014:ダイヤモンドとアンドロイド

「三人のうち一人は勃起する男根を持ち、もう一人は旧世代のアンドロイドだと? この様子だと最後の少女の正体もくまなく調べればならんな」


 マギーは冗談めかして言っていたが、その顔つきは真剣だった。

 これで俺の罪状には、アンドロイド隠蔽罪が加わったわけだ。

 はたしてどれくらい重罪なのかはわからないが、署内の様子からすると、すまんと頭を下げて許される程度ではないことだけはたしかだ。


「そのアンドロイドは何か言っていたか?」


「えぇ。彼女の供述によると、『追跡から逃れるため人里離れた砂漠で暮らしていたが、この二人から説得され、警察に出頭することにした』とのことです。人間として生まれ変わり、この街で市民権を得ることを希望しているようですが……」


「怪しいな。それならそうと最初から言うはずでは?」


「その点については『言う機会をうかがっていたが、男根のことばかり聞かれるので言いそびれてしまった』と」


 イオンは俺たちに迷惑をかけないために、説得されて自分からこの街に来たという作り話をこしらえたのだ。

 状況的に苦しい気もするが、どちらにせよ証拠がないので、俺とシーナの話に矛盾がなければ、推定無罪は勝ち取れるかもしれない。


「まったく、とんだ爆弾を抱えこんでしまったな。フィリップはもう一度、あの少女に話を聞きにいけ。アンドロイドの相手は私がする。また向こうが暴れだして、ビルの一つや二つが吹っ飛ばないといいんだが……」


「局長、そこの野郎はどうしますか?」


「あぁ……あの男のペニスは私が責任を持って処理するから、そのままにしておけ。念のため、ソミンとノラに監視を頼むか。くれぐれもよけいなまねはしないように」


「ラジャー」


「了解っす」


 警官たちがあわただしい様子で、この取調室から離れていく足音がした。

 どうやら俺のペニスよりもアンドロイドのほうが、彼らのなかでの優先順位は高いらしい。


(ともかく、これでようやく一人になれたな)


 静かになった取調室で、いまのうちに何か策を考えねば、と思案を巡らしていると、


「うぃーっす」


 と気だるげな声がして、二人の警官が部屋に入って来た。

 最初に入って来たのは、さっき俺のムスコを目にしたツインテールの巨乳の女で、あとにつづいて入って来たのはチビの婦警だった。 

 

「初めまして、署内で噂の原始人さん。あたしがノラで、こっちがソミンよ」


「わざわざ犯罪者に自己紹介しなくてもいいんすよ、ノラ」 


「……それもそうね。こんな真面目な顔してるけど、チンポコが生えてるんだものね」


 二人の婦警はニヤニヤと笑いながら俺を見下ろした。


「ちんこちんこってうるさいな。たかだか股間に棒が生えてるから何だってんだ?」

 

「キャー、こわーい。危うく手錠をしてなかったら棍棒で襲われちゃうところだったわ」


「まだ人間が交尾をしてた時代は、男が女を襲う事件が日常的に起きてたらしいっすからね。マジでチンパンジーだと思って相手したほうがいいっす」


 婦警たちは腰にさしていた警棒を抜いて、ゆっくりと近づいてきた。

 そして二人のうち後輩らしきツインテールの女――ソミンとやらは前かがみになると、警棒で俺のガウンをぴらんとめくろうとする。


「おい! 俺のムスコは見世物じゃないんだぞ」


 俺は警棒を蹴ったり椅子を引いたりして精一杯の抵抗を示したが、そこにチビ警官のノラもくわわって、すったもんだの騒ぎが起きる。


「大人しくしたほうが身のためっすよ!」


「減るもんじゃないんだし見せるくらいいいでしょ!」


「ったく、どっちが犯罪者だよ!」


 ジタバタと暴れる俺をソミンとノラが必死に抑えつけている最中、ガシャンという音がして、とつぜん俺の両手が自由になった。


「あっ、手錠が……!」


 どうやら俺の全力に左腕の義手が応えてくれたらしい。

 ノラとソミンが警棒をかまえて顔を見合わせる。


「……あの義手、ウチが用意したものじゃないの? なんであんな力がだせるようにしたのよ!」


「あたしに聞かれても困りますよ。原始人だから怪力なんじゃないっすか?」


 手錠を放り投げて立ちあがると、ノラがえいっと警棒をふりかざしてきた。

 俺がそれを左腕で受けとめて力をくわえると、鉄パイプがぐにゃりと曲がるように棒の形状が変化する。


「なんだか知らないが、さっきはよくもやってくれたな。お前らの制服もひん剥いてやろうか?」


「……あたしが応援を呼んでくるんで、ノラはここで時間を稼いでくれるっすか?」 


「そういうのはふつう、言い出しっぺが損な役回りをやるもんでしょ。あたしが応援を呼んでくるから――あ、ちょっと待ちなさいよ!」 


 ダッシュで逃げていくソミンのあとを追って、ノラも取調室を飛びだしていく。

 これでまた新たな罪がくわわってしまったことになるのだろうが、ここまできたらもういくつ罪を重ねても大差ないだろう。

 捕まれば負け、逃げ切れば勝ちだ。


(ほかの警官もアイツらみたいなレベルだと助かるんだが……。銃を持った警察官に囲まれたら終わりだな)


