散っている。
(なぜ銃を使わないのかと思ったが……たしかにあれだけ厚い装甲を纏っていると、遠距離戦じゃ決着がつかなそうだな。そういえばあのショッピング・モールで戦ったとき、虎牙とかいうギャングのボスも似たようなアーマーを着こんでいたが)
などと分析しているあいだにも、広間では激しい火花が散っている。
本来ならばどちらかに加勢してやりたいところだが、鎧を着ているせいでどちらが味方かもわからないし、ここで俺がのこのこ出て行っても、あのレーザー・ブレードで斬らてしまうだけだろう。
あくまでも俺の目的はイオンの救出であって、この街の警察がどうなろうと知ったこっちゃないのだ。
「……アナタ」
そうやって俺がこそこそと様子をうかがっていると、とつぜん後ろから肩を叩かれ飛びあがりそうになった。
ふりかえると、そこにいたのはイオンだった。
だいぶ表情には疲れが見られるが、負傷している様子はない。
「無事だったのか! ……びっくりさせないでくれよ。もう少しで大声をあげちまうところだったぞ」
「ごめんなさい。ずっと隠れていたから、外の様子がわからなくて、心細くて……。いったい何が起きているの? シーナは無事でいるのよね?」
「あぁ。シーナは下にいる警官たちが保護してる。あそこで戦ってる奴らと比べたらずいぶんへっぽこな連中みたいだけどな……」
二人の決闘を見ている俺たちはまさにヤムチャ視点といったところだったが、そのバトルも終焉を迎えようとしていた。
このままでは埒が明かないと判断したのか、片方の機士が腰にたずさえていた銀色のオーブを空中へ投げたのだ。
オーブは浮遊してファンネルのように扇状のフォーメーションを組むと、赤い瞳をギョロギョロと動かし、そこから極太のレーザー光線を放った。
ところがもう一人の赤い鎧を着たサイボーグ・サムライが、新体操のような軽快な動きでレーザー網をかいくぐり、ひゅっと刀をふるうと、ファンネルを展開した機士の首が切断され、頭部がごろんと床に転がり落ちた。
首無しになったファンネル野郎は首からドバドバと墨汁のような黒い汁を噴きだし動かなくなる。
「やった、マギーさんが勝ったんだわ! 襲撃犯はあれで最後のはずよ」
「とりあえずは一安心……なのか?」
俺は言われるまでどちらがマギーかもわかっていなかったので、ただ呆然と二人の試合をながめていただけなのだが、もし勝ち残ったのがマギーでなければ、いまごろ俺はあのレーザー光線に焼かれていたのかもしれない。
ひとまず感謝しなければなと思っていると、まるで蛇が脱皮するかのように装甲のなかから、全裸のマギーがあらわれた。
見事に引き締まった腹筋と、それとは対照的なだらしのない巨乳を二度見しかけたが、状況が状況であることを思いだし、俺は口を結んでマギーに会釈する。
「なんだ、貴様も来ていたのか。てっきりこの騒ぎに乗じて逃げたのかと思ったぞ」
「まさか。俺みたいな善良な市民がそんなことするわけないだろ」
本当は隙あらばイオンを連れて逃げだそうと思っていたのだが、さっきの戦闘からして、マギーの追跡をふりきる自信がなかった。
マギーは両手を上にあげて伸びをすると、巨乳を見せつけるように揺らしながら、こちらに歩いてきた。
「やれやれ。貴様が善良な人間かは疑問だが、少なくとも根っからの悪党というわけでもないようだな」
「彼は犯罪者どころか、身を挺してワタシを守ってくれたんですよ。ワタシのことは煮るなり焼くなりしてくださって結構ですから、どうか彼の男性器はみなかったことにしていただけませんか?」
「あいにくだが、その提案は受け入れられん。警察の長として、私情を挟むわけにはいかないんだ」
マギーは真面目な顔をして胸の前で腕を組んだ。
弾力のある大きな乳がむにゅっと押しつぶされる様子を見て、こんなときだというのにムスコが反応しそうになる。
「だが、ほかに手がないわけでもない。司法取引に応じるというなら、多少の恩情は考慮してやってもいいだろう」
マギーは眉間に皺をよせながら、俺の股間を凝視して言った。
あの病室を飛びだしてからガウン一枚の状態だったので、興奮すると股間の部分の盛りあがりが一目瞭然になってしまう。
「……取引、ですか?」
イオンも俺の股間を見下ろしながら、唾をごくりと飲みこんで言った。
「見ての通り、今回の襲撃で我々は痛手を被った。もとより、治安を守るはずの警察が大々的に襲撃されたとなっては、面目も丸潰れだ。このままやられっぱなしでいるわけにはいかない。犯罪者たちを調子づかせないためにも、警察の威厳を示す必要がある」
俺はなんとか勃起をバレないようにするために、様々な体勢を試行錯誤しながら、話に耳を傾けた。
「そこでこれより、大規模な報復作戦を展開しようと思う。名付けて飛んで火にいる夏の虫作戦だ」
「そのまんまだな」
「……何か文句でも?」
ツッコみを入れると、服の上からマギーが俺の睾丸を鷲掴みにしてきた。
布ごしにではあるものの、人肌の温もりが感じられ、俺はますます顔を赤くする。
「いや、正直すまなかった。話の続きを聞かせてくれ」