 おっかなびっくりで外の様子をうかがうと、学校の職員室みたい机が並んでいるのが見えたが、そこには誰もいなかった。

 ずいぶん舐められたものだなと思ったが、さっきの様子からするに、アンドロイドであるイオンのほうに人手が出払っているのかもしれない。

 

(となると、まずはシーナが先か)


 さらに部屋を出て通路にでると『捜査第二課』という表札が向かいにあった。

 壁から顔をのぞかせると、こちら側とまったく同じ構造の部屋の奥で、やさぐれた男性警官とシーナが対面して座っているのが見える。


(……こっちも無警戒なようだな。しかたない、やるしかないか)


 悪いとは思ったが、そうも言っていられない。

 俺は助走をつけるようにだんだんと速度をあげて、男性警官にタックルするように取調室のなかに突入していった。


「え、ちょっと!?」


 困惑している男性警官の首に義手をあてて、壁に押しつける。

 シーナは驚いているようだったが、すぐに事態を把握して椅子から立ちあがった。


「手錠の鍵をもらえる?」


 腰につけているストラップから鍵をちぎりとり、シーナのほうに投げた。

 そのうちに男性警官がストンと脱力し、壁にもたれかかれりながら倒れる。


「イオンがどこにいるかしらないか?」


「さっき警察の人が慌てた様子で、五階に集まれって言ってたよ。三人そろったら、とにかくこの街から離れよう。外にでれば追ってこないはずだから」


「そうはいかないわよ!」


 声がしたのでふりかえると、先ほどのソミンとノラが通路に立ちふさがっていた。

 結局応援は呼べなかったようだが、かわりに制圧用の長いさすまたを装備してきたようだ。


「あ、フィリップが倒れてるじゃない!」


 気絶している男の警官を見つけたノラが言った。


「しかし奴はラスベガス・メトロポリスのなかでも最弱……やっちゃっていいっすよ、ノラ!」


 ソミンに背中を押されるようにして、ノラがさすまたを槍のようにかまえて一直線に突っこんでくる。

 どうしたものかと思ったが、ようは警棒よりも長いだけの棒にすぎない。

 体にあたって押し倒れる前に、さすまたのU字部分をつかんで百八十度ひねると、ただの奇妙な形をしたオブジェができあがる。


「ソミン、いまよ!」


 それは陽動だったというわけか、その背後にいたソミンがテーザー・ガンの引き金をひいていた。

 細いワイヤ―についた針がこちらに向けて飛んできたが、俺はノラの体を盾にしてそれを防ぐことができた。


「あんっ、い゛た゛い゛い゛た゛ぃ゛」


 ジリジリジリジリと電流が流れて、ノラは背中に手を伸ばしながら倒れた。

 ソミンはテーザーの使い方がよくわからないらしく、引き金を押しっぱなしにしているので、ノラが床でのたうちまわるハメになる。


「……引き金を離してやったほうがいいぞ」


「ノラの仇は必ずとるっす! 喰らえい、灰皿ソニック!」


 ソミンは手近にあった灰皿をすばやく投擲した。

 そして言葉とは裏腹に逃亡を図ろうとしたので、俺はノラのさすまたを義手を使い槍のように投げた。

 いてっと声をあげたソミンは、わざとらしく床に倒れかかる。


「ノラはともかく、お前はまだ動けるだろ」


 俺が近づいて見下ろすと、ソミンはパチリと目を開けた。


「……みすみす犯人を見逃したとなれば、責任問題になるじゃないっすか。体張って止めようとしたって既成事実があれば、多少はマシになるでしょ」


「なるほどな。ついでにイオンがどの部屋にいるか教えてくれると助かるんだが」


「あぁ……あのアンドロイドを助けに行くつもりなんすね。やめといたほうがいいっすよ。上の階にいるのはあたしらみたいな、おまんまを食うために働いてる不真面目警官ばかりじゃないんで」


「忠告はありがたいが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかなくてな」


「お好きにどうぞ。捕まったら、あたしがいかに勇敢な警官だったかを伝えておいてくださいね」


 俺はうなずき、倒れているソミンを飛び越えて通路にでた。

 どうやらイオンは上の階にいるようなので、階段のほうに行こうとすると、踊り場から降りてくる三人の警官と目が合った。

 ソミンたちとはちがい、ライフルのようなものを持って重武装している。


「待て、こっちにも敵がいるぞ!」


「おいおい、いったい何人いるんだよ!?」


 何の話をしているのかわからなかったが、敵であることに違いはない。

 ライフルの銃口がこちらを向けられたので、俺はあわてて顔を引っこめた。


「コード・レッド! コード・レッド! 署内に複数の侵入者が発見された、職員はただちに厳戒態勢をとれ。これは訓練ではない、繰りかえす、これは訓練ではない――」


(……複数の侵入者?)


 ジリリリとけたたましいアラートが署内に鳴り響いている。

 様子をうかがうためにもう一度顔をだすと、階段の踊り場にいた警察官たちが銃を取りだしていた。

 つづいてダン、ダン、ダン、ダンと重い銃声が立て続けに聞こえたが、倒れたのは俺ではなく、警官たちのほうだった。


(上の階に警官以外の人間がいるのか?)


 階段の踊り場に警官たちの死体が積み重なっている。


「きゃぁぁぁーっ!!」


 意識を取り戻したノラが、背後で悲鳴をあげながら、さすまたの柄で殴りかかってきた。

 俺はそのさすまたを義手でつかんでバキッと折ると、ノラの口を手でおおいながら部屋のなかに戻った。


「どうしたんすか、ノラ!?」


 ソミンが起き上がり、ノラのもとに駆け寄った。


「銃声がしたから急いで駆け寄ったら、階段が血の海になってて……」


「いちおう言っとくが、あれは俺の仕業じゃないぞ。アナウンスを聞いただろ、複数の侵入者がいるって」


「ひょっとしてあのアンドロイドが仲間を呼んだんじゃないんすか!?」


「それはない。イオンは俺たち以外に顔見知りはいないはずだ。そもそもアイツは虫も殺せないような奴だしな」


「じゃあ他に誰が……?」


 困惑していると、取調室で気絶していた男の警官がうーんと唸り声をあげた。

 そろそろ意識を取り戻したようだ。


「敵が誰かはわからないけど、タイミングから考えて目的はイオンちゃんしかないと思う。ハルトもショッピング・モールで見たでしょ? アンドロイドの首にどれだけの価値があるのか」


 たしかにあのバーの姉妹といい、<虎牙>の連中といい、すべてはアンドロイドの懸賞金が目当てだった。

 しかしあれは治安の悪い無法地帯だからこそ起きたことだと思っていた。

 ラスベガスという大都市のど真ん中で、治安を守る役割を持つ警察署のなかにまで追っ手が来るのなら、はたして安息の地はあるのだろうか。


「しかし、それにしちゃ早すぎないかい? アンドロイドがいるってことがわかってから、ものの数分も経ってないよ?」


「警察のなかにスパイがいるんじゃないかな。わたしはラスベガスのことについてはよく知らないけど、わたしの街ではよくそういう事件があったから」


 ソミンは顔をだして外の様子をうかがうと、部屋の扉を閉めて鍵をかけた。


「あたしはこんなところで死ぬのはゴメンっす。こうなったら、事が落ち着くまで、この部屋に閉じこもりましょう。ゾンビ映画みたく協力してバリケードを作れば――」


「――いや、それはダメだ。敵がイオンを狙ってるなら、なおさら助けに行かなきゃいけない」


「ホラー映画でそう言って部屋からでる奴は、だいたい死ぬのがお決まりなんすよ。行くなら一人で行ってくださいね、あたしはてこでも動かないんで」


「お前も一応給料もらって働いてんだろ? 職務を果たそうとは思わないのかよ」


「こちとら安月給で働かせられてる身分なんで、割に合わないとしか思わないっすね」


「悪いけど、アタシも上に同じ」 


 ソミンとノラはまるで協力する気がないようだった。

 ふだんならとんだ警官だなと煽ってやるところだが、この状況ではそういう気にもならないし、そもそも無職の俺が言えたことではない。


「仕方ない、俺一人でいくか」


「わたしは一緒に行くよ、ハルト」


 その気持ちはありがたかったが、かりにシーナがいても戦力にならないどころか、気を遣いながら戦うことになり、かえって重荷だろう。


「気持ちだけ受け取っておくよ。おい、そこの職務怠慢警官ども。どうせ引きこもるならしっかり引きこもってくれよ。俺が帰って来たときにシーナがいなくなってたら俺がお前らを殺してやるからな」


「任せなさい」


「あたしらは引きこもることにかんしては一流っすから」


 俺はため息をついてから、部屋の外をうかがい慎重に外に出た。

 上の階で響いていた騒がしい音は鳴りやんでいる。

 警官が鎮圧に成功したのか、それとも……。


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