「……いいだろう。貴様らも目にしたとおり、今回の襲撃犯は虫のようにどこからともなく湧いてきた。おそらく奴らの出所は、単一の組織ではない。そこらのチンピラからその道のプロまでごちゃ混ぜの状態で、なかには同士討ちをしている連中も確認されている。連中はアンドロイドの情報を入手して我先にと乗りこんできた、違法な賞金稼ぎを目論んでいる犯罪者だ」
マギーは言いながら、物珍しいものに触れるように俺の睾丸をもみもみしていた。
「アンドロイドの首を転生機構に差しだせば、数代は遊んで暮らせるだけの懸賞金が得られる。それで飯を食っていた賞金稼ぎもいるくらいだし、アンドロイド狩り自体は違法ではない。が、近年はアンドロイドの希少化が進み、獲物を手に入れるために人殺しをしたり、違法な手段をとるアウトローが増えている。ましてや今回は、警察に自首しに来たアンドロイドを強奪しようとしてきたのだ……」
マギーは内心強い怒りを感じているようで、手をぎゅっと握りしめた。
睾丸が潰されそうになり涙目になると、マギーはようやくすまんと言って俺の股間から手を離した。
「言うまでもないが、そんなことが許されるはずがない。奴らは万死に値する」
「そうは言っても、じっさい彼らのほとんどはマギーさんが倒したじゃありませんか。もう十分なんじゃないでしょうか?」
イオンは犯罪者に対しても、少なからず同情しているみたいだった。
自分を襲いに来た連中を庇うなんて、お人よしにもほどがある。
「今回の連中は第一波にすぎないだろう。隙あらばアンドロイドを横取りして報酬を手にしようとしている連中は他にもいるはずだ。今回はそんな連中を一掃するために撒き餌として活躍してもらいたい」
「つまりイオンを泳がせて犯罪者たちの餌にすると? しかしおびき寄せるのはいいとして、勝てるのか? 警察署のなかでさえ、こんな有様だっていうのに……」
「我々にとって不幸だったのは、今回の襲撃が執行課の不在中に起きてしまったことだ。彼らは一個師団並みの戦力を保持している部隊だが、あいにく別件への対応中で全員が出張中だった。彼らのうち一人でも本部に残っていれば、今回のような惨劇は防げただろう。連絡のとれた二・三名が今日中に戻って来るはずだから、そうなれば犯罪者の一掃などたやすいはずだ」
マギーは執行課とやらに信頼を寄せているようだったが、赤の他人の俺たちに彼らを信頼する材料はなかった。
ましてや警察の戦闘集団にとってみれば、イオンはただ犯罪者をおびき寄せる餌に過ぎず、守る義理などないのではないだろうか。
「そのあいだ、イオンは警察署で匿ってくれるのか?」
「あぁ。我々が責任を持って保護させてもらう。さすがに街を自由に出歩かせるわけにはいかないが、牢屋の鎖に繋いでおくというわけでもない。部屋の中にいる限りは好きにしていいし、望むならお前ともう一人の少女も同じ部屋にいれてやってもいいぞ。それが我々にできる最大限の譲歩だ」
「……その一掃作戦は、どれくらいの期間をかけて行うんですか?」
「そうだな。たった数十分でこの有様だ、一週間くらいかけて念入りに掃除をすればここらのアウトローは一掃できるだろう」
それはイオンにとって、一週間の余命が伸びるようなものだった。
ありがたいといえばありがたいが、その期間で何ができるというわけでもない。
「……悪い話ではなさそうですね。私に期待されている役割ができるかわかりませんが、やるだけのことはしてみたいです」
「では、取引は成立だ。詳しい話は後で伝えよう。いましばらく休んでおくといい」
マギーは落ちていたコートを肩に羽織ると、俺たちに背中を向けてひらひらと手をふった。
俺とイオンはその背中を見送ってから、ため息をつく。
「やれやれ。大変なことになっちまったな。こんな結果になるんなら、俺の腕なんか捨てておいてよかったのに」
「アナタは機械じゃないんだから、出血をそのままにしてたら死んじゃうでしょう。どちらにせよ、遅かれ早かれワタシは人間として人生をやり直すつもりだったから、これでよかったんだわ」
「しかし、人間として生まれ変わるには、アンドロイドとして生きてきた記憶を削除しなけりゃいけないんだろ? お前がどんな一生を送ってきたのか知らないが、また初めましてからやり直すつもりかよ」
「……えぇ、そうよ。だけど悪いことばかりじゃないわ。記憶を消してでもあのときの感動を味わいたいなんて言うじゃない? もう一度アナタとシーナに会えるなら、ワタシはそれだけで満足だわ」
イオンは持ち前の能天気っぷりを発揮しているようだったが、自分の記憶を手放すということは、自分を殺すことに他ならないのではないだろうか。
(けど、元自殺志願者の俺があれこれ言える事柄じゃないよな。イオンがいいというなら、それでいいのか?)
俺が葛藤しながらうつむくと、向こうから底なしに明るい声が聞こえてきた。
「ハルト、イオンちゃん! 無事だったんだね!」
遠くから駆けてきたシーナは途中ですてんと転んでしまったが、すぐに立ちあがり俺たちの胸元に飛びこんできた。
俺とイオンはそのあどけなさに、思わず笑みをこぼした。
いずれにせよ、俺たちには三人で過ごす時間が一週間は残されているのだ。いまは暗い話は忘れて、そのことに感謝するとしよう。
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